第1話 オレのレベルは999!

 魔導暦一五一五年、八重やえの月、十日。時刻は朝から昼に差し掛かろうかというそんな頃。

 この日満十五歳、成人を迎えた少年ノーヴェは、成人の儀を執り行うべく村長と両親の案内で村に一つだけあるお社へと訪れていた。

 こじんまりとしたお社の、普段は施錠されている戸が開けられる。中には頭大の玉が一つ台座に安置されている。

 この玉自体は特に珍しい物ではない。全ての街や村、小さな集落にも必ず一つはある物である。

「さ、ノーヴェ。あの玉に触れて来なさい」

 両親に促されノーヴェが一人お社の中に入る。するとギィィと蝶番ちょうつがいが軋む音が背後から聞こえると、バタンと戸が閉められる。

 成人の儀は一人で行うのが習わしであるため戸が閉められるのは知っていたが、やっぱりちょっとドキっとしてしまう。お社の中には明かりがないが真っ暗闇と言う訳でもない。例の玉が、どういう理屈かは分からないが光っているお陰だ。ノーヴェは玉の傍まで歩み寄りそっと手を添える。

 ノーヴェの手が玉に触れると同時に、頭の中に直接声が響いてくる。

(はいはーい。成人おめでとうございまーす! こちら管理機関天の輪あまのわ銀河担当のゼロでーす。もしもーし)

 何とも軽い調子にノーヴェがリアクションに困っていると、

(おーい。もしもーし。聞こえてるー? 聞こえてるよねー? 無視とか酷くない酷くない。チョー酷くない?)

 なんちゃらのゼロさんとやらが若干怒り始めたので、ノーヴェは慌てて返事をする。

「あ、はい。すいません。聞こえてます聞こえてます」

 ノーヴェの他に誰も居ないお社の中で、宙に向かって話しかける。

(おーけーおーけー。行き成り頭の中で声がしたら吃驚するのも分かるよー。わかるわかる。うんうん)

 ノーヴェが反応に困っていたのはそこではないが、敢えて黙っておく。

(あー、それとそれとね。それに手を触れた状態で念じてくれればワタシに通じるから、声には出さなくても大丈夫だよー。声に出してくれてもいいけどねー)

 そう言われて、ノーヴェは早速試してみる。

(ゼロさん。聞こえますか?)

(はいはい。ゼロさんですよー。よーく聞こえてますよー)

(これからオレは何をすれば……?)

(特にしてもらうことはあーりませーん! そのままで暫くまっててねー。すーぐ済むからねー)

 ゼロにそう言われて待つこと数秒、ゼロのお軽い調子の言葉が響く。

(はいはーい、おっまたせしっましたー。ノーヴェ君にはー……前世からの特典が一つ付与されまーす! やったね! じゃーいっくよー!)

 その声と共にノーヴェの全身が光に包まれ、その光が玉へと吸い込まれていく。

 そしてその玉から光る小さな板が一枚出てくる。

(何か変な板出てきたっしょ? それ取ってみ取ってみ)

 ゼロに促され玉から出てきた板を手に取るノーヴェ。見てみると板には様々な数値が表示されていた。

(そこに書いてあるのがノーヴェ君のステータスだよ! 良く確認して、おかしな所があれば言ってねー。後から修正はできないからねー)

 板に書かれた数値をまじまじと見つめるノーヴェ。その板に書かれた数値にはおかしな所しかなく絶句してしまう。余りの事に板を握る手は震えている。


 ノーヴェ レベル:999

 ちから:十二 すばやさ:一〇 たいりょく:八 かしこさ:九 きようさ:十五 うん:五

 MP(マナパワー):三


 因みにステータスの上限値は全て999であることを申し添えておく。

(ノーヴェ君、固まっちゃってどしたの?)

「どうしたもこうしたもあるかあああああああああああ!」

 思わず大声で叫ぶノーヴェに、お社の外から心配気な声が掛かる。それに「大丈夫。なんでもないから」と返事をしておいてゼロに食って掛る。

(おい。このステータスは何だ。どうなってやがる)

(ん、どれどれ……。ちゃんとレベル999になってるじゃん。おかしな所ないよー?)

(おかしな所しかないわ! 今レベルを貰ったばかりなのにレベル最大ってどういうこった! それと、ステータスがこれ、多分だけどオレの初期値だろ!)

