褒美として与えられた自由①

 ハイネと共にライ麦パンの朝食を楽しんだ日、ジルはオイゲンの仲介でフリュセンに駐留していた炊事兵と会い、兵糧の原材料調達ルートを確認させてもらった。

 するとやはり魔女狩りを行っている村、『バザル』から調達したライ麦もリストから見つかった。炊事兵によれば、このライ麦はフリュセン用のパンとして全て消費してしまったらしい。

 パンになった後は他の生産地のライ麦で焼いたパンと混ざり、どの隊の誰のお腹に入ったかまで追いかける事は出来ないとの事だ。


 また、この『バザル』についてはマルゴットが野ばらの会の資料をまとめていて、ジルはそれを読ませてもらった。それによれば、この村での魔女狩りは約3年ほど前から突如として行われ始め、犠牲になった人間は既に20名を超していた。

 ジルは想像してしまう。3年より少し前に、村に何らかの異変があったんじゃないかと。

 平穏だった村は自然の驚異に晒されたのだろうか? それとも悪意ある第三者が介入したのだろうか?

 帝都にいるだけでは分からない些細な事を調べたくて、ハイネに同行し、バザルに赴く事にした。



 深い森を抜けると、馬車は一面に広がる小麦畑に出た。

 時刻はもう夕方で、オレンジ色の光に染まる穀倉地帯の風景は幻想的なまでに美しい。


「凄く、綺麗です……」


「この国に惚れたか?」


 向かい側に座るハイネは、誇らしげに笑う。


(ハイネ様って、この国が大好きなんだわ……)


 ハイネは不思議な人だ。付き合いが長くなればなるほど、色んな面を見せてくれる。最初はサイコパス気味なのかと思ったが、今ではとても人間味に溢れているのだと理解出来ている。


「だんだん好きになってきてます。魅力的な所がたくさんあります」


「……ふぅん……。あー、あれが滞在する修道院だな」


 ハイネは東の方向を指さす。その方向に視線を向けてみると、小麦畑の向うに堅牢な要塞じみた外観の建物が見えた。


「あまり修道院ぽくありませんわね」


「だな。まー理由もあるんだけど。ここは2つの領地の境で、領地争いを繰り返していた場所なんだ。だから過去の時代あの修道院は軍事拠点にも使われていたらしい」


 ジルはハイネの説明に「なるほど」と頷いた。

 流石自分の国だけあって、ハイネは土地にまつわる歴史や文化に詳しい。最初は会話が続くか不安だったが、旅路は何の問題も無く出来ている。彼の話は新鮮な驚きに満ちていて、中々楽しめてすらいる。


「マルゴットはバシリーさんと仲良くやれてるかしら……?」


「そろそろ旅疲れで大人しくなるんじゃないのか?」


 ジルは、さっきから前方を走る馬車の中の状況を心配していた。2日間の旅程の中で、1日目のマルゴットとバシリーのギスギス感がかなりのものだったからだ。一緒の馬車に乗るオイゲンの胃がもてばいいのだが……。


 バザルへ向かうのはジルとハイネの他に、マルゴットとハイネの侍従2人、警護の為の騎士十余名という大所帯で、ジルとハイネが乗る馬車を挟む形で街道を南西へと進んでいる。

 目的地まで馬の脚で2日間程かかるため、一日目は宿場町の宿に、二日目の今日からは修道院に泊まる事になっているらしい。

 マルゴットの話から察するに、今バザルは外部の者を歓迎しない空気が漂っている様だし、訪問する目的が村を揺るがす事であるため、バザルから馬車で3時間程の距離にある修道院から、村に通う事になったのだった。


 修道院の広い敷地に一行が到着すると、事前に連絡を受けていたからか、修道士達が建物から出て来て、先に馬車から下りていたバシリーと会話を交わす。


「こんなに大勢でおしかけているのに歓迎してくれるなんて、この国の聖職者様達はとてもお優しいですのね」


「金をチラつかせたらどこの国の聖職者様方も尻尾ふるだろうなー」


「あら?」


 ハイネの聖職者を見下す様な表情から察するに、今回の宿泊の為に彼はこの修道院に事前に寄進の申し出をしたのかもしれない。


(ハイネ様はこういう現実を見てきたから神様を信じないのね)


 ボンヤリと彼の顔を見ていると、怪訝な表情をされる。


「何ボンヤリしてるんだ。俺達も下りるぞ」


「あ、はい!」


 長時間馬車に揺られていたからか、ジルは地面に降り立つ時少しクラリとした。無様に地面に倒れずに済んだのは、ハイネが支えてくれたからだ。


「わ! 有難うございます!」


「アンタが痩せててくれてよかったよ」


「むむ……」


 皮肉気なハイネに何か言おうと口を開こうとすると、バシリーと話していた修道士がコチラに駆けて寄って来るのが見えた。


「皇太子殿下! よくぞこの様な辺境の地までお越し下さいました!」


「3日程世話になる」


「むさ苦しい場所ではありますが、どうぞごゆるりとお過ごし下さいませ! ややっ!? そのお可愛らしいご令嬢はもしや!?」


 修道士は好奇心に満ちた眼差しをジルに向ける。ハイネの愛人か何かだとでも思っているのかもしれない。目立たない様にメイド服でも着てくれば良かったかと、ジルは後悔する。


「コイツは俺の婚約者だ。野次馬根性出してないで、とっとと部屋に案内しろよ無能」


(え!? まだ婚約はしてませんわよ!?)

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