男子校に女子高生っ！

第12話 帰宅部達の放課後テニス

コッコッコッ、と、地面にボールの叩く音が響く。やがて調整の終わったそれは、手のひらにしっかりと収まった。

「じゃあ、見ててください。サーブ、入れます！」

「ああ、頑張れ」

やる気満々の桐崎にそう返すと、彼女は頷いてボールを天高く上げた。そうして振り上げたラケットは、それを力いっぱいに叩く───。

「えい……！」

可愛らしい掛け声と同時に、打たれたボールが宙を切る。だが、残念ながらそれはネットに引っかかり、フォールトとなった。

「もう一回……！」

だが、彼女は再びラケットを握り直すと、すぐに次のボールを掴んでサーブ体勢に入る。そうして今度も、似たような姿勢でサーブを打ち込んだ。

「───っ。うう……入りません」

が、今度も同じくネットに引っかかってしまう。試合ならダブルフォールトで失点だ。そんな彼女の姿に、俺はかつての自分を思い出していた───。

あの部活に入りたての頃は、まだ俺は初心者だった。それまではテニスなどしたこともなく、卵だったのだ。そこから練習を何度も何度も積み重ね、そうしていつかは試合もまともにできるようになって───レギュラーにだってなれたのだ。

「もう一度……！」

桐崎は少しだけ汗をかきつつも、それを拭ってサーブを打っていた。入らない、そしてもう一度……そんなことを幾度も繰り返していく。やがて俺は、そんな彼女を見て動いていた。

「……まず、腰を低くした方がいいな。それから、ラケットはしっかりと背中に持っていって───」

「あ……はい！」

「そう。で、投げたボールがちょうど伸ばした腕で取れる位置に来たら、打つ。意識してみたら、案外変わるぞ」

「……意識、ですね」

それから彼女は言われたようにこなし、サーブを打ってみた。すると先ほどよりも綺麗なフォームで、それはネットの向こう側へとボールを打つことができた。……まだフォールトではあるが、それでもネットを越えられたのは進歩だ。

それから何回か試行錯誤した矢先のことだった。

「……っ！」

コン！と小気味の良い音を残して、彼女のサーブが───成功する。

「───あ、やった……やりました！榎並くん！」

「ああ、ちゃんと見てたぞ」

はにかみながらその場で喜ぶ桐崎は、無邪気そのものだった。

「やったじゃん花ちゃん！今のサーブ、良かったぜ！」

藤枝もそう言いながら駆けつける。そうして彼女に天然水の入ったペットボトルを渡すと、桐崎は「ありがとうございます！」と言って一口を呑んでいた。

「まだまだ全然ですけど……すごく嬉しいです！テニスって楽しいですね───！」

「───そうだな」

そんな返事をしていた。たしかに中学時代は苦い思い出に埋もれていたスポーツではあったが、それと今彼女が純粋にテニスを楽しんでいることはまったくの別物だ。……切り離し、受け止めるべきことなのだ。

「あの、榎並くんに藤枝くん……もし良ければ───打ち合い、してみませんか？」

「───」

「───それは、」

黙り込む俺と、何かを言いたげな藤枝。しかし、彼女の眼差しを受けてもなお、断れるほどの性格を、俺は持ち合わせてはいなかった。やがて息を吐き、俺は桐崎を見やる。

「……わかったよ。やろう」

「で、でも榎並───いいのかよ」

「昔のことだ。それに、もう今は違うだろ」

そう言い切り、俺は桐崎の持ってきていたラケットを手に取り握る。その感触は、かつての自分のものに酷似していた。

「……そうだ。今とは、違うんだ」

もう一度だけを口にし、俺は藤枝にもう片方のラケットを差し出す。

「───お前も、もう忘れていいんじゃないか」

「───榎並、」

夕陽が差し掛かる。それに照らされ、藤枝は眩しさに目を細めているように思えた。しかし、そうではないことなど、容易にわかる。

彼の中の葛藤は、手に取るようにわかるのだ───……。

そして彼は、決心したように、やがて俺の手元からラケットを受け取った。その瞳は、いつにもなく熱が籠っているように見えて……。

「……わかったよ、お手上げだ。それに、花ちゃんのお願いだもんな」

「それでこそ藤枝だ」

「お前なぁ……」

呆れたように藤枝はぐるりと背を向けて歩き出す。そうしてコートの向こう側へと辿り着くと、振り返って声を上げた。

「じゃあ、俺と花ちゃんで打ち合ってみようか！花ちゃんが取れなかったボールを、榎並が責任持って打ち返せよー！」

「おう、任せとけー！」

そう返すと、桐崎がこちらに向かって満面の笑みを見せた。そうして一言、

「では、フォローの方をよろしくお願いします！」

とお辞儀をする。……もちろん俺だって、やるからには全力でやるつもりだ。

そうして藤枝は手加減をしながら、軽いサーブを打ってきた。桐崎はしっかりと目で追いながら、丁寧に打ち返す。これくらいの軽さなら、初心者の彼女でも打ち返せるらしい。

「ナイスレシーブ！」

藤枝がそう讃えると、今度もまた弱めに打ち返す。今度のそれはロブであったため、空中を高く泳いだ後にこちらに向かってきた。

「桐崎！スマッシュだ！」

「……え！スマッシュ、ですか？───えっと、えいっ！」

ダメもとで言ってみたのだが、彼女は忠実に実行しようとする。そうして初々しい様子でスマッシュの体勢をとり、慌てながらもラケットを大きく振りかぶった。───そして、

「───あれっ……入っちゃい、ました？」

───桐崎 花、渾身のスマッシュが鮮やかに打ち込まれた。