ー 4 ー【試し読み】「このあと滅茶苦茶ラブコメした」


「『魔法』と『ラブコメ』? 全く意味が分からんし、そもそも前提として『魔法』なんてある訳ないだろ。勧誘とか詐欺なんだったらもうちょっと工夫するんだな。信用してほしいんだったら、証拠の一つでも見せてみろよ」

「……ふふん」

 答えに窮するかと思った彼女は、鼻で笑った。

「いいですよ。それでは実際にご覧に入れましょう」




「魔法を? そんなに自信満々に言うならさっさと――」

「【グラビティ】」

 彼女がその単語を発した瞬間――

「っ!?」


 たしかに立っていたはずの俺は、這うような形で地に伏していた。


 な、なんだこれ……お、重い! 背中に何か乗ってる?……いや、これはまるで――

「どうです? 重力に干渉する【グラビティ】の力は」

 彼女はふふん、と調子に乗ったドヤ顔で俺を見下ろす。

 じゅ、重力に干渉だと? 魔法で? そんな馬鹿な事が……

 

 だが、形の無い『何か』にのしかかられている俺は、渾身の力を込めても全く起き上がる事ができな――理屈ではなく、直感が告げていた。

 この現象は事前に何か仕込んでいたとか、トリックの類いではない、と。

「ぐ……ま、まさか本当に『魔法』だっていうのか?」

「そうです。ちなみにちょっとベクトルを変えると、こんな事もできますよ」

 彼女がそう言い、手のひらをくるりと返す動作をすると――

「うおっ!?」

 それまで地面に張り付いていた俺の身体がぐるん、と反転した。

「ぐあっ!」

 先程とは逆に、今度は仰向けで地面に貼り付けられる俺。

「どうです? これで信じてもらえましたか?」

「………………………ああ」


 やはり俺の上の空間には物理的な何かは存在しない。それなのに、たしかな重さが鎮座しており、指の一本たりとも動かす事ができなかった。


 これが、現代科学を超越した何かである事は認めざるを得ない。


「信じてやるから、早くこの魔法を解いてくれ」

「ええ。ですがその前に、やる事があるんじゃないですか?……私を疑った事、謝ってください」

「は?」

「さっき、勧誘とか詐欺だとか言ってましたよね? あらぬ罪で人を疑ったら謝らないとバチがあたるって私はお母さんに教わりましたよ」

「お前な……んな事言ったらそっちも、人を勝手にパンツ泥棒よばわりしただろうが」

「ふふん。それは真実を指摘したまでです」


 ……ウゼえ。なんか無性に腹立ってきたぞ。

「誰が謝るかバーカ」

「あ、ふーん。そういう態度取るんですか、へー。忘れないで下さいね。今、大我さんの生殺与奪の権を握っているのは私だっていう事を」

 そしてドヤ顔のまま、俺の身体をまたいで見下ろしてくる。

「ふふん。私はとびっきりのワルですからねぇ。許してくださいと泣いて懇願するまでいたぶってあげてもいいんですよ」

「なっ……て、てめえ……一体何する気だ」

「さあ、それは想像にお任せします」

 そしてそのままゆっくりとしゃがみ込む。

「ふふん、謝るなら今のうちで――っ!?」


 そこで彼女の顔色が変わった。


「なっ……こ、これはどういう事ですかっ!」

 そのセリフを吐くや否や、

 ずん!

 という鈍い音がして、彼女は俺に覆い被さるような形で四つん這いになった。

「お、重いですっ!」

「おい、何が起こったんだ?」

「わ、私にも分かりません! 急に重力が制御出来なくなって……」

「はっ、なんだお前。魔法使うの下手クソなんじゃないか」

「そ、そんな事はありえません。たしかに私は実技では落ちこぼれでしたが、こんな基礎の『魔法』をミスるような事は断じて……」

 話しながらも、彼女の身体は徐々にぐぐぐ、と俺に近づいてくる。

「お、おかしいです……特に頭の部分が重くて……」

 俺は仰向けのまま地面に貼り付けられている。彼女はその上で四つん這いになり、顔の部分が近づいてきている。

 ん? という事は――

「ちょ、ちょっと待て。このままだと……」


 待ち受けているのは…………………………キス?


「ふ、ふざけんな!」

「そ、それはこっちのセリフです。あなたはこんな美少女とできてラッキーかもしれませんが、得体の知れない男子とチューする私の身にもなってください!」


「お前の方が得体が知れないわ! は、早くなんとかしろ! 俺は初めてなんだぞ!」

「私だって初めてですよ!」

 言い合っている家にも、彼女の唇がぐぐぐ、と近づいてくる。

 こ、このままじゃ……

「お、おい、顎を引け!」

「へ?」

「少しなら動かせるだろ。お互いに顎を引いて角度をずらせば、唇じゃなくて額同士がくっつくだけで済む」

「わ、分かりました、やってみます!」

 よ、よし、少しずつだけど動かせて――って駄目だ! 唇が眼前に迫ってる!