(『レベルを999にしてくれ』って言うのがノーヴェ君の前世の希望だって聞いてるけど? えーっと……うん、こっちの資料にもちゃんとそう書いてあるよー。だからちゃーんと『レベル999になってる』でしょー)

(分かった……レベルに関してはその、オレの前世とやらの希望だったんだな。分かった。それはいいとしよう。だったらこのステータスはどういうことだ!)

(え? ステータスに関しては何も聞いてないよー。もう、レベルだけ999にするの大変だったんだからね。褒めて褒めて!)

「くそったれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

(うわっ!)

 ノーヴェがステータス板を床に投げつけようと手から離した瞬間、ステータス板は光の粒となってノーヴェの体の中に吸い込まれていった。

(あっ!)

(何だ!?)

(ああ~……カード吸収されちゃったかー。これでステータスが確定しちゃったので、もう修正効かなくなっちゃいましたー)

(なっ!? 修正できたのかよ……)

(初めに言ったじゃん、もー……ちゃんと人の話は聞かないとダメじゃん!)

(……すいません。確かに……そんなような事言ってたな……)

 冷静さを失って勢いのまま行動した自分に、後悔してもしきれないノーヴェにゼロが一つ提案する。

(そうだ! ステータスの修正は出来ないけど、レベル999専用の固有スキルを発現させる事ならできるよー!)

 ガバっと顔を上げて希望に満ちた眼差しで宙を見上げながらノーヴェは一も二もなくゼロにお願いする。

(じゃーいっくよー! それーい!)

 ノーヴェの体からポンとカードが現れ、そのカードにスキルが記されていく。


 固有スキル:レベルエンチャント(アクティブ)


 が新たにノーヴェのステータスカードに追加されていた。

(おお! で、これはどんなスキルなんだ?)

(え~っとぉ……何々、『レベルエンチャントはレベルの数値分任意のステータスを一つ、一時的に上昇させる。持続時間はMP秒である』だって)

 如何にも説明書読んでますって感じがありありと伝わるゼロの説明だったが、その分ノーヴェにもはっきりとスキルの仕様が伝わる。

(あ、あとね、『使用上の注意事項。一度使用するとMPが〇になるまで中断する事はできない。また、このスキルでMPが〇になった場合、一時間を最大MPの%分引いた時間意識を喪失するので注意すること』って書いてあるよ!)

 あ、書いてあるって言っちゃいましたね。

(ん? つまり発動させたが最後、オレの場合三秒で意識喪失、最大MPが三だから……大体五八分くらい意識が戻らなくなるって事か……?)

(え~っと……ノーヴェ君のMPが千分の三なので……大体一時間ですね!)

 三%ではなく、〇.三%でしたか。

(効果は凄いけど……三秒って……そして一時間……使えねぇぇぇぇぇ)

(よし! ワタシにできる事は最大限やったんで、あとはノーヴェ君の頑張り次第という事で!)

(え!? ちょちょちょ、こんなステータスとスキルでオレにどうし……)

(ノーヴェ君の頑張り次第ということで! じゃーねー!)

 何故か同じ言葉を二度、ノーヴェの言葉に被せる様に投げやりに言い放つゼロ。そして、言い終わると同時に──

 ブツン。

 玉から光が消え、ノーヴェの頭の中に響いていた声も聞こえなくなる。

「………………………………」

 中々お社から出てこないノーヴェを心配した両親がお社の戸を開けると、何故か真っ白に見える息子を発見したのだった。


 想定外の事もありはしたが、成人の儀であるレベル授与の儀式は終了していたので、両親に引き摺られる様にしてノーヴェは家に連れて帰られた。家に戻り少し落ち着いたノーヴェは、両親にポツリポツリと事の経緯を伝える。

「……………………」

 前代未聞の事態に両親も唖然としている。

「……どうしよう……?」

 将来は世界に名を馳せる英雄に成る! と夢を語っていた息子ノーヴェ。

 幼い頃から剣の腕を磨き、それだけに飽き足らず様々な武器の扱いに精通していった。日々の努力の賜物だ。それもこれも、全ては夢の実現のため。修練を苦にせず、むしろ楽しんでいる様にすら父オットーには感じられた。

 その夢が、積み上げた努力が、まさかこんな形で打ち砕かれ様とは誰が想像しただろうか。

 意気消沈した息子の声に、オットーは何か先達としてアドバイスできないかと考えながら言葉にしていく。

「そうだな……父さんが知る限りではレベルを下げる方法はない。伝説には《女神の雫》と呼ばれる宝玉を六つ集めると、望みを一つ叶えてくれるとか言う物もあるらしいが……」

