第32話 審判の神、ジャッジメント!!!



 ――問題がある。


 いつもの神域。というかいつものオフィスでのことであった。


 向かいで美味しそうに棒アイスをほおばっている女神を見ながら、――男は一人、苦悩していた。


 


 よう、オレだ。とりあえず今ピンチを迎えている状態だ。


 ハタから見れば、いつものようにお土産に舌鼓を打つガー様を見て、オレもほっこり。みんなハッピーな昼下がりを迎えられるはずだった。


 だが、今、このオレは苦悩せざるを得ない!!


 なぜなら……



 食べ方がやたらとエロいからだ!!!



 そもそもウケ狙いだったんだ。


 お土産で◆■◆ピーに似せた極太なアイスを差し出せば、



『なに考えてるんですか!』


『うぎゃー! ごめんなちゃーい!!』



 って感じで、ささやかな笑いになると思ったんですよ。


 いつものアレだよ。


 それで愚痴でも聞きながら次の転生の話になるって寸法だったんだ。


 なのに、なんでこのヒト、何も言わずに喜んで食べちゃうの!?


 気づかなかったとでもいうのか? ――いや、それしか考えつかんのだが。


 今も困惑するオレの目の前で、ガー様は一心不乱にみなぎる◆■◆ピー型の棒アイスを咥えこむ。


 今も赤い唇が、滴るクリームを逃すまいと、吸い付くようにしながら棒状のブツにからみつく。


 つーか舌が長い……。


 肉厚で真っ赤なベロが……くぅ! なんという蠱惑的な動きを!


 つーかなんでアイス食うだけなのにいちいち目を閉じるんだよ!?


 ああ、くそ、今度はそのまま口元をすぼめて……先っぽをすすり上げるかのように……


 んがぁ!! もうたまらん!! 


 とりあえず、そんな光景を見せつけられたオレは非常に言語化しずらい、不謹慎な状態へと追いやられている。


 クソ! 健全な己の肉体が恨めしい。


 これじゃあ、ほっこりじゃなくて、もっこりしちまうぜ!


 しかし断言するが、ガー様は100パーセントエロい意味でこんな事をしてはいないだろう。


 無意識のはずだ。


 だから、これで「しんぼうたまらん!」と襲いかかっても、オレの空回りに終わってしまうわけである。

 

 なんだよ罠かよ。天然のトラップかよ。


 神よ、なぜこの期に及んで我を試そうとなさるのか……。


 てかなんでこんな目に合わねばならんのだ。オレはお土産を持ってきただけなのに!


「んー♡ ごちそうさまでした。――失礼。久しぶりのアイスキャンディーで舞い上がってしまいました」


 言って、いつの間にかアイスを食べ終わっていたガー様が幸せそうな顔を見せる。

 

 ――上等だ! 応えてやろうじゃねーかこの試練に!


「なんだか今日は静かですね? 次の転生先について要望はありますか?」


「……どうか、覚りを開くための修行の地を所望したい所存……」


 オレは合掌しながら大仏のような顔で告げた。


 この上は、オレがオレ自身の煩悩に打ち勝つしかない!


「なんですかいきなり!? 今の今まで普通でしたよね? え? また異世界バグですか??」


 またってなんだよ。バグったことなんてねーよ失礼な。


「オレはこんな自分が恥ずかしい!! 煩悩に打ち勝てるようになりたいんです! お願いします!」


「……いったい何があったというんですか?」


 説明すると面倒だから省くけど、大体あんたのせいだよ!

 

「……ま、まぁよいでしょう。殊勝な良い心がけだとは思います。……けれど、いきなり煩悩に勝ちたいと言われましても……」


 ガー様が難しい顔で検索を始めたその時、この場には有りうべからざるはずの、第三者の声がとどろいた!


「ならば、いい場所があるぞ!」


 オレ達はいっせいに振り向いた。



「――お、お前は『審判の神』、ジャッジメント!!」



「YES・I・AM!」



 鍛え上げられた巨躯を誇る男だった。チッ♪チッ♪ と、洒脱にビートを刻みながら現れたその大男は、


「……」


「……」


「・・・・・・誰だてめぇー!?」


 オレは叫んだ。名前を呼んでおいてなんだが、オレにはこの妙な格好の神? に見覚えなどなかったのだ。


「なんだよ水臭いなマイフレンド。この前ふたりでジャパリパーク行ったろ?」


「ヤロー二人で!? てか、ジャパリパークってホントにあるんだ!?」


「……私は送っていないはずですが」


 あ、やっべ。多分寄り道した時の話だわ。このままだと怒られるわ。


 それは困るわ。なぜなら今のオレには、説教の間ガー様を襲わない自信がないからだ。説教中もガー様は可愛すぎるのだ!!

 

 オレはガー様を傷つけたくないんだ!


「で、なんでオレが模様のないペプシマンみたいな神とジャパリパーク行くんだよ?」


「……フム? そうか、記憶処理を受けてるのか。不憫だなマイフレンド。ならば1から説明しよう!」


「簡潔にまとめてね!」


 ――で、この翼のないペンタゴン(キン肉マン)みてーなデザインの全身タイツマッチョのっぺらぼうとオレが出会った時のことを要約すると、


「……ジャパリパークに行ったはいいが、アニマルガールをモフモフするときにどうしても性欲がみなぎってしまって困っていたオレの元に、お前が降臨したと?」


「その通りだ! どの辺からセクハラになるかのジャッジをオレが行うことで、無事にジャパリパークを走破したのだ!」


 なるほど! 有難迷惑ありがためーわくの神だというところまでは理解した!


