第39話 お家にお邪魔します

「じゃ、じゃあ落ち着けるところに、行きますか?」


「はえ?」


 いつもの神域である。

 

 ガー様が、唐突にそんなことを言ったのである。


 当然、オレには何のことなのかわからなかった。


 オレはただ、最近悪魔ちゃんズをはじめいろんな連中が勝手に割り込んでくるから2人きりでおしゃべりもままなりませんねぇ。


 といっただけなのだ。


「ですから、……邪魔の入らない場所に、2人だけで行きましょうかと言っているんです!」


 ポカンとするオレに言って、ガー様は顔をそむけてしまった。(カワイイ♡)


 これが夢でないなら、つまりはそういうことなのだろうか?




 ――というわけで、オレはいつもの仕事場から、ガー様のご自宅へと足を踏み入れたのであった!


「エイドリアーン!!」


 オレはコロンビア! した。(意訳:ガッツポーズをした)


「あくまで、もろもろの邪魔が入らないようにという意味ですからね?」


 浮かれるオレの後ろで、ガー様は念を押してくる。


 しかし、この状況ではしゃぐなという方が無理である。


「でも、オレ、うれしくで……うれしくて……なんかもう、言葉にできない……」


 オレは感涙しながら涙を流してむせび泣いた。


 こんな幸せがあるだろうか?


 なによりも、――こぎれいに整頓されたお部屋を見せられて、興奮しないわけにもいかないだろう。


 いろいろとたまらん。


「あまりじろじろ見ないでください。それに、その……いつも通りでいいですから」


 それもそうですね。


「で、でもこんな状況じゃ、オレ――産卵期のシャケみたいになっちゃうよ♡」 

 

 じゃけん、下ネタの一つもかましておきましょうね♡


「もう! すぐそうやって、調子に乗るんじゃありません!」


「いやぁ、あはは……」


「そんなこと言われたら、私もじゃないですか!」


「……」


「は!? ――私ったら何を。ち、違いますから!」


「あ、いえ。はい……」


 どうやら、オレは大事な事を忘れていたらしい。……そう、ガー様はオレとは別次元の生物。


 淫魔の血を引く神様なのだ。


 つまり、ガー様にとってのオレは、クマにとっての手ごろなシャケでしかない。


 圧倒的優位に立つ、捕食者でしかないのだ。


「き、気を取り直して、まずは落ち着きましょう!」


「そ、そっすね。今回もお土産持ってきてますんで」


 まぁ、解ってたことだしね。


 大丈夫。エッチなことさえしなければいいんだ。


 オレ達は心で通じ合っている。それで十分なのさ。


「えーと、お皿あります?」


「あ! いえ、私が用意しますから!」


「ガー様こそ、そんなにかしこまんなくていいですよぉ~。ここがキッチンですかぁ?」


 オレは扉で閉ざされたキッチンルームへ入ろうとした。


 しかし阻まれた。


「な、なんじゃこりゃあ!?」


 段ボールに。大量のダンボールが、キッチンルームにこれでもかと押し込まれていたのだ!


「……その、とりあえず目に見えない場所にと」


「うへぇ。全部通販したんすか? これ」


 そこにあったのはすべて通信販売の箱であった。そーいや、前にも大量に皿とか買ってたもんなぁ。


「ん? ――じゃあガー様、オレを部屋に呼びたいから急きょリビングを綺麗にしたってこと?」


 すると、ガー様は赤くなりつつ、無言でうなづいた。


 オーケイ。なるほど、よくわかった。


「もう……もうシャケでいい(意訳:今日は死ぬにはいい日だ)」 


 こんなん、もうむりだろ! 可愛いすぎんだよアンタ!


 オレはおもむろに衣服をパージしつつ、モジモジしているガー様に近づいた。


「な、何してるんですか!?」


「すいません。もうガー様が好きすぎて、自分を抑えきれません」


 全裸になったオレは身も心も、そう、まさしく命を賭して繁殖に挑むシャケのごとき動きで、ガー様を補足する。(繁殖できるとは言ってない)


「バカなことを考えるんじゃありません!」


 確かに、今のオレは腹を減らしたクマさんの前に身を投げ出すシャケでしかないのかもしれない。


 だが――


「それで構わない。オレは、あなたが好――――」


「ダメーーーーーーッ!!!」 


 言い切ることもできず、ガー様の放った神器がオレを貫いた。






 意識が戻ってみると、オレはいつの間にかソファーに座っており、ガー様は神妙な顔で向かいに座っている」


「アレ? オレ死にました?」


 前にもこんなことがあったような?


