第2話 パンツが欲しい


「――では、次の転生についての要望はありますか?」


 再び、いつもと同じやり取りが繰り返される。だが、返答はいつも通りとはいかなかった。


「それなんすけどね。――パンツが欲しいです」


 開口一番。男はそう言い放った。それはもう凛とした声で。


「……」


「……」


「も、もう一度いいですか?」


 己が耳をうたがった女神は問う。


「次の転生にあたって、パンツをいただきたいといいました」


「……、そ――」


「パンツが欲しいです」


 二の句を継げないでいる女神へ向けて、男は矢継ぎ早に言葉を繰り出す。 


「パンツです! もちろん、ガー様のパンツが欲しいです! もちろん、今はいている物を所望します。できればガーターも付けていただきたい!」


 男は言い放った。迷いのない声であり、視線であった。


「……ガー様って何ですか。バァ様みたいに言わないでください」


 ガーターの女神様。略してガー様である。呼びにくいから仕方ないね。


「ごまかさんでください! パンツが欲しいんです!」


「……い、今ならまだ聞かなかったことに…………」


 なにかヤバいものから目をそらすように、女神は顔を背ける。


 しかしそこへ、さらなる声が叩きつけられる。


「いいや聞いていただこう! パンツをください! 女神さまのパンツが欲しいんです! 今、あなたがはいてるホカホカのやつをアバーッ!!!」 


 あらぬ方々からの雷が男の五体を射抜いた。神の権能として標準装備されたスタンショックである。


 標準装備と言えどあなどるなかれ、そのストッピングパワーは迫りくる超人ハルクを押しとどめるとまで言われるほどだ。


 ――が、それでもなお、今この転生者を押しとどめるには足らないようだった。


「まだだ! まだオレはあきらめねぇ!」


「なんのやる気なんですか!? というか、いい加減になさい! なんでそんな話になるんですか!?」


「も、もちろんただ欲しいというわけではない。理由ならあるんだ」


 男はふらつきながらも立ち上がる。さながら10カウントを拒否するボクサーの如く。


 その顔には、命に代えてもパンツを、という覚悟さえうかがえる。


「なんでそんな顔で人の下着を所望できるんですか……」


 一方女神は絶賛ドン引き中である。が、男は引かない。


 その顔には、引かぬ。媚びぬ。顧みぬ。の漢の三原則がありありと刻まれていた。


「ま、まずはそのわけを話しなさい……」


「えー、カンタンに言いますとね。金銭チートがしたいんですよ」


 男は一変して軽快な口調で解説し始める。


「……金銭……、財産を持って転生したいということですか? ですが、なぜそれが下着の話に……」


「えー、ちょっと戻って話しますとね。オレってもう数えきれないほど転生してるでしょ? もうチートやりつくしてんですよ」


 軽く例を挙げると、スキルチート・魔力量チートに始まり、ステータスチートに現代知識チート、知能チート、魅力チートに内政チート、技術チートに資源チート、使い魔チートに武装チート幸運チート、血統チートに秘された身分チート、果てはシンプルな暴力チートに捕食チート環境チートに逆にチートがないが故のチートとか概念的なものまでやりつくしているわけである。


「……たしかに、いろいろ手を尽くしてきた感はあります。よく覚えてますね」


「記憶消去のせいで細かいとこは思い出せませんがねぇ。――で、オレなりに次の転生を実のあるものにするためにも、いろいろ考えたわけです!」


「……それは、見上げた心がけです。ここまではたしかに。……ですがなぜそれが下着の話になるんです?」


「だって、金銭チートをするにも、ただ、金を持っていくって話にもならんでしょう? 転生先で何が金と見なされるかわからないんだし」


「それは、……そうですね。もし、それをやろうとするなら……」


「何かの高級な、どの世界においても普遍的な価値のあるアイテムを一つ持たせること。それを転生した先の世界で換金すればいいって話ですがな」


「……」


「……」


 そこで話を切った男のドヤ顔を、女神はまじまじと見つめた。


「――――え!? それで下着をよこせといったんですか!?」


「当り前じゃないですか。なにしてんですか。早くパンツをください」


「い――嫌ですよ! なんでそれで下着なんですか!? ――その、もっと何かあるでしょう! 装飾品とか……何なら神界の食べ物なんかでも」


「シャラァァァァァップッッ!!!」 


 まるでカラテシャウトの如き怒号がこだまする。


「ヒィッ!」


 あまりの事態に動揺していたのだろうか? 女神はおののき、うろたえ、世にも艶めかしい腰つきのまま椅子からずり落ちた。――どうも予測不能の事態には不慣れなようだ。


「そんなもんが転生先で価値があるかどうか、わからんでしょうが!」


「じゃ、じゃあ、下着でも一緒でしょう?」


「そんなことはない!」


 男は断言した。そんなことはない。――そんなことはないのだ!


