村、渇いた心

 村人達は来る日も来る日も土を掘り続けた。

 されども一向に地下水が出る様子はなく、残された飲み水も刻々とその量を減らしていった。

 その日、一人の村人が暑さに耐えられなくなり、遂に仕事を投げ出した。


「こんなことやってられるか! 残された水はもって明日までなんだぞ!? このままだと皆、干乾びて死んじまうよ」


 彼が上げた悲嘆の叫びに周囲の数人が手を止めた。


「俺たちはあの学者に騙されたんだ! こんな所から水が出るわけがない」

「そうだ! あいつは俺らに嘘をついたんだ!」


 村人達の苛だちや焦りは、その小さな亀裂からあっという間に広がり、全て一方向に向けられた。


「もう俺は掘るのを止める! 皆でハギマダラさんに抗議しよう!」

「お前さんたち、諦めてしまうのかね!?」


 声をあげたのは村長だった。

 血管の浮き出たその手は小刻みに震えている。

 どうやら数日間の労働がかなりこたえているようだ。


「あいつは嘘をついたんだ、村長! もっと早く気が付くべきだったんだよ」

「いいや、違う。彼女が私たちに嘘をついて何の得になる? 水まで持ってきてくれたんだぞ。彼女は私たちに救いの手を延べてくださったのだ。それを裏切るのかね?」

「そんなことはない。たぶんあいつは今頃、俺たちが倒れていくのを想像して喜んでいるのさ」


 村人達は何も言い返さない村長を置いて、ひとかたまりになるとハギマダラの元へと歩き出した。



 ハギマダラはポンプを完成させ、穴の上から地面を掘る指示を出していた。

 そこへ数十人の村人が押しかけた。


「ハギマダラさん! 私たちはあの学者に騙されたんですよ!」


 村人の言葉にハギマダラは少し考え込んでから顔を上げた。


「そんなはずはない」

「いいや、絶対そうです」


 村人達は引き下がらない。唾を飛ばしながら必死に抗議を続ける。


「あいつは俺たちを馬鹿にしていたんです! こんな無意味なこと続けるのは止めましょう!」


 そうだそうだと人々の間に賛同の声が上がる。

 ハギマダラは黙って眼下に広がる穴を見た。既に大人二人分ほどの深さはあるだろう。


 短い沈黙の後、ハギマダラは突然歩き出した。


「ハ、ハギマダラさん? どこへ?」


 呆気にとられた村人を置いて、ハギマダラは穴の底へと歩いて行った。

 人々はザワザワしながらその後ろを着いていく。

 ハギマダラは穴の一番底まで降りると、床に転がっていたシャベルを手に取った。

 それを見て人々は静まり返った。

 ハギマダラは黙々と地面を掘り始めた。彼の額に汗の川が流れる。

 穴の中にザクッ、ザクッという音だけが響いていた。

 

 人々はしばらくの間その光景に見入っていたが、そのうちの一人が近くに立てかけてあったツルハシを手に取り、作業を再会した。

 それにつられるようにしてぽつり、ぽつりと人々が作業に戻っていき、最終的には皆が元の位置に戻った。

 そうして炎天下の作業は再び始まったのだった。



 *****



 それは何の前触れもなく起きたことだった。

 日が落ちる直前、穴の一部で声が上がった。


「みっ、水だ! 水が出たぞ!」


 人々は声のする場所へ駆けつけた。叫ぶ男の足元に水が滲み出ている。

 彼らはそこを集中的に掘り始めた。


「水だ! 水だぞっ!」


 人々から歓声が上がった。ある人は踊り、ある人は天に祈りを捧げた。


「ポンプを持ってくるんだ!」


 水が見えたことで、人々の乾ききっていた気持ちも潤い始めた。

 すぐに穴のあちこちから水が噴き出し、人々は水を浴びた。


 ハギマダラは穴の上に登り、人々が喜ぶ様子を見ていた。


「やはり、あの女性は私たちを救ってくれたのですな」


 隣に村長がやってきてしみじみ言った。


「そうですね。彼女を信じて正解でした」


 ハギマダラは泥で汚れた顔に満面の笑みを浮かべた。



 *****



 僕はその日の夜、ポンプで吸い上げられて人々の喉を潤した。

 苦しい時に信じ続けることは難しいことだ。

 だが彼らはやってのけた。疑わずに一人の女性の言葉を信じ続けたのだ。

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