王子様からのお願い


突然の王子との会合から約1ヶ月。

あの時ばかりだと思っていた王子との交流は、今も兄様を通してだが密かに続いている。

「アイリーン、これを・・・」

「これは?」

「・・・・・・読めばわかる」

そう言って不機嫌な顔をした兄様がお茶会後に私宛の手紙を預かってきたことをきっかけに文通が始まったのだが、私が返事を渡す度に兄様はなんとも言い難い顔をするし、王子様からの手紙を差し出す時も同じだ。


そんなに嫌なの、兄様。


思わず毎回律儀に王子様からの手紙を預かり私に渡してくれる兄様に聞けば珍しく子供のような態度で嫌だと即答された。

「アイリーンが俺以外の男と接するなんて嫌だ」

「お手紙だけですよ?」

「それでも嫌なものは嫌だ」

出来るなら破ってしまいたい、と不貞腐れた顔でクッキーを口に運ぶ兄様は私が王子様とやり取りをするのが相当嫌らしい。ただの手紙のやり取りだし、兄様が心配するようなことは何もないのに。

「まぁ、でもカノン王子も平凡な私に大して興味なんてないでしょうから」

「そんなことないぞ!アイリーンは世界一かわいい!」

シスコン全開発言をする兄様に苦笑しながら、新しく渡された手紙をそっと開いた。

中には最近読んだ本のことや、城での様子が書かれており、社交辞令ばかり書かれている手紙とは違い彼の素直な気持ちが書かれているそれに微笑ましい気持ちになった。

初めてそれを貰った時はどうして私なのかとかなり驚いたが、お茶会のお菓子が美味しかったことや、人とは違う変わった容姿の自分を、偏見をもたず普通に接してくれたことが嬉しかった、またお茶会に参加したいと本心だと伝わる文章が書いてあるのを見ると、こちらまで温かい気持ちになる。

それに王子様だって、親しくなりたいとギラギラして瞳で近付く王妃の座狙いの令嬢よりも、特に気を使わなくて良い私のような平凡な令嬢の方が色々と話をするには気が楽なのだろう。だから私は少しでも王子様の息抜きになるなら、と思い今も手紙のやり取りを続けている。

それに流石王族と言ったところか、彼はとても博識で私がまだ知らない植物にも詳しく、この国にもない物まで知っていた。最近父様に頼んで輸入してもらった香草のことも知っており、流石王子様、国の貿易にも詳しいのねと感心したほどだ。

おまけに私が今度新しく作ろうと思っているお菓子にこんなものを入れたいと思っているのだと世間話のつもりで伝えると、それと似た特徴を持った植物をいくつか教えてくれた。

そのおかげで新しいお菓子や、香草入りのパンを作ることができ、更なる領地の活性化に役立てる事が出来た。

そんなふうにこれまで見向きもされていなかった香草が使われ売れるようになったので、領地の商人は皆喜び、新しい農作物として他の領地でも人気が出ているそうで、国としても新しい農業として香草の使い道を探していこうと力を入れるようにしていると聞いた時は、とても嬉しかった。


だって私の考えた料理が広がっているということでしょ?それをみんなが食べてくれるということは、私のアイディアが受け入れられたということで、それはとても嬉しいことよね。


いつかこの王都でも、私の考えたカツサンドやクレープなどが当たり前のように売られている時が来ればいいな、と思いながら私は王子への返事を返すために、筆をとった。

そんなふうに手紙のやり取りを王子と頻繁にしているせいか、最近少し兄様の機嫌が悪い気がするけど、きっと気の所為よね。城と屋敷を忙しそうに行ったり来たりしているから、その所為よね、うん。・・・・・・念の為に今度兄様には新作のクリームパンを作って渡しておこう。

王子のおかげでバニラに似たものが手に入ったから、前よりも美味しいカスタードクリームが出来たので、きっと喜んでくれるはずだ。

そんな事を思いながら今日も不機嫌な顔した兄様から渡された手紙を読んでいれば、いつもと違う文面が現れて、あれ?と首を傾げてしまった。

「どうした?」

「いえ、その・・・・・・」

カノン王子はご自分の立場をよく理解している方だ。だからこそ自分の発言に力があることを理解し、私と会ったことも、こうやって手紙のやり取りをしていることも、誰にも話していないはずなので、周囲の限られた人しか私との関係を知らないはずだ。

