ー 6 ー【試し読み】「このあと滅茶苦茶ラブコメした」

「そっか……じゃあ今すぐシフォンに被害が及ぶって事はないんだな」

「ええ、それは大丈夫ですから安心してください――という事で、さあ帰りましょう」

「ん? 天界にか?」

「へ? 何言ってるんですか。大我さんの家に決まってるじゃないですか」

「は? なんで?」

「私は今日から大我さんの家に住むからです」


「は? なんで?」

「だって私、ツテもお金もないですもん」

「は? なんで?」

「さっきからそれしか言ってないじゃないですか!」

「いや、お前がそれしか言えないような事言うからだろうが」

「ぐっ……で、でも二人きりですよ大我さん。美少女と一つ屋根の下で二人っきり! 正にあなたの大好きなラブコメ展開です。嬉しくないんですか?」

「いや二人っきりじゃねえし。普通に親父もオカンもいるし、妹もいるし」

「え?……なんでお父さん、ジャカルタにお母さん随伴で転勤してないんですか?」

「いや、人の親父を勝手に海外に行かすなよ……」

「ぐ、ぐうう……分かりました。ならば代償をお支払いします」

「代償?」

「あ、あの……ちょっとだけ……ちょっとだけならエッチな事してもいいですから」

「パンツ見るとか?」

「それはすごくエッチな事です!」

「そもそもさっき見てるしな」

「あ、それもそうですね――ってなんで納得してるんですか私は!」

 表情がコロコロ変わって忙しい奴だな……

「仕方ないな……駄目元でオカンに頼んでやるよ」

「ほんとですか??」

 ピュアリィの顔がパアア、と輝く。

 そして二人で俺の家まで赴き、ピュアリィを玄関先に待たせ、オカンと交渉に入った俺だったが――

「駄目だった」

「はやっ! ちゃ、ちゃんとお願いしてくれたんですか?」

「したっての。『何か特別な事情があるなら、数日泊めるのはやぶさかでないが、最低限親御さんの了承を得た上での事』だってさ」

「とても常識的なお母様です!」

「だから『勘当されてて、行き場がないみたいだぜ』って適当にごまかしたら『私から学校に掛け合ってなんとかしてあげるから、学生証貸してもらってきなさい』って」

「とても良心的なお母様です!」


「お前、もちろん学生証なんて持ってないだろ?」

「それ以前に戸籍がありません……」

「完全にアウトだな……という訳で、やっぱりうちには泊めてやれんが、これは俺からのせめてものはなむけだ」

「え? あ、ありがとうございます。わーい、なんかの食べ物で――ってタウン○ークじゃないですか!」

「ああいや、食い扶持の足しになればと思って。住み込みのバイトとか載ってるし」

「戸籍無いって言いましたよね! どこも雇ってくれる訳ないじゃないですか!」

「ああ、それもそうだな……こうなったらもう身体で稼げる職場しかないな」

「なんでエッチなお店に沈めようとしてるんですか!?」

「は? いや、そうじゃなくて――」

「も、もう大我さんには頼みません! 自分でなんとかします!」

「あ、おい……」

 ピュアリィはぷんすかしながら、走り去ってしまった。

 経歴不問の日雇い肉体労働って意味だったんだが……

 俺が呆れつつその背中を眺めていると、ピュアリィは立ち止まってこちらを振り返り、「心配なさるといけないんで、お母様には自分の家に帰る事になったとお伝えください! ふんっ!」