御伽噺おとぎばなしじゃん……」

「まあそうだ。だが、魔法の国にはその《女神の雫》が四つ、あるとかないとか」

「伝説が本当だとしても手が出ないわ。まして魔法の国はこの剣の国の敵国じゃん」

 魔導暦一五一五年現在、ノーヴェが住む大陸東部の中原地帯には五つの国が存在している。一つはノーヴェ達の暮らすここ剣の国。中原国家群の中では南西に位置し、北には槍の国。東に弓の国。北東に盾と魔法の国があり、弓の国の北側に隣接するのが盾、盾の更に北に魔法の国があるという位置関係だ。

 今から凡そ五百年ほど昔、当時隆盛を極めた古魔導王国が滅び小国が割拠する戦国時代へと突入。併呑、統一、分裂を繰り返し現在の姿となっている。近年は表立った大きな戦こそないものの、常に中原の覇者たらんと、虎視眈々とどの国も機会を窺っているのである。

「レベルが上がらないんじゃ、普通に職に就くのも難しいしねぇ。ノーヴェも知ってると思うけど、大人になるとレベルを上げないとステータスは上がらないし、スキルも覚えないの。そんな子を雇ってくれる所は残念ながらお母さんは知らないわねぇ。そうなると、その固有スキルを上手く活用する方法を考えるしかないんじゃない?」

 と母セッテが建設的な意見を出す。

 レベル制が当たり前のこの世界では、一般職こそステータスの差や特にスキルが重要視される。

 ステータスの上昇もスキルの習得もレベルアップ時に行われると言っても、何もせずレベルだけ上げた場合──それが可能かどうかは別として。あくまで仮定の話だ──ステータスは最低保証の一のみの上昇、スキルの習得はない。あくまでもレベルアップまでの過程において得られた経験に基づいて、ステータスの上昇とスキルの習得は成される。

 そのためそもそもレベルが上がらない等とという事は、一般職においては将来性が絶無と同義である。

「それにしても三秒ではな……。何をするにしても短すぎる」

「そうなのよねぇ……」

「幸い、剣の腕だとか戦闘勘などはステータスの範囲外だ。お前の今の腕前なら少々のステータスのハンデは補えるだろう」

「じゃあ都会で傭兵ギルドに入れば良いんじゃないかしら。都会の方ならノーヴェがこなせる様な依頼もあるんじゃない?」

 セッテは名案とばかりにパンと手を叩いて、ノーヴェとオットーの顔を見遣る。オットーは一つ頷いて切り出す。

「まあ確かにそれが良いかもしれないな。都会に行けば何か目新しい情報もあるかもしれん。少なくとも、ここで現状を嘆いて燻っているよりは何倍もマシだろうさ」

 両親の意見にノーヴェも「……確かに」と頷き、自身の予定より少し早くはなったが、村を出る決意を固める。

「そうとなれば折角だ、行先は首都のローレンツィアにするといい。あそこは人の行きかいが盛んだ。その分様々な厄介事も多い。傭兵の依頼にも事欠かないだろう。それに何より、色んな国の情報が溢れ返っている。きっとお前にとって役立つ情報も、何れは手に入れることも出来るだろう」

「ローレンツィアかぁ……」

 未だ見ぬ首都にノーヴェが思いを馳せていると……。

「後は装備をどうにかしないとだな。そのスキル自体はやっと無いくらいに強力無比なスキルだが、制約がキツ過ぎる……いや? 本来のレベル999ならほぼ制限なしで使える……な。……まあお前にとっては致命的である以上、ない可能性を考慮しても仕方がない。そのスキルを多少なりと使い勝手を良くする為に、MPを上昇させるタイプの装備を探しなさい」

「父さん、心当たりが?」

 あるんだろうと見当を付けて、ノーヴェはオットーに尋ねる。

「ああ。首都のローレンツィアで開かれるバザールでなら、恐らく幾つか見つかるだろう。MP上昇系の装備は戦闘メインの低レベル層に人気の装備だ。魔法に限らずアクティブスキルを使うにはMPが必要だからな。希少な装備ではあるが、そこまで高価なものでもなかったはずだ。何とか手が届く金額だろう」

