△2三銅将《どうしょう》(あるいは、兄さん/姐さん/どうしよう?)


 あれから二週間が経過していた。あの社会不適合者との出会いに端を発した激動の一日から、表面上は私の生活は何ひとつ変わってないように映っていた、と思われるけれど。水面下ではそらもう変貌を遂げに遂げていたわけであって……


「今日は稲賀さん来てるって。またスパー出来るんじゃない?」


 放課後。今日も今日とて、重要対局にて勝ちを重ねた絶好調のナヤと肩を並べて、JR千駄ヶ谷駅までの並木道を歩く。汗ばむ陽気の日が増えて来た。でも通り抜ける風はひんやりしていて心地よいことこの上ない。


 私も私で、今日は敗勢濃厚の追い込まれまくった形勢から、ぐどぐどに粘りに粘って勝ちは何とか拾えていた。前までの自分だったらとっくに投げているところで、何かうまく説明できないけれど、このやろう、と思って鼻息荒く駒を盤に叩きつけながら(マナー★違反)、歪んだ顔で最善手を必死こいて探っていたら、いつの間にか引っくり返っていた。


 うん……ルックスとか外聞を気にしなければ、私はもっと高みに昇れるのかも知れない……


 最近よくある、シャバとはひとつ異なる次元へと意識が飛びかけるといった摩訶不思議な状態に陥っていたら、隣で何事かを話しかけていた可憐ポニテ少女が、だ、大丈夫? と、少し引き気味で聞いてきたので、慌てて意識を現世に戻す。


 ナヤとは、腹を割った(?)例のあの遭遇からこっち、何かお互いのこっ恥ずかしいところを見せ合えてそして共有出来たような、そんな奇妙な連帯感が芽生えていた。あの日から、さらに踏み込んで、もっと親友になれたような、そんな感じ。


「……あの女は苦手だけど……組み技主体ではあるけど……他の老人たちの枯れた身体をいたぶり蹴るのはあれだから……まあ、あくまで『的』としてならありだけど……」


 あの余裕かまし女……稲賀フウカは、公立に通う、私らと同じ中学一年生だとあの後聞いた。何回聞いても一向に覚えられないケチュラ何とか、という格闘技で、本気で世界を目指しているらしい。あの物腰とあの発育で13は無いだろ……と思いつつも、その自由人極まりない生き方には正直あこがれているところはある。けど、根源的に苦手な何かを醸している存在でもあるわけだし、要は友達にはなれそうもない。そんなことを思いながら仏頂面でぶつぶつ言ってる私に、まあまあ、みたいな美苦笑を浮かべながらナヤは私を宥めるけど。うん、別に私、あえてこんな……何て言えばいいんだろう、ツンとした態度を取ってるわけじゃないからね? そこ勘違いしないでね?


「……」


 そして、毎日のようにあの「アジト」に通っている自分がいる。博士を筆頭とする怪しさ満載の大人たちからの好奇の視線を浴びながらも、懇切丁寧に教えてくれる一握りの親切なるまともな人たちからのアドバイスを受け、遠泳とか、マシンとか、リングに上がっての動き作りなんかを黙々と行っているのだ。だって……こんなにも自由に体が動かせるところなんて他にないんだもんっ……


「……」


 かわいげに唇を突き出してみてみたが、ナヤほどの破壊力はもちろん無さそうだし、自分にはほとほと合わないなとか思ってゆるやかに真顔へと移行する。いや、とは言え毎日はやり過ぎか。だんだん蓄積してきた筋肉痛が、心地よくも結構しんどいわけで。それに……


「なんか最近、『出動』が多くなっているよね……『イド』の出現が明らかに増えてる気がするのがちょっと不安……」


 やっぱり。ナヤもそこは気がかりなんだ。「二次元人」のフィールドみたいなのの入り口的なものが「イド」。それが現れる頻度が、この一週間ではっきり多くなっている。その度に私らには「出動命令」とやらがメールで送られてくるのだけれど、授業中とか、真夜中とかは当然出動なんて出来ないわけで、その際は他の「レンジャー」の方にお任せしている。他に何人いるのかは分からないけど、そして出現を黙殺している場合もあるのかも知れないけれど、それで何とか回っているらしい。ここ数日間の「失踪」する人の数は減っている、と博士は言っていた。けど、「イド」がぼんぼこ沸くようになっているのも確かだ。何か……これ以上、異常なことが起こらなければいいけど。


