第6話 【ガールズトーク@学食】

 そんなことを色々と考えていると、あっという間にお昼休みになったので、食堂でカツサンドを買って、前日同様に尼将軍がいる生徒会室へ向かった。今日はノックだけをして、相手の返答を待たずに勝手に扉を開けた。


 昨日と変わらず、黒いお弁当を片手にした、黒い眼帯の我らが生徒会長が落ち着いた雰囲気で食事をしていた。


「今日もご一緒させて頂くよ」


 遠慮も無しに向き合うようにソファーの座っても、彼女は何も言わなかった。何を言っても無駄だと言うことは、経験上分かっていたんだろう。


 私の予定としては、こちらが質問攻めをするつもりだったのだけど、意外なことに口火を切ったのは尼将軍で、しかもかなり強い口調で前後の文脈もないことを言ってきた。


「櫻井に何を吹き込んだ」


 ちょっとぽかんとしてしまったのは、彼女の方から声をかけてきたことに驚いたのと、櫻井という名字が一瞬誰のか分からなかったから。私の中で仁志はずっと「ひぃ君」なので、名字で彼を認識していなかった。


「吹き込んだのは私じゃなく、他の誰かだよ。しかし意外だったね、君ら二人に繋がりがあったなんて。どこで知り合ったのかな」


「お前には関係のないことだ」


 きっとそう言われると思ったよ。


「今朝一で会いに来た。あの犯人は先輩じゃないですよねって、バカみたいに真剣な顔で訊かれたぞ」


「なんだかヒートアップしちゃったんだ。私が君を疑ってるって言ったら、君じゃないって言い張ってね。それで、君はもちろん否定したわけだ」


「バカを言うなと言って追い返した。……あいつ、信じてますからなんて、言ってた」


 思わず小さく笑ってしまったのは、仁志のその姿を想像してしまったから。似合わないことをするじゃないか、あの青年も。


 スタートダッシュの邪魔をされたので妙に口が開けにくくなった上、彼女も喋らなくなってしまったので変な沈黙が室内を包んだ。最初は事件のことだけを訊ければいいと思っていたが、会話がこうなってしまった以上、私も質問させてもらうことにしよう。


「尼将軍、君ね、ひぃ君の気持ちに気づいてないわけないよね?」


 第三者の私から見てもバレバレなんだから、本人に隠しきれるわけがない。ましてや信じてますなんて言葉をかけられたら、勘づかない方がおかしい。


「……好きだとは、言われた」


 カツサンドを噛もうとしていたのを思わず口の手前で止めてしまった。このカミングアウトにも驚いたが、何より仁志がそこまで踏み込んでいるとは思いもしなかったので。


「返事はしたのかい」


「色恋沙汰になど興味がない。そう答えておいた」


 それはまた、大雑把な断り方だ。彼女らしいと言えば彼女らしいけど。けど、現在の状況から鑑みるに、仁志は諦めていないようだ。はは、ちょっと面白い。


「昨日ね、君が世話をしている猫ちゃんたちに会ってきた。その場に彼も来たんで、つながりがあるのは分かってたけど、そこまでとはね」


「お前の躾がなってなさすぎる。時々、動物への扱いがなってないときがあるんだ。猫を無理矢理抱こうとしたりな」


「それは私の責任じゃないし、もうこうなった以上、君の責任じゃないかな」


 そもそも躾っていうのは私の管轄外なんだけどね。長い付き合いではあるけど、そこまでは手を出してないよ。


「しかし……それは意外だね。教えて上げるけど、ひぃ君は小学生の時は女性恐怖症だったんだよ。とにかく異性が苦手だったし、性格も堅物だったから、そのせいでクラスでは浮いてたんだ。私と知り合ってから、それを矯正させたんだ」


「あれも気の毒なことだな」


「あれ? 感動のエピソードに聞こえなかった?」


 昔の彼は本当にそういう性格だった。私が話しかけたときだって、まともに目も合わせてくれなかったくせに「話かけんじゃねぇ」と生意気を言うものだから、大層可愛かったのを覚えている。


 そんな彼が一人の女性を好きになって、告白までしているのだから大した成長ぶりだ。姉貴分としては、寂しいような、嬉しいような。


「まあ、君らの関係は君らに任せるよ。相談ならのってあげるけど」


 私の善意を彼女は鼻で笑い飛ばした。なんとも失礼な話じゃないか。


「甘酸っぱい話の後に申し訳ないけど、昨日の話の続きをしたいんだ。子犬の殺された件なんだけどね、君、子犬の事件が発覚した朝随分と早く登校してたそうじゃないか。どうしてかな」


 話題を一気に切り替えると、向こうの緊張感も変わり、部屋の空気が張り詰めた。


「……委員会の用事があった。それだけだ」


「どんな用事かな」


「そこまで答えてやる義理はない」


 私は生徒会が日頃どういう仕事をしてるのかなんて知らないが、朝一番に登校しなきゃいけないほどの用事があるとは、到底思えないんだけどね。まあ、答えてくれないなら仕方ない。


 黒が濃くなった。それだけのお話しさ。


「じゃあ、次だ。今朝、男子生徒と言い争っていたらしいね。誰かな。色恋沙汰に興味がないって言うんだ、彼氏ってわけじゃないだろ?」


 あからさまな舌打ちをした彼女は、面倒くさそうに頭を掻いた。そしてしばらくは答えたくないからだろうか、黙っていたが私が退く気がないと察すると、ため息を吐いた後嫌々答えてくれた。