「いえ。――そういうことではありません。ちょっと、その、手を加えさせていただきました」


「どゆこと?」


 ただ気絶していたのとは違うような気がするのだが……? 


「も、もういいでしょう! 言わせないでください!」


 ますますわかんねーよ。アンタなにしたんだよ!?


「なんかこう、すごくすっきりして頭がぼんやりしているというか、あくまでたとえて言うなら、こう、……賢者モーd」


「それまでぇ!!」


「アバ――ッ!?」 


 マジでよく分からん。――が、これ以上聞くと物理ダメージで死にそうなので置いておくとしよう。


「……と、とにかくすみません。ですが、その、あまりポンポン、……『好き』だとか、そういうことを言わないでください。私の方で我慢ができなくなってしまいます」


「うむむむ……」


 とりあえずガー様カワイイ♡ 


 とか言っている場合ではないということか。


 いまのガー様は大好物シャケを目の前にしながらお預けを食らっているクマさんのようなもの。


 それを考え無しに刺激するような真似をしたオレがバカだったということか。


「すみません。……やっぱり私には……」


 ガー様がしょんぼりしたような声を出す。


「いーや。諦めるのは後でもできる! 改善策を探すぞ!」


 オレは決然と言い放った。そう、何事も工夫することで人は成長できるのだ!


「とは言いましても……」


「まずは――どの辺からアウトなのかを探ってみませんか?」


 とりあえず、どんな行動がアウトなのかを共有しておくことが大事だろう。


「なるほど……では、とりあえず、隣に座っても?」


「そっすね。普通の会話はダイジョブなんだし。まずは距離感から、か」


 言って、ガー様はオレと同じソファーに腰かけた。

 