 しかし、オレは以前から性欲にさいなまれていたというのか!


「やはり、覚りを開くことは急務! いつまでも性欲に左右されているオレではないわ!」


 人は性欲にコントロールされるべきではない。自ら性欲をコントロールし、真実の愛に生きるべきなのだ!


「うむ! それでこそマイフレンド! 協力は惜しまんぞ!」


「へッ! ったく有難め―わくな神だなテメェはよぉ―!」


 オレとジャッジは互いの腕を組んで友好を確かめ合った。


 わかるぜ! たとえ転生しても、お前とは魂のダチだったってことがよ!


「あの……まったくついていけないのですが……。とりあえず業務の話でしたら座ってください。申し訳ありませんが、連絡を受けた覚えがないもので……」


 ガー様が仕事の話を始めた。そうか。考えたら仕事中に他の部門の人が凸ってきたようなもんだしな。


「……ガー様は知り合いじゃないの?」


「いえ、初対面です」


 そうなるとモチ子みたいな話でもないわけだよな。


 え? どういうことなのマイフレンド?


「ああ、お構いなく。今日は非番なんで」


 ジャッジは朗らか言った。


「あー、あれか。お前休日もヒマだからって仕事場きちゃうタイプだっけ」


「そーなんだよ。やることなくてヒマでさ」


「……狂ってる」


 ガー様、ガー様、本音出ちゃってるから!


「ハッハッハ! まーよく言われます!」


 お休み大好きなガー様には理解できないのだろう。だがいるんだよ。世間にはこういうタイプの社会人が。


「それよりも、精神修行ならいいところがあるぞフレンド」


「おう、それってどこよ?」


「ニムブスの世界だ」


 ニムブス? あー、サキュバスみたいな連中だっけ? たしか、黒く淫らな雨雲族ニムブスつったか。


 それってスゴいの?


「神も精神修行に向かうことがあるほどだ。煩悩のコントロールにはもってこいだぞ!」


「お前詳しいの?」


「そういう時にジャッジをするのも我々の仕事だからな!」


 そんな修行あんのか。考えたらこの辺の神ってなかなかに欲深いもんな。


「ほーん? で、具体的にはどーすんだ?」


「とにかくエロい場所に行って、お前が欲望に負けそうになったら「アウト-!」って言って、タイキックだ!!」


「ふざけんな! それ年末のあれじゃねーか!!」


 あと初手からタイキックはやめろ!! 死んじゃうだろ!!


「ハッハッハ! 年末のあれも我々が加護を与えている大事な仕事なんだぞ!」


「いや、そんなシビアな判定いらねーだろ」


 アウト連発するからオモレーのに。


 するとジャッジは目に見えて落ち込んだ。


「あ、ごめん、言い過ぎた」


 許してマイフレンド♡


「わかってはいた。俺たち別に必要ないんじゃないかって……だが、そう思っても、やらなければならない仕事が、あるとは思わないか!?」


 いや暑苦しーわ。お前みてーなのがいるからサービス残業がなくならんのだな。


「まー修行に行って帰ってこない、なんてことになるとアレだからな、我々が監視につくわけだ」


 なるほど、つらい戦いになりそうだが……なかなかそそるじゃねーか。


 何よりも、そんなところで一生を過ごせば、ガー様をエロい目で見ることも減るだろう。


「よーし、なら行ったろ! 待ってろやサキュバスども!!」


 貴様らのエロ攻撃になど負けんぞ!


「――ダメです!!」


 と、そこで深刻な声を上げたのはガー様だ。なんでさ?


「えーと、いいですかガー様。オレはね、なにも怠惰な転生をしたいとか言ってるんじゃないんです。むしろそう言う環境に身を置いて自制心をですね」


「私が言っているのは……そう言うことではありません。――は、……退廃的な種族です。悪魔の眷属でもありますし、……関わってほしくないのです」


 そーなん?


「まー間違ってはいないな。一応独立した種族だが、悪魔への奉仕種族という面が強い」


 ほーん。にしても相変わらず悪魔ぎらいだねぇガー様。


「……」


 しかし、ガー様はそれきりうつむいてしまった。


「ガー様具合でも悪い?」


「いえ、そんなことは……」


「まー心配はいりませんよ! なにせこの審判の神がついてますから! そう俺の名は、審判の神、ジャッジメント!!」


 なぜいちいち叫ぶ? 


「ですが非番に降臨するのはどうかと……」


「ハッハッハ! 気ぃーにしない気にしない! さぁ行くぞマイフレンド!!」


「おうよ! じゃあ行ってきますねガー様!」


「「うおおおおおッッッ!」」


 どこか深刻そうな面持ちのガー様に見送られながら、オレはジャッジと共に転生した。


 しかし、初めての神同伴の転生がこんなマッチョマンとは……。


 戸惑いこそが人生だとはよく言ったもんだなぁ。

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