 律儀な奴だな……バカだけど。

「よし」

 夕食を挟み、予習復習は完璧。

 その後、日課になっている筋力トレーニングを済ませ、風呂にも入った。

 ここからは自由時間、つまりは好きなだけラブコメを堪能できるという事だ。

「ダウンロード……完了、と」

 奇しくも今日は俺が一番ハマっている学園ラブコメ、『ラブスロットル!』六巻の発売日だった。

『ラブスロットル!』はキャラクターよし、ストーリーよし、作画よしの三拍子揃った完璧なラブコメだ。

 何よりメインヒロインである日野原好の笑顔がいい。


純真で裏表のない彼女の笑顔は、見ているこっちにまで活力を与えてくれる。

 俺は期待に胸を躍らせながら、タブレットのページをスライドさせた。

 朝の時間帯や、学校の休み時間に読んでしまってもよかったが、やはり最高の作品は最高の環境で楽しみたい。

「………………」

『ラブスロットル!』六巻は、冒頭から珠玉の出来だった。

 好は相変わらず反則的なかわいさだし、前巻のラストで登場した新キャラも、いい意味で場を掻き回してくれそうな感じだ。

『ラブスロ』マジすげえ……現在刊行中のラブコメとしては最高峰の作品と断言できる。

「………………」

 だが、

「………………」

 内容が全然頭に入ってこない。

 ……大丈夫だ。あんな高さから落下してきてもピンピンしてる奴だぞ? 放っとけば自分でなんとかするだろ。なんかしぶとそうだし、順応性も高そうだし。

「………………」

 でもバカだからな……誰も相手にしてくれなくて、どっかで途方に暮れてるかも……

「あー、くそっ!」

 俺は悪態をつきながら部屋を出て階段を降り、玄関へと向かう。

「オカン、ちょっと出かけてくる!」

 そして、言い捨てるようにして家を出た。

 ――が、しかし。

「勢い余って出てきたはいいものの……そんなに簡単に見つかる訳ないよな」

 十数分後、俺は最寄りの駅前を、あてもなくウロウロしていた。

 あいつの居場所を探る手がかりなんて何も――

「おい、お前結構見込みあんな!」

 そこで、やたらに野太い声が響いてきた。

 見れば、工事作業員らしき男性が資材を運んでいる所だった。

 そして、その大柄な男性の後ろで、土嚢らしきものを肩に担いでいるのは――

「ふふん。そうでしょうそうでしょう。ゲンさん、もっと褒めてくれてもいいんですよ」

 ピュ、ピュアリィだ……マジかよ、こんな簡単に見つかるとは!


 俺は反射的に建物の陰に身を隠した。

「こんな細っこい姉ちゃんに務まる訳ねえと思ってたがよ、なかなかどうして根性あんじゃねえか! お前が担いでんの、大分重てえぞ」

「このくらいなんて事ありません。汗をかけばかくほど、終わった後の牛丼がおいしくなりますからね」

「お、分かってんじゃねえか、ガハハ!」

「そうです。私は分かってる女なんです、がははー」

 朗らかに会話を交わすピュアリィと男性。

「なんだ……うまくやってんじゃん」

 それを見た俺は、ほっと胸をなで下ろす。

 しかし身体で稼げとは言ったが、また随分直接的にハードなバイトを選んだな……

 まあいい。これでなんの憂いもなく『ラブスロットル!』の最新刊を楽しむ事ができる。

 後はあいつに気付かれないようにさっさと帰るだけ――

「……っ!?」

 やべっ……

 ピュアリィの方に気を取られていた俺は、道端におかれていたポリバケツのゴミ箱に気付かずに、ぶつかって倒してしまった。

 あー、やっちまった。中身がほとんど地面にぶちまけられている。

 そのままにしておく訳にもいかず、拾い集めてゴミ箱に戻す。

 だが、もうちょっとで全て元に戻し終わるというタイミングで――

「あれ? もしかして、大我さんです?」

 ぐっ……見つかっちまった。

「なんか変な音がしたから様子を見に来たんですけど、すごい偶然もあるものですね」

「あ、ああ、そ、そうだな」

「ん? なんか落ち着かない感じですね? どうしたんですか?」

「な、なんでもねえよ。ちょっと買い物に来たら、たまたまお前の事見つけただけだ」

「……ははーん」

 ピュアリィは何かに気付いたように、腹の立つ感じの笑みを浮かべた。

「な、なんだよ」

「ひょっとして、私の事心配して探しにきてくれたんですかぁ?」

「ち、違ぇよバカ」

「あらあらー。図星みたいですねぇ。顔が赤くなってますよ」


「ふ、ふざけんなよ! 誰がお前なんか心配するか!」

「よーちよち。大我ちゃんは優しいでちゅねぇ」

 な、殴りてえ……

「お前おちょくるのもいい加減に――」

「冗談ですよ」

「え?」

「働き口も見つかりましたし、ちゃんと女性寮での住み込みですのでご心配なく」

 ピュアリィの表情からは、おふざけの色が消えていた。

「嬉しいです。今日会ったばっかりの私の事、そんなに気に掛けてくれて」

「ま、まあなんだその……人間じゃないって言っても一応女の子な訳だしな……そりゃ心配しない訳にはいかないというかなんというか……」

「えへへ、ありがとうございますっ!……あ、お仕事中にあんまりお喋りしてるのよくないんで、戻りますね」

「そうか、じゃあ無理しない程度に――って、お前、手ぇ振ってないでちゃんと前見ろっ!」

「へ?」

 ピュアリィは、俺が元に戻したポリバケツのゴミ箱にぶつかり――後ろ向きに倒れ込むようにして、頭から突っ込んだ。

「ひいいいいいいいいいっ!」

 逆さまになり、必死に足をバタつかせるピュアリィは……思いっきりパンツ見えていた。

「……なあ、念の為に聞くが、お前これ『魔法』使ってたりは……」

「しませんよっ! 変な事言ってないで助けてくださいっ!」

 現実世界にラブコメなんて存在しない、と言ったのは?だったみたいだ。

 俺は今日、三回も美少女のパンツを見てしまった。

 一度目と二度目は『魔法』によるものだったが、これは不思議要素の介在しない、純粋なパンチラ――もといパンモロだ。

 この三次元の世界にも、『ラブコメ』はきちんと存在する。

「ぐああああああっ! 臭い! 臭いですうううううううううっ!」

 ……ヒロインに萌えるかどうかは別問題として。


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