 ローレンツィアのバザールは月一月末の定例開催だ。まだ二巡間にじゅんかん──1巡間は六日。五巡間で一ヵ月。十二ヵ月で一年──ちょっと次のバザールまで期間がある。ノーヴェの村は剣の国の北、槍の国との国境近くにある。巨大な山脈に遮られ、唯一の交通路には巨大な要塞が築かれているため、直接侵攻するのは互いに容易ではない。故に賊の類を除けば争いからは縁遠い平和な村である。

 そんなノーヴェの村は主要な街道からも遠く、交通の便はお世辞にも良くはない。村から首都に行く方法としては、月に一度村に来る隊商に同行させてもらうか、村から二〇ジンミート──ジンは千倍、ミートは約1メートル。古魔導王国時代の単位が今もそのまま使われている──は離れた隣町から出ている首都行きの乗合馬車を使うのが主だ。

 今回は隣町から乗合馬車で行くのが良いだろうと言う両親の勧めに、ノーヴェは従う事にする。

(隣町まで歩いて半日、一泊してそっから馬車で三日から四日ってとこか。一巡間はゆとりがあるな)

 掛かる行程を頭で計算する。

 取り敢えず一つ目的が出来た事で、ノーヴェも少し気持ちが上向いてくる。

(こうなっちまった以上しかたがない。何とかするしかないだろ!)

 自身に活を入れ気力を漲らせると、何はともあれ一回スキルを試用してみようと思い立つ。

 まずは一番効果が分かり易いであろう『ちから』にエンチャントしてみる事にする。

 『ちから』が都合千を超える事から相当な威力になるかもしれないと考え、外に出てどこかいい場所はないかとノーヴェがキョロキョロしていると、

「裏の空き地から北の方角目掛けてやればいいだろう」

 とオットーが助言する。

 確かに、北ならあの山脈しかないから安全だとノーヴェも納得。山脈の麓までも村からは十ジンミートはある。その間には平原が広がるだけで特に何もないのもまた良し。

 ノーヴェは家の外に立掛けてあった薪割り用の斧を振りかざし高らかに叫ぶ。アクティブ系のスキル使用時はスキル名を発する必要があるためだ。

「レベル>>>パワーエンチャント!」

 そう叫ぶと同時に、斧を地面に振り下ろす。

 斧が大地を叩いた瞬間──

 雷鳴を遥かに超える轟音が辺り一面に轟き、その衝撃は大地を激しく揺らす。

 斧から放たれた衝撃波は大地を北に向かって一直線に割り裂き、北にそびえる山脈の山を一つ吹き飛し、元は大きな一つの山だったものを、巨大な二つの断崖へと変貌させていた。

 大地に刻まれた長大なクレバスは底が完全に見通せないほどの深さである。

 衝撃が主に前方に集中していたため、村の建物などに被害が出なかったのが幸いであろう。

 それを成した当の本人は、その結果を何一つ見る事無くMPが底を突いて意識を手放していた。


 一時間してノーヴェが自宅のベッドで目を覚ますと、家の外が騒がしい事に気付く。

 それもそのはずである。

 突然の轟音と地震に外に飛び出してみれば、山が一つ消し飛び見慣れた大地には見慣れぬ巨大なクレバスが出来ていたのだ。その驚愕たるや如何程のものであろうか。

 村人が総出でその様子を見物に来ているのだ。

 そしてその村人達にノーヴェの両親が対応しているようだ。

 事情が分からないノーヴェが家から顔を出すと、逸早く両親がそれに気付く。

「おお、ノーヴェ。気が付いたか」

「何の騒ぎだよ……って、何じゃこりゃああああああああああああ!」

 他の村人達同様、我が目を疑う光景に驚愕の叫びを上げるノーヴェ。

 苦笑する両親に、「うんうん……そりゃ驚くよな」と納得顔で頷く村人達。

「これがノーヴェ、お前のスキルの力だ」

「まさか山が……ねぇ?」

 生で見ていた両親はこれを成したのがノーヴェである事を疑うはずもないが、村人達は一信九疑と言った様子だ。さもありなん。当の本人すら信じ切れていないのだから。

 もう一度やって見せてくれと言う声もあったが、それは両親が断る前に村長から却下されていた。

「これ以上地形を変えられては堪らん」

 ご尤もな意見である。

「そうだな……ノーヴェのレベルを見て貰えば信じて貰えるんじゃないか?」

 そういう父オットーに対してノーヴェは、

(こんなステータス披露するの、恥ずかしいんだけど……)

 と耳打ちする。

(他人が見られるのは名前とレベルだけだ。お前がオープンして開示しない限りな。今回の場合はそこまでは必要ないだろう)

