26 微差

敵前衛を「ダークフォグ」で足止めし、黒い霧を回り込んで敵陣奥に切り込もうとした俺に、最後のリザードマン・ハープナーが放った銛が迫る。

狙いすましたかのようなタイミングだった。

いや、実際に狙っていたのだろう。

俺の注意は遅滞戦略を取る敵前衛と奥にいるサモナー・イソギンチャク・卵にとられ、銛を投げるという厄介な特技持ちのリザードマン・ハープナーから外れていた。

前回の銛投げは母親が弾いてくれたが、敵を迂回して奥に切り込んだ俺の周囲に味方はいない。

半ば先読みで投げられた銛は、一秒もせずに俺に直撃するはずだ。

俺には油断を悔いる暇すらない。


《亥ノ上直毅は、「クロックアップ」と唱えた。》


「天の声」が聞き取れるギリギリの速度で助言をし、


「『クロックアップ』!」


俺はギリギリのところで時空・支援魔法を使う。

加速した思考に差し込むように、「天の声」が早口でささやく。


《直毅は、武器適性「投擲」と魔法適性「時空」を組み合わせ、魔法「キャッチ」を編み出した。》


「『キャッチ』!」


手をかざし、俺は唱える。

そのかざしたまさにその手に、飛んできた銛が収まった。

手のひらが吸い付くように銛を掴み、俺はその場でぐるりと回転する。

円弧を描き、ベクトルが反対へと変換された銛を、俺は銛の持ち主へと投げ返す。


――グゲアッ!?


俺の放った銛がリザードマン・ハープナーの腰から下を消しとばす。

それでも止まらない銛は、橋の鉄柱にぶつかって上に飛び、上で再び鉄柱にぶつかって、ようやく鉄橋の路面に落ちてきた。俺の1メートルほど隣にな。


「っぶねえ!?」


俺はこの時になってようやく恐怖に襲われ、足ががくがくと震えた。


《直毅は、モンスターの装備品はモンスターを倒すとほどなくして失われることを思い出す。直毅は銛を拾い上げると、武器適性「投擲」と魔法適性「時空」を組み合わせ、魔法「キラーパス」を編み出し、アイテム「深海の銛」を千南咲希に向かって投げ渡した。》


「至れり尽くせりだな! 『キラーパス』!」


俺は転がり込むように銛に飛びつくと、指導された通りの魔法を使う。

銛はひとりでに浮き上がり、敵の頭上を飛び越え、咲希の近くに減速して落ちたようだ。

ようだ、というのはちょうど「ダークフォグ」の黒い霧が残ってて見えないからだが。


「咲希! 使え!」

「⋯⋯かった!」


台風の風雨と戦闘の物音の中だが、かろうじて声は通じたようだ。


《直毅は、リザードマンの死体のそばに落ちている「ゴブリン・ソード」「深海の槍」「深海の銛」を拾うと、「ゴブリン・ソード」はアイテムボックスに収容し、残りを千南咲希に「キラーパス」で送った。》


俺とサモナー&イソギンチャクのあいだには、俺たちの最初のラッシュで倒れたリザードマンたちが転がっている。そのそばに落ちた装備アイテムに近づき、俺は「天の声」の言った通りに処理をする。

