雪うさぎのお姫様
「まぁ・・・!」
小さな顔に、大きなガーネットのような瞳。白い肌に薔薇色の頬、薄紅の唇。何よりサラサラとした天使の輪が浮かぶ白銀の髪に、ふわふわとしたレースが沢山あしらわれたまさにお姫様に相応しいピンクのドレスを身に纏った姿に思わず心の声が零れ落ちた。
「かわいい・・・っ!!」
「え・・・?」
その声が届いたのだろう姫様がキョトン、とした顔で私を見上げるが、それがまた可愛らしく胸がキュンとする。だが王族の前だと思い出して必死でその気持ちを押し殺し、改めて姫様に向き直った。
ニマニマ緩みきった顔なんて姫様に向けたら怪しまれるもの!
「あっ、失礼しました!ついエリザベート様がとても可愛らしいので声に出てしまいました」
王族に向かって可愛いなんて気軽に言ってはダメだったのかもしれないが、可愛いものは可愛いので心の声が零れてしまったのは許していただきたい。でも、もしそれで気分を害したならすみせん、と言おうとしたが何故か姫様はどこかぼうっとした様子で私を見ていた。
そのせいか扉を掴み、その隙間から顔を出していた姫様の手が緩んだようで扉が完全に開いている。
「かわいい・・・・・・私が、ですか・・・・・・?」
「?はい。雪うさぎみたいで、とても可愛いです」
むしろ可愛い以外の言葉が出てこない自分の語彙力を恨みたくなるほど、姫様は可愛いというのに、なぜ聞き直すのだろうか。
きっと他の人に、もっと沢山言われてるだろうし、私の語彙力では言い表せなくても、他の人にはもっと素敵な言葉で言われているはずだ。
「ゆき、うさぎ・・・・・・」
「はい。あ、姫様は雪うさぎ、作ったことがあります?とても可愛いんですよ」
雪が降ると庭に出て兄様と一緒に作って飾った雪うさぎ。真っ白な綺麗な雪で形を作り、木の実で瞳を、葉っぱで耳を作って可愛らしい姿をみんなに見せたくて沢山作って庭に並べたり、窓辺に飾ったりしていた。
姫様の姿を初めて見た時に思ったのは、その雪うさぎだ。真っ白な雪のような髪に、赤い瞳はまさに雪うさぎのようで、小さくて可愛くて、抱きしめたくなる愛らしさだ。
カノン王子も整った顔立ちをしているが、エリザベート様は可愛らしいという表現がピッタリの顔立ちでこんな可愛い妹がいる王子が羨ましくなる。
特に髪なんてサラサラで、兄様の金色の髪も好きだがそれ以上にキラキラしている姫様の髪はシャラシャラと音が聞こえてきそうなほど美しく、絹糸のような髪に触れてみたいと思うほどだ。
これが本物のお姫様・・・・・・、やっぱり綺麗だなぁ・・・。
その綺麗な髪や可愛らしい顔をもつ本物のお姫様をふわふわとした気持ちで眺めていれば、どこか戸惑ったような声を姫様が出す。
「あなたは、この色・・・・・・おかしいと思わないの?」
「?どうしてですか。とっても姫様に似合っているのに」
その髪も目も整った可愛らしい顔立ちを更に引き立てる要素にしかならないのに、なぜそんなことを言うのか。
私の地味な髪とは違い、姫様の白銀のような髪色ならどんな髪飾りも良く似合うと思うし、私なら毎日どんな髪型にしようかと朝の時間がすごく楽しみになるのに。
「そんなこと、誰も言わなかったわ……」
「そうなんですか?」
「えぇ、みんなこの色はおかしいと、変だって言ったわ」
姫様はそう言うが、純日本人だった私からすれば黒髪黒目以外の色を持つ人はみんな不思議だと初めの頃は思っていた。だけど慣れてしまえば気にはならないし、赤い髪の人も金色の目を持つ相手もいるわけだし、姫様の髪色も瞳も特に驚くべきものではないと思うのだけど。
それにどんな髪色だって、似合っていれば問題ないだろう。
「きっとそれは姫様が可愛いから嫉妬していたんじゃないですか?」
「しっと……」
「はい、だってとっても綺麗な髪なんですもの」
そんなことを言った子は可愛くてきれいな姫様相手に、子供じみた嫉妬を向けていただけだろうと私は思う。だって本当に嫌いな相手にそんなことは言わないだろうから。
「・・・・・・あなたは、変わった人ですね」
だけど私の言葉に対してそう言われてしまい、変なことを言ってしまったかと焦ってしまう。
「え?!そ、そうでしょうか?」
思ったことを言っただけなので、そんなことないと思うのだけど……。
しかし今まで同じ年頃の令嬢とほとんど交流してこなかったので、他と比べるとそうなのかもしれない。
まぁ、引きこもりの令嬢なんて普通ありえないものね。
何か、何か違うことを言った方がいいのかと悩んでいれば、目の前で姫様の表情が変わった。
「はい、ほかの人とは全然違います」
お兄様が貴女を気に入った理由がわかりました。
そう告げた姫様は私に微笑んだように見えた。そんな姫様の顔があまりにも可愛かったので、固ってしまったが、それに気付いた兄様がポンッと肩を叩いてくれたおかげでそれ以上みっともない姿を見せるヘマをせずに済んだ。
ありがとう。兄様!
