第9話 カジノ対策練習・NGワードゲーム

終わる世界。終わる車軸。終わる夕日。終わる降雪。終わる道路。終わる連鎖。終わる日付。終わる螺旋。終わる日常。終わる氷海。終わる終わる終わる、終わっていく───何もかもが。


すべては終わりを迎えた。白黒にすり替わってしまったフィルムに成り果ててしまった。もう戻れはしない。引き返せはしない。何も過去は変えられない。───変えられやしない。



───だから俺は……ここまでなんだと知った。




2

「ついに明日が文化祭かー」


教室の窓辺に立ち尽くし、グラウンドを眺めていた藤枝がそう言っていた。


───桐崎が転入してから二週間ほどが経過したのは、本当に早く感じる。それほど賑やかさが引っ張ってくれたのだろう。楽しいときほど時間の経過は早く感じるというのは、やはり真理に違いない。


文化祭を明日に控えた今日も、無事に授業が終わり放課後となっていた。教室に残ったメンツは俺、藤枝、茅野、そして桐崎だ。俺と茅野と桐崎は先ほどまで一緒にポーカーの説明書きと看板を作っていた。それも無事に終わったので、とりあえず今日までにやるべきことはすべて終わらせた。ノルマも達成したところで、俺と桐崎を待っていた藤枝が急かしてくる。


「……あ、あのお二人とも、少しいいですか?」


すると、身支度を整えていた俺と、その辺をぶらぶらとする藤枝を呼び止める彼女の声が聞こえた。振り返ると、桐崎は何かを言いたげな表情でこちらを見ている。


「どうした?まだ何かすることとかあったっけ?」


俺がそう尋ねると、彼女は首を横に振って否定した。そしてやっとの思いで、その小さな口から振り絞って声を出す。


「───その、せっかくですから、残ってゲームとか……してみませんか?」


「「ゲーム?」」


藤枝と声がハモってしまう。今まで、彼女の方からそんな提案をされたことは一度もなかった。これはどういう風の吹き回しなのか……しかし、積極的になれていく彼女を見られるのは嬉しいことでもあった。


「その……文化祭も明日ですし、今から少しでも、ぽーかーふぇいす?というのを練習してみてもいいのではないかと───」


「なるほど、それもそうだなー。考えてもなかったけど、鍛えておかなきゃ主催する側としては顔が立たないか」


俺はそう呟く。ポーカーフェイスが強くなりたいのなら、やはりポーカーで鍛えるべきだろう。しかし、生憎ポーカーは文化祭準備の時点からかなりの量をやり込んでいるため、そろそろ食傷気味だ。明日もプレイするなら、もっと別のゲームをしてみたいものである。しかし空気を読まない藤枝は、それでもポーカーを勧めてきた。


「なら、やっぱりポーカーにする?」


「あ、それなら二人でもできるから藤枝はいらないな」


「なんでだよっ!?俺も混ぜさせてくれよ!」


軽く冗談を言うと、藤枝が叫びながら目を向ける。すると桐崎が良い提案をしてくれた。


「ポーカーもいいですけど……今日は新しいものにチャレンジしてみたいです」


おそらく桐崎も、そろそろポーカーの練習はいいだろうものと考えている。それゆえに、彼女が提案したのは───、



「───NGワードゲームをやってみたいです!」



「NGワードゲーム?聞いたことないなぁ」


藤枝はそう言うが、俺はそれについては詳しく知っていた。と、そこで教室の隅に立っていた茅野も反応する。


「あ!それ知ってるっすよ!中学の頃に休み時間中やったことあるんで!」


「そうなんですか?では、せっかくですから茅野くんも一緒に入ってほしいです!」


桐崎が懇願すると、茅野は微笑んでから了承した。


「はい!もちろんオッケーっす!」


「でも茅野、部活はいいのか?」


俺が聞くと、茅野は頷いた。


「今日は軽音、休みなんで!この後はちょうど暇してたんすよ。だから、いい時間潰しができそうっす♪」


───補足だが、茅野は軽音楽部に所属している。彼はボーカル担当ということもあり、休日はプライベートでカラオケによく通っているらしい。チャラい性格の彼ではあるが、噂に聞くと、どうやらライブではかなり熱くなるらしい。ぜひ今度、聴きにいきたいものだ。


「では、この四人で遊んでみましょう」


それから俺達は教室の真ん中に机を四つ繋げると、席に着いてから桐崎が持参してきた紙とペンを四つずつ配っていった。一人につき一枚の紙と一本のペンが行き届くと、改めて桐崎が全員を見渡してからゲームの説明をした。


「では、藤枝くんだけ知らないということで、ルールを説明しますね。このゲームでは、一人につき一つだけ、会話中に言ってはいけない単語が用意されます。その単語が書かれた紙を見ないように掲げて、会話をしていくんです」


「単語っていうのは、リンゴとか、そういうやつでいいの?」


藤枝が尋ねると、桐崎はそこも丁寧に説明する。


「今回の場合は、単語でなくても大丈夫なルールにします。……ええっと、たとえば───『暑い』、とか、『お腹が空いた』でも大丈夫ということです」


要するに、言葉、文章という形でもいいというわけだ。桐崎はそのまま説明を続けた。


「時計回りに、その人の言ってはいけないNGワードを書いていきます。……つまり、私は榎並くん、榎並くんは藤枝くん、藤枝くんは茅野くん、茅野くんは私のNGワードを書いてください」


「そして、書かれた紙のNGワードを口にしたら負けってわけだ。違和感なく相手のNGワードを言わせられるか、そこが鍵になるってわけ。……大体は掴めたか?」


俺が藤枝に確認すると、藤枝は「ああ、わかったよ」とペンを向ける。───向けた相手は、茅野だ。


「───くじ引き戦争の恨みがあるからね。ここでしっかりと晴らしてから、文化祭を花ちゃんと回るんだ」


「おお!頑張ってくださいね、藤枝くん!期待してるっすよ!」


───煽りにしか聞こえない。茅野の悪意なき言葉を受けて、藤枝は「絶対に仕留める……」と殺意のオーラを放つ。後ろでゴゴゴゴゴ……という効果音が流れてきそうだ。


というわけで、まずは互いにNGワードを書く作業からだ。


俺が書くべき相手は、藤枝。こいつとは中学時代からの腐れ縁だ。大体の使いそうな言葉はわかる。───が、今回は趣向を変える。


つまり、会話の中で誘導する作戦───これで奴を打ちのめす!


