(7)観察者の来訪


 翌日。

 リームが開店準備をしていると、ティナが大きな木箱を抱えて階段を降りてきた。


「あ、リーム。そこのテーブルの上のコップ寄せて、これ並べてくれる?」

「はーい」


 木箱には屑布に包まれた食器のようなものが沢山入っていた。一枚一枚布から取り出してテーブルに並べていく。柔らかいミルク色をしたその食器は、落ち着いた紅色の線で装飾がほどこされていた。その独特な紋様は、クロムベルク国では有名で。


「サロメイッテの皿じゃないですか! もう仕入れたんですか!」

「うん、リームも薦めてたじゃない」

「そりゃそうですけど……昨日商隊来てましたっけ? よその店から買い取ったんですか?」


 昨日は買い物から帰ってからずっとティナと一緒にいたので、ティナはよその店に行ったりはしていないはずだった。

 部屋から魔法を使った手段で仕入先と連絡を取ったのだろうか。品物を受け取ったのは夜中? この不思議な雑貨屋と夜中に取引してくれるような風変わりな店がこのレンラームの街にあるのだろうか。


「ま、独自のルートってやつね」

 ぱちりと片目を閉じてにっこり言うティナ。


 ……そんな得体の知れないルートを使うから、商品もありえない欠陥品だったりするんじゃないかなぁ。


 笑顔のティナとは対照的に、リームは眉をひそめて真新しい皿を見つめるのだった。





 西の空、雲の合間から見える陽光は、わずかに赤みを帯びはじめていた。

 結局、新しく店に並べた皿も1枚も売れず。リームは暇をもてあましてカウンターに座っていた。


 が、突然、なんの前触れもなく、店の外に複数の光球があらわれ、バチバチバチっと何かがはじける音が鳴った。


「きゃっ!?」

 リームはカウンターの椅子から転げ落ちるように頭をかかえる。

 それとほぼ同時に、2階から駆け下りてくる足音。


「リーム、無事っ!?」

「ティナ!」


 その間に、店の外にある光は、ひとつ、ふたつと、店の入口から中に入ってきた。ティナは寄り添うリームの肩を引き寄せながら、素早く呪文を唱える。すると、店内の光の球は霧散した――が、しかし、またすぐに外から入ってくる。

 数度繰り返しても、店の外にある光球は一向に減る様子を見せなかった。


「前のじーさんと違って、わりとやるみたいねっ」

 ティナが呪文をつむぎ両手を広げると、生まれた風が店の外へと向かう。光球は明滅を繰り返しすべて消えかかるも、また新たに別の色みをおびた光が現れた。


「うあ、そうくるんだ……」

 うんざりした声音で言うティナ。リームには何が何だか分からない。複雑な魔法のやり取りが行われているらしいことを想像するしかなかった。


 しばらく光とティナの呪文の応酬が続いていたが、とうとうティナが音をあげた。

「もー、めんどくさい! これだから人間の魔法士って厄介なのよ!」


 トン、とティナが片足を鳴らした。


 すぅっと、音もなく周囲の光球が消える。

 幻が消えるようにあっけなかった。


 そこには何事もなかったように、ただの夕暮れ前の雑貨屋、いつもの店内だ。


「な、なんだったんですか……」

「さーあ? 本人に聞いてみよっか?」


 ぱちんとティナが指を鳴らすと、店内に紫色の光の魔法陣が現れた。その光に包まれて姿をあらわしたのは、黒を基調にしたローブをまとった男だった。


 外側にはねた黒髪と赤褐色の瞳、端正な顔立ちは若々しいが、30代そこそこには見える。片手に持つ細身の銀の杖が職業を語っていた。

 男は驚愕の表情を隠しきれてない様子で、周囲を見回した後、ティナに視線を向けて、とってつけたように微笑んだ。


「初めてお目にかかります、ティナ・ライヴァート殿」

「ふーん、私のこと知っててやったんだ?」


 にっこりとティナは言う。いつも通りの笑顔のはずだったが、どこか違う雰囲気を感じて、リームは身を固くした。どきどきと自分の鼓動が耳につく。黒ローブの男は笑顔を崩さない。


「というよりも、隠そうとなさってなかったでしょう」

「途中から面倒くさくなっちゃってねー。本当、あんな複雑な魔法久しぶりに見たよ」

「お褒めいただいて光栄。ちょっと力試しをしてみたかっただけでね。大目に見ていただけると助かりますよ。俺はただリームを説得しに来ただけなんですから」

「――わ、わたし!?」


 すっかりティナ関連の来客だとばかり思っていたので、思わず叫んでしまった。男はそんなリームに少し目を細める。


「そうだぞ、リーム。意地張ってないで、母親に会いに行ってやるんだ。心配してるだろう」

「わ、私に母親なんていないし、いらない!」

「あー、それ、フローラが聞いたら泣くな。間違いなく号泣だ」


 何故か男はどこか楽しげだった。ティナに視線を移して言う。

「ティナ殿も思いませんか。養子になるとしてもならないとしても、一度母親に会って、言いたいことがあるなら本人に直接言うべきだってね」


「思わないわけでもないけど、私の店に魔法をふっかけてくるよーな奴の言う事聞きたくないわねー」

 剣呑な視線のティナに、男は肩をすくめた。


「あなたのような方の側にリームを置いておきたくない気持ちも分かってくださいよ。あなたが何者であるか知ってる人間なら、多かれ少なかれそう思うと思いますよ」

「……ほんとに知ってるの? 知っててその口のきき方ってちょっと神経疑うわ」

「はっはっは、それはお褒めの言葉ですか?」


 陽気に笑う男に、ティナも毒気を抜かれたようだ。カウンターの椅子に腰掛けて、リームに問う。


「で、どーするの?」

「どうするも何も……貴族のとこなんて行きたくないし、母親だなんて言う人に会いたくもない」

「……そう」

 ティナは何か言いたげな沈黙を落とすも、黒ローブの男に視線を戻した。


「まぁ、そういうことだから。今回は見逃してあげるけど、次回はないからね。さようならー」

 ひらひらと手を振るティナに、男は余裕の表情でうなずいた。


「仕方ありませんね。切り札にご登場願うとしましょう」


 男は店の窓をふり返り、合図を送った。キィ、と店の入り口の戸が開く。

 入ってきたのは、銀糸の刺繍が入った紺のドレスに紫のショールを羽織った女性だった。波打つ艶やかな黒髪は銀の髪飾りで留められて、紫の瞳は深く落ち着いた光をたたえていた。


 ガタンっと椅子を蹴ってティナが立ち上がる。その表情は、驚きよりも困惑が強い。

「ファラさん!! なんで……!?」

「久しぶり、というほどでもないかしら。ティナちゃん。3ヶ月ぶりぐらいね」


 ファラと呼ばれた女性は、深く柔らかい声と優雅な口調に似合わぬいたずらっぽい微笑みを浮かべた。

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