第4話 家

 家の外観はこの地方の一般的なものから外壁と屋根材を選んでいる。白すぎず、黒すぎず、灰色がかった薄い黄色、いわゆる砂色の濃淡のある石壁。オレンジがかった茶色の屋根。まあ、窓に大きなガラスがはまってる時点であれだし、小川を張り巡らせ、水門をつけた治水もあれだ。


 家の石畳の下には水が流れていて、中は冷んやりと気持ちがいい。冬は水門を閉めないと底冷えするはめになるだろうけど。


 中は白い漆喰の壁と、天井には焦げ茶の梁、床は明るい茶色の石。大きなタイルが敷かれているように見えるが、だいぶ厚みのある石畳だ。同じものが大きな掃き出し窓の外にあるテラスに続いて敷かれている。テラスの上には棚、この棚は葡萄棚になる予定。二階の床は梁と同じ色の焦げ茶の板。


 部屋は一階に台所と居間、玄関ホールの右手に台所と繋がった多分家令かれいの部屋。左手には応接室が一つ。二階に寝室と書斎、客間が三つ。居間には寝室に上がる階段が、玄関ホールからは客間に上がる階段があり、客に見せる表の部分とプライベートな奥の部分が分かれている感じ。ホール広いよホール、お金持ちっぽい。


 あとは食料庫、貯蔵庫がいくつか。地下にある貯蔵庫は、玄関ホール側に明かりとりの窓がある。居間のある北側と玄関のある南側で土地の高さが違うため、短い階段の数段分の幅に収まる小さな窓だけど。寝室と客間はどれも風呂つきで、寝室の風呂は大きな窓をつけて明るくしてもらった。


 この家の最も反則なところは水道と下水、食料庫と薪、トイレだ。普通は井戸や川から水瓶に水を汲まなくちゃならないところを蛇口をひねれば水が出るし、風呂はお湯も出る。トイレも水洗、コンロや照明より水回りを選んだ。


 ガスコンロも電気もないが、薪置きの薪は減ることがない。薪集めの苦労はもうしたくない。それに料理用の暖炉と窯を二つつけてもらったし、この国にはないというでかい中華鍋の丸いとこだけついたようなかまども作ってもらった。鍋も置ける。


 石窯はなんかパンを繰り返し焼くとか一晩かけてゆっくり料理したい時用に蓄熱効果が強くて火が消えた後も熱が続くものが一つ、ピザや直火料理用で火をずっと燃す断熱効果が高いものが一つ。見た目は一緒だけど、炉床より下部分とかが違う石らしい。よくわからん。


 食料庫には食材が多数。種類は無限というわけじゃなかったので、たくさん使いそうなものと、こっちの世界にないか、味の大きく違うもの、手に入れにくいものをチョイス……したつもりだが結局結構な量になった。


俺が食べたい料理を思い浮かべ、そこから材料を一覧にしてもらって助言を受けつつ取捨選択させてもらったんだけど、減らすのはなかなか難しかった。


正方形に区切られた棚には、米から始まって白菜、ジャガイモ、お茶の葉、味噌、醤油、麹菌各種。牛、豚、羊、鶏は各部位が板の上に乗せられて棚に並ぶ。桶の中に鮎が泳ぎ、秋刀魚が群れる――桶の中に泳いでいるというより、泳いでいる魚を常に中心に捉えるように、桶の水面が動いている感じ? 日本に繋がってるわけじゃないはずだけど、どうなってるんだろ?


 使っても減らない夢の食料庫。はっきり言ってこの食糧庫に一番力を入れてもらった。 本当は【魔法の才能】ではなく【全魔法】、【武芸の才能】ではなく【全武芸】を勧められたのだが食と快適さを取った!


 清潔で、リネン類も整い居心地の良さそうな家。


 俺の許可がなければ認識できず、入ることもできないし、この敷地内で他人が俺を傷つけることはできない。絶対安全な家。


 この世界、魔法があるだけあって、魔物がいる。移されてから三回月が巡る間はこっちの世界を学ぶために保護されるんだそうだ。どうりで獣の気配がするのに一度も姿を見なかった。雪もやばかったけど、魔物もギリギリだったっぽい。


当然敷地には魔物は入れない、ついでに害虫も。虫刺されがきつかった島での生活の反動が如実に現れている。いるのは姿の見えない精霊と益虫、鳥や獣。獣はあの人たちの助言で森まで許可した。


 姉たちと比べて、寿命がたっぷりあるはずで、その割にスキルが少ないのは、この家にたくさん使ったからだ。


 俺自身は自分で成長できるっていうし、才能はつけてもらったし、後悔はしていない。ちょっと万が一の姉対策に鍛えようとは思うけど。


俺が強くなれば守護してくれた人たちも力をつけるみたいだし。まあ料理しまくるかこの家をもっと快適にするかでも上がるみたいなので深く考えなくてもいいかな。とりあえず、姉と光の玉と姉の友人二人と【縁切】しとこう。


