第16話 発覚した黒幕

その日は、激しく雨が降っていた。空は黒ずみ、気温は低く、まるで何かの呪いが街に降りかかったようだった。


───実に、篠崎の負傷事件から一週間という時間が流れた。結局としては、未だに彼は部活内で同級生グループから攻撃を受け続けている立ち位置にいる。何も変わらない、変化の訪れない空気が、テニス部を取り込んでいる。……残酷なほど、悪意に塗り固められているのだ。


「なあ、榎並……ちょっと気にならないか?」


休み時間に俺のもとへと駆け寄ってきた藤枝が、そんなことを呟く。俺は「なにが?」と聞き返した。


「───あの日、篠崎が病院に行った日に、須藤は篠崎のためにあいつらを敵に回しただろ?……にも関わらず、あいつらはその次の日辺りから、急に須藤にペコペコしてるっていうか……なんか、違和感を感じるんだよ」


───藤枝の言葉を受けて、俺はふと考える。……たしかに、そうだ。あの日、篠崎がやられた日、須藤は正義に基づいて動き、その結果テニス部の輪を敵に回したのだ。本来なら、それからは須藤もまた篠崎のような扱いを受けるか、無視される関係になるかの二択になるはず。それなのに、彼はその後から急に、あいつらから神格化され始めているのだ。


態度、振る舞い、喋り口調、従順さ、すべてがおかしいのだ。何もかもが、まるでデタラメのように動き、須藤のいいように変動していた。……その違和感には、俺もまた何か不気味なものを感じる。


「今日の部活は休みだろうから、放課後、須藤のとこに行ってみようぜ」


藤枝の提案に頷く。腑に落ちないのは納得がいかないし、何よりこれですべてが解決したとは到底思えない───……。須藤に相談することが、現状の打破策であろう。


───そして、放課後はすぐにやってきた。




2

「……っ、うぐ───」


「おい、もう終わりかよ?つまんねー。……ほら、さっさと立てって」


「っははは!おい須藤、ちょっとやりすぎてね?これ、見つかったらマジ終わるって!」


「心配いらねーよ……。どうせこいつだって、チクるなんて真似できねーんだからさ」


───薄暗い体育館倉庫の中では、篠崎を含めた数十人が集まっていた。その顔はどれもこれもテニス部で、全員が同級生同士の二年生である。そこでは、須藤を筆頭に全員が篠崎をリンチにしていた。


須藤は篠崎の髪を引っ張りその場に起こすと、容赦なく篠崎の細身を押して再び倒す。軽々と床にぶつかった彼は、悶えながらその場に蹲った。


「あーあ、そろそろ潮時かなー。もう暴力振るうだけじゃつまんなくなってきたわ」


須藤はそう言うと、他の同級生が反応した。


「じゃ、どうするー?もう終わりにするのか?」


「まさか。まだ遊ぶ価値はあるだろ。……たとえばこいつを全裸にして、そのまま女子トイレに入れさせる、とかな。そこを俺らが撮影して、学校中にばらまくってのも面白そうじゃん?」


「須藤エグーっ!やってみよーぜ!」


ゲラゲラと悪臭の漂う笑い声が拡散する。場は悪意に満ち、敵意に溺れ、殺意に歪み、害意に蝕まれ始めた。───そのとき、


そんな壊れ切った世界の、閉じ込められた密室のドアが、唐突に開いた。


「……」「……」「……」「……」「……」「……」「……」「……」「……」「……」


誰もがその先を睨みつけ、無言になる。倒れた篠崎も、まだまだ遊び足りないと言いたげな須藤もまたそちらを向く。そのドアから足を踏み入れるその人影に、興味を見せた。



「……須藤、やっと───追い詰めたぞ」



そこには、榎並と藤枝が立ち尽くし、現場の有様を眺めていた。その登場に一度は全員が固まったが、やがて堰を切ったかのように須藤が含み笑いを初め、だんだんとそれは高笑いに変わり果てた───。