「美女のパンツには価値がある! たとえ世界が違っても、それがわかる奴は必ずいる。――いるのだ!」


 男は重ねて断言する。そう、その世界に貴金属の価値や、神の食物への価値を解する者がいなかったとしても、なんなら神の力を宿した神器の価値を知る者がいなかったとしても、――パンツの価値を介さぬ男はいない!


 数千もの転生を重ね続けてきた漢の、それが結論だったのだ。


「誰かに理解されなくてもいい。独りよがりの結果なのだとしてもかまわない。俺は、それでも、胸を張って断言する。ガー様のパンツには、それだけの価値があると!!」


「――――」


 言い切る男を前に、女神は立ち上がることも出来ず、何も言えずに口元をあわあわと開くばかりだ。


「反論は無い――ってことでいいっすね。――では、パンツをいただきましょうか」


「……意味が解りません」


「わからなくてもいいんですよ。ただ、パンツをくれれば」


「は、いえ、――その、い、いやです」


 女神は半泣きのまま、しかし、確かにそういった。


「……」


「……」


「ハナシ聞いてました?」


「聞きましたけど意味が解りません」


「……」


「じゃ、仕方ないっすね」


 男は笑った。――牙を剥くように。


「そ、そうでしょう? いくら何でも下着は無茶……」


「こうなれば、――直に剥ぎ取るまでよ!!」


 漢は叫び、床で腰砕けになっている女神に襲い掛かった。


「きゃあああああぁぁぁぁぁッ!!」


 先ほどのスタンショック機構は彼女が常に携帯している杖のようなもので操作されていることはわかっていた。

 

 床で腰砕けになっている今の彼女には、抵抗する術がないのだ。


「や、やめなさい! ――いやぁ、やめてぇ!!」


「これはね、お仕事なんですよ! ガー様のお仕事じゃないですか! ガー様にはオレの転生をサポートする義務があるんですよぉ! へへへ、これは決して前回オレをおちんちんランドへ送ったことのリベンジとかじゃないですからねぇ。グヘヘヘ……」


 下卑た笑いとともに、ついに男は女神のスカートに手をかける。


「さぁ、自慢のガーターもここまでよ! 観念せいや!!」


「別に自慢じゃないです! ――ああ、いやぁ……堪忍してェ……」


 このままジャンルがR-18となってしまうのか? というかパンツを剥ぎ取るだけで済むのか? 済むものなのか?


 