「……!!」

 そんなことを思っていたからだろうか。言魂ことだまならぬ思魂おもだまなるものがあるとでも言うのだろうか。私のブレザーのポケットの中でスマホの振動が……ナヤも同時くらいにポケットに手をやっている……ということは。


 私たちは一瞬、顔を見合わせると、即座に画面を立ち上げる。


〈ミロカくん、ナヤくん、フウカくん。事態発生だ。応答せよ〉


 先日博士から無理やりにインストールさせられた謎のアプリが、こちらが何も操作していないのに立ち上がる。そのこと自体にウイルス的な何かを感じてやばい気はしてるのだけれど、輪をかけた事態のやばさが、博士のこれでもかまでアップで迫った映像と共に押し寄せてきているのを感じ取ってしまった。


 いつもの「出動」と、たぶん違う。最初に「対局」した最下等の「スタンピード」相手だったら、もう私ひとりで軽くあしらえるようになっていたし、おおよそ3分……1ラウンドに満たない時間で詰ますことが出来るようにもなっていた。で、それ踏まえて今回3人に招集かけてるってことは……相手が、やばいってことになるってこと? どうしたんですか、とナヤが少し緊張した面持ちで端末に向けて問いかける。


〈異質な『イド』の出現が予測されておる。場所は神宮外苑内、聖徳せいとく記念絵画館前広場付近〉


 そこってお隣の駅の信濃町が最寄りだけど、ここからでも1kmもないところだ。普段と違って真面目に情報を送ってくる博士だったけど、それが逆に不安をあおる。


「『異質』って?」


 私の返した言葉に、一瞬の間が挟まる。いやな予感。


〈……想定される規模は『72メートル×66メートル』。通常の倍くらいの大きさじゃ〉


 どういうことだろう。範囲が大きいっちゃあ大きいけど。振り向いてナヤと目を合わせるけれど、小首を傾げる仕草を見せただけだった。


「単に大きいってだけじゃないってこと?」


 私の単純な問いにも、反応が鈍い。


〈おそらくは。だがこのようなケースは初めてであるがゆえ、我々にも想定がつかんのじゃよ。本来ならば万全の布陣で臨みたいのじゃが……出現までの時間に余裕がない。残り18分。キミら3人に頼むほかは無いのだ〉


 随分迫った時間に、これもイレギュラーなことだから? とか思ってる場合じゃなかった。私らしか対応できないのなら、行くしかない。


「フウカ、どこにいんの?」


 端末に向けて問いかける。その間にもナヤは私の手を引いて、目的地へとゆっくり移動を促してくれている。駅改札前から抜けて、線路沿いに東、信濃町方面へと。


〈走って10分くらいのとこやから問題あらへん。それより外苑のその辺りて、なんや子供らが遊べるとこあらへんかったっけ?〉


 フウカの言葉はいつも通りの少し間延びした感じで、それには私も少し冷静さを取り戻しかけたのだけれど、言葉の内容にまた息を呑む。


〈平日とは言え、結構な人出が確認されておる。出来る限りの避難も、促す必要がある〉


 割り込むような通信。普段と違って重々しく告げて来た博士だけど、今までの「出現」の時も、イド近くにいた人らには、何と言って避難を呼びかけたらいいかなんて分かんなくて、結局一緒にあの「暗黒空間」へと引きずり込まれていた。大概の人が茫然と佇んでいる間に、超速で「対局」を終わらせることが出来ていたから、何とか大きな問題にはならなかったけど。対局終えて戻ってきても、夢とか幻覚見てた、みたいな感じで割と大ごとになってなかったみたいで安心していたのだけれど。


「……」


 今回がどうなるか、それが予想できない。普段より大きな範囲でその場にいた人たちが大勢飲み込まれたら……それこそパニック状態にでもなったら、対局どころじゃないんじゃ……その上、その中に小さな子らがたくさんいたとしたら……急に呼吸をするのが難しく感じられてきた。いけない、とにかく急がないと。ナヤのナビに従って、私は走ることに集中していく。


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