 良い人も悪い人も立場や状況で変わったりするのでなるべくこの能力は使わないつもりだが、この四人には使っても後悔がないと思う。


 リシュをタオルを敷いた籠に入れ、俺は早速風呂に入る。石鹸などの雑貨類も最低限は揃っている、これから好みなものを増やすことになるだろう。――水浴びしていたとはいえ、汚れた体はなかなか泡が立たない上、湯に何だかわからないものが浮いてげっそりする。おかしいな、容姿が変わっても汚れているのはそのままなのか。


 湯上りはさっぱりだ。鏡を見たらなんか美形がいた。ヴァンとルゥーディル、イシュを合わせ割ったような……。黒髪と白い肌、紫紺の目、均整のとれた体。


 俺の容姿を決めるのに、あの中で若い男三人を参考にしたんだろう。どう見ても三人の息子です、ありがとうございました。


 ゴージャス美女と違って派手さはないし、男前なヴァンのお陰かルゥーディルほど凍えそうな美形でも、イシュほど無機質な美しさでもないけど。黙っていても飯屋で増量してくれるくらいのサービスは受けられそうな容姿だ。


 ……こっちの一般的な容姿ってどうなってるんだろう。


 水門を開いて水車に水を流し、米をいて玄米から白米に精米する。使い方は【鑑定】で。食料関係のことは本当に詳細で助かる。出た糠はどうしようかな? とっておいて溜まったらぬか漬けつくるか。


 小さいけれど、ちゃんと搗くタイプといて粉にするタイプが並んでた。壁を隔てて他にも機構があり、【鑑定】したら「布の縮絨しゅくじゅう用」「皮なめし用」だって。縮絨ってなんだか知らんし、食料関係じゃないので使い方が謎だ。使わない気がそこはかとする。


 構造は時代劇なんかで見たものとは違い、水車の機構の大部分は地下にあって、下から臼を回すようになっている。地下といっても、もともと斜面に建っているので、反対側から入れば一階なんだが。石造りの壁と相まって不思議な感じ。


 ついでなのかなんなのか、パン焼き用の窯も付いててなかなか広い。二階は麦の保管場所だと思うのだが、こんな広さはいらないというかなんというか。食料庫と収納があるし、一人だし。そもそも水車があるのが変なのか。


 ――後で食料庫から小麦を持ってきて挽こう。


 小麦は三種類もあって何事かと思ったんだけど、どうやら薄力粉、強力粉、パスタ用。パスタ用だけ独立しててびっくりだよ、デュラム小麦だって。


 少々暑いが竃と窯に火を入れて、リシュに水をやる。基本水だけでいいようなのだが肉も食えるらしい。ただ、今は弱っているので食べさせるならば元気になってからにするよう言われている。知らなかったら仔犬が食えそうな栄養価の高いものを詰め込むとこだった。


 精米した米を研ぎ鍋に入れて炊く。キャベツを千切りにしてサーロインを焼く。付け合わせが変だとは思うが、あのサバイバルの最中食いたかったのが炊きたてのごはんと肉、千切りキャベツだったのだからしょうがない。


 ついでに鍋に根菜類と骨つきのままぶつ切りにした鶏を放り込み、煮込み用の窯に入れる。これは次の食事の準備、鍋は全部厚い鉄鍋だ。


 それにしても、ずっと同じ魚と蟹だったんで肉の焼ける匂いが暴力的に感じる。


 肉は涙が出るほど美味しかった! 塩胡椒だけだっていうのにやばいね!


 胃が小さくなってたのか、予想外に半分しか食べられなかった。【収納】して明日食べよう。時間経過がなくて、植物を除く生きている物以外はなんでも入れられる。

 

 隣にリシュの籠と水の器を置き、真新しいシーツと清潔なベッドで眠る。まだ昼間だけれど、陽のあるうちに急いでしなくちゃいけないことは今はない。気持ちいい――。


 一週間ほどごろごろした、寝込んだと言った方が正しいかもしれない。【治癒】のお蔭か、打撲や擦り傷はすぐ治って健康体だったはずなんだけど、どうにも起きられなかった。起き出したのは飯を食う時だけ、鳥料理作っておいてよかった。


 部屋の掃除とシーツ類の洗濯。今日はラーメンを作る――メインの素材を【鑑定】すると【全料理】が影響して、作れるもののレシピが浮かぶ便利設計。


 ただし、俺が食べたことがあるもの前提なので、こっちの世界の料理を食べ歩きしたいところ。


 鰹節はある。昆布は生なので干した方がいいのかこれ? あ、小麦を挽かないとだめだ。結果、ご飯を炊いて鯵の塩焼きを食べている、漬物が欲しいところ。


 小麦はパンにも使うし、うどんにも使う。さっさと粉にしてしまいたいが、保存用の袋や容器がない。


 お金は姉が最初に国からもらったのと同額をもらった。多いのか少ないのか分からないが食と住には困っていないので他に回せる。今日は買い物に行こう。



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