Data.25 メダロシティ決戦!

 その日、メダロシティはいつもより静かだった。

 でもそれはプレイヤーがいないからではない。

 むしろ普段よりこの街にはプレイヤーがひしめき合っている。

 ただ、みんなこれからの戦いに備えて息をひそめているだけだ。

 

「嵐の前の静けさ……だな」


 第三陣営『チャリンイエロー』もまたシンと静まり返っていた。

 おふざけで参加したプレイヤーも張りつめた空気に黙り込む。

 空気に乗って他陣営の殺気が伝わってくる感じがする。


 こっちの戦力はやはり三百人程度。

 ロクに戦う気もないプレイヤーもちらほらいる。

 まあ、それに関しては他陣営も一緒だろう。

 むしろ数の多い陣営の方が「俺が頑張る必要ない」という他力本願なプレイヤーの割合が増えるはずだ。


 とはいえ、そもそもの数が違いすぎるので不利なのは変わらないな……。


「グリフレット、勝算はあるのか?」


「ないな。正面から戦えば数で潰される。百倍も差があると各々の頑張りではどうにもならん。それにプレイヤーの質も他陣営の方が良いだろう。上級プレイヤーも相応の数いるからな」


「じゃあ、どうするんだ?」


「赤と青で潰しあってくれるように動くしかない。実際、他の二つの陣営の戦力は拮抗していると言ってもいい。無駄に我々との戦いに戦力を割いた方が負ける可能性は高くなる。ある意味こちらは台風の目なのだ。最弱陣営だからこそ、周りを振り回せるかもしれん」