───『そんなの言うわけないだろ』


これでいこう。


というわけでゲーム開始だ。まずは全員のNGワードを確認してみた。このゲームは自分のNGワードの書かれた紙は上にかざすため、もちろん自分のものは見えない。が、他プレイヤーのNGワードは見えるので、それを言わせるために誘導をしなければならない。


桐崎のNGワードは、『不思議』。そして茅野のNGワードは、『クレープ』……か。短い系で攻めてきているのが伺える。


「それじゃあ……ゲームスタートです!」


桐崎の声に反応し、俺達は敵同士で睨み合う。───たかが遊びといえど、勝負は勝負。罰ゲームもなにもないが、それでもゲームには勝ちたい。


「ところで藤枝。明日は何があるんだっけ?」


さっそく俺の銃口が牙を剝く。すると、「っは!」と鼻を鳴らした藤枝が声を荒らげた。


「お前なぁ、ぉ?単純すぎなんだよ!」


さようなら。


「……ふ、藤枝くん……アウトです」


「へ?───アアアアアアアアアッ!!」


───それが彼の、最後の断末魔となった。


「世界最速の負けっぷりだな。ここまでくると才能だよお前」


「……も、もういい。身投げする」


そう言って窓から飛び降りようとする藤枝。そんな彼を、茅野が慌てながら止めていた。


「で、では……これで残り三人ですね。ドキドキします───」


仕切り直し、桐崎がそう呟く。全員が席に着き直し、憔悴し切った藤枝は放置しつつプレイ再開だ。


「……」


「……」


「……」


誰も何も喋らない、そんな時間が数十秒続く。そもそもこのゲームの必勝法は、『誰も何も喋らないこと』である。つまりここで全員は、藤枝のようなボロを出さないために防御に徹し始めたわけだ。……だが、これではゲームは進まない。そこで俺から、まず茅野から仕留めに口を開いた。


「……茅野は、明日は何が一番楽しみなんだ?」


ここがポイントだ。───茅野はこれを受けて、文化祭において一番楽しみでありそうなイベントを警戒したはず。たとえば軽音楽部のライブ、たとえば校舎の散策、たとえばステージでの演劇……そんなところか。つまり、これらを口にすることを警戒している内は、クレープなんてお祭りの付属品(個人の見解)は口にしても安全だと思い込む───!


「……そうっすねぇ。まあ、それは明日のお楽しみってことっすかね♪全部楽しみではあるっす」


「───ちっ」


どうやら一枚やり手のようだ。さすがに藤枝のような素人とは場数が違う。中学時代の特訓がここへきて本領を発揮しているというところか……。


「ちなみに、榎並くんは何が楽しみですか?」


「───」


ここにきて、攻めてこなかった桐崎が先手を打つ。俺は無論自身のNGワードなど把握はできていない。ここで迂闊に口を滑らせることだけは悪手だ。そこで、


「……チョコバナナは、やっぱり食べておきたいよな」


「───」


そこで桐崎は少しだけ眉をひそめた。俺の作戦が伝わったのだろうか。それなら、ここで一時的な同盟が組まれたことになる。


───俺を落としにきた桐崎を、逆に味方につけるという咄嗟の手法だ。チョコバナナからの関連性でクレープに繋げるという茅野殺しの攻撃、そこに彼女が加われば、奴は倒せる……!


そこで桐崎も狙いを変えて、俺の手助けに入る。


「チョコバナナ、美味しいですよね。文化祭といったら、それで決まりという感じがします」


表情は自然に、桐崎は微笑みそう言った。茅野もまた釣られて、その会話に参加する。


「……それなら、もう一つあるっすよ。とか───」


「───かかったな茅野!お前の負けだ!」


威勢よく俺が机を叩くと、茅野は血の気が引いたような顔をして自分の紙を下ろし見据えた。……クレープに殺される男、ここにありだ。


「やりましたね、榎並くん。凄いです……」


「桐崎も、けっこういいポーカーフェイスしてるじゃん」


互いに互い、相手を褒め讃えた。まさかここで一騎打ちになるとは───思ってもいなかった展開である。これはなかなかの好敵手……いや、ライバルと呼ぶに相応しい!


「……ここで倒す!───覚悟っ!」


俺がそう宣言すると、そこで一同は目を開いた。一瞬何事かと思ったが、遅れて気づき俺は絶句する。そして桐崎が立ち上がると、そこでゲームは───、



「───やったぁ!勝ちましたっ!」



桐崎のはしゃぐ声がホイッスルとなって終了する。見渡せば、藤枝と茅野は複雑そうな顔色を浮かべていた。思わず俺は、そこで叫んでしまう……。



「結局俺も自滅じゃねえかぁぁぁっ!!」



───『覚悟』と書かれた紙がひらりと舞い落ちるのを、ただただ眺めていた。

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