少女漫画の主人公だった私は、『感情具現化スキルS+』の最強受付嬢になって、漫画の「ハリセン突っ込み」「眼がビヨ~ン」「鼻血ブー」「頭に石がガーン」「なんですって(雷ピカ)」を駆使して魔物を倒します!

宇枝一夫

第一部

序章

プロローグ 冒険者ギルドのある一日

 アイシール地方ナゴミ帝国東部にある、ヤゴの街。

 この街にある冒険者ギルド、《リオンの双子山亭》には、ある名物な受付嬢がいる。


「いらっしゃいませ冒険者さん。このヤゴの街は初めてですか? リオンの双子山亭へようこそ!」


 白のシャツの胸元を開け、藍色のスーツスカート、ナチュラルカラーの淡い桃色のパンストにちょっと高めのヒールを履いた受付嬢は、後ろに束ねた黒髪を揺らしながら、カウンターに現れた男性冒険者を営業スマイルで出迎えた。


「へぇ~かわいい子いるじゃん。俺は《ツルの都》から来たんだ。しばらくやっかいになるぜ」

 真新しい青銅の鎧をまとい、背中に長剣を背負った戦士は、白い歯をのぞかせながらキザっぽくにあいさつを返した。


「ありがとうございます! まずはどのようなご用件でしょうか?」

「そうだなぁ~。まずお姉さんのお名前はっと……」

 男は左胸に付けられた名札を見る……ふりをしながら、シャツの上からぴっちりと盛り上がった胸の膨らみに顔を近づける。


「あ、申し遅れました。私は八真斗ヤマト撫子ナデシコと申……」

「ん~名札が傾いていてよく見えないなぁ~」

 男はそうつぶやきながら名札をつまもうとするが、

「おっとぉ」


”ぷにぃ””ぷにぃ”


 人差し指と親指は名札ではなく、シャツの上からナデシコの胸の柔らかさを確かめていた。

「いやぁ、なんか指が滑ってさぁ~。てか、この胸の柔らかさと弾力は反則級だぞ。まさに

”この世の人間とは思えない感触……」


『イ、イ、イヤアァァァァ!!!!』


 ギルド中に響き渡るナデシコの悲鳴。

””ヒュン!””

 同時にナデシコの口からカタカナと感嘆符が描かれたトゲトゲの吹き出しが飛び出すと、男の右のほほ横を高速で通り過ぎ


”スコーーン!!”。


まるで手裏剣のように後ろの壁に突き刺さった。

 ”ハラリ!”と右耳の上の髪数本が男の肩に落ちる。


「え? 今、なんか顔の横を通り過ぎたような……」

 後ろを振り返るが、壁に刺さったトゲトゲの吹き出しは、淡く光りながらすでに消滅していた。

 両胸を押さえながら涙目になるナデシコに、男は再びにやけた顔でナデシコの体を眺めていた。


「へっへっ! あんた新米さんだな? これぐらい冒険者ギルドではただの挨拶だぜ。ほれ、周りをみてみな」

 他のカウンターやテーブル席の冒険者は、みんなにやけながらナデシコと男を眺めていた。

「そ、そんなことより、ご用件をおっしゃってください! あっ!」

 男はナデシコの右手を両手で握ると、甘い言葉をささやいた。


「俺、君のことが気に入っちゃったんだ。今日はいつ上がり? 迎えに行くよ。いい店知っているんだ」

「こ、困ります……離して……ください」

 ナデシコは右腕を引くが、まるでくっついたように男の手から逃げることは出来なかった

「困らせやしないよ。めくるめく時と極上の快楽を、共に楽しもうぜ。寝かせないどころか、君の方から一晩中欲しがるようになるからさぁ」


『い、いや……離してくださぁ~い!』


 ナデシコは左手を高々と上げると、手のひらが光り、二メートルほどの巨大な


”白いハリセン”


が現れた。


『いよっ! 待ってましたぁ!』

『やっちまえ! ナデちゃん!』 

「へっ!?」

 他の冒険者からの声に、男は一瞬きょとんとするが、すぐさま


”スパーーーーン!”


 右こめかみにハリセンの衝撃、右耳には澄んだ打撃音が飛び込んできた。


「離して!」

”スパーーン!”


「離してください!」

”スパァァン!”


「離して! 離して! はなして! なして!」

”パァーーン!””パカーーン!””ポコーーン!””ポフッ!”


 ナデシコは男の頬やこめかみだけでなく、頭やあごにもハリセンの殴打を浴びせまくる。

 やがて男は白目をむき、ナデシコの手を握る握力が弱まっていった。

 すぐさまナデシコは右手を引っこ抜くとハリセンを放り投げ、今度は両手を頭上に掲げる。


「いい加減に!」

 両の手が光り、具現化されたものを両手でしっかりと握りしめると、

「でたぁ! 最終兵器!」

「痴漢野郎をぶっとばしな!」

 男女の冒険者のヤジと共に男の頭頂部に振り下ろされたのは、オーガが振り回しそうな巨大な


”ピコーーーーーン!!”