「――なーにをやってんだいコイツは」


「グワーッ!」


 しかし、男は背後からの攻撃にあえなく倒れ伏した。


「…………よ、よかった」


 へなへなと安堵の息をこぼす女神を助け起こしたのは別の女だった。


 上背があり体格もよく、ボリュームのある紅い髪が特徴的である。


「ダーメじゃないスか。人間に気は許すなってのは鉄則っすよ?」


「わかっては……いるんですが……いきなり意味の分からないことを言われるとどうしても」


「く……キサマ、何者だ」


「私の後輩の女神で、警備部の者ですよ。――まったく、反省なさい!」


「警備部だと……!? バカな、早すぎる……」


 男は、床に這いつくばったまま恨みがましい声を上げる。


 それを見下ろし、居住まいを正したた女神――ガー様は宣下するように告げる。


「フ、――神を侮るものではありませんよ」


「先輩、ドヤ顔してるとこあれなんですけど、別にあたい仕事で来たわけじゃないですよ?」


「……」


「……」


「……え!? じゃあなんで?」


「休憩中ヒマだったんで、なんか美味しいものでもないかなって」


「えぇ―……」


「くそ、そんなことでオレの覇道が阻まれるとは……」


「なにが覇道ですか!」


「残念だったねお兄さん。しかし女神を相手に狼藉ろうぜきとは思い切ったねアンタも。――さァ、牢屋で頭を冷やすんだね」


「――ここまでか」


 女神がやたらとあきらめの良い男を引っ立てようとした所で、ガー様は声を掛ける。


「あ、いえ。そこまでしなくても結構です」


「はぁ!? 先輩何言ってんですか? だっていま」


「そう見えたかもしれませんが、その、ではないのです。ええと、その、つまりは……」


 そうして、女神は余りにも馬鹿々々しい事の次第をしぶしぶ説明した。


 対する後輩の反応は――爆笑であった。


「――――せ、先輩、そんなことでパンツ取られそうになってたんすかァ」


 思い返してなお恥ずかしさが増すのか。女神はその笑いを受け止めとる。


「私がしでかしたことではないんですよ……」


「んまー、先輩のスカート短すぎは他の連中も言ってますしね。パンツが気になんのもある意味仕方ない」


 確かに、この後輩のスカートがロングなのに対してガー様のスカートは超ミニである。


「こ、これは神のあるべき形としてこういうデザインになっているのです! あなたたちのように私的に改造していいものでは……」


「皆やってますって。ホント、堅物だなぁ先輩は」


「ガー様って、神様の中でも堅物キャラななんすねぇ♡」


「……」


「なんで無視するんどぇすか―!?」


「無理やりパンツ取ろうとしたからだろ」


「でも必要だったんだもん!!」


 子供のように言う男に、赤毛の女神は困ったように微笑んだ。タイプは違うがさすがは女神というべき美貌である。


「まーだ言ってんのかい。――ま、面白いものも見れたし、ここはあたいが一肌脱いでやろう」


「ファ!? 何かいい案でもあんの?」


「あたいのパンツをやろう」


 き出したのはそっぽを向いて、むくれていたガー様である。


「な、ななな何を言い出すんですか!?」


「先輩のはパンツはすげー高いヤツだからさ、いきなりくれって言っても、無理な話さ」

 

「……フム?」

 

 言いつつ、紅毛の女神はごそごそとアイテムボックスのようなスペースをまさぐる。


「だからこれをやろう。鑑定スキルでもあれば女神のパンツだってわかるハズだ」


「マ――マジかよ――こ、これは…………ッッ!」


 そして男に手渡されたのは――


「い、色気ねぇぇぇぇぇ!!」


 何の装飾も施されてはおらず、とにかく厚い布地で作られた頑強そうなパンツだった。


 面積もガッツリと広範囲を覆うようにできており、むしろ男物を思わせる。


 さらに、幾度も洗濯を繰り返してクタクタになっているのが分かるのである。


 これが女神のパンツと一目で見抜くのは至難の業と思われた。


「ナハハハ。値段もすっげぇ安いぞ。でもパンツはパンツだろ? リクエストには応えたわけだ」


「た、確かに……」


「な、なななにを考えてるんです!? ――アナタも嗅ぐんじゃありません!!」


「ガッツリ洗った後の奴だから大丈夫っすよ」


「確かに……漂白剤のにおいする……。ありがてぇんだけど、驚くほどありがたみがない……」


「あたいらは訓練やらで結構動き回るからなぁ。先輩みたいにやたら角度のあるパンツはいてたら食い込んじまうよ」


 そういって、赤毛の女神は呵々と大笑する。


「……なんつーか、あけすけな後輩さんですなぁ……」


「……」


「というか、ガー様のパンツってそんなに角度エグいやつなの?」


「し、知りません。普通です!」


 知らないハズはないのだが……。まぁいいだろう(ゲス顔)。


「あ、それはそうとガー様!」


「今度はなんです?」


「これが上手くいったら、次こそはガー様のパンツでお願いしますね!」


「――つ、次なんてあるかぁ!! ……じゃない、あ、ありません!」


 顔面崩壊ギリギリで叫ぶガー様を余所に、いい笑顔のまま、男は新たなる異世界へ転生していった。


「……」


「ありゃあ、あきらめるタマじゃないっすわ。……適当なパンツ用意しといたほうがいいんじゃないですか?」


「――絶対イヤです!」


 赤面した女神の絶叫は、いつまでの神域に響き続けたのであった。


 

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