第4章 ??編 “呼び水”を冠するモノ

第21話 世界に堕ちる一滴

「これからどういたしますかな?」


 彼が聞く。


「答えを……探す」


 ソレが答える。


「数多の時代、数多の英雄、数多の知恵者、数多の救世主がアナタを見つけられなかった」

「彼らは……知らなかった。叡智えいちとは何であるのかを」

「……アナタならば?」

「見つけられる」


 何を救うべきで、何を排するべきなのか。


「故に……余は――『呼び水の魔王』でなければならないのだ」


 そして彼らは集う。


 彼女を捜す、はじまりの騎士。

 哀しき願いによって生きる、霧の娘。

 天地鳴動により国を滅ぼす、壁画の魔獣。

 彼方より飛来せし、空からの使者。

 叡知が最初に創り上げた、偽りのヒト。


「世界を停止させる」


 命の本流は世界を巡り、一滴ひとしずくが世界へ波紋を起こす。

 波紋の後の静寂を世界にもたらすために――






 アルバルス暦695年、秋。

 勇者領地の中央都市には連日のように多くの旅人や領民たちによって賑わっていた。

 勇者シラノと彼が引き取った奴隷たちにより、世界でも高水準となった中央都市では、あらゆる技術が人々の生活を豊かにしている。


 夜を照らす街灯。離れた所と会話が出来る通話設備。物流の高品質化。細工師を通さずとも可能にした魔法付与。

 これらの発案は全てシラノによるもの。奴隷たちは彼の指導を受けて各々で専門分野を担当し、領地の経済を回していた。

 治安面でも『相剋』を持つシラノの従者達――『覚醒者』が常に警邏しており、誰も悪事を犯そうなどとは考えない。


「いやはや、凄いね。まるで子供の書いた絵物語だよ」


 中央都市の酒場にて、質の良い冷えたエールが普通に出てくる事に驚きながら、摘みを食べる一人の男が呟いた。


「……ゼノンはここ嫌い」


 彼の正面に座る『吸血族』の少女は不機嫌そうにテーブルに寝そべって、ぶー、と文句を言っている。


「客観的に見ても理想郷であると言えるだろうね。多くの者が望む事がここにはある。人波が途絶えないわけだ」

「むー、ギレオはゆーしゃの事好きなの?」

「客観的に見て、だよ。ゼノンちゃん。こう言う都市は過去に一度、彼女が創った事がある」

「そーなの?」

「うん。あらゆる種族の特性を生かし、世界中に根を貼り、時がかかっても世界が“アルバルス”となるハズだった」


 あれからもう700年も経ったのか。時間の流れを早く感じるなんて、僕も――


「すっかり老人だね」

「? ギレオは格好いいよ」

「わぉ、ありがと」


 ふふーむ、と笑うゼノン。そんな彼女を見て微笑み返すギレオ。

 二人は端から見れば兄妹の旅人に見えなくはない。完全にこの場に溶け込んでいる。


「でも、まだー? ゼノン、おなかすいたよ」

「タイミングは大事だからねぇ。あっちで事が起こってからこっちに届くまではタイムラグがあるだろうけど、まぁ誤差はほとんどないよ」


 伝令や人を直に走らせる他の領地と比べれば勇者領地の情報伝達速度は類を見ない。故に、始まれば同時に展開が出来るだろう。


「しばらく、ハウゼンと話をしてると良い。合図が来たら起こすよ」

「そーする」


 ゼノンはそのまま、目を閉じて眠りについた。ギレオは冷えたエールを見る。


「やれやれ……確かにこれはやりすぎだ」


 便利だからと言って、ソレを世界が受け入れているかは別の話である。






「よう、ライド」


 王都、王城にて新たな『覚醒者』の選定に来ていたシラノは、同じく様子を見に現れた王子ライドに挨拶する。

 シラノの傍にいる元奴隷の従者――ナディアはライドに一礼した。


「様子はどうだ?」

「ある程度の候補者はいる。だが、ちょっと問題がある」


 友であり、国の勇者であるシラノの言葉にライドは腕を組んで眉をひそめる。


「何が問題だ?」

「適正だ。『相剋』ってのは過去の経験がモノを言う。特に命を危険に晒した記憶が深いほどに覚醒しやすいんだ」


 国からの要請で『覚醒者』を増やすことを依頼されたシラノは実力者を面談をしたものの、『相剋』を得るに足る経験を持つ者は居なかったと告げる。


「この国は安定してるし、オレもいるからな。精神的にも肉体的にも満たされる奴が多い」

「故に、か。だが俺は覚醒したぞ?」

「そりゃ『パラサザク』と正面から剣一本で向かい合えば誰だって覚醒するさ」


 10年前に戦った『魔獣パラサザク』とシラノは相性が悪く、敗北に迫る程に多大な被害を被った。勝利を納める事が出来たのは戦いの最中でライドの『相剋』が発現したからである。


