▲2八飛牛《ひぎゅう》(あるいは、アイアムア/カオシックドランカー)


「……」


 何となくのコレジャナイ感を抱きつつも、三色の光の帯を拡散させながら、三体のメカはひとつのロボに集約変形合体していく……そして。


「完成ッ!! 『摩訶★ダイ×ショウギ×オー』ォォッ!!」


 一瞬後、光の中から現れたのは、まごうことなき一体の巨大ロボだった。雄々しき、とも見れる両手両足を広げた見栄のポーズを中空で炸裂させるのだけれど、えーと、ちょっと待って。


ミロ「えーと、え? 何で鳳凰がいちばん下の脚部なの?」


フウ「ん? 陸・海・空の順やから、順当やと思うけど」


ミロ「いやそんな順に従うとこじゃないだろ!! 普通さ、赤系の色で鳥モチーフと来たら、まあ大概は頭部ってゆうのが相場じゃない?」


フウ「普通じゃないほどに力を増す、それがオマジュネイションやで」


ミロ「わかった。そこは呑む。でもこの外観は何? 頭が逆五角形、胴体も逆五角形、腕と脚も細い五角形て、モチーフに忠実すぎるだろ!!」


ナヤ「ミロカ落ち着いて。私もよくは分からないけど、これこそが未知なる『ダイショウギパワー』を生み出す最適な形状なんだと思う」


ミロ「いやでも、何で首も手足も『点』で胴体に接してるだけなの!? 見てて不安定で不安になんだよ!! やじろべえじゃねんだぞ!!」


アク「フハハハハ!! 仲間割れか? だいぶ混乱しているようだな……ククク、まあ同じくらいの体長になったところで三人の意思が揃わなければ、まともにその図体は動かせま」


 阿久津の言葉はそこで途切れた。ロボの脚部と化した私の操る「鳳凰」、その右側が、空中から高角度のかかと落としを、その半魚人然とした頭部へ撃ち込んでいたからだ。ぼすにあ、みたいな呻き声を発しながら真顔になっていく半魚人。


 ……まあいいや、もういいや。今までこの『スーツ』とか『しもべ』とかが意外な洗練さを持ったデザインだったのは、このときのための前振りだったのかよ……感情が抜け落ちている顔を晒したままの私だけど、「脚部」はちゃんと私の操縦意思通りに動く。ただ合体後の私の操縦席はなぜかロボの「左爪先」部分になっているので、左脚での蹴撃は御法度ということも理解している。もぉぉぉぉ、ここまで来てこれかよ。


「いい感じやで、ミロカ。とどめやっ」


 そう促すフウカの、なにわ志向の意思が絶対この合体ロボには濃密に込められている気がしてならない。諸々突っ込ませたくてしょうがないほどの意匠が、この機体の隅々にまで装備装填されていやがる……っ、と、一瞬躊躇だか呆然だかしてしまった。それがまずかった。


「人が話している時の攻撃は厳禁だぁッ!!」


 よく分からない理論を振りかざし、キレた感のある「鐵将」―阿久津の巨体がまるで軟体動物かのようにうねりたわむと、こちらの機体をまさに絡めとるほどに展開し、巻き付いて来たのだった。


「フハハハっ!! 動きさえ封じればどうということは無いっ!! このままこちらの体内に飲み込んでやるわぁッ!!」


 割とありがちな攻撃方法ではあったけど、これといって防ぐ手立ても無いことも確かであったわけで。


「う、動けない……っ!!」


 頭部を司るナヤの絶望感の入り混じった声が響く。阿久津はじゅるじゅると気色の悪い音を立てながら、アメーバ状と化したその身体で覆い被さってくる。もう何でもありか。そんな中、


