伏線回収

 翌朝、隔世へだてよの門をくぐったお嬢様は、


「今日は森に入るわよ!」


 と宣言し、僕の返事も待たずに駆け出した。


「紅華お嬢様、こっちですよ」

「どうしてそっちなのよ?」

「まずは街の方に向かうのではなかったのですか?」

「そういえばそうだったわね。いつまでもモンスターの相手だけじゃつまらないもの」


 僕はそれとなくお嬢様を誘導しながら、森の下生えをかき分け、進んでいく。

 昨夜と違い、身を潜める必要はないだろう。

 モンスターの分布はおおよそ把握している。

 この辺りに、僕やお嬢様の脅威になりそうなモンスターはいないはずだ。


 最も危険なのは、昨日出くわした盗賊たちだろうか。

 だが、連中は気配を消すということができないようなので、僕やお嬢様が不意打ちを受ける可能性はまったくない。


 ちなみにお嬢様は、身軽な格好の上に、箸蔵さんに用意してもらった皮のマントを羽織っている。

 このマントは鳳凰院家の系列企業である映画会社がファンタジー向けの衣装として使っていたものだ。

 その裏側に防刃防弾仕様の特殊な繊維を貼り合わせたと聞いている。


 もちろん、現代風の服装をこの世界の人間に目撃されると、面倒があるかもしれないからだ。

 僕のほうはクラシックな執事服なので、なんとか言い逃れが聞くのではないかと思ってる。


 お嬢様は、ほどよくダメージ加工されたマントを翻し、発見したモンスターへと向かっていく。


 動くたびにばさりとマントが揺れる。

 かっこいい。

 僕もマントを用意してもらうべきだったか。

 動くたびにばさばさいって、鬱陶しそうな気もするが。


「デカいカマキリね!」


 お嬢様がキラーマンティスの胴を拳でへし折った。


「凶暴なチンパンジーね!」


 樹上から襲ってきた殺人猩々しょうじょうを、ムーンサルトで迎撃する。


「でっかい食虫植物ね!」


 お嬢様はイヴィルプラントの蔦をつかむと、力をこめて引きちぎった。


「あ、緑のスライム! 核をいただくわ!」


 グリーンスライムの核を素手で壊す。


「やったっ! 風の魔法を覚えたわ!」


 そよ風を吹かせながらはしゃぐお嬢様に、


「ソウデスネー。僕も後でほしいですねー」


 棒読みにならないよう気を付けながら、僕は適宜相槌を打った。


「なによ、テンション低いわね。たしかに、思ったより強いモンスターがいないみたいだけど」


 お嬢様も、それは気になったようだ。


「スライムパークの赤いのがいちばん強かったんじゃないかしら? 拍子抜けよね」


 お嬢様は最初の草原をスライムパークと呼んでいる。なかなか適切なネーミングだ。


 ちなみに、さっきお嬢様が倒していたモンスターは、



《キラーマンティス レベル14》

《殺人猩々しょうじょう レベル17》

《イヴィルプラント レベル11》

《グリーンスライム レベル15》



(昨日の夜、僕が倒した時よりレベルが低いな)


 夜間はレベルの高いモンスターがうろつきやすい、ということだろうか。あるいは、同じモンスターでも時間帯によってレベルが変わるということか。

 だが、モンスターのレベルが低いのは嬉しい誤算だ。


(これならだいぶ安心だね)


 お嬢様のレベルは現在27。

 モンスターの平均レベルを軽く超える。


(でも、弱ったな)


 モンスターが想定より弱かったせいで、お嬢様の進行ペースが予定より早いのだ。

 これでは、正午を待たずに問題のポイントに到達してしまう。


「せっかくです、グリーンスライムを狩っておきませんか?」


 僕はお嬢様に提案する。


「ああ、風の魔法を強くするのね? でも、あまりのんびりしてると今日中に街に着かなくなるわ」

「僕としては、今日は森の探索に留めて、街へは明日の到着を見込みたいところなのですが……」

「ケイが慎重なのはわかってるけど、この森がそんなに危険なようには思えないわ。モンスターは雑魚ばっか。ここまで一撃確殺だけじゃない。さっさと街に入りましょうよ」

「わかりましたよ……。でも、スライムだけは見つけ次第狩りましょう。ひょっとしたら、赤と緑以外のスライムもいるかもしれませんし。他の属性の魔法も覚えられるかもしれませんよ?」