「あれから10年か。魔災による国力の低下は回復し、次なる驚異に向き合える様になった」

「今なら『三災害』にも手が届く」


 世界共通の驚異である『三災害』。

 それを見越しての戦力と技術の強化は国を挙げてのサポートが行われている。


「お前のところの従者は皆が『覚醒者』だったか?」

「ナディアを筆頭にな。オレも自分の『相剋』を有意義に使える戦術がある」


 パラサザクの一件で、シラノは地力だけでは後れを取ると痛感していた。故にこの10年は領地の発展と、他の底上げに勤めたのだ。


「それは頼もしいな。しかし『三災害』は未だに捉えられん。それにお前の帰還についての情報もだ」


 シラノは召喚魔術によって別の世界から、こちらへ呼んだ人間だった。


「帰る件に関しては、オレの方である程度は目処が立ってるから気にすんな」


 シラノは転移魔法の使い手である。用いる『相剋』の情報を読み取れば元の世界へのアクセスも出来そうだった。


「なら、いつでも帰っていいんだぞ? 俺たちは何とかなる」

「今さら他人事には出来ねぇよ。『三災害』くらいは何とかして帰るさ。それに『勇者』って唄われてる以上『魔王』くらいは倒さないとな」


 常人では口にさえも出来ない事を、シラノにはやり遂げる力がある。


「特に『イフの魔神』だっけか? 『迷宮ラビリンス』と『霧の都ミストヴルム』の出現がランダムであるのは知ってるが、『イフの魔神』に関しては全く情報がない」

「旧史伝の『イフと獣の契約』だけにその名は遺されているが、こちらとしても虹を掴むようなものだ」

「意外と『迷宮』と『霧の都』を倒したら出てくるかもしれない。お約束ってヤツ」

「そうなっても問題が無い状況まで、こちらの戦力は確保しておきたい所だな」

「それはオレも同意だよ。護りたいモノは増えちまってるからな」


 未だに魔王の影も形も見えない。『魔獣パラサザク』がそれに当たるのかと思ったが、ヤツは違うと言っていた。


「出来れば否定的な方々にも快く協力して欲しいものだよ」

「ナルコ様の事を言っているのか?」

「それとヴァルター領な」


 国内の者の大半はシラノを強く支持し、提供する技術を受け入れているが唯一、ヴァルター領だけはソレを拒否し、何かあった時の戦力補助はしないとまで公言している。


「ヘクトル公に関しては父上も手を焼いている。並みの領主ならある程度は融通を効かせる様に出来るが……」

「あちらさんは色々とヤベーからな」


 ヴァルター領の持つ力は国に匹敵するレベルであると言われている。

 『黒狼遊撃隊』に屈強な兵士達。更に雷より速く動くメイドも居ると言う噂だ。

 戦力的にも十分すぎる事に加えて、隣国との外交や、多方面に伸びた経済力も凄まじい。しかも、それらは全て勇者領地からの技術支援は一切ないのだ。


「国が傾く程の事態ならば、ヘクトル公も不干渉ではいられない。今は気にしなくて良いだろう」

「敵に回ると厄介だけどな」

「それはヘクトル公の性格から一番あり得ない」


 ヘクトルは破天荒な性格ではあるものの、国を思う気持ちは他の貴族よりも王へ示している。


「それじゃ、やっぱりナルコさんの方が重要か」

「あの方は自由な方だ。我々がどうこう出来るモノではない」


 ライドの祖父よりも古くからこの国に居るナルコはこの国の御意見番の様なモノだ。

 普段は己の研究の為に学園に引き込もっており、国政に意見する事は殆んど無いが、発言があった際には物事の本質を的確に口にする。

