第15話 上等なサモエド

 今日も今日とて異世界転生である。


「はぁ~どぉして~、こんにゃ勤めをせにゃならぬぅ~。――おん?」


 またいつもの聖域を指して進んでいると、何やら見慣れぬ人影を見つけた。


「獣人……か?」


 さらに言うなら、何故か和風だ。


 巫女と言うか山伏と言うか、とりあえず、ここらの神々とはテイストの異なる格好の女である。


 基本的には人間よりの獣人だ。


 顔はほぼ人間だが、定番の耳としっぽがついており、真っ白でふかふかもふもふとした体毛が袖から除く手の甲の辺りまでを覆っている。


「――悪魔、だな」


 と男は当たりを付けた。


 基本的にこの辺にる神(まーそこまで知らんのだが)は人間に準ずる形態に妙な装束と言うスタイルになっている。


 あそこまで人外度の高いのは神っぽくない。


 羽やらが生えている悪魔ちゃんズがイメージ的には近い。


 ま、バフォメットみたいにヤギと人間が混じってる風なのも悪魔っぽいしな。


 ――となると、もしかしたらあの悪魔ちゃんズも羽だけじゃなくて、どっかしらケモノ的なもじゃもじゃだったりするのだろうか!?


 こう、普段見えないところがさ。


 ぬぅぅ、け、けしからん! 次会ったら身体検査をしなければ!!  


 というわけで、いい感じに興奮してまいりました。


 ふぉぉ……、この滾りをどうしてくれよう!?


 普通なら(というか道理に従うなら)わが愛する女神であるガー様にこのマグマのごときヤツをぶちまけるべきなのだが、あのアマァ、こっちの気も知らねぇで機嫌がどうのと言いやがる。


 まったく困ったもんだね。でも不思議! もっと好きになっちゃう!!


 と、セルフアヘ顔もさらしたところで、捕縛と行きますかね。


 ガー様ってば、雑魚でもいいから悪魔捕まえてくと機嫌よくなるんだよねぇ。


 そんでまた千年説教(前回のアレ)コースなんだろうなぁ。


 かわいそうな新顔の悪魔ちゃん。


 でも悪いな、オレは愛の奴隷なのさ。


 




 ぶつくさと言いながら、その白いもふっとした悪魔に近寄ったオレは、一気に襲い掛かった。


「御用だ御用だ!」


「わあああぁぁぁっ!?」


 その小柄な影を背後からがっちりわっしりとホールドする。


 ふむ、華奢ではあるが人間で言うと10代半ばと言う所か? なかなか引き締まった身体をしている。


 しかしその上に乗っている柔肉はぴちぴちふにふにとしていて、なおかつその上にふわっと乗っているクリームのようなふわふわの毛の感触が何とも心地よい。 


 要約するともっふもふである。


「なんだお前は!? ――や、やめろ! 触るなぁ! 撫でるなぁ!!」


「よぉーしよしよしよしよし! いやぁ、いい毛並ですなぁ」


 モフフフフフフ。男はここぞとばかりにまさぐりたおす。相手が悪魔でなければ完全に痴漢である。


 フハハハハ、受けるがいい! こんな時のために経験値を振りまくっておいた「撫でる」のスキルを!


「わ、わふぅ♡ …………じゃない! 何なんだお前は!?」


 一瞬、我が魅惑のモフテク(モフモフテクニックの略)にうっとりした悪魔だったが、すぐに正気を取り戻して誰何すいかの声を上げる。


 なんだチミはってか?


「どうも、通りすがりの異世界転生者です。テンプレートに従い獣人の奴隷を解放してパーティに加えたい所存です」


 キリっと真面目な顔で言うのだが、とうぜん相手方には意味など解らないし、おとなしくなるはずもない!


「誰が奴隷だ!! はなせ! 無礼な!!」 


 ふむぅ? ワンチャン、神に使役されてる可愛そうな奉仕種族とかかとも思ったがちがうか。


 まぁ、このさいどっちでもいい。ケモナー大好きと相場の決まって(!?)いる異世界転生者の前でそんなにもふもふしてる方が悪いのだ。


 キサマの命運はとっくに尽きてるんだよぉジョージョオ~ッ!!


「おのれ!」


 子安になりきってもふっていると、ついに堪忍袋が破裂したのか、このケモ耳娘は重厚なナタのようなものを抜き放つ。


 オレはさすがに手を離した。ちょっと! 刃物はやめないか!


