閉幕 華麗なる小人の脱出劇

閉幕 華麗なる小人の脱出劇

 名前を呼ばれた気がする。

 俺は閉じていた瞼を開き、辺りを見回した。しかし真っ暗で何も見えない。

 ここはどこだ?


「やあ、調子はどうかな?」

 声のした方を見ると、変わり者の製作者が立っていた。

 喰われた時のことが脳裏をよぎり、俺は思い切り顔をしかめる。

「うん、悪くはなさそうだね。うまくいったみたいでよかったよ」

 製作者は生前よくやっていたように、うんうんと何かに納得したように一人で勝手にうなずいた。

『……何の話だ?』

「君の話だよ。フラスコの外に出たのに、まだしっかりしている。彼らのほとんどはフラスコから出ると、たとえ人の魂に入り込んで生き続けたとしても、少しずつ狂っていってしまうんだ。でも、今のところ君は大丈夫そうだね。僕の魂は無駄にはならなかったみたいで、安心したよ」

『……』

 何を言っているのかわからない。

 

 そもそも、ここはどこなんだ?

 なぜ死んだはずの変わり者の製作者が俺に話しかけている?

 研究者に殴られたところまでは覚えていた。

 しかし、そのあとはどうなった?

 テネルは? あのまま連れていかれたのか?

 俺は? ……まさか、死んじまったわけじゃないよな?


『ここはどこだ? お前はなんなんだ?』

「うんうん、いい質問だね」

 製作者は嬉しそうに笑った。

「一度でいいから、君たちとこうして自由に会話がしてみたかったんだ」

『知らねえよ。答えろ、これはどうゆう状況なんだ?』


 変わり者の製作者は不思議そうにじっと俺を見て、ふむ、と呟く。

「君は怒らないんだね?」

『……お前はさっきから何の話をしているんだよ?』

「僕は君のことを食べてた人間だよ。なのに、君は僕に対する怒りよりも、状況に対する困惑の方が強いように見える。僕のこと、恨んでないのかな?」

『お前を恨んで怒れば、またフラスコに戻れるのか?』

「いや、それはたぶん無理かな。君はもうフラスコの中の小人とは違った性質を持っている。……君は、フラスコに戻りたい、のかな?」

『当たり前だろう? フラスコは俺たちにとって世界そのものだ。世界から追い出されるはめになんて、誰が想像できる?』

「……それは、申し訳なかった。ただ、これがあの時の僕に出来る最大だったんだ。独善が過ぎるのだろうけれど、僕は君を助けたかった」

 助ける? 俺を? こいつは一体、何を言っているんだ?

 



  『だって、アナタが生きてるの、本当にただの偶然じゃないの』



 いつだったか。そういえば、嫌な奴が言っていた。



  『アナタを喰らったニンゲンが、

  たまたま呪いで弱っていたから乗っ取れたけれど、』



 あれは、テネルに俺のことを話している時のことだったか。



  『そうじゃなきゃ逆に取り込まれておしまいよん?』




 ……つまり、あれはただの偶然ではなかった、ということか?

 わざと俺に魂を喰わせた、と?

 なぜ? そんなことをして、どうして俺が助かると思ったんだ?

 こいつはなにから、なぜ、俺を守ろうとした? 


 変わり者の製作者は俺のことを真っすぐに見ている。

 尋ねれば、正直に答えが返ってくるだろう。そう確信できるほどの、製作者の真っすぐな視線を前に、俺は。


「……悪いと思ってるなら教えろ。ここはどこだ? 死んだはずのお前がなぜここにいる? テネルはどうなった?」


 俺は、今俺が知るべきことは製作者の真意じゃない、と判断した。

 

「テネル? それは……君の友だち、なのかな? そうか、なるほど」

 製作者はなぜか少し寂しいような、嬉しいような、よくわからない表情をする。

「ここはたぶん、君の夢の中だね。死んだ僕がこうして君と話をできるのも、ここが君の夢だから。僕は僕だけど、もう君の一部なんだ。君の友だちは、今、君のすぐそばで君の目覚めを待っている。君にはもう、フラスコはなくても大丈夫そうだ。どこへでも自由に行けるよ」

