しあわせなじかん

そうやって夢へと向かって少しずつ歩き出してから一年が経ち、私は8歳になっていた。

青空教室は今のところ大きな問題もなく行われており、使用人の間でも好評で少しずつだが勉強の大切さを理解してもらえている。

更には専任の教師がつき、より子供たちに合わせた勉強会が行われて塾のように規模が広がり進化していた。


……まさかクラウス先生がそれを引き受けるとは思わなかったけど。


専任の教師を探している時に、真っ先に声を上げてくれたのが今でも私に魔術概論を教えてくれているクラウス先生だった。


「最近新しいことを始めたと聞きましたが」


定期的に行われている先生の授業を受けている時に、そう尋ねられ青空教室のことだろうかと思い話せば、先生は私が星の守り人と発覚した時と同じくらい瞳を輝かせて、楽しそうですね!と身を乗り出してきた。

ただまだその時は、本格的にクラウス先生を青空教室の先生として雇うとは考えてもおらず、そもそも忙しいと聞いているクラウス先生になってください、なんて言う気もなかったのだ。


だけど、それが崩れたのは青空教室を始めて数か月後のことだった。


元々私が言い出したことなのだから、これから先もずっと私が教師として、また青空教室の発案者として経営をするつもりだったのだが、外国語を本格的に学ぼうと思い自分の勉強時間か増えた為、元々兄様のように器用でも天才的な頭脳を持っているわけでもない私の体が悲鳴を上げてしまったのだ。


あぁ…ちょっと頭がぼーーっとするなぁ、風邪でも引いたのかなぁ、まぁ最近忙しかったしね。


それくらいのことだから問題ない、と思っていたら蓄積された疲れは意外と大きかったようで目を回してしまったのだ。

「ぁーー……」

「お嬢様?お嬢様?!」

それに真っ先に気付いたリリアと、ジャンヌが父様に報告してしまった為、一時は青空教室も中止になりかけたが、そうしてしまえば今まで築き上げてきたものが無くなってしまう!と精一杯訴えて、打開策を考えた結果が新しい教師の就任で、その話をどこからか聞いたクラウス先生が名乗り出てくれたのだった。


……私、あまり役に立てなかったわ……。


自分で発案したのに、最後まで見届けられないなんて・・・・・・と父様から教師解任を言われた時は自分の不甲斐なさにベッドの中で落ち込みはした。

とは言ってもその間に教育がどれほど必要なことで、有益になるか父様たちにも理解はしてもらえたようで、今では領地でも子供の教育に力を入れる必要があると言い、同じように青空教室を行っているので、全く結果が出なかった訳では無い。

実際、ベッドフォード家の領地は貿易が盛んで、商人の出入りも激しいので文字の読み書きや計算の大切さはすぐに理解された。

やり取りをするにも、言葉がわからなければ意味が無いので、実用的な会話や単語を中心に教えているらしいが、それが好評だとクロイツから聞かされた。

「お嬢様のおかげですよ」

落ち込んでいた私を気遣って励ますための言葉だとしても、成果が出ていることに嬉しかったし、子供たちも勉強の楽しさに気がついてもっと沢山のことを学びたいと言う子供も出てきて、会う度に私に新しく覚えた事を笑顔で報告してくれるので私の努力は実を結んだのだと思えた。

それに顔を合わせれば、すぐに太陽みたいな笑顔を向けてくれて心が温かくなる。

「アイリーンお嬢様!私、アイリーンお嬢様付きの侍女になりたいです!」

「私だって!お嬢様の為に、きれいなお花をそだてます!」

「ぼくは、おじょうさまをまもるきしになるんだ!」

「え、えーとっ、ぼ、ぼくは・・・っおじょうさまのそばにいます!」

「みんなありがとう。でも、自分が本当にやりたいことをやればいいのよ?」

慕ってくれるのはとても嬉しい。だけど、自分の未来は自分のものだから、私に気を使わずやりたいことをやって欲しいと思う。

それでもお嬢様が大好きです!と言って貰えるとふわふわとした気持ちになって、頬が緩む。

「お嬢様」

「!はい、どうしました?」

呼ばれた声に振り向けば、庭師のロベルトがこちらへ向かって歩いてきた。

「あ、お父さん!」

「レイラ!お嬢様に失礼なことしてないだろうな?」

「してませんーー!!私、お嬢様大好きだもの!!」

ロベルトの娘であるレイラがぎゅーーっと抱きついてくるのを受け止めれば、ふわふわとした髪が頬に触れてくすぐったい。

レイラは父のロベルトに連れられて青空教室に来た時から私の侍女になりたい!と言って慕ってくれる二つ年下の女の子だ。

頭も良くて、子供たちの中でもお姉さんみたいな役割をしてくれている。

「ふふっ、私もレイラ大好きよ」

「あ、ずるいー!私もお嬢様大好き!」

「僕も!」

「ぼ、ぼくもっおじょうさま好きだもん!」

ぎゅうぎゅうと抱きついてくる子供たちを抱き返していたのだけど、遠慮のない抱擁に息が苦しくなってくる。


うっ、嬉しいけど、苦しい・・・!!