「三年の橘という生徒だ。私の幼馴染みで、古い付き合いのある男だ。口げんかになっただけで、何もない」


「そうかい。まあ、何もないかどうかはこっちで調べさせてもらうよ」


 一重に「君の言葉など信用してない」というメッセージだった。彼女もそれを的確に受け取ったらしく、片眼だけでお腹いっぱいになる鋭い眼光を向けてきた。私はそれをお得意のスマイルで受け流しておいた。


「……本当に、君は事件と関係がないんだね?」


 少し声のトーンを落として、私としても最終確認のつもりで訊いた。これ以上否定するなら、私と彼女は、徹底的に対峙することになる。できれば、それは避けたかった。今回の事件は被害者はいる。けど犯人が明るみにでたところで、それは黙殺されるだろう。私と、一部関係者だけが知ってるという結末が予想される。


 できれば、私としてもそうしたかった。なぜなら、このままなら彼女が犯人に違いないから。


「しつこい。私はあんな犬は知らん。何度も言わせるな」


「オーケー、分かったよ」


 私はソファーからそっと立ち上がって、出口へと向かった。その答えしかないだろうと思っていたが、ちょっと残念。依頼されている以上、私はこれから物証と動機探しに躍起になる。


 正直な話をすると、それがいやだったんだけどね。


「ひぃ君の話だけどね。傷つけるななんてことは言わないよ。恋愛に口を挟む気はないからね。でも……」


 私はそこで振り向いて、私をまっすぐと捕らえていた彼女を見た。


「――裏切るのだけは、勘弁してやってね」


 彼女が微妙に表情を崩したのを確認してから、生徒会室を出た。


 しばらく廊下を歩いていると、ばったりと仁志と出くわしてしまった。私が片手をあげて挨拶したのに、彼はそれを無視して私とは逆方向へと足早に過ぎ去って行った。彼の性格からして、何か有力の手がかりを掴めたなら「ほら見ろ、あの人は犯人じゃないんだ」と主張してきそうだが、そういう行動もないので恐らく捜査は手詰まりしてるんだろう。


 彼に彼女が朝早く登校していたことを話したら、どんな顔をするだろうか。


 まあ、これは私が掴んだ情報だから、今はまだ黙っておくけどね。


「あ、ハスミーン!」


 考え事をしていたら、後方から急に抱きつかれたのでこけそうになった。


「こらこら、いくら私が愛おしくても許可無く抱きしめちゃダメだよ。あとこういうことは夜のベッドですべきだね」


 私の腰に抱きついてきたのは、仁志と同じクラスの女子生徒だった。そして彼女の横にはこの光景を見ておもしろがっている、別の女子生徒が笑っていた。二人ともよく話す後輩なので、こうやってじゃれてくる。


「あっ、そーだ、ハスミン。なんか櫻井君が必死になってたよ。ダメだよ、彼からかったら。結構ファン多いんだから」


「私は何もしちゃいないよ」


 これで彼のがんばり具合を伝えられるのは今日三回目。努力するのは結構なことなんだけど、あくまで調査なんだから、そんなに目立つ行動をしちゃいけないんだけどね。私が言えた事じゃないけどさ。


「蓮見先輩、これよかったらどうぞ」


 腰に抱きついていない方の後輩が、小さくてピンク色の模様のついたビニール袋を差し出してきた。


「今日調理実習で作ったクッキーです」


 そういえば、この学校では一年生と二年生の時に調理実習をやる。しかも何を作るかなどは、生徒の自主性に任されるという、非常に大雑把なものだ。生徒達は班に分かれて、それぞれ作りたい物を作る。


 彼女の班ではクッキーにしたらしい。女の子らしく、可愛いじゃないか。


「それはおいしそうだね。ありがたく受け取っておくよ」


 その袋をもらって、ポケットにおさめる。あとでジュースと一緒に堪能するとしよう。


「私のクラスでは三日前に実習があったんだ。プリン作ったんだけど、失敗しちゃったからハスミンにあげれなかった」


 腰に抱きついたままの後輩が言うので、私は彼女の頭を撫でた。


「気にすることはないよ。それと失敗は成功の元だから、くよくよしないことだね」


「けど櫻井君、料理上手かったよ。彼の班はハンバーグだったけど、すごく手際がよかったもん」


「あれは特別さ。私が手取り足取り教えてあげたから」


 仁志の家は両親が家を空けることが多く、彼は晩ご飯を自分で作る事が多い。中学にあがったときに毎日コンビニ弁当で済ませてると言っていたので、私がそれでは健康によろしくないからと料理を教えてあげた。


 彼はあまり気乗りではなかった。教わっている最中ずっと、酒とタバコに手を出しておいて健康を騙るなと愚痴っていたから。あまりにも的確な指摘だったので、そこは強制的に黙らせたけど。


 ちなみに私は料理を誰かに教わった記憶はほとんどなく、自然とできていた。母曰く「私の才能が遺伝した」そうだ。


「そうなんだ。何個かお弁当箱にいれて持って帰ってたよ。ああ、もしかしてハスミンにあげたの?」


「そんな素直な子じゃないよ。たぶん自分の晩ご飯にしたんだろうね」


 もしかしたら尼将軍にあげたかも……いや流石にそれはないか。


 その後、しばらくその後輩達と喋って時間を潰した。本来なら橘という男子生徒に会いに行く予定だったのだけど、事を急いてもいいことは無いだろうから、それは放課後に回すことにした。


 ジュースを買いに食堂へ戻りながら、また事件のことを考えていた。


 彼女が何かを隠していることだけは間違いない。問題は何を隠しているかだ。彼女が犯人だとすれば、動機は何なのかもはっきりさせないといけなくなってくる。そうなってくると、私はおそらく、仁志の付き合いを終わらせる覚悟で挑まないとダメだろう。


 はあと、深々とため息をついた。


「……事態はいつだって最悪だ」

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