第13話

 くりくりころころかわいい赤子


 隠れて透き見にそおぉっとのぞけ


 やんややんやのいがいが坊主


 弾けて転げてやんちゃになんな 


 常盤は小さな編み籠を両手に抱えて、アジャジの隣に立って栗を拾う。目測を誤まらないよう凝らして視界を捉え、落ちている栗を飛手が掴み、籠の上に運んで実を落すと、アジャジの背後の平たい編み籠に外皮を捨てにいく。ハエたたきで叩かれてもおかしくない、自由な線を描く素早い動きだ。


「ほんと、お上手に飛ばすようになったわね」常盤の飛手をちらっと見る。


「へへ、簡単だよ、サバ姉ちゃんに鍛えられてるからね」視線を変えずに答える。


「でも母さんのほうが栗拾いは早いね、やっぱり腰落さないと」手首をひねって実を出す。


「本気出せばぼくのほうが早いよ、でもすぐ充電が切れちゃうから、こうして動きを抑えているの」手を止めて、アジャジの顔を見る。


「そうなの、大変ね」外皮を後ろに放ると、狂いなく編み籠の中に落ちた。


 栗拾いは昼下がりまで続けられた。風車の回転はそれほど早くない。


「常盤、あんたまた学校から抜け出してきて、ピアノ弾きたくても授業だけはちゃんと受けないといけないよ、ネムのようになったらあとあと困るんだから」合流したスニンに口だけの説教を受ける。


「おお! 常盤! 待っていたぞ、よく学校をさぼった」家に戻ると、ロッキングチェアにくつろぐリーチュンが褒める。


 グランドピアノの前に座り、ゆっくりと弾き始める。始めは腕につながる両手で演奏し、次に腕を離れる両手で演奏する。それから連弾、フォルテピアノを使っての二重奏も交えて、四手を巧みに音を鳴らす。瞳を閉じて顔は上向きに、視界に狭まれない頭の中の動きに集中する。


 腕を持たないせいか飛手の動きは凄まじく、観賞する者を幻惑させる。重力から解放された物だけが響かせる彩の華やかな音色、豊かに富んで軽薄にならず、伸び伸びと運動を繰り広げる。鍵盤を突き刺すと鋭い音を響かせ、一瞬にして天井近く飛び跳ねることもあれば、真綿の如き柔らかさで宙をふわふわ、気まぐれに地上に足を下ろすといった趣もあり、腕に縛られない利点をまざまざと見せつける。空気すべてに神経が通っている印象さえある。


 その点、腕に繋がる両手は重厚な音色を響かせて、厳粛に、整然と鍵盤を叩く。重力に縛られる苦しみにも、或いは喜びにも感じられ、慎ましやかに澄んだ音を聴かせる。


「常盤は唯一のピアニストになるの!」ピアノを弾き始めた頃から、サバラは繰り返し口に出した。  


「なる! なる!」何度も頭を振って口を合わせるのが常盤の反応だ。


「常盤はあんたの子供でも、おもちゃでもないんだよ」スニンの言葉も毎度のことだ。


「勉強がおろそかにならなきゃ、自分の好きなことをすればいいのよ」アジャジはあまり気にしない。


「愛国心さえあればいい」マムーンはさらにほったらかし。

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