「……私を棄て去った社会を、私に背を向けた世界を……喰らい呑み込みつくしてやる……私を亡き者とした、この将棋に毒されし世界をなぁぁぁぁぁっ!!」


 そんな、心に滞留した澱を吐くような、怨嗟の言葉が紡がれてくるけど、ちょっと待った。


「……」


 私は軽やかに操縦席のキャノピーを跳ね上げると、操縦席のシートを蹴って、「鳳凰」の翼を使って上昇していく。目指す先は阿久津の「本体」があるだろう、怪物の頭付近。そこに「羽毛ファンネル」を射出し突き刺し爆破していくと、ばらばらと落ちた将棋駒たちの破片の中から、阿久津の上半身が現れ出て来た。


「なっ……!!」


 驚愕気味の阿久津に向けて、私は華麗に浮遊したまま、目線の高さを合わせてがちりと向かい合った。そして、


「何にいじけてるのか分からないけど……それで世界を逆恨みするのは、はっきり間違っている……お前は、お前の弱さを受け入れられないだけの、ただの凡夫」


 真正面から突き突けてやる。瞬間、阿久津の顔が、怒りだか恥辱かで赤く濁って歪んだ。


「だ、黙れだまれぃっ!! お前に何がわかるッ」


 そんな、テンプレ気味の叫びはでも、真っ向から立ち向かわないといけないような切実さを秘めていて。なら、


「……わかる。私も将棋に愛されてない人間だから、わかる」


 私も腹底から汚物が吹きこぼれていくような言葉を紡ぎ出すまでだ。ミロカ……と私を気遣うようなナヤの声が「ロボ」から聞こえてくるけど。大丈夫。


「でも……だからと言って!! てめえ勝手の狂ったエゴで!! どうこうしていい世界じゃあないんだよッ!! 逃げるなッ!! 『二次元』にッ!!」


 私は構わず言葉を振り絞る。もはやその顔面は硬直して一ミリも動かなくなった阿久津だけど、荒い呼吸の間に、残るありったけの憤怒を叩きつけてきやがった。


「お、俺は、7歳で初段になったんだ!! それでもプロにはなれなかった!! すべてを、すべてを捧げた将棋に……俺は、俺はぁぁぁぁぁっ!!」


 泣きわめく駄々っ子のように、阿久津はむきだしの自分の両手を伸ばして、私の両肩を掴んでくるけど。そんな過去があったってわけ。まあ気持ちは分からないでもないけど。けど……


「……ううるせぇぇぇぇぇッ!! 私だってなあ、そのくらいの歳の頃には、『デンマーク帰りの超絶早指し天才少女』の二つ名を欲しいままにしてたんだよぉぉぁぁぁッ!! ほんとはオランダのデン・ハーグなのに、毎回訂正すんのに疲れてそのままにしてたくらいになぁぁぁぁッ!! なのになんだよ何なんだよ今のこのザマはぁぁッ!! 何着てんだよ、何戦ってんだよッ!! んんんん……もぉういやだ!! もぁう全部全部ぶっ壊してやる、ブッ壊し尽くしてやるんだからねッ!!」


 それを凌駕する咆哮で、私は自分の中に押し込めていた何かを解き放つと、組み合った首相撲の態勢から、鋭い左の膝撃ちを、阿久津の肋骨あたりに何度も、何度も叩きつけていく。


 それ狂ったエゴぉぉぉぉぅん、との断末魔を残し、阿久津の周りを取り囲むようにしてその巨体を形成していた「駒」たちが、力を失って剥がれるかのようにして落下していった。


 それでも私は、自分の中の荒れ狂う奔流を制御しきれずに、もうほぼ生身と化した阿久津の身体を両腕で保持したまま、ひとつ覚えのように左膝で肋骨を8ビートで撃ち続けるのだけれど。


「も、もうやめてぇッ!! 先生の顔がドス緑色になってるからぁッ!!」


 ナヤの悲痛な叫びがようやく鼓膜に届いたのが、体感一分ほど後のこと。白目を剥いてくずおれた阿久津の身体を「盤面」まで降りていってから離してやると、


〈対局終了〉


 とのナレーションが入り、周りの空間が歪んでいくのを感知する。終わった……のね。私は立ち眩みのような感覚の中、それだけを実感し、噛み締めるのだけれど。


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