 く……くそっ??……もう間に合わな――

「あ、なんとか魔法解除できましたっ」

 その瞬間【グラビティ】の効果が消え去り、俺と彼女の額は、思いっきり力を込めていた反動で――


「「ぎゃあああああああっ!」」


 全力ヘッドバット。


「「お……ごおおおおおおっ!」」

 並んで地面をのたうち回る二人。

「ぐ……い、痛ぇ……だが最悪の事態は避けられたな」

「はい……な、なんとかファーストキスは守り切りました」

 ヨロヨロと立ち上がる俺と彼女。

 くそ……あんなギャグみたいな展開でキスしかかるとか、あれじゃまるで――

「……おい、ちょっと待て。ひょっとして今のが『ラブコメ魔法』なんじゃないのか?」

「え?」

「さっきの話からすると、ベースの『魔法』に『ラブコメ』の要素が加わったものだって言ってただ? 今のって正にそれじゃないか」

「た、たしかに……」

 彼女は合点がいったように、手をぽん、と打った。

「……分かりました。それではもう一度試してみましょう」

「なに? おい、ちょっと待――」


 俺が止める間もなく、鳥頭は『魔法』を発動させてしまった。

「【ウインド】」





 その瞬間、彼女の手の中に、小型の竜巻のようなものが出現する。

「この【ウインド】は風を自在に操る魔法なんです。今度は細心の注意を払って――っ!?」

 そこでまた、彼女の顔色が変わる。

「ちょっ……まっ……なんか急にベクトルが……つ、強さも制御できな――」

 そして、下方向から急激に突風が巻き起こった。

「ぎゃああああああああああっ!」

 結果――スカート、思いっきりめくれる。

「うわああああああああんっ! おパンツ見られちゃいましたああああああああ!」

「そ、それは悪かったけどそんな場合じゃ……ちょっと浮いてるぞ、お前!」

「へ?」

 最早突風どころか暴風と化した【ウインド】は――

「うひゃあああああああっ!」

 彼女の身体を、空高く舞い上げた。


「お、落ちるうううううううううううううっ!」

 女の子が、空から落ちてきていた。


 う、嘘だろ……

 ま、まさかこんなラブコメみたいなシチュエーションが本当に――って、そんな場合じゃない! 助けないと!

 俺は猛然とダッシュし、さっきのシフォンのように女の子をキャッチする事に成功――しなかった。

 無理! 運動能力がどうこうじゃなくて物理的に遠すぎる!

「ぐはああああああっ!」

 女の子は猛スピードのまま地面にぶつかり――

 ゴロゴロゴロゴロ!

「ぐえっ!」

 勢いよく転がり、道端のブロック塀に衝突してようやく止まった。

「だ、大丈夫っ!」

 俺は慌てて駆け寄り、その子の様子を確認する。

「う、ううん……」

 よ、よかった……息はあるみたいだな。

「はっ!」

 そして、いきなり目を覚ました女の子は、

「な、なんですかこれは……服もボロボロですし、はだけてるじゃないですかっ!」

「いやなんでエンドレス展開になってんだ!」


「うう……こんな身体にされてもうお嫁にいけないです」

「お前、そんな誤解を受けそうな事言うんじゃねえよ」

 たしかに二度にわたる落下&ゴロゴロを繰り返した彼女の衣装はボロボロになっていたが、はっきり言って俺の責任は皆無だ。

「……パンツ」

「は?」

 ジト目で睨んできた。

「私のパンツ……見ましたよね?」

「……それはすまん」

「………………エッチ」

 え? こ、これってまさか……



「俺の好みか? そうだな……風でスカートがめくれた時、こっちを思いっきり睨み付けながらも顔を赤らめて『………………エッチ』とか言う女の子が至高だな」



 ま、正に俺が待ち望んでいたラブコメじゃないか! う、うおおおおおおおお……おお…………お?

「うーん……」

「なんでテンション下がった顔してるんですか!」


 いや、こうじゃないんだよ。文字で表すと理想そのものなんだけど、なんかこう風情がないというか……だってスカートだけじゃなくて他の服とか髪もヴァッサーッ! ってなってたし、その後すぽーんっ! って吹っ飛んでってるし、どうにもこうにもギャグ色が強すぎて……正直、全くときめかない。


「なんかとても失礼な事を考えてる気がします……」

「……そんな事はないぞ。それに、見たって言ってもほんの一瞬だ」

「……ほんとにちょっとですか? 柄とか見えてないですか」

「天界にも猫とかいるんだな」

「ガッツリ見てるじゃないですか!」

「いや、あんだけデカデカと『ニャーン!』って書かれたら嫌でも見えるって」

「恥ずかしいから口に出して言わないでください! 自分でもこの年齢であれは無理があるって自覚してます……うう」

「ま、まあでもお前の雰囲気には合ってると思うぞ」

 ただの相づち的なフォローのつもりだったんだが、彼女は何を勘違いしたか、ちょっと照れ出した。

「え、えへへ、そうですか? じ、実は後ろはワンちゃん柄で、そっちも相当かわいくて――って、一体何を言わせるんですか!」

「お前が勝手に言ったんだろうが!」

 薄々感じてはいたが……こいつ、バカだな。

「ところでお前、名前は?」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る