甘口すぎる女上司が全力で俺を可愛がってきます~社畜→ダメ人間にジョブチェンしました~
アーサー
第1話 プロローグ
「
パソコンに向かって資料を作成している途中、唐突に後ろから呼びかけられた。
振り向くと、黒色のビジネススーツを着こなす若い女性が目に入る。俺の上司の
天崎代理はその目を鋭く尖らせて、綺麗な顔つきで俺を睨む。その様はまさしくクールビューティー。彼女が放つ圧への恐怖で、体感温度が二度下がる。名前の通り、とても冷たい雰囲気の人だ。
俺は内心怯えながら、震えた声で代理に返す。
「え、えっと……。後じゃ、ダメですか?」
正直、今は時間がない。昼のミーティングまでに資料をまとめないといけないのだ。そのことは代理も分かっているはず。
だが、代理は冷たく返す。
「……私は『今すぐ』と言ったのよ? 何度も同じことを言わせる気?」
さらに目を細め、凍えるような声で言う代理。
「す、すみません! 承知しましたっ!」
「先に行くから、急ぎなさい。待たせたら承知しないわよ」
栗色のロングヘアーをシャランと美しく揺らしながら、代理が先に部屋から出ていく。
その後、周囲でひそひそと声が上がった。
「岸辺君、また呼び出されちゃってるね……」
「可哀想だな~。またいつものお説教だろ?」
「天崎代理、怖すぎだっての。あの人の笑顔とかみたことねえし」
皆俺のことをチラ見して、同情しているようだった。
それもそのはず。天崎代理は泣く子も黙る鬼上司なのだ。部下の仕事ぶりが不十分なら、その部下を社長室へ呼び出して倒れるまで説教し続ける。ウチの会社の人間は全員、その恐怖を体験しているのである。
しかも、なぜか俺だけは毎日のように彼女の呼び出しを受けている。悪い意味で代理に好かれた俺を、みんな憐れんでくれているのだ。
まあでも……それは思い違いなんだけど。
俺は急いでパソコンをスリープモードにする。そして長い廊下を小走りで進み、端にある社長室へ到着。カードキーで鍵を開け、重みのある扉を開いた。
瞬間、歓喜の声が弾ける。
「優斗くんっ! いらっしゃーーーーい!」
「うわっ!?」
そう言いながら飛び出してきたのは、当然俺を待っていた人物。天崎真冬代理だった。彼女は俺の顔を抱きしめて、そのまま後頭部を撫でてくる。
「さっきは睨んだりしてゴメンね? でも、ああしないと二人っきりにはなれないから……。お詫びに、たくさんギュッてしてあげるね!」
さっきとはまるで違う、愛情に満ちた声で言う代理。
いや、声だけじゃない。その顔もみんなの前にいる時の引き締まった表情とは違い、可愛らしい笑みを浮かべていた。
そして彼女は俺の顔を抱きしめ、豊満な胸に埋めてくる。
「むがっ!? むぐむぐ……!」
「よーしよし。優斗君は可愛いなぁ~」
やっぱりか……。天崎代理、いつも通り俺とイチャつくために怒ったふりして呼び出したんだな……。
ってか、このままじゃ息できない! ついでに仕事もできなくなる!
俺は慌てて彼女の抱擁から抜け出して、そのまま叫ぶように訴える。
「あ、あのっ! 天崎代理! 俺、急ぎの仕事がありますので、これで――」
「お仕事って、例の資料だよね? 大丈夫、大丈夫。全部私がやってあげるから」
そう言い、今度は右腕に抱きつく彼女。
「優斗君は何もしなくていいんだよ? 君の業務は、私の側にいることだもん♪」
なんだその緩い業務内容は。給料泥棒ってレベルじゃないぞ。
「そ・れ・よ・り。さっきから何かな? その呼び方はー」
「え?」
ビシッと立てた人差し指を俺の顔に向ける彼女。
呼び方って……。普通に天崎代理って呼んだだけだけど……。
「二人の時は名前で呼んでって言ったでしょ? 私のこと、ちゃんと真冬って呼んで?」
「なっ……!?」
まさかの要求に、一瞬言葉を失う俺。
「で、でも……。代理を呼び捨てにするなんて、やっぱりどうしても抵抗が……」
これまで社畜として社内で鍛えられてきた俺には、そんな無礼なことはできない。上司は無条件で敬うもの。たとえ相手が無能でも、常識知らずのクソ野郎でも、上司である限り崇拝の対象。それが社会の常識なのだ。
だが、彼女はそれを逆手に取った。
「へぇ~? ならこれは上司命令ですっ。聞けないのならリストラしちゃうぞ☆」
「なあっ……!?」
俺の身体がビクンと跳ねる。
リストラ、クビ、給料カット。それらの言葉を出されたら、俺たち社畜は従うしかない。逆らうなんて選択肢はない。
仕方なく、俺は彼女の言う通りにする。
「え、えっと……その……。ま、真冬代理……」
「(ぱああああっ)」
言った瞬間、代理が笑顔を満開にした。
「えへへっ! よくできました~。偉い偉いっ」
また天崎代理が俺の頭を撫でてくる。
「ご褒美に、君のお給料50%上乗せしとくね♪」
「これだけのことで!? 職権乱用は止めて下さいよ!」
「だいじょーぶ☆ だって正当な報酬だから。それとも、むぎゅーの方がいい?」
「んぐーーーっ!?」
また天崎代理に抱きしめられ、俺の顔が張りのある巨乳に埋まる。
「優斗君のことは一生、私が面倒見てあげるからね♪」
いつもの彼女は、こんなんじゃない。
オフィスで皆が恐れていた通り、普段の彼女はクールビューティーな鬼上司なのだ。しかしなぜか俺の前でだけは、こんな甘々上司になる。そして全力で贔屓してくる。
思えば俺に対しては、出会った頃からそうだった。失意の底に沈んだ俺を、彼女が助けてくれた時から。
彼女の胸の柔らかさを顔全体で感じながら、俺はその時のことを思い出した。
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