「うーん、魔法は覚えたいといえば覚えたいけどね。でも、正直威力が微妙じゃない。ふつうに殴った方がよっぽど強いわ」


 お嬢様のセリフに、僕は言葉を呑み込んだ。

 魔法は、スキルレベルが上がれば強力だ。

 現に、僕の【火魔法】レベル61は、火炎放射器もかくやという威力である。


 だが、それを言ってしまえば、僕がお嬢様に隠れて徹夜でレベル上げしたことがバレてしまう。

 ゲームですら、コソ練すると怒るお嬢様のことだ。

 僕が一人で勝手にレベルを上げたことがバレたら、盛大にヘソを曲げるのは間違いない。


「ええっと……もし敵が魔法を使ってきたらどうします? こっちでも一通り魔法を覚えておけば、相手の行動原理が推測できるじゃないですか。どのくらい溜めの時間が必要で、どのくらいの弾速が出て、どのくらいの威力があるのか」

「そんなの、パッと見で判断すればいいじゃない。予断を持つ方がかえって危険だわ」

「お嬢様は直感派だからそれでいいでしょうけど、僕は徹底的に研究しないと落ち着かないんですよ」

「ま、あんたがそこまで言うならいいわよ。道なりにスライムだけ狩りつつ進むことにしましょう」


 なんとかお嬢様が折れてくれて、僕は密かに胸をなで下ろす。


 というわけで、午前中は、各色のスライムを見つけては核を壊し、他のモンスターは最低限だけ倒して進むことになった。


「やたっ! 水の魔法ね!」


 ブルースライムの核を素手で握り潰したお嬢様が声を上げる。

 ここに至る前に、お嬢様はイエロースライムも倒している。


「これで四属性揃いましたね。まあ、属性が四つだけかは不明ですが」

「火と水と風と土ね。属性同士の相性とか弱点とかあるのかしら?」

「試してみたいですけど、ここでやるとモンスターにからまれそうですね」

「帰りにスライムパークで試しましょう」


 そんな雑談をしながら、僕とお嬢様は森を進む。

 もちろん、雑談中も周囲の警戒は怠らない。


 僕は、ちらりと頭上の樹冠を仰ぎ見た。

 ちょうど茂った枝葉の合間から、高い位置に太陽が見える。

 この世界でも、正午に太陽が南中することに変わりはない。だから僕は、襲撃時間に正午を指定したのだ。時間の単位が違ったとしても、正午だけは間違いようがない。


 森の奥で、物騒な気配が発生した。

 僕はすぐに気づいたが、あえて一拍待ってみる。

 お嬢様がぴたりと足を止め、森の奥へと目を凝らす。


「ケイ、気づいたわね?」

「ええ、もちろん」


 昨夜察知したのと同じ、何者かが何者かに襲いかかろうとしている気配である。


「どちらも人間の集団でしょう」

「ふつうに考えれば、襲うほうが悪人かしらね?」


 言いながら、お嬢様は慎重な足取りで前に進む。

 慎重ではあるが、ストライドが驚くほど広く、みるみるうちにお嬢様は数百メートルを進んでいる。

 もちろん僕も、それに遅れないようについていく。


 ちょうど地面に窪みがあったので、僕とお嬢様はそのへりに身を隠し、襲撃の現場を覗き込む。

 豪華な馬車を囲む騎士たちと、それを遠巻きに囲む盗賊たち。

 昨夜と同じく、騎士たちは襲撃の予兆に気づいてない。


「……始まるわ」


 お嬢様が言った直後、盗賊たちが動きを見せる。

 馬車の進行方向の先に潜んでいた数人が道に出て、馬車の行方を遮ったのだ。

 騎士たちが色めきだち、あわてて剣を抜き放つ。


 その光景に、僕は違和感を覚えた。


「なんで、木陰から矢を射かけるなりして数を減らさなかったんでしょうね?」

「さあ。魔法を使う様子もないわね」


 僕とお嬢様が囁きあっていると、騎士の一人が声を上げた。


「何者だ!」

「見りゃわかんだろ、騎士さんよ。俺たちの狙いは聖女さまだ。尻尾を巻いて逃げるんなら、あんたらは殺さないでおいてやるよ」

「盗賊風情が! 騎士を侮辱するか!」


 短い会話の後、すぐに斬り合いが始まった。

 僕としては、もうちょっと様子が見たかった。

 この世界の標準的な戦い方を知りたかったのだ。

 だが、


「――行くわよ、ケイ!」


 お嬢様が、この状況を黙って見ているはずがない。


「では、お嬢様は正面から行ってください。僕は盗賊どもの退路を断つように回り込みます」

「いいわ。ま、わたしが一人ものがさず倒しちゃうけどね」

「くれぐれも油断しないでくださいよ? 未知の何かがないとも限りません」

「わかってるわよ!」


 言って、お嬢様が駆け出した。

 僕も気配を殺し、盗賊の退路――というより、盗賊のかしらの背後へと回り込む。


「そこまでよ! 悪党ども!」


 街道に、お嬢様の声が響く。

 同時に、ごしゃッ!と音がして、盗賊の一人が吹き飛んだ。

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