「っはは、はははははは!かっこいいじゃん!スーパーヒーローが二人も来ちゃったなぁ!いやー、参った参った♪」


「てめえ……須藤!やっぱりお前が主犯だったのか!?」


勢いのままに藤枝が一歩を踏み出すと、須藤は気にも留めぬ様子でため息を吐いた。


「ったく、まだまだいけると思ってたんだけどなー。この程度でバレるとは、正直想定外だったよ」


「お前……初めから篠崎の味方なんかする気もなかったんだろ。こうやって攻撃するために、お前は……!」


俺が怒鳴りつけようとすると、須藤はその先を片手で制止して待ったをかけた。そして、その解説を丁寧に始めていく。語り部のように、誇らしげに、悪意に顔を歪めて───。


「最初は俺も、こいつがイジメられてるって知ったときは胸が高鳴ったよ。……いいカモができた、ってね。そのままどんどんと悪化してくもんだから、これは俺も波に乗った方がいいって感じたんだ」


「……なら、どうして最初は篠崎の味方のふりをした?どうして善人ぶったりしたんだよ!?」


食ってかかる藤枝に、「ああ」と須藤は目を細めた。


「まあ強いて言うなら……、からかなー。ほらこいつってさ、自分がやられまくってる分、優しくされたら味方ができたって簡単に信じ込むだろ?───俺はそこにつけ込んだってわけ!」


そのためにあえて優しくしていたのだと、自慢げに主張する須藤。その在り方は醜悪で、最悪で、下劣であった。狡猾だとか捻じ曲がっているだとか、そんな言葉では言い表せないくらいに───。


「だからあの日、こいつがラケットにぶっ叩かれた後に、こっそりとお前ら以外の連中を掻き集めて説得したんだよ。……俺についてくれば、もっと面白いことができるって」


「……だからあの日から、お前らは須藤への態度が変わったのか」


俺の言葉に嘲笑う彼らは、とてもじゃないが同じ部の仲間だとは思えなかった。───薄汚いハイエナ。そんな言葉が似合うような、須藤の、権力の犬であった。


「ま、そんなところかな。榎並と藤枝はガチの方でこいつの味方続けそうだったから誘わなかったんだけど……どうする?今からでも一緒に参加する?」


「───ッ!ふざけんな!誰がお前の言う通りに動くかよ!」


藤枝が叫ぶと、須藤は肩を竦めて「あっそ」と吐き捨てる。それから俺達を見据え、静かにこう言った。


「だったらせめて、黙っててくれね?俺もさー、こういうのチクられると弱いんだよね。どう?乗ってくれる?」


「乗るわけねえだろ。……お前らはここで終わりだ。顧問に打ち明けに行く」


俺が踵を返そうとすると、声高々に須藤は主張を続けた。


「優等生の俺と!特になんの力も持たないお前ら!さてさて先生達は、どちらの言葉を信じるでしょうかーっ!?」


「……てめえ」


藤枝の鋭い眼光を払い除け、須藤は演説をするかのようにその場を歩き口を開いた。


「俺もさぁ、ぶっちゃけちゃうと、疲れるんだよね。毎日毎日毎日毎日……飽きても飽きても繰り返される優等生の仮面を被り続けなくちゃいけない日々にさ。なんて言うの?───変化がなきゃ、つまらなすぎてやっていけねーんだよ」


「……なにを、」


「ストレスの発散って意味で篠崎を追い詰めんのも楽しい。けど、それ以外にだって、こいつには利用価値がある。……俺はさ、見てみたかったんだよ。───俺の手のひらで、果たして人間の群れをどこまで操れるのかをね」


「はぁ……!?」


藤枝が堪らずその足を動かそうとするが、俺はまだ彼を止めていた。そして、須藤を見据えて口を開く。


「独裁者にでもなりたいのかよ、お前は。そんなものになってまで、飽きた日常に刺激が欲しいのかよ……っ?」


「じゃなきゃ、俺がいつかストレスで倒れることになる。これは俺のためでもあるんだよ。不可抗力ってやつ?そういうことかな」


「……篠崎は、本気でお前を信じたんだぞ」


「まあ、簡単すぎてつまらなかったくらいだった」


「他人の痛みもわからないのか……?仲間の心さえ読み取れないのかよ……」


「そんな暇があるなら刺激を求めるかな」


「俺は、お前の人間性を疑う───」


「生憎、俺はこういう人間なんでね」


何を言っても、何を繰り返しても、何を主張しても、何を口にしても、何を、どれほど訴えても───こいつには、須藤には、何も届かないと知ったとき、俺は全身が熱くなるのを感じた。それが怒りだとわかったとき、気づいた瞬間には俺達は───、



前進していた。



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