これから先もそうやって少しだけ関わって過ごしていくのだと、そう信じていた。

しかし、これは・・・・・・。

「アイリーン?」

「・・・・・・カノン王子が、お会いしたい、と」

「はぁ?」

低い兄様の声に、私は小さくため息を吐く。


やはりこうなったか・・・・・・。


わたしの言葉に兄様は、今にも人が殺せそうなほど忌々しそうに手紙を睨んでいる。

王子からの願いを叶えるには、城に行かなければならない。城に行くということは、大勢の人の前に出るということだ。それが分かるからこそ、その顔なのだろう。

私がキラキラとした場所が苦手で人前にあまり出ないということもあるが、兄様も私を人前に出すのを嫌うのだ。

それは私がブサイクだから、とかではなく似てない私たちの容姿を陰で好き勝手に言う人たちの声を私に聞かせたくないからだと知っている。その件で過去に兄様がキレたことがあり、その相手を氷漬けにしたことがあったので、私としても目の前でそんなことは起きて欲しくない。

私は自分の容姿をきちんと客観的に理解しているので、兄様や両親と比べ劣っていることは知っている。だからそこまで気にしないのだが、シスコンの兄様からすればそれは許し難いことらしい。

だからもし、私が城に行った姿を同じ歳の貴族の令嬢が目撃すれば良い気はしないだろうし、何かしら言われるだろう。それが想像出来るからこそ、断るべきだとそう思うのだが、手紙に書かれている願いを無視することは私には出来そうにない。

「なぜ、王子はアイリーンを・・・」

「エリザベート姫の友達になって欲しい、とここには書いてありますが」

「姫様の?」

兄様に見えるように手紙を差し出せば、兄様の眉間のシワがさらに深くなった。

王子の手紙を要約するとこういうことらしい。


私の作った絵本を姫様は大層気に入って読んでくださっているらしく、その作者が私であることを話すと興味を持ったらしい。なので話し相手になってくれないかと。それとお茶会の時に食べたお菓子が美味しかったので、それを妹にも食べさせたいのだと兄らしく妹を思う言葉が書かれていた。そして最後によければ妹と仲良くして欲しい、と。

多分最後の一文が主題なのだろう。


「あの、兄様。私は」

「・・・・・・わかった、王子には俺から伝えておく」

まだ何も言ってませんけど?!

きっとこのままでは断ってしまうとハッキリと分かったので、必死で私は大丈夫だと訴えた。

「アイリーンは何も気にしなくていい、こっちで話しておくから」

「でもカノン王子からのお願いですし、話を聞いてみないことには詳しいことは分かりませんから」

そもそも私は王子どころか姫様のことさえまともに知らないのだ。

姫様にいたっては会ったこともない。

そんな私よりも姫様に会ったことのある令嬢は沢山いるはずだ。それなのに王子は私を指名した。つまり何かしら理由があるはずだ。

だからこそ、会ってきちんと話をするべきだと思うのだ。それに理由もなく王子の願いをただの臣下が断る事など出来ないのだから。

「兄様。お会いするだけでも、ね?」

それに私だってお城という場所には興味がある。こんな地味な娘が行くには相応しくないだろうが、それでもせっかく王子に呼ばれているのだから行くだけ行ってみるのも手だと思う。そうでなければ、この先社交界デビューするまで行く機会などきっとないだろうから。

「しかし・・・・・・」

「それに!兄様が、私を守ってくれるのでしょう?」

渋る兄様の腕をとり、首を傾げて見上げるようににっこりと笑いかける。

そうすればうっ、と兄様が怯むのでね?と更に首の角度を深くしてお願いすれば数秒後深ーーいため息が聞こえた。でも次の瞬間にはしょうがないな、という眼差しで私を見るので答えは出たようなものだ。

「ね?兄様」

「・・・・・・絶対に、俺から離れるなよ」

「はい!」


そうして私は、兄様と一緒に城へ行くことを決めたのだった。

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