 その姿も学園の教員でさえひと月に一回見るか見ない無いかの頻度である。


「それにナルコ様は今、『地下帝国』の『スフィア』の研究に出掛けている」

「そうなのか? あの人、オレの見立てだと『相剋』持ってそうなんだよな」

「根拠があるのか?」

「ああ言う素性が知れないキャラは、総じて強キャラって相場が決まってるんだよ」


 ライドは他世界の思考を用いるシラノに頭を抱える。


「まったく……ナルコ様は純粋な探求者だ。我々では計り知れない考えをお持ちだ」


 ライドは小さい頃、父に連れられて初めてナルコと会った時から、不思議なお姉さん、と言う印象がそのまま現在まで続いている。


「『魔王』だったりして」

「シラノ……」

「冗談だよ、冗談」


 一通り話をして、夜も更けてきたのでシラノは自分の領地へ帰る事にした。

 ライドも残りの政務を終わらせる為に別れる。






 王城、王執務室。


「失礼する……レガル国王殿下」


 机に座って政務処理をしていた、レガル・シュテルンはいつの間にか目の前に立っていた影に声をかけられてそちらに視線を向けた。


「……一体、いつ入った? 外の衛兵は?」


 目の前に立つのは顔を隠すように青い髪に仮面を着けてフードコートで身を包んだ男。腰には有識者以外に持ち込む事が許されない一振の剣を携えている。


 部屋の外には衛兵が存在し、王城内には勇者シラノとライドが居る。彼らに悟られずにここまでどうやって……


「彼らに非はない……余にとって人と会うと言う事は声を出す事と同義である」

「何者だ?」

「『呼び水の魔王』」


 仮面の男は静かな声でそう宣言した。






「おっと」

「どうしました?」


 中央広場にて、自分の領地への転移魔法を起動したシラノはあることを思い出した。


「しまった。ライドに細工師の件を聞くのを忘れてた」


 シラノはふとした事から細工師フォルド・パッシブの作品を見たことがあった。

 彼の細工が施された魔道具は他とは郡を抜いて性能が良く、是非とも領民として迎え入れたく、ライドに捜索を頼んでいたのだ。


「ちょっと聞いてくるから、ナディアは先に帰っててくれ」

「わたしも付き添います」

「いいって。オレもすぐに帰るから。何かあれば喚ぶよ」


 そう言ってナディアを先に領地へ転移させると、自身は王城へ転移した。






「『呼び水の魔王』……いささか、解釈に困る異名であるな」


 呼び水。全く耳にしない言葉だ。何かを伝える意味があるとしても、かなり理解しにくいだろう。


「かつては……そこら中に咲き乱れていた。その花はヒトを導き、ヒトはその花に感謝した」


 そこまで言われてレガルは隣国の王から“呼び水の花”と呼ばれる特殊な花があると言っていた事を思い出す。


「しかし、もうその花は無い」


 “呼び水の花”は環境の関係か、絶滅したとされる植物である。


「意義を……失ったからだ」

「……今宵、私の前に現れた理由はなんだ?」

「技術の破棄だ」

「なに?」


 魔王の言葉にレガルは眉をひそめる。


「世界は進み過ぎている。ヒトは安寧の揺り篭に酔いしれ、本来の使命を忘れてしまった」

「使命だと?」

「ヒトは……神に成らなければならない」


 突拍子の無い言葉にレガルは目を見開いた。


「レガル王。貴殿は民の為に勇者を召喚し、『魔獣パラサザク』を討った。そして、勇者がもたらす技術に国民も安寧を得るだろう。だが、世界から見ればソレは間違いだ」