 2人で隣り合い、少しだけ距離を開けて、座る。


 視線が合う。視線を逸らす。


「こ、このぐらいならセーフですかね」


「は、はい。そうみたいですね」


 お互い、照れながらそんな言葉を交わす。


 ――幸せだ。


 そうだよ。生殖行為とか捕食行為とか、そんな獣でも行っているような行為だけが愛を語る手段じゃないんだ。


 こうやって、何気ない時間を2人で過ごす、それだけでも十分幸せじゃないか。


「……もっと、近づいてもいいですか」


 ガー様が言う。オレは何も言わずにガー様の肩を抱いて、引き寄せた。


「……ん」


 ガー様はか細い声を上げる。


 お互いに身体を預けて、密着する。


 お互いの体温と重さを感じる距離。


 大丈夫。何の邪念も浮かんでは来ない。


 ただ、この人が好きだという思いに、自分のすべてが満たされていくみたいだ。


「なんかもう、今日はずっと、このままでいいような気がしてきたな……」


「ええ……」


 オレの言葉に、ガー様も安堵の息を漏らして答える。


 しばし、そんな暖かくも幸せな時間が流れた。


 ――――が、


「ん? ガー様、寝ちゃいました?」


 しばらくすると、ガー様の身体ははずるずると横になり、オレがガー様にヒザを貸すような状態になってしまった。


「ガー様?」


「……」


「聞いてます?」


「……」


 問うのだが、返答がない。


 ヒザマクラぐらい全然いいのだが、寝てしまっているにしては、なんか、挙動が妙というか。


 そのまま、ガー様はうねうねと体をうごめかせている。


 まるで、陸に上がったタコのように。


 気が付くと、ガー様の身体は妙にしっとりとし始め、いつの間にか身につけていた衣服の脱げ始めており―――― 


「ハァハァ……。ご、ごめんなさい。もうちょっと、――もうちょっとだけェ!」


「――喝!!」


「きゃあ!?」


 案の定、がばっとオレに襲いかかってきたガー様をオレは一喝した。


 完全にビーストモードだ。クソ! 残念だが、ヒザマクラ――というよりも一定時間密着するのがアウトらしいな。


「ご、ごめんなさい~!!」


 正気に戻ったらしいガー様は土下座した。


「いいんですよ。それを調べるためにやってるんですから」


 オレは無理にでも笑顔を作る。


 しかし、内心では残念な気持ちがあったことは否定できない。


 本当に幸せな気持ちになっていたのに。


 ――いや、だからとってくじけてはいけない。


「今日はこの辺にしときましょうか」


 オレは、前向きに言った。


「はい。――――ですが、その、もう一回だけ試してみませんか?」


 にもかかわらず、なぜかガー様は食い下がってきた。


「いやでも、今日はもう……」


「大丈夫です! というか名誉挽回させてください。自分がふがいないんです!」


 ガー様は必死に、頭さえ下げてくる。


「解りました。――じゃあ、次はどうします?」


「エプロンがいいです!」


「――はい?」


 わけのわからん応答に、オレは首を傾げた。


「あ、いえ、違いますよ? 以前にエプロンしてたのを見たので……それがちょっとヨカった、というか。……あなたが料理してる姿が好きだったので……それで我慢できれば、自信が持てるというか」  


「……それはちょっと……なんか……なんかイヤです」


「イヤ?」


 一瞬、ピリッとした空気が流れた。


 え? なんでガー様が怒んの? この流れで?


「なんでイヤなんですか!? あなたが言い出したんでしょう!?」  

  

「だって、なんか目が怖いんで……今度にしましょうって」


 なんだが様子がおかしい。――もしや、まだ正気に戻ってない!?


「何でですか? 着てくれるだけでいいんですよ!? ――見てください!」


 言って、ガー様は先ほどの段ボールの海に飛び込んだ。


「おおい!? 落ち着け!」


 なんだってんだ!?


「ほら、あなたのためにわざわざ取り寄せてあったエプロンです!」


「なんでそんなものがあんですか!?」


「着てほしかったって言ってるじゃないですか!」


 オレは、段ボールの中から這い出して来るガー様に対し、緊張感をもって距離をとった。


 オレは――オレはなにか思い違いをしていたのかもしれない。


 このヒトは、正気を失ってこういう行動に出ているわけではなく、元からこういう妄想を抱えながら、あえて実行には移さないという人だったのではないだろうか?


 それを、その扉を――オレは開けてしまったというのか!?


「すいません。今日は帰ります。――さっさと次の転生をしましょう」


 オレはできるだけ穏便な声を出した。警戒は解かないままで。

  

「なにか勘違いをしてませんか? 着てくれるだけでいいんです、それ以上は本当に何もしませんから!」


 なんてことだ……。オレは今「女の子」なのである。


 知りたくもないのに、彼女を部屋に招待して、何とかしてことに及ぼうとして暴走している彼氏を見る女子の気持ちがわかってしまった。


 『今日はそんな気はないって言ってるじゃない!』


 『私のこともっと大切にしてよ!』


 『性欲を満たすことしか考えてないの!?』


 ――っていう状態に、オレは今置かれているのである。


 何千回も転生し続けてきたオレだが、まさか自分がこんな状態になったことなどありはしない。


 つーか、こんなケース基本的にあり得ねぇっつーの。


「――う、ふぐぅ、ぅぅぅうう……」


 すると、ガー様はエプロンを抱きしめながら泣き出してしまった。


「ご、ごめんなさい。やっぱり私はダメです。こういうの嫌いだって言ってたのに……でも、私、抑えられなくて」


 オレが前にモチ子に言った、「女子から来られると引いちゃう」ってやつか。


 まー、今のガー様の迫り方は女子ですらない気がするが。


 だがしかし、こんなことで己を曲げるオレではない。


 ガー様を泣かせてまで、保身を図る気なんて最初からないんだぜ?


「泣かないでください。タイプがどうこうなんてどうでもいい。オレはガー様が好きなんだ。エプロンぐらい、いくらでも着ますから」


 オレは前言を撤回して微笑みかけた。大丈夫、何かあったらまたさっきのように正気に戻してやればいいだけなんだから。


 すると、ガー様も笑顔を返してくれる。



「じゃあ、じゃあ裸エプロンでお願いできますか?」


「――それはダメだろ」


 

 



 その後、下衆な要望を却下する ⇒ ガー様泣き出す ⇒ 微妙に譲歩する ⇒ ガー様調子に乗る ⇒ 要望を却下する。


 というしちめんどくさいループを繰り返した挙句、何とか無事に生還することができた。


 なんというか、オレ達の関係は思った以上に前途多難だったようだ。


 先が思いやられる……。




 ま、それでも好きなのは変わらねーんだけどさ♡

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