憑霊生物:イソギンチャクは接近する俺を警戒してか、けばけばしい色の長い触手を何本も宙に構える(?)が、リザードマン・サモナーのほうは動かない。

接近しつつサモナーの様子をうかがうと、


「寝てんのかよ!」


サモナーは時折かくりと頭を落としながら船を漕いでいるようだった。

最初に俺の放った「デバフクラウド」の強い眠気がサモナーには効いたのだろう。他のリザードマンと違ってつっ立ったままで動かないポジションだしな⋯⋯。


「『ファイヤーボール』!」


俺は触手の間合いの外から、イソギンチャクに向かって火球を放つ。

武器として鉄パイプ(杖)を持ってはいるが、自在に動く無数の触手に近づきたいとは思わない。


迫る火球に対し、イソギンチャクは一本の触手を差し出した。

触手の先が火球に触れ、火球は触手を巻き込んで爆発する。

触手はちぎれ、残った部分も焼け焦げた。

その焦げた部分が、ぽろぽろと剥がれ落ちていく。

その下から現れたのは⋯⋯予想通り、新しく生まれ変わった触手である。


「面倒だな!? なら――『ダークファング』!」


触手を盾に防がれるのならば、本体のそばに闇の牙を生んで噛み砕けばいいじゃない! というわけで、俺はダークファングをイソギンチャクの本体に放つ。

たくましい闇の牙がその巨大な顎門あぎとでイソギンチャクを噛み砕こうとしたその瞬間、イソギンチャクが消えていた。

いや、ちがう。

イソギンチャクはいつのまにか上に伸ばしていた一本の触手でおのれを引っ張り、鉄橋のはり(という言い方で合ってるのか)へと跳び上がったのだ。


「うおっ!?」


のっそりした印象のイソギンチャクの予想外の動きに、俺は思わず動きを止めた。

そこへ、梁の上からイソギンチャクが何本もの触手を伸ばしてくる。

イカの触手のような菱形・イボ付きの触手もあれば、固く結ばれハンマーのような形状になった触手もある。釘バットのように棘が無数に生えた触手もあれば、先端に一本だけ注射器のような鋭い針を持った触手もある。

これがそういうゲームだったら用途に想像を膨らませるところだが、あいにくこれは現実だ。

触手の速さはかなりのものだったが、こちらも吸血鬼になったおかげで身体能力は上がってる。

結果、差し引きで触手の動きはスローモーションのように見えるほどだ。

俺は触手をやすやすとかわし、避けにくいものを手にした鉄パイプで「杖パリング」して弾き飛ばす。

「詠唱破棄」で放った「アイシクルレイン」は、またしても無数の触手に阻まれ本体にダメージを与えられない。


触手を避けるのはさして難しくなかったが、問題はイソギンチャクに「上」を取られたことだ。

向こうはこっちを見下ろして余裕を持って追い詰められるのに対し、こっちは常に頭を痛いほど上に向けながらの回避を迫られる。

こっちが魔法を放っても、触手を盾にしたり、橋の梁を盾にしたりとイソギンチャクは巧妙にいなしてくる。「ダークファング」が発動の遅さのせいで、発動直前に別の梁へと跳び移られてかわされる。


そうこうしているうちに、奥で船を漕いでたリザードマン・サモナーが目を覚ます。

「デバフクラウド」の影響でふらつきながらも、手近にあったリザードマンの卵にサモナーが近づく。

卵に杖をかざしながら何やら詠唱を始めるサモナーに嫌な予感がした。


「ちっ!」


俺はとっさに、アイテムボックスから予備のゴブリンの短剣を取り出し、その卵に向かって投擲する。「ナイフスロー」のつもりだったが、投げた短剣がホップし加速、卵の殻を砕いて貫通した。どうやら咲希が使っていた「ペネトレイトスロー」を閃いたようだ。


――アオオオ!


サモナーが嘆きながら杖で地面を叩く。

よくわからないが、阻止して正解だったようだ。

もともとの「天の声」のプランでも、俺はリザードマンの卵を潰して回る予定だったからな。


ん? 待てよ?

たしか「天の声」は《5)以上の手順で生き残った3体のリザードマンを直毅以外のメンバーに任せ、直毅は鉄橋に植え付けられたリザードマンの卵を「マジックサーチ」で探知し潰していく。》と説明していた。

だが、他のメンバーが戦ってるのはソードファイター1とランサー1だ。つまり、さっき俺がとっさに倒したハープナー1は俺の担当じゃなかったってことだ。

おそらくは、「キャッチ」した銛をサモナーかイソギンチャクに投擲するのが正着だったのだ。

そこからズレた分、イソギンチャクは上をとって嫌らしい攻めを(触手だけに?)してくるし、サモナーは目を覚まして卵に妙な細工をしようとしてる。


俺の背中を嫌な汗が流れた。

俺は無詠唱で「アイシクルレイン」をサモナーに放つ。

サモナーは杖を前に構えて氷のつぶてをガードした。「杖ガード」。さすがに数の多いつぶての多くはサモナーに当たったが、鱗のある部分では鱗に弾かれ、関節の裏など一部の柔らかい部分を傷つけるにとどまった。

これなら「ファイヤーボール」のほうが効果的だったか?

