第11話

 芝草の枯れ混じる土地に、空間と太陽の命じるまま枝葉を伸ばし、整然としない適当な有機的間隔に栗の木は生える。空を塞ぐほど茂ることなく、樹木と樹木の間に余裕を残し、地面に射す光は心和む模様を映し出す。


 くりくりころころかわいい赤子


 隠れて透き見にそおぉっとのぞけ


 やんややんやのいがいが坊主


 弾けて転げてやんちゃになんな 


 辺り散らばる栗の実の外皮は毬と呼ぼうにも棘はなく、柔らかく縮れていて、形状は恰も使い慣れた金たわしのようだ。ところが珊瑚色に鋭く発色しているので、見方によっては捻くれたイソギンチャクでもある。匂いは甘酸っぱく、情欲を促す刺激を持つ。


 破裂しそうに膨らむ尻を白いクワンが包み、カナリヤ色のアオザイの裾が薄らと覆う。三角笠を被るアジャジは蹲り、小唄を口ずさみながら、背を丸めてせっせと栗の実を拾う。


 ゴム手袋のぴったり張り付いた手で外皮を掴み、僅かに裂ける隙間に親指を食い込ませ、編み籠を下に両手首を軽くひねって実を落とす。人間の表情の刻まれた橙色の実はぷっくり膨らみ、籠を豊かに埋めていく。実を抜いた外皮は背後の籠に放り投げこまれた。


(三番風車ノおるねあサン、旦那サント仲直リシタカシラ? クッツイタリ離レタリ、毎日忙シソウナノハ、今日ノ朝モ同ジネ、ナニカシラネェ? オ互イニ新陳代謝ガ活発ナノカシラ、マルデ都会ノ時ノ流レヨネェ、ウチノ旦那トノ関係一年分ヲ、タッタ一日デ済マセチャウミ……)節だった枝下を蝿が通り過ぎる。 


 平坦な遠く右前方に、栗の実よりも小さいスカイブルーの点が浮き出る。熟なれた大きい尻は、栗の実を拾うスニンのものだ。頬を膨らませた栗鼠が近くを駆け抜ける。


 くりくりころころかわいい赤子


 隠れて透き見にそおぉっとのぞけ


 やんややんやのいがいが坊主


 弾けて転げてやんちゃになんな 


 アジャジはしゃがんだまま足を動かし、栗を求めて頭に定めた一直線を進む。実を収める底の深い編み籠に紐が括りつけられていて、アジャジの背後へと伝い、外皮を収める平たい編み籠に結ばれている。平たい網籠には簡素な車輪が四つ、編み籠は連結して三つの車両が繋がる。


 籠を抱えて少しばかり進むと(ソウイエバ、へるぽチャンノ髪型オカシカッタナ、アレハ、ぎるぽサンノせんすガ良クナイワネェ、ワタシダッタラ常盤ニアン……)、繋がる籠がころっと転がる。


 木洩れ日に入ったからか、それとも頭の表象がそうさせたのか、アジャジは眩しそうに目を細めて微かに口元を緩めた。目と腕の動きは変わらず、絡まる外皮を掴まえては、雪の結晶同様に同一の表情のない、精巧に刻まれる人顔の実を取り出す。目を釣り上げて喜ぶ肥えた中年男性、顔の部位が垂れ下がった老婆、右の眉を失った青年が出てくる。


(太ク編メバイイワケジャナクテ、清潔ニ編マナイト……)アジャジは栗の実に目を向けない。


 日陰に入り、顔を上げてスニンの尻を探すと(アレ?)、少し離れた処に制服姿の常盤を見つけた。アジャジの存在に気づいているらしく、はっきりと視線を向け、安定しない足取りで駆けて来る。ベルトの下へ垂れる身丈に合わないネクタイが、駆け足に合わせてぴょんぴょん跳ねる。


(マタ早引キシタノネ……)アジャジは作業を止める。

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