ラブ米書いてみた

永久保セツナ

ラブ米書いてみた~ファースト・シーズン~

 さかのぼること、去年の秋、放課後。

 「私に何か用ですか、下田(しもだ)先輩」

 呼び出し場所の定番、体育館裏。

 俺、下田狗郎(しもだ くろう)、当時高校二年生は、後輩の当時高校一年生、姫月雪華(ひめづき ゆきか)を呼び出した。何のために? そんなの、告白に決まってんだろ。

 というわけで、告白タイム。

 「俺と付きあ」

 「勘弁して下さい。それじゃ」

 雪華は直角九十度、深々とおじぎをすると、スタスタ歩き出した。

 「ちょ、ちょっと待てえええい!」

 「何ですか。私あんまり暇じゃないんですけど」

 雪華はいかにも面倒臭そうに俺を見た。

 「待って! 人の告白は最後まで聞いてあげて! あと、『勘弁して下さい』じゃなくて『ごめんなさい』だろ普通! えーっと、あと、えー……あ、そうだ! もうちょっと考えて返事してお願い!」

 「……ったく、面倒くせえ人だな……」

 ぼそっと言われた。っていうか面倒臭いって言われた。それより、口悪いなこの子。

 「頼む、考え直して! 俺、入学式で見た時から君にしようって思ってたんだ!」

 「うわー……そんな一方的に決められても……」

 雪華は無表情でひいているようだ。さっきから人の口説きをさんざん叩き落とす子だよ。

 「じゃあ、友達! 友達からでいいから!」

 「年上でしかも男の友達なんていりま……ん?」

 雪華は言いかけて、途中で考え込み始めた。つーか、今この子、男の友達いらないって言った?

 もしかして、この子、男嫌い?

 そう考えていると、ふと、目の前で雪華が笑った。微笑みなんて可愛いものじゃない。黒い笑みだった。

 「……そうですね。それじゃ、下僕からでいいなら」

 「いいわけないだろ!」

 何さっきからこの子突っ込みどころ満載なんだよ!?

