△4三角将《かくしょう》(あるいは、登場!未来世紀マル秘人物)
どのくらい、そうしていたか分からないくらいだったけど。
「……」
正味10分くらいだったみたい。気を取り戻してからも、さめざめと、ごめんねごめんね、としか言わなくなったミロカを促して、乱れた着衣をちゃんとさせる。鼻からの赤き熱い奔流を三人共に拭ってから辺りを改めて見渡すと、対局室には私たち三人しか綺麗にいなくなっていて、人いきれとは相反するような濃密な空気がその中を漂っているようであり。
まあ、結果オーライと、そう言うほかはないような混沌時空であったわけで。うん……私も自分の内に眠る「獣」を出すのはいざという時だけにしよう……との決意を新たに、盤駒を片付け始める。
そして、
「……やっぱフリアナの方が
「……ミロカ氏は、そこは分かってござらんのですなぁ……はぁ。それひっくるめて過去作のオマージュ見せーの、そこからのひっくり返しが、これからの五話六話で語られていくって寸法であろうっていうの、それがしのような重度のイビアナーにはもう、ぷんぷん匂いたつほどに醸されてくるのでござるのに……」
流れで駅裏のハンバーガー屋にもつれ込んだ私たち三人だったけど、沖島さんの取り出した
「ていうか、
紙巻きストローをくわえたまま、窓の外に視線をずらしながらも、ミロカがまたしてもほの見えてきた沖島さんへの敵意をチラつかせるのだけれど。
「イビアナは正義……それ以外はまた違った別の正義……」
……でも、もう端末から浮かせた画面に食い入るように見入っている沖島さんにはあまりその声は届いていないみたい。でもその敵意ありそうな無視が、ミロカの感情の襞みたいなのを逆立てている気もするけど。んもぉぉぉう、これ以上の鍔迫り合いはやめろぉぉうう……
「ミロカ、沖島さん、さっきの感想戦するんじゃなかったの?」
しょうがないから私は残り一本になったポテトを口に運びながら、満面の笑みで二人に割って入る。その表層に浮かんでいるのは笑顔なんだけれど、その薄皮一枚下にはがらんどうのぽっかり暗黒空間が広がっているかの表情に、瞬間、はいですぅっ、といい返事をした二人は、端末を素早くテーブルの上で向かい合わせて、先ほどの棋譜を展開させ始めるのであった。
……うん、まあ、いっか、としか思えないこの関係性に、さっきのはっちゃけ方が否応にも思い出されてきて、私は耳まで熱く赤くなっているんだろうことを自覚する。ミロカはあれ以来、妙に私の視線を避けるようになってきてるし、沖島さんも腫れ物に触るようにして私に接してくるようになってきてるしぃ……
でも、やっとこ戻ってきたかに思われるこの日常パートを、無駄にすることは出来ない……私はいい具合に二人を威圧感のある笑みというもので牽制しつつ、いろいろあり過ぎた今日を穏便に済ませシメようと静かに思うのだけれど。
そんなことを考えてしまうこと自体が、混沌を呼び寄せてしまうんだってこと、ついうっかり忘れていた。忘れるくらいに、日常を渇望したと言えるのかも……だってもう私のキャパはだいぶ前から既に決壊してるわけだしぃ……
此度のきっかけは、とある闖入者だった。それを、ありえないほどの変わらなさを持つ吸引力で引き寄せ呼び寄せてしまったわけで。
「ぬ、ぬおわぁっ!!」
テーブル上に展開していた「盤面」に降り注ぐ、いきなりのハンバーガーの雨。と次の瞬間、黒く見えた人影が、私たちが囲んでいたテーブルに思い切り突っ込んで来たのであった……今日びここまでのすっ転び方をされるとは思ってもみなかった私たちは、何も対処できないまま、真顔でその「人物」がテーブルを抱え込むようにして頭から床に突っ込んでいくのを、ただただ見守るほかは無かったのだけれど。時間差で、とさ、とさと宙に舞っていたハンバーガーの残りがその黒い……学生服だ、を着込んだ人物の上にも降り落ちる。
「……」
まるで精密に「出」を待っていたかのように繰り出されたその華麗なすっこけ……でも当の本人は慌てた様子で何故か初期型
「いや、待たんかい」
と、そんな感情の抜けた声が私の左隣からしたかと思うや、ミロカは椅子に座った姿勢のまま、膝から下だけを的確に振り凪ぐと、その謎の人物の左側の肋骨付近にわりと速度の乗ったトーをめり込ましていた。
えるさるばどる、みたいな呻き声が、まだ四つん這いの姿勢だった謎人物の、これといって特徴の無い、苦痛で歪められて尚のっぺりとした顔の中央辺りの、これまたのっぺりとした口から漏れ出て来た。まだ九月でかなりの蒸し暑さなのに、黒い詰襟の学ランを着込んでいる。そのほんの少しの浮世離れ感が、何となく白衣でほうぼうを徘徊するあの
「モリくん!?」
と、ミロカの剣呑雰囲気も、私の満腹気味
「沖島……? じゃ、ねえか。いや、お前、いいのかよこんなところで。明日
かなりの衝撃を喰らったにもかかわらず、割と平気な体でトレイにせせせと拾い集めたハンバーガーを山盛りにしたまま立ち上がると、謎人がそんな変声期特有の掠れた声でのたまう。何か、芝居がかった話し方は先だってのキマり状態のミロカに似ている気もしてさらに警戒レベルは跳ね上がるのだけれど。でも沖島さんの知り合い?
「うん、でもまあ、いつも通りやるしかないし」
沖島さんは何か、自然体な感じでそんな言葉を返している。伏し目がちに、少し照れたような笑みを浮かべながら。モリくんと呼ばれたその私たちと同じくらいの歳のコは、そんな会話の最中からいきなり包みを開けてもぐもぐやり始めるのだけれど。流れるような動作に誰もつっこむことは出来なかった。
「『関東』に移った途端、えげつないのと当てられるようになったじゃねえかよ……『100勝』上げてまだ圏内とは言えねえところが何つーかアレだよなはごぁッ!?」
のっぺり男子が意外な速さの咀嚼を見せながら、そんな私らは蚊帳の外の会話を続けるのだけれど。もちろんそれをおいそれと許す
「……そこの脳筋、まずはこの粗相を詫びるのが先だろうが」
またそんな、不穏としか言いようのない目つきと声色で、その男子を睥睨するわけだけれど。紺のハイソックスとローファーに包まれた右脚は、寸分違わずその男子の左膝横に撃ち込まれていたのだけれど。ねころのみこん、みたいな呻き声を発しつつ、その男子生徒はそれでも咥えたビーフパテを離さずに、のっぺり顔を注視しないと分からないくらいに歪ませると、今度こそダメージがその筋肉に包まれてるだろう中枢に届いたみたいで、ぐぐぐと沈み込んでいくのであった……
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