《ピコピコハンマー》であった。


「あ……あぁ……」

 体中の骨が砕かれたかのように、男の体はカウンターに突っ伏すと、滑りながら床に崩れ落ちていった。

「はぁ……はぁ……ふぅ」

 上気した顔、頬や胸元を伝い落ちる汗、そしてシャツが張り付いた二つの胸の膨らみに、わずかに盛り上がった突起物。

 男性冒険者たちはその妖艶なるナデシコの姿を”今夜のおかず”にしようと、目に焼き付けていた。


「どぉ~したのぉナデちゃん。あ~あ、”また”かねぇ~。ハァッハァッハァ!」

「まぁた不埒ふらちな冒険者と遊んどったんだなも~ヒャッヒャッヒャ!」

 奥の厨房から現れたのは、ギルド長、兼、まかないである双子の老婆。

「あぁ~ん。ゴルドおばあさん! シルおばあさん! 怖かったよぉ~」

 二人を同時に抱きしめながら、ナデシコの左右の眼からはアーチ状の涙が噴水のように飛び出す。

 すぐさまゴルドとジルは、どこからともなく大きな鍋を取り出すと、ナデシコの涙を鍋いっぱいまで貯めていた。

「おうおう、ぎょうさん(たくさん)出たがね~」

「乙女の涙はええ出汁になるでなも~」

 ちなみにごルドおばあさんの語尾は『がね。だがね』。シルおばあさんの語尾は『なも』である。


”ゴトン!”


 男性、女性冒険者が三人に近づくと、コップをカウンターの上に置いた。

 中にはギルドにいる冒険者から集めた金貨が半分ほど入っていた。

「ゴルばあさん。”いつものように”コイツを部屋で一晩休ませてやってくれ」

「おかげでいいモンが見れたからさ」

「あいよ。まいどありだがね~」


「な、なにが……あったんだ……」

 男が目を覚ますと、集まってきた冒険者たちが顔を近づけながら次々と話しかける。


「へっへっ! あんた、”ヤゴの街では”新米さんだな。これぐらいのこと、このギルド、そしてヤゴの街ではでは日常茶飯事だぜ」


「よく聞きなおぼっちゃんよ! この受付嬢はやがてナゴミ帝国のみならずアイシール地方全土にその名をとどろかせるであろう御方!」


「帝都の冒険者ギルドですら判別不能なため、暫定的に新しく創設されたスキル、

《感情具現化スキル》を持ち」


「さらに! あらゆるスキルの最高ランク『S』を遙かに凌駕りょうがする、

S+エスプラス』ランクを持つ」


「『少女漫画』という名の異世界からおいでになった、ヤマトナデシコ嬢とは、この御方のことよぉ!」


「感情具現化スキル? ……S+ぅ? ……ははっ、なにがなんだか……」

 混乱した男は再び白目をむくと気を失った。

「あらよっと」

 屈強な男性冒険者が男を肩に乗せると、ギルドの一番安い部屋へと放り込んだ。


「すいません! すいません!」

 騒がせたお詫びとして、冒険者たちにぺこぺこ謝るナデシコ。

 しかし誰も文句は言わない。

 なぜなら、頭を下げるたびに胸が揺れ谷間があらわれ、男性冒険者たちの”おかずのおかわり”になっていたからだ。


「いいってことよ。あんたのおかげで、あたいたち女冒険者や街娘に不埒なことをする痴漢野郎が減ったからね」

 女性冒険者の慰めの言葉に、ナデシコは笑顔を取り戻す。

「あ、ありがとうございます。お役に立ててなによりです」


 やがてギルド内は平穏な空気を取り戻し、仕事に戻るナデシコ。

 そこへ現れたのは、楕円形だえんけいの体に二本の触覚と六本の足が生えた漆黒の生物。


『ひっ! ゴ、ゴキ……』


 ナデシコの息を飲むような悲鳴に、冒険者たちの体にはドラゴンに出会った時以上の緊張感が満たされる。


『全員! 伏せろ!』

 屈強な男性冒険者の言葉を合図に、食事や酒を放り出して床に伏せる冒険者たち。


『キャアアアアアアァァァァァ!!』 


 ナデシコの体中から射出される無数の《集中線》は鋭い針と化し、四方八方へ飛び散りながら、


”パリン!””ビシ!”バシャァ~ン!”

 ギルド中の窓ガラスやコップ、皿を破壊し


”ドスッ!””ブスッ!””ドドドスス!””ザスッ!”

 天井から壁、テーブルや椅子まで串刺しにしていった。


 そしてゴキブリは哀れ、集中線の一本に体を貫かれ、痙攣けいれんしながらやがて動かなくなった。


「み、みんな……無事か?」

「ああ……なんとかね」

 戦々恐々な冒険者を尻目に


「あっ、いっけなぁ~い。またやっちゃった! ペロ!」


 ナデシコはかわいいそぶりで桃色の舌をだしながら、誰もいない場所、いや、


『この世界を眺めている読者』


に向かってウィンクするのであった。


― ※ ―


ナデシコ「次回 『異世界へ来ちゃった!』 どうぞお楽しみに!」

女性冒険者「ねぇナデちゃん。いったい誰に向かって話しているの?」


ナデシコ「それはもちろん読者様です。私が連載されていた世界、『少女ジュテーム』ではたいてい主役が最後のコマや小口で次回予告をするんです」

女性冒険者「ふぅ~ん、よくわからないけど、未来がわかるっていいモンだね」


ナデシコ「あ、でも次回予告通りの話になるとは限らないんです。むしろその通りになる方が珍しいんですよ」

女性冒険者「なんじゃそりゃあぁ~!」 

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