再会と謝罪と

「――紅華お嬢様。こちらをご覧ください」


 朝食を終えた屋敷の食堂で、僕は銀のトレイに乗せた透明なオーブをお嬢様の前に差し出した。

 トレイには、お月見の団子のように、オーブが山のように積んである。

 その内訳は、



《究極のスライムの核》《完璧な状態のスライムの核》《一切の曇りのないスライムの核》《窮理のスライムの核》《魔力伝導性の高いスライムの核》などなど。



「オーブじゃない! どうしたのよ?」

「昨晩のうちに調達しておきました」

「でかしたわ! でも、黙ってっていうのは気に入らないわね! 言えば手伝ったのに!」

「正直面倒な作業でしたよ? 途中から火炙りをやめて、破点でゲルを剥がして回収することにしました。回収した中で状態がいいのがこちらの品々になります」

「ちょっ、あんた、どんだけスライム狩ったのよ!?」

「狩りすぎて、少々レベルが上がってしまったかもしれません」

「いや、それはべつにいいけど……。まあ、いいわ。破点はあんたしにか見えないわけだし、スライムを火で炙るのも、弱い者いじめみたいでつまらないと思ってたのよね」


 弱い者=レベル99のスライムなんだけどね。


「昨日の帰りに回収したのと比べると全然違うわね」


 お嬢様は冒険者証を取り出し、インベントリから昨日回収したスライムの核をテーブルに出す。《かなり歪んだスライムの核》だ。


「ギルドのオーブって、どんな感じだったかしら?」

「さあ、すぐに割れてしまいましたからね。ただ、歪みのあるスライムの核ですと、僕が手に取ると魔力で割れてしまうようでした。歪みのないものであれば、僕の魔力では割れません」

「ふぅん。ギルドって、けっこう粗悪品を使ってたのね」

「火で炙る方法ですと、熱で核が歪みやすいようですね。ギルドにあっただろう品質のものでも、【火魔法】だけで手に入れようとするとかなり苦労すると思います。ご用意した核を渡せば、きっと度肝を抜けることでしょう」

「マルクの驚く顔が眼に浮かぶわね。でも、あんまり品質が良すぎても、十分にその品質がわかってもらえないかもしれないわ。粗悪品のオーブを使ってたくらいだもの」

「たしかに、そのおそれはありますね」


 僕はしばし考える。


「では、品質が良すぎない範囲のスライムの核を、大量に納品するというのはいかがでしょう? 歪みのないスライムの核を1ダースほど無造作に渡してみせれば、さぞや驚かれることでしょう」

