35.遊ぶ

あ、そういえば、未だ名前を聞いてなかった。


「…今更だけど、名前は?」

『ああ、バタバタしてて言いそびれてた。あたしの名前はエルマ、兄の名前はエルオフで、弟はエルジさ。暫く・・・宜しくな』

「把握。知ってると思うけど、あらためて俺は石田だ。宜しく」


あ、そうだ。俺の名前が飛ばされてるんだった。


「すまん、少し外に出てくる」


俺はエルマにそう言い残すと、風で流された[石田]の文字を追う為、玄関の木の扉を開けて外に出て辺りを見回す。


どうやら此処はエルフたちの小規模な集落らしい。この家の他にもポツポツと沢山の家が並んでいる。


玄関を出てすぐの場所は、緑の綺麗な草が点々と少しだけ生えている空き地の様で、10数才くらいであろうエルフの弟…エルジが目を掻きながら喚いていた。


『うあー!文字が目に入って痛い』


文字!?それは俺が書いた[石田]ではないだろうか。悪い事をしてしまった。てかあれって目に入ると痛いんだ。


『あ、お魚さん!遊ぼ!』


エルジが俺に気付いて振り向く。


「…ああ。遊んでやろうじゃないか!ところで、一体何して遊ぶんだ?」

『そうだ、かくれんぼしようよ!』

「よかろう」


エルジの右手の指先に創り出された光の粒子の様なコインが、ピンッと宙に弾かれる。


『表だ。じゃあ僕から鬼やるよ!範囲は集落の敷地内。30エルッフ数えるから、その間に隠れてね!』

「え、ちょ待って、さんじゅうえるっふって何」

『1エルッフ、2エルッフ・・・』


うわ!よくわからんけどもう目を瞑って数えてる!聞いてる場合じゃないな。急いで隠れるか。


エルジから離れながら、俺は何か隠れるのに使える魔法がないか必死に記憶を探ると、ある魔法を思い出した。


過去の俺が使った事あるような気がする、その魔法。


「〈隠蔽〉」


そう唱えると、忽ち自身の気配と姿が消えていくのがわかった。


(まさかの上手くいった!)


世界から俺が消えた感覚だ。これならかくれんぼにおいて、俺は無敵だ。ふはは。


姿を消した俺は、そのまま近くにあった木の裏へと移動して腰掛ける。


最早俺が見つかる可能性はゼロ。エルジが虫けらの如く『ウァァァァァァン!見つけられないよ〜!!』などと泣き喚き出したら、大人しく出て行ってやるか。想像するだけで愉快だ。ふはははは。


・・・


もうすぐ60エルッフくらい経つんじゃないだろうか。さて、少し覗いてみるか。


俺が木から少し顔を出して空き地の方を覗いたその時、真後ろから声がした。


『みっけ』


振り返ると、真顔でこちらを見ているエルジが立っていた。


「うわぁぁ!見つかった!」


エルジが俺を指差すと、直後俺の隠蔽魔法がいとも容易く解かれる。


え、見つかるの早くね。一瞬やん。


「…エルジは、探すのが上手いんだなぁ。君は天才だ」

『違うよ』


やめろ。その先は言わないでくれ。


『僕が上手いんじゃなくて』


やめろ、やめろー!!


『お魚さんが下手なんだよ』


ぎゃーーーー!!!


『そんなんじゃバレバレだよ。何でそんな隠蔽術式使ってるの?』

「…へ?」

『だから、お魚さんが使ってる隠蔽術式、古いよ』

「え、これ古いの?」


まさかこの俺が流行に乗り遅れていたとでも言うのか。なんたる失態。


「てか術式?」

『そりゃあ、複雑になってきたら、お魚さんも魔法陣は使ってる筈だよ』


俺が、使ってる?魔法陣を?もしかして意思だけで隠蔽を発動出来たのは、俺に魔法の才能があるってことか?


『その辺の羊さんより隠蔽が下手なんじゃ、てんで勝負にならないや』


え、俺そんなにかくれんぼ弱いの?


『お魚さんも隠蔽の魔法陣覚えてよ』


エルジは空中に肩幅程の魔法陣を指で丁寧に描いていく。その魔法陣には、よく分からない記号やマークや図形など、色々な模様が描かれていた。


「ちょ、待って、これ模様一つ一つ意味ある奴だよね?」

『?そりゃそうだよ』

「知ってると思うけど記憶喪失で全然わからないからさ、それぞれの模様の意味とか効果が書かれてる本ってないの?」

『お魚さんが寝てた部屋の本棚にあると思うよ。[魔法陣 基礎編]ってタイトルの本に詳しく載ってると思う…。かくれんぼ、今度やる?』

「やるよ。俺が隠蔽魔法覚えたら、またかくれんぼしよう」

『やったー』


俺はそそくさとその場から退散しようとすると、エルジがそれを制止した。


『待ってて』


エルジは、数10メートル先の二階の本棚のある小部屋の方向に右手を向けて、何か魔力を操作している様だった。


数秒後、エルジの手から突如ゴォーッと発生した突風が窓を通過し部屋へ吹き抜けたかと思うと、エルジの右手には一冊の本があった。


『はぁ…上手くいった。はいどーぞ』


エルジは俺に本を手渡す。[魔法陣 基礎編]の本だ。


「え、ど、どうやったんだ…!??」


口をパクパクさせ、余りの驚きに手とかもパクパクさせている俺に、エルジは自慢気に言った。


『お魚さん、精々頑張ってね!』


それだけ言い残し、エルジは何処かへ去っていった。エルジのお陰で魔法が早く上手くなりそうだ。その過程で何か思い出せるかもしれないし、一石二鳥、いや百鳥だ!


…流石に一石百鳥はやめておこう。想像したらただの化け物だった。

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