 「友達って言ったのに何故さらにランク下げた!? 先輩下僕って、いい度胸してるなオイイイ!」

 「嫌なら諦めて下さい。私、早く帰りたいんで」

 言いながら、雪華は既に歩き始めている。

 「え、ちょ、ちょっと――」

 俺は、思わず後を追う。

 突然、野球のボールが雪華目がけて飛んできた。

 「危ない!」

 俺は雪華のもとに走って、ボールをはじいた。

どうやら、野球部が隣のグラウンドで活動しているらしい。

 「!?」

 雪華は、さすがにビックリしたらしい。

 目を見開いて、俺を見た。

 「大丈夫?」俺は笑って雪華を見た。

 「……まあ、当たってませんから」

 雪華は無表情に戻って答えた。

 「ありがとうございます」

 お、謝るのは、意外と素直だな。

 「どういたしまして」

 「……一応、確認しときますが」

 雪華は、俺の目を見据えて口を開いた。

 「罰ゲームで命令されてやらされてるとか、そういうのではないですよね?」

 「違うよ」

 今まで、ヤラセだと思って対応していたんだろうか。

 「……なるほど。興味がわきました」

 「…………ん?」

 「貴方に、興味がわいたと言ったんです」

 雪華が、表情を変えないまま俺を見る。

 「友達から、始めますか」

 下田狗郎(しもだくろう)、十七歳。

 彼女ができました。


***


 「いや、友達って言いましたよね、私」

 「俺の想い出に突っ込むのやめてくれないかな」

 「いえ、力いっぱい突っ込ませて下さい。結構重大な問題なので」

 「そんなに俺の彼女が嫌か!」

 現在、俺、下田狗郎は高校三年生。恋人の姫月雪華は高校二年生になった。今は一緒に登校している。

 「いや、だから恋人じゃありませんから。友達ですから」

 「俺の思考を読むな! そんなに恥ずかしがらなくていいだろ~?」

 「キモ……」

 またぼそっと言われた。

 「キモくないやい! それにしても俺の心を読めるなんて、やっぱ俺ら仲いいな」

 「引っぱたいていいですか」

 パン。

 パーで頭を叩かれた。

 「許可取る前に叩きやがった……」

 「しゃがみ込まないでください。他の生徒の登校の邪魔になってます」

 言いながら、道の真ん中でしゃがんでいる俺を置いて、一人で歩いて行く雪華。

 「お、おはようございます、姫月先輩!」

 緊張気味に一年生の女の子が雪華に挨拶する。

 「ああ、おはよう」

 雪華は、俺には見せてくれない優しい微笑みで返す。

 (雪華、女に人気あるんだよなあ……)

 俺は、雪華を見失わない程度に後を歩きながら思う。

 雪華は、女に対しては王子、男に対しては鬼のように接する。

 (告白の時も俺には冷たかったなあ……)

 まるで、この世の全ての男を憎んでいるような。

 (まあ、俺は例外みたいだけど。なんか嬉しいな、そういうの)

 男など眼中にない彼女が、俺にだけは興味を示し、一緒にいてくれる。我ながら、浅はかな独占欲だ。

 「姫月先輩は、彼氏とかいないんですか?」

 挨拶した後輩が雪華に尋ねる。いるよ、下田狗郎という彼氏が、今、ここにいるよ!

 「ん? いないよ。どうした、私と付き合ってみるか?」

 「いいんですか、先輩!」

 「ちょっと待てコラアアアアア!」

 「きゃあああああああっ!?」

 思わず大声で後ろから突っ込んでしまった。一年生の女の子はすっかり怯えて逃げ出した。おまっ……ライバルが女!? 予想外だ!

 「お願い雪華、捨てないでグフウッ!」

 「てめえ、何女の子怯えさせてんだ!」

 グーでみぞおちを思いっきり殴られた。

 「まったく、アンタ何がしたいんですか」

 「ごめん……すいません……ビックリして思わず……」自分の体がビクビク痙攣(けいれん)している。

 「あーあ、かわいこちゃんが逃げちゃいましたよ」

 「か、かわいこちゃん……?」

 なんか表現古くない? てか、なんか雪華のキャラが……。

 「じゃあ、私、授業あるんで」

 雪華は、また一人ですたすた歩いて行ってしまう。

 「俺だって授業あるよ……」

 俺はなんとか体を起こして、よろよろ玄関へ向かうのだった……。


***


 授業すっ飛ばして、放課後。

 だって、教室違うから、特に書くことないし。

 放課後からが、俺たちのイチャイチャタイムだ!

 「自称彼氏が何をほざいてるんですか」

 「その自称彼氏の心を読めるほど俺を想っているくせに」

 「うわあ半殺しにしてえ」

 ぬう、なかなかデレを見せないな、このツンデレ。

 二年生、つまり雪華の教室に遊びに来ている。

 放課後とはいえ、生徒は五、六人残って何やらくっちゃべっている。はよ帰れ。

 雪華は今日は日直で、日誌を書くために教室に残っている。そうでもなければ、俺が迎えに来る前にさっさと帰ってしまう。まったくオマセさんめ。

 「マジで半殺しにしてえ……」

 なんか怖いこと言ってるけど、気のせいだよね。

 で、雪華が日誌を書いている間、後ろにいすを置いて座り、後ろから抱きついて待っている。

 二年生が遠巻きにじろじろ見ている。見せつけたいけど、はよ帰れ。

 「とりあえず、離れてくれますか。すごく書きづらいです」日誌を書きながら、こっちを見ずに雪華が言った。表情はわからないが、多分無表情。

 「なんで? 恥ずかしい?」

 「書きづらいっつってんだよ。人前でべたつくの、やめてくれませんか」

 「なんで? いいじゃん、付き合ってんだし」

 「アンタが勝手に言ってるだけでしょうが。友達から始めましょうって、アンタが最初に言い出したんでしょう。周りと俺の迷惑考えろ馬鹿が」

 とうとう雪華の一人称が「俺」になってしまった。っていうか、雪華にとっても迷惑なのか。

 「あ、雪華、髪つやつやだ。シャンプー何使ってる?」

 「炭シャンプーですけど」

 (そこで答えるからべたつかれるんだよ……)