「そうね。そっちのほうがわかりやすいわ」

「では、こちらをお嬢様に」


 僕は冒険者証のインベントリから、《スライムの核》と《状態のいいスライムの核》を合わせて1ダース取り出した。


「あんた、いくつ核を持ってんのよ?」


 お嬢様が呆れた顔でそう言った。

 僕は、銀のトレイに載せていたほうをインベントリに回収しつつ、


「さて、途中から数えるのをやめていたもので」

「その分じゃ、レッドスライムの核も潰して、【火魔法】のスキルレベルもがっつり上げたんでしょ?」

「……い、いやあ、スライムの核を回収する上で致し方なく……」

「嘘おっしゃい。どうせ、安全マージンを見込むために、あんたの無駄に洗練された破点突きで片っ端から狩ったに違いないわ」

「ご明察の通りです。いくつか収穫もございましたので、道すがらご説明いたしますよ」

「ほほう。わたしに隠れて、随分進展があったみたいね?」

「めっそうもありません」

「ふん、洗いざらい吐いてもらうわよ?」


 じろりと睨んでくるお嬢様を残し、僕は屋敷の仕事を口実に、這々の体で食堂から逃げ出したのだった。





「ステータスねえ……なんで真っ先にわたしに報告しないのよ!」


 そう雷を落とされ、もごもごと言い訳するうちに、僕たちはペリジアへと到着した。

 僕とお嬢様が本気を出せば一時間とかからずに着くとはいえ、毎度のことだと往復するのは面倒だ。

 馬なりなんなり、移動の手段を用意する必要があるだろう。いっそ、屋敷からバイクでも持ち込んだ方が早いかもしれない。


 一応ひと通りのことをお嬢様に伝え終えた後、お嬢様にレッドスライムの核を潰してもらい、お嬢様の【火魔法】を上げた。

 スキルレベル41で【火炎魔法】を覚えるはず……と思ったのだが、お嬢様が覚えたのはべつの魔法だった。


 【炸炎魔法】。

 敵単体を対象に、貫通性の高い火炎のきりを放つ魔法である。


 早速、レッドスライム相手に試してみると、お嬢様の生み出した火炎の錐は、レッドスライムの核を一撃で打ち砕いた。


「でも、これなら直接殴ったほうが早いわね。この魔法で核を壊してもスキルレベルはあまり稼げないみたいだし」

「たぶん、『素手で核を壊す』っていう事態が想定されてなかったんだと思います。素手以外で倒した時にも、ごくわずかに魔力が流れ込んでくる感覚がありますよ」


 実際、この世界でスライムの核を素手で壊すなんてことができる人間が、一体どのくらいいるだろう?

 少なくとも、魔術の初心者に「カラースライムの核を素手で砕け」というのは無茶振りだろう。


「普通はもっとたくさんの魔物を倒してようやくスキルレベルが1上がるって感じなんだと思います」

「まどろっこしいわねぇ。なんの工夫もなしに倒してさえいれば強くなれるっていうのも、なんだか甘いシステムだわ」

「完全にロールプレイングゲームですよね」

「マルクも、なまじスキルなんかがあるせいで、技の術理について自分で考え抜くとか、研鑽を重ねて新しい技を編み出すとか、そういう発想がなかったんじゃないかしら」

「盗賊どもも拍子抜けでしたしね」

「異世界ならもっと強い奴がいると思ったんだけど。期待外れだったかしら」

「ま、まだわかりませんよ! きっとどこかにはいますって!」

「……だといいけどね」


 マズい。お嬢様のこの世界への期待値が下がってる。

 役立たずだった盗賊どもとマルク(ギルドマスター)のことを、僕は内心で罵倒した。


 ともあれ、僕とお嬢様は午前のうちにペリジアに到着した。

 人通りの多い幅員の狭い道を進んでいると、人が避けて進む空間を見つけた。

 カトリックかギリシア正教かという装飾の多い瀟洒な教会の前に何台かの馬車があり、そこに見覚えのある人影があった。


「聖女じゃない」


 お嬢様のつぶやきに、騎士の一人がパッと顔を上げた。

 いきなり聖女呼ばわりされて何事かと思ったようだが、お嬢様の顔を見ると、慌てて直立し、敬礼をする。


「救い主様!」

「救い主って……大げさね」


 騎士にお嬢様が苦笑してると、騎士の囲みの中にいた聖女がこちらに気がついた。

 銀髪とアメジストの瞳の美少女が、こちらに向かって駆け寄ってくる。


「救い主様ではありませんか!」

「救い主はやめてってば。何事かと思われるわ。あんたらも無事に着いてたのね」

「はい、おかげさまで」


 聖女が明るく微笑んでそう言った。


「……なんか、雰囲気変わったわね」

「そうでしょうか? だとしたら、救い主様のおかげです」

「だから救い主はやめなさいって。紅華でいいわ」

「ベニカ様ですね。では、わたしのことはティアとお呼びください」

「聖女なんでしょ? いいの、呼び捨てで」

「いいんです、ベニカ様になら。むしろ光栄というものです。

 それに……様をつけろって言ったらつけてくれるんですか?」

「ないわね」

「ですよね」


 聖女――ティアがくすりと笑う。


「ほら、あんたも自己紹介しなさいよ」

「ああ、どうも、前回は名乗りもせずに失礼致しました。鳳凰院紅華お嬢様の執事で、霧ヶ峰敬斗と申します」

「あ、これはどうもご丁寧に。教会の聖導士ティア・ルクセンティアです。ケイト様も、ティアとお呼びくださいね」


 前回盗賊から助けた時には、名乗る時間すらなかったのだ。

 もっとも、僕は【鑑定】で聖女――ティアの名前だけは確認している。

 さらに、さっきティアがお嬢様と話しているあいだに、ティアに【看破】をかけていた。



ティア・ルクセンティア

ルクセンティアの聖女

聖導士

レベル33

HP 64/64

MP 556/556


スキル

【障壁魔法】51

【結界魔法】11

【鑑定】42

【看破】2

【火魔法】4

【水魔法】4

【聖職叙任】1(NEW!)



