口福のはじまり2

厨房から温室に移動した私はテーブルの上に茶器を並べて、今日の為に用意した茶葉を取り出した。

お菓子に合わせてあまり強い匂いではない、サッパリとしたものを。

でも母様は花の香りがする紅茶が好きだから、中庭に咲いていた薔薇を庭師から譲ってもらい母様の茶器の傍に飾った。

兄様は甘いお菓子が大好きだけど、外では自分のイメージを気にしてあまり食べないようにしているらしいから、今日くらいは好きなだけ食べて欲しい。

父様は最近お疲れのようだから、少しでもリフレッシュ出来たらいいなと思い、酸味のある果物を輪切りにしてティーポットにいれた。

こうすればガラスで出来たティーカップから彩り綺麗な果物が見えて、見栄えもいいしね。

紅茶は今日のお客様が来てから入れたほうがいいので、カップやスプーンが綺麗に磨かれていることを確認して私は満足気に頷いた。

「よし、あとはお菓子が焼ければ完成ね!」

「飾り付けはこれでいいでしょうか?」

「えぇ!ありがとうジャンヌ」

一緒に手伝ってくれていたジャンヌに礼を言って、私はテーブルの上に置いていた籠から包みを取りだした。

「はい、これはジャンヌの分」

「え?!」

「いつものお礼よ」

前日に料理長に手伝ってもらい作っておいたクッキーの入った包みを渡せば、ジャンヌは驚いたように私と包みを交互に見つめる。

「・・・・・・私に、ですか」

「えぇ、もちろん」

ジャンヌは隠していたのかもしれないが、お菓子が好きなのは知っている。それこそお茶の時に色々と理由をつけて渡せば、大切そうに食べている事も。

だから普段からお世話になっている気持ちを込めて作ったクッキーを渡せば、とても嬉しそうにクッキーの包みを見つめている。

「ありがとうございます。宝物にしますね」

「いや、そこは食べてくれると有難いんだけどなぁ」

「そんなっ、勿体なくて食べれません!!」

いやいや、食べない方が勿体ないわよ。腐るからね、クッキー。

そんなジャンヌを何とか説得して早めに食べるように約束してから、私は本日の招待客に振る舞う為の主役がそろそろ出来上がっているだろうと思い再び厨房へと向かった。

厨房に一歩ずつ近づく度に、甘くて素敵な匂いが漂ってきて自然と鼻をひくひくとさせてしまう。

「うふふ~いい匂い」

「はい、とても甘くて美味しそうな匂いがします」

後ろを歩くジャンヌも同意するように頷いているのが気配で分かる。

それにすれ違う使用人たちも優しい顔をしているので、やはり甘いものは人を笑顔にするのだと思う。


特に出来たてのお菓子の匂いなんて、顔がゆるゆるっになるわよね!


わかるわかる、と内心うんうんと頷きながら目的地である厨房の扉を開ければ、ちょうどオーブンから取り出したところなのか、料理長と目が合った。

「お嬢様」

「どう?焼き上がりは」

まぁ、聞かなくたってこの匂いを嗅げば分かってるけどね。

それでも一応確認の為に料理長の手元を覗き込めば、そこには綺麗な焼き色のついたパウンドケーキとカスタードプリンが出来上がっていた。

プリンはこちらで作るのは初めてだから念の為に、と串を刺してみたが無事に蒸せているようで安心した。

「・・・・・・どうでしょうか?」

「えぇ、バッチリよ!!」

いい焼き加減だわ!と料理長に笑いかければ、ようやく安心したように笑い返してくれて私もほっとする。

プリンは冷やした方がいいのだろうけど、そんな時間はないし、それよりもここには冷蔵庫なんてものは無いので今回はこのまま出すことにする。

プロが作るようにツルンっと綺麗な表面には今回ならなかったので、そこは研究しなければならないだろうが少しプツプツが残るのは自分で食べてしまえば問題ないだろう。

もっと上手く作れるようになったら生クリームに果物をのせてプリンアラモードなんかもいいけど、熱いプリンだと生クリームが溶けてしまうから、また次回だ。

あぁ、もっとレパートリーが増えれば昔ながらの喫茶店なんか開くのもいいかもしれない、なんて思いながら私の反応をどこかソワソワとした様子で伺っていた料理長に笑いかけた。