内心そう感謝していれば、おずおずと姫様が私を見上げてくる。
「あの・・・あなたのお名前を伺っても?」
「あっ、名乗りもせず失礼しました。アイリーン・ベッドフォードと申します」
「エリザベート様、俺の妹です」
「それは知ってますわ、貴方が毎日のように話していましたもの。でも、きちんと本人から聞きたかったんです」
「に、兄様・・・・・・」
ここでも何を話したのだ、と思いながらも優先すべきは姫様だ。とりあえず部屋から顔を出してくれはしたが、この後どうするべきかと次の行動を考えていればそっと小さな手が私のドレスを掴んだ。
「エリザベート様?」
「アイリーン。私、あなたとお話しがしたいです。それと新しい絵本やお菓子もおしえてくれますか・・・?」
「!はいっ」
もちろんです、と笑顔で頷けば、姫様はどこかほっとした顔で私の手をとり、部屋の中へと入れてくれた。それに大人しく従えば、同じように私の後に続いた後に続いた王子が安堵した顔を向けてくる。
「・・・・・・ありがとう、アイリーン」
そして部屋に入る寸前、小さく王子より告げられた声に、私は微笑み返した。
そこから改めて案内された席に座り、用意していたお菓子を差し出せば姫様は目を輝かせて喜んでくれた。
「これは何ですか?」
「これはドーナッツというお菓子です」
「どーなっつ?」
「はい」
ピンクのチョコレートや、シュガーコーティングされたドーナッツの上に果物や花で飾り付けしたそれを姫様によく見えるように向ければ、瞳のキラキラ度が増したように見える。
「こちらとこちらで色が違うのは味が違うんですか?」
「そうです。こちらがココア味で、こちらはいちご味になります」
「!いちご・・・」
いちごと言った瞬間姫様の顔がそちらに向いたので、そっちが好きなのだろう。
「姫様はどれが食べたいですか?」
「え、えーっと、こっち・・・あ、でも・・・・・・」
うーん、うーん、と悩む姫様の姿も可愛らしいが、そろそろ決めなければ、他の人たちが食べられない。せっかく侍女が美味しくいれてくれたお茶も冷めてしまう。なので、悩む姫様にどれにしますか?と再度問い掛ける。
「こっち、うー・・・でも・・・」
「ふふふ、エリザベート様。そんなに悩まなくとも、また作ってきますよ」
「!本当?」
「はい、姫様が望むのなら」
それくらいなら苦でもないし、むしろ私の作ったお菓子で笑顔になってくれるならお易い御用だ。
そう言うと姫様はこれがいい、と一つのドーナッツを指さすので彼女の前に置けば嬉しそうにその皿にのったドーナッツを眺めている。
「カノン王子はどれにされますか?」
そんな姫様の様子をニコニコと眺めていた王子に聞けば、彼は笑顔のまま口を開いた。
「アイリーンのオススメがいいな」
「私のオススメ、ですか?」
「うん。アイリーンが好きなものが知りたいから」
「・・・・・・わかりました」
正直私のオススメは全部なのだが、その中でも王子が好きそうな果物がのったドーナッツを差し出した。
あとは兄様とアルベール様だが、すでに何度も食べている兄様よりもアルベール様を優先するべきだろうと思い口を開こうとしたが、その前に私の手からドーナッツが入った箱を取り、ポイポイと勝手に皿に盛っているので口を出すのは諦めた。
それをアルベール様が呆れたように眺めていたけど、王子も姫様も何も言わないところを見ると慣れているのだろう。
まぁ、兄様のお菓子大好き!は今更なので、私も何も言わないけど。
ただ全部食べてしまう、なんてことはしないと思うけど・・・しないわよね・・・・・・?
自分の分を一つ取り、いただきます、と出来る限りお上品に齧りつけば、いつも通りのふわふわ食感に頬がほころぶ。
私が食べる様を見ていた姫様も、同じようにかぷっと齧ったかと思うとぱぁっと顔が輝いた。
「おいしい・・・・・・っ!」
それは今日1番の笑顔で、とっても可愛らしかった。
やはり甘未は偉大よね!
美味しいものを食べたことで、私に対する緊張や警戒が完全に消えたのか、姫様は年相応の顔でドーナッツを頬張っている。
「お口にあって良かったです」
「こんなに美味しいの、初めて食べました!」
それに少々大袈裟では、と思ったが美味しいと言われて嫌な気はしないし、何よりパクパクと食べる姿にそれが本心だと分かるからこそ嬉しくなる。
「アイリーンは、お菓子を作るのが好きなの?」
「はい。作るのも、食べるのも好きです」
「全部、自分でするの?」
「はい」
「大変じゃない?」
「全然、そんなことないですよ」
普通の令嬢は自分で作ったりはしないだろうが、私は自分の作ったものを美味しいと言ってもらいたいし、それが聞きたくて作っているようなものなので苦ではない。
それは他の物もそうで、自分で考えたものが形になる瞬間というのは何物にも得難いものだ。
それにお菓子や絵本のおかげで、こうやって本来なら交流することのなかった人たちとお茶をする機会を得たのだから。
「エリザベート様、カノン王子」
「なぁに?」
「なんだい?」
「私を、招いてくださってありがとうございます」
カノン王子が手紙を兄様に渡してくれなければ、姫が私のお菓子や絵本に興味を持ってくれなければ、お城に行くことなんてきっとなかったから。
だからそんな機会を与えてくれて、ありがとうございます、と告げれば二人は揃って目を見開いた後、こちらこそ、と言ってくれた。
「私の方こそ、わがままを聞いてくれてありがとう」
「私に会いに来てくださってありがとうございます、アイリーン」
そう言ってこちらに向けた顔は、見ているこちらが幸せになるような笑顔だった。
そして私はちょこちょこと姫様や王子のためにお菓子を作り、城へ出向くようになった。
ただその時は、姫様や王子専属のお菓子職人くらいにしか考えていなかったので、これが自分の将来に大きく関わってくるなんて考えてもいなかった。
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