焦りつつ俺は動きの鈍くなったサモナーに「ダークファング」。

だが、梁から伸びてきた触手がサモナーを抱え上げ、卵の密生するあたりにサモナーを放り投げた。

闇の牙がむなしく虚空を噛み締め消える。

乱暴に投げられた――いや、投げさせたサモナーは、足をひきずりよろよろと起き上がりながら、卵のひとつに抱きついた。


その卵に、弧を描いて歪んだ赤い幾何学的な文様が浮かび上がる。

それは、俺が召喚魔法でベルベットを喚び出した時のものによく似ていた。

あれよりはずっと単純な模様だが⋯⋯


《亥ノ上直毅は、二つの選択肢があることに気がついた。》


《選択肢A:技「特攻」「獣化:ウェアウルフ」を用いて急加速し、召喚魔法が発動する前にその生贄とされたリザードマンを倒す。》


《選択肢B:あえて召喚魔法の発動を待ち、現れたモンスター「ヘルリザード」を倒す。》


掘り下げて条件を確認したいが、その時間がない。

ただひとつだけ気になったのは「獣化:ウェアウルフ」のデメリットだ。

これを使っているあいだは身体能力が爆発的に上がる代わりに技が使えなくなる。技が使えないなら集中力の必要な魔法も難しいだろう。

それにただでさえ吸血鬼の効果で身体能力が上がってるところに、「特攻」「獣化:ウェアウルフ」を重ねがけするとなると、完全に未知の世界になってくる。

卵は潰せたがそれで自爆したのでは意味がない。


それに⋯⋯選択肢は基本的に等価である。

そのことが言い訳にもなって、俺は選択肢を選ばずに時間切れとなった。

この場合の時間切れは自動的に選択肢Bである。


リザードマンの卵が割れ、中から現れた巨大な口が卵に抱きつくサモナーを頭からばくりとひと呑みにした。

卵から噴き出す圧倒的な威圧感に、鉄橋の上に居合わせたものたちは、敵味方問わずに硬直した。


いや、一人だけはこの機を逃さなかった。


「『ファイヤーボール』」


母親が放った火球が、橋の梁の上で固まっていたイソギンチャクに直撃した。

その直後に、別の一人の硬直が溶けた。


「『ペネトレイト・スロー』っ!」


千南咲希が「深海の銛」を炎に包まれるイソギンチャクに投げ放つ。

ぞぶっ⋯⋯と音すら立てて、イソギンチャクのぶよぶよした胴を投槍が貫通する。


「『ファイヤーボール』」


母親の沈着で無慈悲な追撃が、イソギンチャクに空いた風穴の中で爆裂する。

イソギンチャクは肉片と化して飛び散り、伸びていた無数の触手も力を失って鉄橋に落ち、あるいは梁や柱にからまったまま垂れ下がる。


二人のファインプレーで助けられた格好だが、俺はそれに感謝するどころではない。


群生していたリザードマンの卵が一斉に砕け散った。

リザードマンが孵化したのか?

一瞬そう思ったが、そうではなかった。

卵から現れたのは、まだ発生途中の不完全なリザードマンたちで、そのいずれもが干からびていた。

リザードマン・サモナーはリザードマンの卵をすべて生贄にし、より強力なモンスターを召喚したのだ。


サモナーを呑み込んだ巨大な口は、蜥蜴のそれによく似ていた。

卵から出てきたはずなのに、その口だけで、既に卵よりも大きかった。

口に続いて、いびつな魔法陣の中から、蜥蜴の首が、前腕が現れる。

前腕はもどかしそうに魔法陣の赤い円の縁を内側から掴むと、力任せにそれを押し開いた。

魔法陣が砕け散ると同時に、鉄橋の上に、巨大な青黒い蜥蜴が現れていた。

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