 正直かなり希望的観測だが、その可能性に賭けるしかないな。


 俺たちの陣営のスタート地点は奇怪な植物の生える公園や巨大なアスレチックのあるアクティビティエリアだ。

 隠れられる障害物も多く、逃走もしやすい。

 少数の戦力でこちらを壊滅させることを狙ってきた陣営に奇襲を仕掛けるにはもってこいの地形だ。


 俺の陣営内での役割はバリバリの前衛だ。

 防御特化なので当たり前だな。

 盾を後ろに隠しておく必要はない。


 敵の第一波を受け止め、後ろに控えている広範囲殲滅能力に長けた後衛を守る。

 後衛には銃使いのハルトにドロシィもいる。

 彼女もチャリン陣営で参加してくれた。


「分の悪い賭けは嫌いなんだけどねぇ」


 なんて言っていたけど、まんざらでもない様子だった。

 この日のために暴走覚悟の高レアリティSメダルをセットしているという話も聞いた。


 グリフレットは前衛のすぐ後ろで指揮を出す。

 後ろでふんぞり返っている指揮官タイプではなく、前線に出るタイプのようだ。


 俺と戦った時、グリフレットは手加減しているように見えた。

 この戦いでは全力を出してほしいものだな。

 同じコレクトメダルに選ばれた者として。


「そろそろ開戦だな、チャリン」


 ……そうだった。

 チャリンはいないんだった。


 彼女はこの一大イベントの実況解説をするため、メダロシティ中央にそびえたつメダロタワーにいる。

 合成音声では目まぐるしく変わる戦況に対応できないだろうということで、急遽呼び出されたのだ。

 アドバイスも受けられないし、相談も出来ない。

 俺自身の実力が試される。


『さぁて、お待ちかね! いよいよメダロシティ決戦が始まるんだにょん! 実況及び解説を担当するのは、みなさんご存じチャリンだにょん!』


 空中に巨大なチャリンが投影される。

 いろいろ丸見えだが、普段の服からしてそんなもんなので気にしていないようだ。

 しかし、陣営の中には明らかに興奮しているプレイヤーもいる。

 やっぱりチャリンの熱狂的ファンも存在しているんだなぁ。


 そんなことを考えているうちに説明が進む。

 ルールはいたって簡単だ。

 各陣営が好きなように戦い、生き残った陣営が勝ち。

 勝利特典を得ることが出来る。

 たったそれだけだ。


『もうみんな戦いたくてうずうずしてるにょん?』


 陣営内からも、どこか遠くからも雄たけびが上がる。

 みんな血の気が多いなぁ。

 俺はむしろ、いよいよとなると体が冷たく精神が冷静になっていくのを感じる。


『うんうん! やっぱり戦いは本気でやるから楽しいにょん! それではメダロシティ決戦開戦まで10秒前! 9……8……7……』


 カウントダウンをするチャリンと不意に目があった気がした。

 気のせいか、それとも俺を見ているのか。

 どちらにせよカッコいいところ見せないとな。

 チャリンだって女の子だ。

 女の子の前ではカッコよくいたいのが男のサガってね。


『ゼロ! かいせーーーーーーーーーん! だにょん!』


 遠くから再び雄たけびが聞こえる。

 同時に地鳴りもしてくる。

 そりゃ他陣営は約三万人だ。

 二陣営が動いたとして、合計六万人が動いている。

 それだけ動けば大地も泣くさ。


「では、作戦通りに。前衛を残して他は所定の位置で待機! こちらからは仕掛けない。来た者を確実に狩り、数を減らしていく! 心配するな。こちらは数が少なくとも、結局一人が最後まで生き残っていれば良いのだ。いざという時は、一目散に逃げろ!」


 グリフレットの言葉に「おおっ!」と雄たけびを上げかける。

 まずいまずい……こっちは隠密行動が基本なんだった。

 まあ、最前衛の俺は隠れずにおとりをやらないといけないんだけどさ。


「頼んだぞシュウト。お前の働きで初動が決まる。気を抜くなよ」


「了解!」


 そんなに期待してくれてるとはなぁ。

 こりゃ頑張らないとね。

 などと考えていると、さっそく敵の第一波が姿を現した。

 数は……多くないかこれ!?


「もしや、両陣営ともに本隊を動かしてまず我々を潰す算段なのかもしれん。談合……と言ってもいい。後々漁夫の利を得られんように、また背後を突かれんように協力して潰そうということだ」


「で、俺たちはどうするんだ!? 奇襲なんてこんな数には意味ないだろ?」


「もちろんだ。だからこそ、お前の働きに戦局がかかっている。気を抜くなよシュウト」


「え!? 俺に!?」


 なぜその結論に至ったのかを説明してほしいね!

 まったくグリフレットはいつも言葉が足りない。

 いくら俺が防御特化と言っても、六万人の連合軍は受け止められない。

 受け止めたところで数を減らせない。

 結局じり貧になって負けだ。


 いや、待て……。

 俺の切り札は守りだけが特徴ではない。

 まさか……そういうことか?


「敵の攻撃が来るぞ!」


 いきなり空に暗雲が立ち込め、その中から雷の龍が出現する。

 おいおい、スキルにしても規模がデカすぎないか?


「あれは確か……雷電龍ボルトーロン。一度使うと一週間は再使用できないうえ、タウンエリアでの回復も出来ない普段使いには向かないスキルだ。しかし、それだけの性能はある。こういうイベントにはもってこいのスキルだな」


 そんなスキルが発動したというのに、グリフレットは慌てない。

 もちろん、俺も慌ててない!


「みんなを下がらせろ!」


「うむ、了解した」


 雷の龍以外のスキルは飛んでこない。

 おそらく使っても龍に巻き込まれて消えてしまうからだろう。

 それほどまでに強力なスキルだが、スキルである以上敵ではない!


「メダルコレクト!」


 コレクトソードに巨大な龍が吸い込まれていく!

 その光景はどこどなく中華ファンタジーを想起させる。

 吸いこんでいるのがヒョウタンだったら、まさにそんな感じだな。


「よし! 吸収完了!」


 もちろん、吸ったら吐く!


「コレクトバースト! 雷電龍・斬!」


 その効果は今までと違っていた。

 今までは斬撃波が飛ぶだけだったのに、今は剣から雷がほとばしり巨大な刃を作り出している。


「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」


 敵軍を薙ぎ払うように振るう。

 プレイヤーがどんどん雷の激流に飲み込まれ、光となって消えていく。

 すごい力だ……。

 おそらく雷電龍はクロガネのメダル。

 クロガネを吸収するとは、こういう事なんだ!


「ふむ……。よくやってくれたシュウト。初動は完璧だ」


 敵の前衛は完全に壊滅した。

 両陣営合わせた六万人の中で、一万人はトばせたんじゃなかろうか?

 いや、うぬぼれか?

 ここからではハッキリ戦局が見えないな……。


「五万人は死んだな。残りは一万人。各陣営五千人といったところか」


「ご、五万人も!?」


「お前がやったのになぜ驚く?」


 そりゃ、やった実感がないからだよ!

 まったくそれは冗談なのか? 本気なのか? 天然なのか?

 まあいい……とりあえず勝機は見えた。

 それも、かなりハッキリとな!

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