「これ、よかったら皆で食べてみて」

「……いいんですか?」

「もちろん。それでまた感想を教えてくれると嬉しいわ」

手伝って貰ったお礼に、料理長と料理人にパウンドケーキとプリンを少しお裾分けして、私とジャンヌは慌ただしく温室へと戻っていく。




そして無事に完成したお菓子を温室へと運び、最後の仕上げをしているとコンコンッと扉を叩く音が響いた。

「!はーい」

どうぞ!!と出来る限りお淑やかに見えるように背筋を伸ばして扉を開けば、本日のお客様である父様たちが待っていてくれた。

「やぁ、アーシャ。本日はお招きありがとう」

「アーシャからお茶会に招待されるなんて、とても嬉しいわぁ」

「父様も母様も忙しいのに私のために時間を作ってくださりありがとうございます」

それから・・・・・・

「兄様も、来てくれてありがとう」

「アイリーンに誘われて断るわけないだろう?」

むしろ誘ってくれなかったら自分から来てたよ、と笑いながら私の頭を撫でる兄様の手を取って用意していた茶会の席へと皆を案内する。

「今日の主催者は私だから、母様は何もしないでね!もちろん、リリアもクロイツもよ?」

両親の後ろに控えていた二人にもそう念を押して、私はゲストである家族と大切な人達にお茶を入れて運ぶ。

「お嬢様、やはり私が…」

「ダメよ。今日は私が給仕係なのよ」

使用人であるから同じ席には着けない、とリリアに言われるのは予想済みなので別に用意していた席に半ば無理やり着いてもらい、皆にお茶とお菓子を振舞った。


だって皆私の大切な人で、皆に食べてもらいたくて作ったから。


「まぁ、これをアーシャが?」

「アーシャの手作り・・・・・・!!!」

初めて見るプリンにワクワクとした様子で目を輝かせる母様と感動したように食べる前から震える父様に早くと促しながら、私は久しぶりに作ったプリンを口に運んだ。

トロトロ滑らかな舌触りに、甘いバニラの香りとほろ苦いカラメルソースが口に広がり、懐かしい味に頬が緩む。

「ほぉ・・・・・・」

「これは・・・・・・っ!!」

きっと食べたことの無い食感に驚かれるだろうなとは思ったが、スプーンの進み具合を見る限り好感触なようで、美味しそうに食べる姿に一先ず安心した。

「どうですか、兄様」

「あぁ、とっても美味しいよ!」

アイリーンは凄いね!と褒めてくれる兄様の手元には既に空になったプリンの容器が二つあり、手は既にパウンドケーキに伸びていて喜んでくれるのが分かる。

「アイリーンの作ってくれたこのケーキもふわふわですっごく美味しくて、いくらでも食べれそうだ」

「こっちも爽やかな果実な香りと優しい甘みが、とても美味しいわ」

「それにこのふわふわ感・・・まるで売り物のようだ。なぁ?」

料理長以上ではないか?なんて親バカ発言をクロイツにも向ける父様に苦笑する。

私の腕が料理長よりも上なんてありえない。彼の作る繊細な飾りと味のケーキの足元にも及ばないのに。それにこれは料理長たちの手助けあってものだ。

「お嬢様、とても美味しいです。卵がこんなにプルプルとした食感の美味しいお菓子になるなんて、知らなかったです」

「私も旦那様について色んな国を周りましたが、こんなお菓子は初めて食べました。お嬢様はお菓子作りの才能があるのですね」

「ふふっ、そう言って貰えると頑張って作ったかいがあるわ」

美味しい、美味しい、と言って貰えるのはやはりとても嬉しい。それにこんなふうに皆が私の作ったもので笑顔になるのも凄く嬉しい。


だからやめられないのよね。


お菓子作りも、絵本作りも、自分の夢を追うことも。

それが私にとっての幸せだから。

「ありがとう、アーシャ」


ありがとう。


繰り返されるその言葉に、私は今日一番の笑顔を浮かべた。

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