市場にて⑦
「ト……トマトの苗を買いに……」
(言っちゃったわ! やっぱり止められるのかしら?)
ドキドキしながらハイネの様子を伺う。彼は理解できないという表情で首を傾げた。
「……何でそんな物が欲しいんだ?」
「植物を育てるのが趣味なのですわ。土や日差し、気温……生まれ育った所とは何もかも違う環境のこの地で、何か育ててみたくて」
「ふぅん……」
「やっぱり、駄目です?」
「別にいいけど……というか、駄目な理由が分からない」
「まぁ、有難うございます!」
口元で手を打ち合わせて喜ぶジルに、ハイネは視線を反らした。
「デブなのに、可愛いく見える……だと?」
「はい?」
「何でもない。トマト料理、俺はあまり食べた事ないから、実ったら食べさせてくれ」
「勿論! 美味しいトマトを作りますから一緒に食べましょう! あ、話しているうちに、気分の悪さが治ってきました」
「そりゃ良かった。動けるんなら買いに行くか」
道行く人に、苗を売る店を聞きながら2人で市場を歩き周り、漸く市場の端の所に小さなお店を見つけ出した。
農具や、園芸用品、種や苗。植物を扱う物を取り揃えている店に入り、ジルはトマトの苗の事を店主に尋ねる。
「ここにトマトの苗はありますか? 最も味が良い種類と、日照時間が少なくて済むものをいただきたいのですけど」
「トマトの苗? ちょっと時期的に早いな。種ならあるぞ」
「なら種をいただいていきますわ。あ……そういえば私、お金を持ってないのでした」
「金を持ってないのに、買いに来るなよ」
店主は嫌そうな顔で奥に引っ込もうとするが、そんな彼にハイネが待ったをかけた。
「種代ぐらい、俺が出してやるよ」
「え! でも……」
「トマト料理食わせてくれるんだろ? その前払いだ」
「有難うございます!」
買わずに帰った方がいいかと思ったが、思いもかけずにハイネからプレゼントされる事になってしまった。
「これは気合を入れて育てないといけませんわね」
「でも何で二種類買って行くんだ? 実らなかった時の保険?」
「トマトを交配したいのですわ。味が良くて、日照時間にも強い、この国に合った品種を作ってみたくて」
「へぇ……、面白い事考えてるんだな」
ハイネは何の裏も無い、ただ楽しそうな笑顔でジルに笑いかけてくれた。
「アンタ、ブラウブルク帝国大学の大学院で植物学研究しろよ。入試の手続きはバシリーにやらせておくから」
「はい!?」
「心意気を気に入った。明日から家庭教師を派遣するから、入試の為の勉強を始めろ」
「ええええ!?」
運命はジルに次々と試練を課すようだ。
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