まとめ 3 ルイボスティー


 二年前の今頃だった。大ヒット映画アバターの続編「アバター2」が劇場公開された日だった。オレは映画館に足を運び、4DXの最前列の座席に座った。


 映画が始まり、1時間が過ぎた頃だった。観客は翼竜トゥルークに乗り、空に舞い上がる。空中戦だ。4DXのリアルな臨場感に、誰もが驚嘆していた。いよいよ物語の山場に入る頃だった。館内は奇声と絶叫が響き、オレの右隣に座っている女性も、足をバタバタとさせて、一際大きな声で興奮している様子だった。

 

 そして翼竜トゥルークが急降下し、精霊の森に墜落しそうになる、その瞬間だった。右隣の彼女の絶叫と同時に、彼女のドリンクが、オレの股間の上に飛んできた。


 冷たい「ルイボスティー」だった。彼女は興奮のあまり、左手に持っていたドリンクを手放してしまったのだ。


「――すみません、大丈夫ですか、このハンカチ使ってください」

「大丈夫です、映画を観ましょう、いい所ですから」

「はい」


 隣の女性はすぐに、映画の世界に戻り没頭している様子だった。足をバタバタさせ、ロングスカートがはためいていた。オレの股間のルイボスティーは、重力に抗えず下半身へと流れていった。気持ち悪くて出ようと思ったが、隣の女性に大丈夫と言った手前、出るに出られなかった。

 映画が終わるとすぐに、トイレに駆け込み、トイレットペーパで拭いた。


「今日はついてないなあ」


 家路につく頃には、初秋の夜の帳のなかにいた。月も星も隠れて、街の街灯だけが夜を僅かに照らしていた。


 この時のオレはまだ、新しい物語がスタートしていることに気づいてなかった。





つづく






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