「目の前に驚異がある。民が怯えているのなら、我々は剣を取り、驚異を取り除かねばならない」

「国も民も……永劫には存在しない。滅び、創られを繰り返す。ヒトの輪廻のように」

「我々は滅びるべきだと?」

「選択は……いくつもあった。だが……この選択は世界の運命から最も離れている」


 そして、魔王は確信を口にする。


「イフは我々を常に見ている。この世界の事はこの世界の者達で完結させなければならない」

「……その名を口にすると言う事は貴公は『イフの魔神』と接点を持つのか?」


 三災害でも最も情報の無い『イフの魔神』。目の前の魔王はそれについて知っている様だ。


「……魔神はヒトの答えを待っているのだ。今すぐ、フジイ・シラノを元の世界へ帰還させ、彼の作った技術を廃棄し、覚醒者を全て処刑するのだ」

「そんな事はできない」


 その行為事態が国を滅ぼす事になる。それほどにこの国はシラノと覚醒者に依存していた。


「やらねば……イフによる審判が早まる事になる」

「呼び水の魔王よ。貴公は知らぬだろう。この国がどれ程の力を持つのかを」

「そうか……ならば、余が世界の末を引き継ごう」


 魔王は剣を抜く。金属の摩れる音と共に現れた刀身は何の変哲もない普通の剣だった。


「私を殺した所で国は滅びない。それどころか、強く結束するだろう」


 レガルの首が飛ぶ。切り口の首から噴水のように吹き出す鮮血が部屋を汚した。


「……レガル王。王としてもヒトとしても貴殿の判断は間違いだ」


 部屋から物音を聞いた衛兵は、扉を開けて中に入り、魔王と首のない王の遺体を見て驚愕する。


「真の王で在りたいのなら……死を逃げ道に使うな」


 この国は今宵終わる。






 勇者領地。

 ギレオは酒場でゼノンが眠っている所を注意された。起こすのも悪いと思ったので、彼女を背負うと支払いを済ませて酒場を後にした所である。


「やっぱり、忘れられないな」


 ゼノンを背負っていると昔を思い出す。まだ、自分が“ギレオ”ではなかった頃を……


“ごめんなさい。ナナリーがまたご迷惑を……”


 彼女は申し訳なさそうに頭を下げる。

 僕としては彼女と会う口実として特に気にしていなかった。


“もう……行って……貴方を……巻き込めない……”


「だから……ギレオなんだ」


 ギレオは賑わう広間へ足を運ぶと、ベンチへゼノンを降ろしてあげた。

 すると、目の前に光の柱が上がり、そこからヒトが出てくる。


「……」


 転移魔法。目の当たりにするのは初めてだったが、やはり規格外の魔法だ。これが当たり前に都市内では機能している。


「花も枯れるわけだ」


 その時、ギレオは“アンサー”が使われた事を感じ取った。


「ゼノンちゃん」

「……なーに」


 ギレオはゼノンを揺すって起こす。ハウゼンとの会話を邪魔された彼女は少し不機嫌そうだった。


「始めようか」


 その言葉にゼノンは機嫌良く笑い、お立ち台の様にベンチに立ち上がった。


「みんなー! お祭りですよー!」


 その声に道行くヒト達はゼノンを見る。刹那、濃霧が中央都市を呑み込む様に覆っていく。


「さて、我が主の為に忠を尽くすとしよう」


 ギレオは立ち上がる。歩みを進めると、その姿は黒鎧に覆われ一人の騎士へと姿を変えた。


「君たちが“停止する世界”の最初の犠牲者だ――」

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