 驚くべきステータスだ。

 【障壁魔法】や【結界魔法】も気になるが、それよりも問題なのは【看破】である。


(そういえば、前回も妙な視線を感じたっけ)


 こちらの本質を値踏みするような視線を感じて、何度か気配を揺らして、その視線を外した覚えがある。


(ということは、お嬢様のステータスがバレてるな)


 お嬢様も視線には気づいただろうけど、お嬢様の場合、見たければ勝手に見ればいいという対応をする。


(今のところ、お嬢様の強さの本質はステータスには全然反映されてないしね)


 レベルは珍しいとまでは言えない程度のようだし、スキルも【火魔法】と【炸炎魔法】、【水魔法】、【風魔法】、【土魔法】と、むしろ魔法使いのようである。


 だが、


(もちろん、口を封じる必要はある)


 何も殺しまでしなくてもいいだろうが、場合によっては強めの口止めが必要だろう。

 前回、お嬢様とティアは口論をしている。

 お嬢様が言うように、今のティアは憑き物が落ちたような雰囲気ではあるが、執事に万一は許されない。

 今のティアの態度が、油断を誘うための演技だとしたら――?


 僕がそんな不穏なことを考えていると、ティアは真剣な顔になって、お嬢様と僕に向き直った。


「まずは、お詫びをさせてください、ベニカ様、ケイト様」

「詫び? 謝られることなんてあったかしら?」


 お嬢様は、これを素で言っている。

 盗賊どもから助けた後の一幕は、お嬢様の中ではもう終わったことであるらしい。


「なんともまぶしい方です。でも、それではわたしの気が済みません。先日は盗賊から助けていただきありがとうございました。その後の無礼な申し様についても、心より謝罪いたします」


 そう言ってティアが頭を深く下げる。

 往来で頭を下げる聖女に、通行人の一部が好奇の視線を向けてくる。

 騎士たちが怒り出すかと思ったが、騎士たちは、そんな聖女に感銘を受けたように、膝立ちになって顔を伏せた。


「ち、ちょっと! 大げさよ! わたしもちょっと大人気なかったかなと思ってたくらいなんだから!」

「そのようなことはございません。ベニカ様はわたしのもうひらいてくださいました。地位に驕ることなく、まことの聖女となれるよう、このティア・ルクセンティア、ベニカ様に救われた命の続く限り、力を尽くして参ります」

「わ、わかったから! もう顔を上げてちょうだい」


 お嬢様が何度か促し、ようやくティアが顔を上げる。

 その顔には、やるべきことを自覚した人だけの宿す、確固たる意思の気配があった。


「……いい顔するようになったじゃない」

「ベニカ様のおかげです」

「わたしはただのきっかけよ」

「そのきっかけがなければ、わたしはいつまでも気づけなかったことでしょう」

「そんなことはないわ。啐啄そつたく同時って知ってるかしら?」

「いえ……」

「わたしも老師から教わったんだけどね。雛が卵の殻を破る時って、うちからの力だけじゃ足りないんだって。外からも同時につついてあげる必要があるの。逆に言えば、外からいくらつついても、内側から破ろうとしてない限りは、殻を破ることはできないってこと。まあ、鶏の卵は勝手に孵るような気もするけど、あくまでも譬え話ね」

「うちからも、外からも……ですか」

「ええ。武術の奥義にはね、言葉でいくら説明したって伝わらないものがたくさんあるの。

 生まれたてのひよこみたいに、親鳥が餌を口に運んでくれると思ったら大間違い。突き放されて、突き放されて、なんでなんだろうって考え続けて、修行を続けて。そうするうちに、いつしか準備が整うの。

 でも、それは内側の準備だけでしかない。準備が整ったのを見計らって、外からつついてくれる師匠がいないと、奥義の習得にはとてつもない時間がかかってしまうわ。場合によっては、一生かかっても習得できないくらいの時間が、ね」

「武術とは……そんなにも奥の深いものなのですね。ベニカ様がお強い理由がわかりました」

「ま、武術の話は置いといて、よ。あんたと初めて会った時のわたしは、ただの通りすがりの冒険者でしかなかったわよね?」

「そう、ですね。命を救っていただいたわけですが、偶然出会ったことは事実です」

「でしょ? ふつう、そんなやつにいきなり何か言われたからって、気にするほうがどうかしてるわ。わたしの言葉でティアが変われたっていうんなら、他ならぬティア自身が、もともと変わろうとしてたってことなのよ」


 語り終えたお嬢様に、ティアが息すら止めて黙り込む。

 ティアの頬を、一筋の涙が伝い落ちた。


「わっ、ちょっと、泣かないでよ!」

「い、いえ……ぐすっ。ありがとうございます、ありがとうございます……」

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