「こんな侮辱を受けたのは初めてだ! 斬り捨てる!!」


 おいおい、物騒なヤツだな。


 ま、悪魔なんだしそういうヤツもいるか。


 ――仕方がない。少々気の毒だが、やるしかないか。悪魔をおとなしくさせるには、やはりこれが一番だ。


「――ナンヤ!!」


「――っ!?」


 獣人娘はそのシャウトに、ビクリト反応する。


 そう、悪魔に対する特攻技能〝関西弁〟である。


 このマントラめいた祝詞に耐えられる悪魔はいない! フハハ、これでもらったも同然よ!


「ナンヤコラ!」


「……?」


「ナンヤ! ナンヤ! ナンヤァ!」


「……な、なにを言ってるんだお前は……? いきなり……、気が違っているのか!?」


 しかし返ってくるのは困惑の表情だけである。


 アレ? っかしいな。オレの発音も鈍ったかな!?


 ネイティブな発音でなければ悪魔には通じない。しかし、個人的におかしい所はなかったように思うが……。


 まぁいいか。


「くそ、いよいよもって面妖なヤツめ! やはり斬り捨てて」


 もう一回ホールドして捕縛するぜ。


 オレは獣人娘の持つ鉈をサクッと取り上げると、もう一度抱き上げるようにしてホールドした。


「わぁぁぁぁぁ!? な、なんで!?」


「これぞ絶技! 〝強制だいしゅきホールド〟だ!!」


 強制だいしゅきホールドとは……まぁご想像の通りである。


 相手を無理矢理だいしゅきホールドの体勢にしてしまう。ただの卓越したセクハラである。


 しかし、対面して抱き合ったことで、より濃厚な密着が可能となる。


 下で支える男の腕力によっては女型の自在にリフトアップして体勢を変えることが出来るのだ。


 へそのあたりのやわこい毛をすりすりしたり、あらには首から胸元にかけてのさらさらした毛触りを愉しむことも出来る。


 ――即ち、至福である。


 もふもふもふもふもふ×∞


 もっふもっふもっふ。――もふふふふふふふふふふふうふ。クンカクンカ、スーハ―スーハ―……。


「わあああああぁぁぁぁぁっっ!?!? 嗅ぐなぁ!!!」


 うーんたまらん。この、独特のほんのちょっとだけ香ばしいこの匂い、そう、これは、


「ククク、いいねぇ。上等なサモエド※ の匂いがするぜぇ」


「誰が犬だぁぁぁぁぁ!」


 アレである。わんこの腹とか脳天とかに思いっきり密着してクンカクンカするという。


 「吸い」である。ペット飼いでない輩には若干引かれるといわれる高尚な趣味である。


 密着されるのが恥ずかしいのか体臭を嗅がれるのが恥ずかしいのか、この悪魔――便宜上「モフ子」と呼ぼう。


 モフ子はいまも必死で暴れているる――――が、実のところ、その威力は大したものではない。


 力そのものは微弱なようだな。さほど高位の悪魔じゃないようだ。あの姉妹に比べればホントに子犬みたいなもんだ。


「――クソ、クソォ!! バカにするなぁ!」


 とは言われてもねぇ? ワンニャンを「吸う」のはそれを養う人類の権利であり、決して侵してはならないものであると憲法(どこのかは知らん)にも書いてあるのだ!


「ええい抵抗は無駄だ! 観念して力を抜け、そして仰向けになり、おなかを見せた状態で媚びた表情を浮かべ、『ワフワフキュ~ウン♡』と、服従の言葉を唱えるのだ!」


「ふざけるなぁ!」


「グワー!」


 とうとうキレたらしいモフ子は噛みついてきた。


「あいたた……おい、耳は止めろよ! タイソンかテメー!」


「もう許さん!」


 拘束から逃れたモフ子はもはや問答するつもりも無いようで、牙を剥いてくる。


「聞いてねぇなぁ……」


 と言って、こちらも逃がすつもりはない。そもそも力の差は歴然だ。観念してオレの妻となるがいい!