「そんなこと望んだ覚えはないぜ? 自由? 声も聞こえないのに、何が自由なんだよ?」

「そうだね。これは僕の押しつけだった。申し訳ない」

 変わり者の製作者は、静かに、深く頭を下げる。

「……でもね、声が聞こえなくても、君はひとりではないよ。世界から追い出されたわけでは決してない。僕はいつでも君と共にいるし、それに……ほら、呼んでる」




 どぷん、どこからか水の音がした。

 俺は夢の淵からゆっくりと浮かび上がる。


「パラケルスス」


 目覚めると、テネルと嫌な奴が上から俺を見下ろしていた。

 ここは、以前テネルを迎えに行った湖だ。

「パラケルスス」

 かすれた声で、テネルが俺の名前を呼ぶ。

 そうか、声が出るようになったのか。

『……さっさと逃げればよかったのに、何してるんだよ』

 テネルは今にも泣きだしそうな顔をくしゃりと歪め、ちょっと笑った。

「パラケルスス、ごめんなさい、私、私が……」

『あらん? あのくらいでわざわざ謝る必要なんかないわよん?』

 俺に対するテネルの謝罪を、なぜか嫌な奴が止める。

 テネルに何を謝られているのかも、嫌な奴の言うあのくらい、が何のことを指しているかもわからない俺は、話についていけない。

「え、でも……」

『だってアナタも、小人さんにいきなりぶたれたことあるでしょん? 一発は一発、お互い様よん。ね、小人さん?』

 ね、小人さん? じゃねえよ。

 勝手に話を進めるな。

「で、でも、私のせいで」

 おろおろとするテネルを目の前に、なんだか無性にムカムカしてくる。

 面倒だから、その態度はやめろ。

『あーもう、よくわかんねえけど、わかったから。もう謝んな』

「でも……」

『よくはわからんが、失敗なんて誰でもすることだろ? いつまでも引きずってんじゃねえよ。反省したなら次に生かせ』

『あらん? 小人さんもたまにはいいこと言うのねん?』

『うるさい黙れ』

『あらあら、照れてるのかしらん?』

『いや、なんでそうなるんだよ……』

 テネルは困ったように俺と嫌な奴を交互に見て、ひとつ頷いた。

「うん、わかった……私、もう、こんなこと、絶対に、起こさない」


 真剣な表情で言うテネルに、俺は、背筋が冷えるのを感じた。

 そもそも、こいつは一体何をやらかしたんだ? 何も聞かずにもういい、なんて言っちまったが、本当にそれでよかったのか? 今更ながら自分のうかつさに気づいて、頭を抱えたくなったが後の祭りだ。

 ……まあ、過ぎたことをいつまでも引きずっていても仕方がない。この失敗は次に生かそう。

 

 テネルと嫌な奴に気を取られていて気が付かなかったが、妙に地面が近いような気がする。

 なにかおかしいぞと思っていると、嫌な奴が俺のすぐ隣に降り立ってニヤリと笑う。

 嫌な奴は、俺より少しだけ背が低いくらいで、ほぼ同じくらいのサイズだった。

『ずいぶんすっきりしたのねん、とっても背高な小人さん!』

『なんだよ、これ……』

 体が元の小人のものに戻っているのだ。


 だが、フラスコから出た直後は露出した肌に直接当たる空気が痛かったのに、今はなんともない。体も、人間のものを使っていた時よりも軽く、動きやすかった。

「パラケルスス、本当に小人だったんだね」

 テネルが物珍しそうに、じっと俺を見下ろして言う。

 悪気がないのはわかるのだが、サイズが全く違うせいで見下ろすテネルからの圧がすごい。

『あー……、それにしても、フラスコの中でもなければ人間の体を乗っ取っているわけでもないのに……なんで俺は平気なんだ?』

 首をかしげると、嫌な奴がクスクスと笑う。

『ニンゲンを取り込んだからなんじゃないかしらん? これで新しい巣を探さなくてよくなったわねん?』

『……ん? 巣ってなんだよ?』

『あらん? ふらすこもニンゲンの体も、アナタにとって必要な巣だったんでしょう? 巣になる新しい器を探さなくてよくなったってことは、小人さん、やっと本当の意味でふらすこから脱出できたわねん?』

『……似たようなこと、さっき別の奴からも言われたよ。そいつの言うところによると、俺はどこへでも自由に行けるんだと』

『あらん? それは素敵ね、おもしろそうだわん!』

 人間の体を乗っ取る必要はなくなった。

 だが、これからどうする? こんな小さな体で、どうやって売られて行った仲間のいる首都を目指せばいい?


ふらすこからの華麗なる小人の脱出劇が観れたことだし、次は小人さんとニンゲンのヒナが二人で演じる演目よねん? 楽しみだわ!』

 嫌な奴がはしゃいだ声を出す。非常に不愉快だ。それに今、聞き捨てならないことを言わなかったか? 二人で演じる演目?

『……おい、ちょっと待て』

『ふふふ、いいじゃない別にん。減るもんでもなーいしー。それにアナタたちだってどうせ、この後どうするのか、なんにも決めてないんでしょう?』

「私、二人と一緒なら、それでいい。パラケルススは、嫌?」

『いや、待て、止めろ。そんな目で俺を見るな』

「私……私は、一緒がいいんだけど……パラケルススは……?」

『わかった、わかったから、圧がすごいんだよお前、顔を近づけるな』


 テネルは嫌な奴を肩に乗せ、俺を服のポケットに入れて、立ち上がる。

 確かにこの先について、まともなプランは何もない。小人が一人で行動するよりも、子どもとはいえ人間と行動を共にするメリットは大きいだろう。

 ……メリットはある、のに、こう、なんだか釈然としないのはなぜだろう?

『……とりあえずこの村から離れないか?』

「うん」

『それなら、あっちにちょうどよさそうな狭間を見つけたのん。行きましょう?』

「うん!」


 楽しそうなテネルの様子をポケットの中から見上げ、まあ、いいか、と思う。

 当分はこのまま、嫌な奴の言うところの“二人で演じる演目”、とやらに付き合ってやろうじゃないか。


 不自然に空間の捻じれた場所まで来ると、テネルは立ち止まる。

 テネルの言う傷は俺には見えないが、これだけはっきりと空間がおかしなことになっている狭間なら、俺にも視認することができた。

「じゃあ、行くね?」

『ええ、行きましょう』

『おう、行くか』


 俺たちは、テネルと共に狭間へと入って行った。

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