 オットーに促されノーヴェは「イクストラクト」と唱えてステータスカードを出現させ、近くの村人にそれを見せる。

「レベル999!?」

 ノーヴェのレベルを見た村人は、一変したこの光景を見たとき以上に驚きの声を上げる。

 その声を聞いた周囲の村人達も「レベル999だって!?」「そんなのありえるのか」「まじか」「うそだろ」と、上を下への大騒ぎ。

 「見せて見せて」「俺が先だ!」「は? ざけんな私が先よ」「ここは年齢順ということでどうじゃ?」「にーちゃん見せて見せてー」とノーヴェの前に、瞬く間に世にも珍しいレベル999を見たい村人達の大行列が出来上がったのだった。

 見終わった人たちからは、「まじだった」「999ならこの光景も納得だ」「はー、実際見ても信じらんないわ」「ノーヴェはワシが育てた」「にーちゃんさいきょうだな!」等々、皆興奮冷めやらぬ様子ながらも満足気な表情で家へと帰っていった。原因さえ分かればそれで良いらしい。

 両親と一緒に村人達を捌いていた村長も、

「こりゃ良い観光資源が出来たわい」

 と中々強かなをご様子だ。

 もっとこの惨状について責め立てられるかと思ったノーヴェは、そのあっさり過ぎる対応に妙に拍子抜けしていた。

「何と言うか、この村の連中は昔からこういう気質なんだ。あまり気にしなくていい」

 両親的にこの村人の反応は想定通りだった様だ。

 前人未到のレベル999到達者が現れたという噂は瞬く間に中原国家を駆け抜け、この痕跡は『超越トランセンド』と呼ばれ剣の国の一大観光地となって行くのだが、それはまだまだ先の事である。

 レベル999到達者が誰なのかは村人の総意で秘匿することが決められ、様々な容姿の噂を意図的に流す。これはノーヴェの事を思いやっての事でもあったが、多分にその方が客を呼べるだろうという目算からであった。村長以下実に逞しい村人達である。

 これらはノーヴェが村を出てから、ノーヴェの与り知らぬ所で全て進められて行くのであった。


 村人が解散して落ち着きを取り戻した所で、ノーヴェと両親は一旦家に戻る事にする。

「それにしてもそのスキルの効果、凄かったわねぇ」

「そうだな。予想以上に強力なスキルだ……」

 持続時間が三秒でさえなければ。という注釈付きでだが。

「使い時が全てだな。使い時を誤れば……」

 一時間の無防備タイム突入である。

 良くて敗北、悪ければ死かそれ以上に酷い目を見ることは想像に難くない。

「益々MP上昇装備の必要性が高まったな」

 この意見にはノーヴェも頷く以外の選択肢はない。

「後は、意識喪失状態のお前を保護してくれる、信頼できる仲間が絶対に必要だ。装備以上にな」

「仲間かー……」

 装備探しに仲間探し。情報収集に仕事探し。

 長期滞在する事になるだろうから、何より先ずは拠点とする住居の確保が大切だ。

 両親はローレンツィアまでの旅費と当座の生活資金、装備に必要であろう資金として現金千ミツレ─1ミツレは約百円─と、一万ミツレ程ある預金証書をノーヴェに手渡す。

「いずれお前が独り立ちする時の為にと貯めておいたお金だ。好きに使いなさい。ただ、都会は誘惑も多い。余り無駄遣いしないようにな」

「ありがとう……。父さん……、母さん……」

「はいはい。湿っぽい話はこれでおしまい。今日行くんじゃないでしょ?」

「ああ。でも明日には出発しようと思う。決意が鈍らない内に行動したいんだ」

「そう……。村の人たちに挨拶はしておきなさいね」

「後で行ってくるよ」

「じゃあちょっと遅くなったけど、お昼にしましょうか」

 ノーヴェ一家は少し遅くなった昼食を取り両親は畑へ。ノーヴェは村の家々を周り、ローレンツィアへ行く旨を伝え別れの挨拶を済ませる。

 晩は「ノーヴェの門出を祝して」とセッテが腕を振るった豪華な料理が、テーブルに所狭しと並べられていた。

「誕生日と祭りと新年が一度に来た見たいだ」

 とはノーヴェの感想である。

「これは成人の祝いだ」

 と、オットーは米酒をカップに注ぎノーヴェに渡す。

 家族三人、小さく乾杯をし、オットーはぐいっと一息に米酒を呷る。セッテは一口含み飲み下す。初めてお酒を飲むノーヴェは恐る恐る米酒に口をつける。まるで水の様な喉越しに調子良くぐいぐい飲んでいると、途端喉が焼けるように熱くなる。ゲホゲホとむせるノーヴェを微笑ましく見つめるオットーとセッテ。