「――照覧在しょうらんあれ!」


 男が目的を盛大にはき違えようとしている一方で、モフ子は機敏に跳び退り、一声と共に懐から取り出した何かを床にばらまいた。


「んん? こりゃあ、――辰沙しんしゃ※か?」


 すると、床に散らばった赤い粉は意志を持つように寄り集まり、点々と赤い光を灯す。


 すると、このモフ子はその場にひざまずき、拝むようにしながら何事かを諳んじはじめた。


「――かしこみ、かしこみ。天に星辰、地に神跡! 我、巨人引力※へ願いたもう! ――」


 喝破するがごとく唱え終えると、途端に男は足を取られて這いつくばることとなった。

 

「――おわっと!」


 まるで、見えない何かに押さえつけられているような感覚だ。


 局所的な重力異常と言ったところか。


「巨人引力? ――あー、星の中核に居るっつう『引力の巨人』に働きかけたのか。――おのーれ、古風な真似しやがって」


「かしこみ、かしこみ……」


「ぐぬぅ……」


 モフ子がさらに詠唱すると、身体にかかる重力がさらに強まっていく。


 数十倍――いや、数百倍か!


 しかし甘い! この俺を押さえるにはいささか力不足のようだのぅ!


「甘いな、2000倍までは経験済みだぜ!!」


 オレは立ち上がる。


 つーか、魔王とかが良くやるんだよねこういうの。バカの一つ覚えみたいにさぁ。


 で、オレは幾度となくそういう輩をぶっ飛ばしてきてるわけ。 


 ま、つまりはそう言うことだ。小細工としたところで勝ち目はないぜモフ子さんよぉ。


 オレは地を踏み鳴らすがごとく、歩を刻む。


 ククク、さぁ、もう一度ひっ捕らえて心ゆくまでモフってくれるわ! 観念して俺の子を産むがいい!!


「――ぅぅくそぉ……ぎゃふん!」


 すると、一言わめいたモフ子は、そのまま背を向けて走り去ってしまった。


「いやおまえギャフンて」


 いまどき犬でも言わんがな……。


 しかし、逃げたにもかかわらず重力異常は解消されなかった。


 どうもその砂の文様を何とかしないとだめらしい。


「つーかおい! 逃げんなって! あーあー、クソ、足はえーな」


 くっそモフり損ねた。もしくは捉え損ねた。


「つーかこれ自分で解呪しなきゃならんの? めんどくさ……」

 

 




「うぃーす、どーもー」


「遅かったですね」


 聖域には何時もの通り、凛とした居住まいの女神が鎮座している。


「いやーまた新手の悪魔見つけたんだけどさぁ、とり逃がしちったい」


 いつもの席に座りながら言うと、女神は美麗極まる眉を顰める。


「また新手ですか……どんどん増えますね。しかしあなたが取り逃がすとは、また強力な悪魔だったのですか?」


「いやぜんぜん。もふってたら逃がしちゃっただけで」


 すると、ガー様はピクリと眉を上げた。いやん、その仕草だけで恋に落ちそう。


「もふって……と言うと、その悪魔と言うのは体毛が長かったのですか」


「うんうん。ちょうどサモエドみたいなかんじで。真っ白でね。いやぁ。もっふもふでしたわ」


「白くて――もふもふとした……女性でした?」


「うん。小柄だが引き締まった肉が素晴らしかった」


「耳のおおきい!?」


 いや、どんだけ確認すんだよ。


「そうだよ。ここいらじゃ見ない格好してたねぇ。和風っつーかエキゾチックと言うか」


 すると、ガー様は、がたーん、と椅子を蹴倒す勢いで立ち上がり、うるわしき双眸を見開く。


 おいおいなんだよ。


「それ、悪魔じゃないですよ!」





 

 To Be Continued






補足


※上等なサモエド


サモエドっていうのは皆さん一度は見たことがある、でかくて真っ白いわんこだよ!


ふっかふかの毛並みから見てるだけでもモフりたくなること請け合いだね!


ちなみに、別に上等とか下等とかあるわけじゃないから本気にしないでね!


皆が可愛がってるワンコは、みんな一番だからね!





※辰砂(しんしゃ)


赤い鉱石。別に魔術的な意味合いが強いものではない。


が、とりあえず血の色のような鮮やかな色合いが中二心をくすぐる石でもある。


ぶっちゃけ勢いで出した。


「辰」つながりで辰星(星の総称)に働きかける触媒にされたようなイメージ。


あくまでイメージ。



 



※巨人引力


ぶっちゃけ、こちらもファンタジー的な用語でもなんでもなかったりする。


夏目漱石の「吾輩は猫である」に出てきたので知っている人も多いかと思われる。


万象は「引力」という名の巨人が星の中心から呼ぶからそこへ「落ちる」のである、という寓話のようなものであった。


なんかネーミングが面白くて何かに使ってみたいと思っていたので、実行した次第である。


万事はテキトーのなせるわざである。











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