虐ものフレンズ2

みずかん

①フンボルトペンギン

アイドル

「何やってんだお前は!!」


バシッ!


乾いた音が楽屋に響いた。

頬に赤い跡が出来た。


目を潤ませ、見上げた。


「いいか?お前は今アイドルなんだ。

パークの顔なんだよ。ふざけてもらっちゃ困るんだ」


「ふ、ふざけてなんかないよ...

一生懸命、プリンセスたちと...、練習もしたし...」


背中を壁に付け小さく肩をすくめ、怯えながらも、聞こえる声で言った。


「お前、自覚ないのか?」


「...え」


「お前のステップの乱れで、全員の一体感が台無しだった。今度からは演劇もすることが決まってる。今のまま、改善できないのであれば....」


男は一歩彼女に近付き、


「アイドルごっこ、やめちまえ」


そう言った。


「一生懸命やります...。完璧に覚えます...」


一気にプレッシャーが彼女にのし掛かった。


フルルは必死だった。

共に長年連れ添った仲間と別れたくはない。

寝る間を惜しみ、練習に明け暮れた。


「最近頑張ってるけど、大丈夫...?」


ジェーンが心配して声を掛けた。

メンバーの中では、フルルと親しい方だった。


「...うん」


彼女に相談したい気もあったが、彼女に何か出来る問題じゃない。自分自身の問題なので、

平然を装うしかなかった。


「無理しないでね...」


優しく声を掛けた。


「...」


全ては、昔のように飼育員さんに褒めて貰うため、仲間に恥をかかせない様にするため、

自分の居場所を固持するため。


ライブの日が刻々と近付く度、緊張も増して行った。


そして...、当日。



手汗をかき、足が震える。


「はぁ.....、はぁ.....」


何時もと違う緊張感。

息をするのも、失敗しそうで怖い。


「...フルル」


後ろからジェーンに声を掛けられ、ゾクッとした。

恐る恐る、振り返った。


「大丈夫なの...?顔色があまり良くなさそうだけど...」


「平気だよっ!」


なげやりに答えた。

昨日は黒い缶に入った、あまりおいしくない

ジュースも飲んで、徹夜で練習した。


全ては...、この日の為に。


ブザー音と共に幕が上がり、スポットライトが

自分に浴びせられた。




(絶対に...、間違えちゃ...)



















「....」


「よお」


その声で驚いた。

あれ、何故だろう。


自分は、ライブを...


「ダメだったみたいだな」


彼は、低く恐ろしい声で言った。

その一言で、頭が真っ白になった。


「全員の足引っ張ってさ、お前なんて生きてる価値無いよ」


淡々と、彼女を罵倒した。


「どう落とし前付けるんだ?なぁ、どう仲間に詫びるんだ?お前のせいでどれだけの予定が狂ったか、わかってんのか?」


目からぼろぼろと、涙を溢していた。


「ごめんなさい....ごめんなさい....」


「お前、土下座しろよ」


そう、要求してきた。


「頭地べたに擦り付けて詫びろっつってんだよ!!」


空気を裂く鋭い声に怖じ気づいた。

言われたとおりに起き上がって、土下座した。


「ごめんなさい...」


「もっと頭から血ぃ出るくらい下げろや!!」


彼女の頭を右足で踏みつけると、煙草の火を消す様にグリグリと動かす。


「...いっ、いたい...」


「黙れ!!」


激昂した彼は彼女の横腹目掛けて蹴りを加えた。


「いっ....」


勢いの余り、横に倒れた。


「お前は、まだアイドル続けんのか?」


続けたい。

胸の内はそうだが。


自分や約束を破り、

みんなに迷惑を掛けてしまった。


こんな自分に、居場所なんて無いんだ。


「続けるの?続けないの?」


彼は声を大きくして、尋ねた。

涙の出る目元を拭ってから、答えた。









「フルル!大丈夫だった!?」

「また顔が見れて良かったよ...」

「完璧を求めるなんてお前らしくねーぜ?」


声を掛ける3人、そして


「もうっ!言ってくれればいいのに...」


親友のジェーンは声を震わせながら、私に抱きついてくれた。


だが、今の自分に嬉しいとか、悲しいとかの感情は生まれなかった。


「みんなに話したいことがあるんだ...」


みんなは私の前にいる。


私は、みんなの前で土下座した。



「ごめんなさい....、やめるね...」


顔は見れなかったけど、みんな驚いた顔をしていたんだろうなあ。


「どうしてっ...!」


ジェーンが言った。


「みんなと、お別れしなきゃダメなんだ...

お引っ越し...、するから....」


苦し紛れの言い訳だった。


「嫌よっ...、なんでっ...」


彼女は泣き崩れてしまった。


「おい、冗談はやめてくれよ...」

「5人揃っての私達じゃないか!」

「あなたがいなきゃ...」


そう言うだろう。なんとなく、そんな気はしてた。でももう、居場所はない。

私は立ち上がった。


「みんな、さよなら...」


そう台詞を吐き捨て、逃げるように去っていった。


遠くで、「待って!」という親友の声が聞こえたが、私は止まらなかった。


車に乗った。


彼は後ろの私に向かって、


「お別れは済んだか?」


と尋ねた。


「....」


私は黙って頷いた。

エンジンが掛かり、車は水辺を去った。

ずっと、服の裾を握りしめて、泣き続けた。


私は、アイドルを辞めた。

そもそも私にアイドルなんて向いてないんだ。

周りより、理解力が無かったし。


未来のことなんて、丸っきり考えられなかった。




私は、生きる価値のない、ペンギン。




「お前アイドル辞めたらどうすんだっけ?」


「...きえます」


「...そうか」


彼は後ろの座席にあるものを差し出した。

銀色のよく研磨された包丁。


「さっさと、消えなよ。

魚の臭いプンプン撒き散らすだけのお前が、

生きてても意味ねえよ」


「だよね...」


怖かったけど、この人に殴られるのも怖かった。行き場を失った私は、大粒の涙を滴らせながら服のチャックを降ろし、白く薄い衣の上から、自分の胸に突き立てた。




車を止めると、彼は後部座席の彼女を引きずり降ろし、水面に放り投げた。


水面みなもは波紋を立てると、徐々に赤色に染まった。


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