「これは良い酒だからな。飲み口が良かったろう。ただ、酒精アルコールも少々強いからな。あまり一度に沢山飲むとそうなる。更に一度に大量に飲むと、吐いたり、気を失ったりな、最悪死んだりするから気を付けろ」

 はっはっはっ、と楽しそうに笑いながら話すオットーにノーヴェは、

「そう言う事は飲む前に教えてくれよ……」

 と弱々しく抗議の声を上げる。 

「失敗は出来る時にやっておけ」

「……何それ?」

「死んだじーさんの口癖だ」

「……ふーん……分かる様な分からん様な。失敗しないに越した事はないと思うけど」

「そうだな。だが、何事も絶対に失敗しないなんて奴はいない。どんなに準備をしていても、な。失敗しない事より、失敗を糧にできる人間になって欲しいと、父さんは思ってるぞ」

「はいはい」

 他愛もない会話と豪華な食事。いつも以上に酒が進み、料理も粗方食べ終えて仕舞う頃になるとオットーも大分酔いが回ってきたのだろう、若い頃の自慢話や武勇伝を語り始める。自称凄腕の傭兵だった頃の話だ。その話の中では、母さんが一国のお姫様で、敵国に攫われたそうになった所を、父さんが颯爽と現れ並居る敵兵をバッタバッタと薙倒して救出。身分違いの恋の末駆け落ちするという何ともありふれた英雄譚のパクリである。幼い頃は妙に腕の立った父の言う事を信じ、憧れていたが、今となっては只の与太話である。

 こうなるとどうにも話が長くなるのがいつものオットーの悪い癖だ。セッテはノーヴェに向かって「お父さんには私が付き合っておくから、もう寝なさい」と声を掛ける。

 楽しかった最後の団欒もお開きとなり、ノーヴェは自室に戻り荷物の点検をしてから床に就く。

 翌朝、両親に別れを告げ、ノーヴェは一路剣の国首都ローレンツィア目指して旅立って行った。


 ◇


 ローレンツィアから東に真っ直ぐ伸びる街道を徒歩で二日程行った先、街道沿いに鬱蒼うっそうと生い茂る森の中に、ポツンと人の目から隠れるようにして小屋が一つ建っている。

 こんな所に住んでいるのは世捨て人か、はたまた盗賊の類であろう。稀に小屋を見つける者も居るが近付こうとする者は居ない。近付いてくるとすればそれは、この小屋の住人か余程の怖いもの知らずか、この小屋に用のある者だけであろう。

 碌に手入れもされていないその小屋は、かなりくたびれた様相で、激しい風雨が来れば倒壊してしまうのではないかと思わせる。が、近付いてよくよく見れば気付くだろう。偽装である事にだ。

 小屋の中はしっかり手入れが行き届いており、定期的に誰かが出入りし管理している事が窺える。中は押入れがあるだけで、後は土間と居間があるだけのシンプルな作りになっている。

 その居間にどっかりと座り込み、見慣れない箱に手を当て何かと会話している人影がある。

「こちら『との十番』。これより任地へ入る。任務に変更はないか?」

「……こちら『いの一番』。『との十番』、任務変更あり」

「『との十番』任務変更、了解」

「『いの一番』より告げる。『との十番』、新たな任務はレベル999の調査だ。少なくとも月に一度は報告を寄越すように。手段は問わない」

「──っ!? ……『との十番』任務了解。これよりレベル999の調査を開始する。交信終わる」

 その人影は箱から手を離すと、懐から取り出した印章スタンプを床に置く。すると印章を置いた所がパカリと開く。その中に箱を仕舞うと再び封をし、印章を懐に仕舞い直す。目を凝らして見ても、どこに継ぎ目があるのか分からなくなっている。

 その様子を確認し、周囲に人影がない隙を見計らって、人影は小屋を後にする。

「最近急に噂になっているレベル999の調査か……。ふぅん……。任務は変更になったけど、当初の予定通りこのままローレンツィアに行くとしましょ。この時期は人も多いし何か掴める……かも」

 人影は街道を西へ向かって歩き出した。

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