第4話 真夜中のデスロード

「王、奴は駐車場側から来る。先に山の方に逃げるんだ」


「オーケー、ボス」


 王の応答に続いて聞こえてきたのは、トレーラーハウスの床下に収納されていたタイヤが車体を持ち上げる音だった。俺たちの「家」はその気になればフォーミュラカー並みのスピードを出すことだって可能なのだ。


「キャサリン、奴の目的はなんだと思う?」


「昼間の街灯を倒した連中の仲間なら、あなたね。ピート」


「まいったな。脅す気ならもう少しスマートにやってくれないと。……逃げられるか?」


 キャサリンは「やってみるわ」と言うと車体を広場の隅に移動させた。やがて、立ち木を薙ぎ倒して巨大なトレーラーが鼻先を現した。クラシックなボンネットの怪物は、いったん停車すると威嚇するかのようにホーンを鳴らして見せた。


「よし、そろそろ王たちも逃げおおせただろう。キャサリン、峠に出よう。ここで暴れられたらキャンプをしに来る子供たちに申し訳が立たない」


「オーケー、行くわよ」


 キャサリンはその場で車体を急転回させると、上りの一本道へとアクセルを踏みこんだ。


 俺たちが逃げだすと、トレーラーはまるで鬼ごっこを楽しむかのようにホーンを鳴らし、ゆっくりと動きだした。


 キャンプ場から峠道までの私道は未舗装の上、ひどく狭い。いったいどうやって付いてくるのだろうと思っていると案の定、ばきばきと周囲の樹木を薙ぎ倒す音が聞こえてきた。


「くそっ、野蛮な奴だ。こりゃあうまくやらないと他のドライバーも巻きこんじまうな」


 目の前に峠道との合流点である丁字路が現れた。俺は「上だ」とキャサリンに告げた。


 ギアチェンジの感触がシート越しに伝わり、車はカーブしている坂道を上り始めた。

 

 ――化け物め。街に出る前に勝負をつけてやる。


 俺はルームミラー越しに迫ってくる巨大な影を一瞥すると、キャサリンの手――ハンドルにそっと自分の手を添えた。中央線をまたぐ山のような巨体が俺たちを押し潰そうと距離を詰め、キャサリンが車体を傾けながらコーナーに飛び込んでいった。


「うっ……なんだあれは」


 カーブをどうにかやり過ごし、ふり向いた俺の目に異様な光景が飛び込んできた。敵のコンテナ部分が分割され、蛇のようにうねりながら追ってきたのだった。


「くそっ、ワニかと思ったら大蛇だったか。これじゃカーブは使えない。……どうする?キャサリン」


「いざとなったら『変身』も使うわ。少し窮屈になるけど、いい?」


「もちろんだ。向こうはもう変形を始めてるんだ。こっちだってやらせてもらう」


 大きなカーブをいくつか過ぎると、目の前に長い上り坂が現れた。


「良い長さだわ。『滑走路』にしていいわね?」


「ああ、やってくれ」


 俺はシートに背を預けると、目を閉じた。同時にエンジンがそれまでとは異なる唸りを上げ、車体が急加速を始めた。シート越しに特殊金属製の車体が膨張する気配が伝わり、両側から羽根とエンジンが飛びだすのがわかった。


「飛ぶわよっ!」


 キャサリンの声と共に前輪が宙に浮き、次の瞬間、俺たちは地面から切り離されていた。


「……なにっ?」


 高度を上げかけた俺たちの前に、予想だにしなかった光景が出現していた。前方の夜空に、俺たちの車よりやや小ぶりな黒い物体が浮かんでいたのだ。


「戦闘ドローンだわ。敵もコンビだったのね?」


 キャサリンが高度を下げ、ほぼ同時にドローンが機銃掃射らしき音を立てた。俺たちは離陸したばかりだというのに再び着陸を余儀なくされ、自由の翼は一瞬にして奪われた。


「一度に二体か……畜生、せっかくのハネムーンフライトが台無しだぜ」


「旅行にはいつでも行けるわ。まずはこのお邪魔な人たちをなんとかしなくちゃ」


「まったくだ。……ライオンとハゲタカから同時に襲われるなんて、贅沢な話だ」


 俺たちは迫りくる大小二つの影から必死で逃れながら、反撃のチャンスをうかがった。


              〈第五回に続く〉

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