 と、周囲の人間が思ったかどうかは知らん。


***


 雪華が日誌を書き終えた。

 「さっさと帰りますよ。見たいドラマあるんで」

 「ドラマ? 何見てんの?」

 「水戸●門ですけど」

 「うん、ドラマって言うか、時代劇だねソレね」

 そんな感じで、玄関を出て校門へ二人で歩いていく。

 「あれ、雪華じゃん」

 校門を出たところで、雪華が学ランの男に声をかけられた。俺たちの学校の制服ではない。

 「……時代劇だろうとなんだろうと、ドラマには変わりないでしょう」

 「あー、俺そのへんのジャンル分けはよくわかんねえわ」

 「いやいやいや、無視すんなよ」

 学ランが突っ込んだ。

 「すいません、知らない人には話しかけられても答えるな、と親に言われているので」

 「お前何歳児だ。結局答えちゃってるしな。何? 俺のこと忘れちゃった? 元彼に対して、それはいただけないなあ」

 …………

 元彼……?

 「……てめえか。やっと思い出したぜ……。どの面下げてきやがった」

 雪華は、学ランを睨みつけた。

 「やだなあ、半殺しにされて、もう懲りたよ。出会ったのは偶然よ、偶然」

 学ランは、手をひらひらさせながら言った。

 「ん~、でも無表情でも、相変わらず可愛い顔してんなあ。もう一回付き合うのもアリかも――」

 学ランは、最後の言葉を飲み込んだ。

 雪華が、笑っていた。

 俺を下僕にしようとした、あの黒い笑みで、学ランを見据えている。

 「……今度は全殺しにしてやろうか。さっさと行け」

 「うわ、怖っ……すいませんでしたっ!」

 学ランは、一目散に走って逃げて行った。

 「……」

 「……」

 なんとなく、二人とも黙ってしまった。

 「……何してんですか、帰りますよ」

 雪華は、そう言って歩き出した。

 珍しく、俺が隣に並ぶのを待っているように、ゆっくり歩いている。

 だから、横に並んだ。

 「……中学の時」

 人のいない通りを、しばらく歩くと、雪華が口を開いた。

 「さっきの野郎に告白されたんです。別に好きではなかったんですが、なんか断るのが面倒だったんで付き合ってたんです。私がこんなんなのですぐ別れたんですが。後から聞いた話では、私に告白したのは、罰ゲーム、だったらしいですよ」

 罰ゲーム。

 ――罰ゲームで命令されてやらされてるとか、そういうのではないですよね?

 ああ、だから。

 だから、男を憎んでいるんだ。

 そりゃ、憎くもなるわな。

 「……俺は、違うから」

 「知ってますよ」

 「え」

 「あの告白、罰ゲームにしては、馬鹿みたいに必死でしたから」

 「さいですか……」

 「本当に、馬鹿って言うか、物好きですよね」

 雪華が立ち止まった。つられて俺も止まる。

 「……この私と友達になりたい男なんて、そうはいませんよ?」

 腰に手をかけられて、なんだろう、と思う間もなく抱きつかれた。付き合って初めて。

 「雪華……っ!?」

 「友達は、ここまでです」

 雪華は、ぱっと離れた。

 「顔、赤いですよ」

 雪華の方は無表情のまま、顔を赤らめもしない。

 まったく、可愛げのない……惚れる。

 「他の友達にはするなよ」

 「大丈夫ですよ。友達は女しかいませんから」

 「いや、女にもしない方がいいと思うけど……」

 俺と雪華は、話しながら並んで歩いて行った。

 

 〈了〉

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