子供だからこその手加減なしの抱擁に、そろそろ息が苦しくなってきてやばい、潰れそう・・・・・・と思っていればその様子を見守っていたジャンヌが救出してくれた。


ありがとう、ジャンヌ。


「いえ、私の方がお嬢様大好きですから!」


いやいや、何を張り合っているのよ!!


そう思ったが、ドーンと胸を張って子供たちと張り合うジャンヌが年相応に見えて、可愛くて頭を撫でておいた。

最近は侍女らしくしようとして、お姉さんっぽく振舞っていたから、なんだが懐かしくて新鮮だわ。

「お、お嬢様・・・・・・っ」

何故か目を潤ませているジャンヌはよく分からないが、先程から放置してしまっているロベルトは私になにか用があったのではないかと思い視線を向けた。

そうすれば、こちらの言いたいことを察したのだろうロベルトは口を開きかけたが、側にいるレイラをみて口を閉じた。


もしかして、レイラの前では言い難いのかしら?


そう感じた私は子供たちに向き直り、そろそろ授業が始まる時間では?と言えば、一斉にハッ!!と思い出したような顔をする。

その素直な反応にしっかり学んで来てね、と送り出せば元気な声と共に走り出した。

「こら!お嬢様の前だぞ!!」

「「「「ごめんなさいーーっ!」」」」

「転ばないように気をつけてね」

子供たちの姿が見えなくなるまで、見送ってからそれで?と再びロベルトに視線を向ける。

そうすれば、今度こそロベルトは口を開いた。

「実は、その・・・・・・お嬢様にお願いがありまして・・・・・・」

「私に?」


お願いとは一体なんだろうか?


もしかして管理を任せている中庭のことか?それとも温室でなにかあったのだろうか?


それとも・・・・・・レイラのことかしら?


そう思い続きを待てば、彼は少し悩んだ素振りを見せながらも言葉を続けた。

「・・・・・・お嬢様にただの使用人である私がこんなことを頼むのは図々しいとわかっています。それでも父親として、お願いがあるのです」

「・・・・・・なにかしら」


どんなお願いをされるのだろうかとロベルトの固い表情に少し身構える。


「・・・・・・・・・・・・えほんを、作ってはいただけませんか・・・・・・?」

「え?!」


だからこそ告げられた内容に、一瞬思考が止まった。だけどそんなに私の姿に気付いていないのか、ロベルトは先程とは違い少し恥ずかしげに話す。

「はい、レイラがお嬢様のえほんをとても気に入ってまして・・・・・・」

話をよく聞くと、レイラは私が作った絵本をとても気に入ってくれていたらしく、毎日のように家でもその日聞いた話を口ずさんで弟たちに聞かせているらしい。

「ここのところ、レイラは毎日楽しそうなんです」

いつも屋敷に行く日を楽しみにしているらしく、家でもよく笑うようになったのだと。

昔は長女として仕事で忙しい父の代わりに、家を守ろうと母を支えようと自分の事よりも家族のことばかりだったが、青空教室に来るようになって私に会えるのが嬉しいと、勉強が楽しいとたくさん自分のことを話すようになり、なかでも絵本をとても気に入ってくれているのだと。

そんな娘の姿にロベルトは喜んで欲しくて、誕生日に絵本を贈りたいらしく、私にレイラのための絵本の作製を依頼してきた。

「本当?レイラ、絵本気に入ってくれているの?」

「はい、それはもう、すごく!!」

だからお願いできないだろうか、と頭を下げるロベルトにもちろん!!とすぐに頷いた。

だってそんなに気に入ってくれていたなんて!

ジャンヌもとても喜んでくれたけど、それは身内贔屓な所があると思っていたので、そうやってきちんとした評価を貰えるととても嬉しい!!


どうしよう、何作ろうか、どんな話がいいだろうか?


そんなことばかりが頭に浮かんでワクワクする。

「出来る限りお嬢様の求める金額をお支払いさせていただきますので、お願いできませんか・・・・・・?」

「そんな、お金なんて・・・・・・」

むしろ絵本文化を広めてくれるなら、お金なんて求めない。私がやりたくてやっているようなものだから。

だがロベルトはそれにハッキリと首を横に振った。

「お嬢様、それはいけません。きちんとした仕事には対価を支払うものです」

「それ、は」

「私はお嬢様の作り上げた品に対価を支払うのです。それに費やした時間、労力は決して無償で頂けるものではありません」


だからきちんとお代は支払いさせてください。


そう言われてしまえば、断れるはずもない。

それにロベルトの言う通り、これから先絵本を作るうえで、こういうことが増えてきた時に最初を無料にしてしまえば、あとから金額の請求をするのは難しくなるだろう。だからこそ最初が肝心なのだと、職人として先輩であるロベルトは私に教えたのだろう。

費やした時間には、きちんとした対価を払うべきだと。

「・・・・・・わかったわ、金額については父様たちとも相談させてもらってもいいかしら?」

「はい、それはもちろん」

商品化した時に、どれほどの値段が適切なのか、私には判断がつかないので、父様たちに相談して決めるのが1番だろう。

「レイラの為に、頑張って作るわね」

「お嬢様、お願いします」

どんな物語にしようかと考えながら、また夢に向かって一歩進めた感覚を踏みしめた。

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