4:修羅場で始まる戀物語

「ぁ…あんた、何してんのよぉっ!!」


 耳をつんざく、とはこの事か…。

 けれど、そんな声に反応する事も出来ず…目の前にある美少女の顔に目を奪われ固まっていた。

 先ほど一瞬、しかしてしっかりとほほれたくちびるが、目の前でれた様につやめいて俺の目をらえて放さない。

 流石に女の子なだけあって軽くはあったが、人にのし掛かられて物理的にも身動き出来なかったと言うのもある。

 とんでもない美少女に間近で顔を覗き込まれて、その吸い込まれそうな瞳に文字通りで目下もっかのところ釘付くぎづけにされてしまった様に動けない。

 …実際、見惚みほれていた。

 柳眉りゅうびの下で、元々大粒に輝く黒曜石の様なその瞳が更に大きく見開かれ、小さな鼻先の下で「ほぅ…」と息を吐く様に、これまた小さいながらもふっくらとした唇が、れずともその柔らかさの分かる頬と共に、しっとりとした瑞々みずみずしさを伝えてくる。

 何よりほうけた様な、ともするととろけた様な表情が俺を動けなくさせていたのだった。

 とは言えそれもわずかな時間だった。

 冷静れいせいになって来ると、今度は緊張感きんちょうかんで動けなくなってしまった。

 え、あの…突然の事態に戸惑うのは分かるけど…そんな見つめられると、その…いやいや、て言うかホントどしたのこの

 いつまで、この体勢たいせいでいりゃ良いのかな…。

 アカリっ!ヘェプミー!へるぷみー

 内心だけでそう叫ぶ。

 彼女の顔がそのまんま、目と鼻の先にあるお陰で声が出ないのだ。

 いやいや、ホントだって。

 見知らぬ美少女にこんな密着されたら、声出せねぇーの。

 起き抜けに走ってきたし汗とか口臭こうしゅうは大丈夫か?とか、こっちから動いたらセクハラめいた事にならない?などと変な緊張感で動けないのだ。

 べ、べっつにー?もう少しだけ?このままの体勢でいたいとか、そんな事あるワケない事もなくもないとも言えなくもないですけど?

 ところで「時よ止まれ、お前は美しい!」ってこう言う時言えば良いの?

 …ファウストさん出て来ちゃったしよ。


 そして…時は動き出す。


「い・つ・ま・でぇ~…」


 ガシッと、名も知らぬ美少女の後ろから彼女の脇下わきしたに手が差し込まれる。

 一瞬、ハッとした顔をしていたがもう遅い。


「そうしてんのよぉっ!!」


 グンッと、アカリによって引き上げられた彼女は、今度は…いや、今度も驚いて固まってしまった。


「ちょっと、あんた大丈夫なの?さっきからウンともスンとも言わないけど、生きてる?」


 いや、生きてるよ。

 でないと、自分をたてならぬ、クッションにした甲斐かいがないって。

 いや、まぁ…元を辿たどれば俺が悪いんだが…。


 ほうけた様な、いや…ほうけた様な、いなほうけた様な顔で、彼女はありのまま…たった今、自分の身に起きた事を感想の様にらした。


「私…初めて、男の子に口付けてしまいました…。」


 頬に!ほぉ~ほ~にっ!!頬にね!?

 海外じゃ、挨拶あいさつ範疇はんちゅうだって言うじゃん!?だから、ギリセーフ!…セーフ、だよな?


「………。」


 無言怖いっ!アカリさん?無言でこっち見ないで下さいます!?

 アカリはそのまま一言もげずに、カバンからケータイを取り出し…ダイヤルプッシュ画面を開き、1・1・0とかさず押す。

 そのまま、一瞬の躊躇ためらいも見せずに発信ボタンを…


「バ、バカバカ、馬っ鹿、お前!マジでシャレにならんだろ!!」


 発信ボタンを押す寸前すんぜんに、ケータイを奪取だっしゅ


「シャレ?雪彦ゆきひこはシャレで女の子の唇、うばったの?けがしたの?ねぇ、怪我けがしたいの?ねぇ?」


 怖い怖い…怖いって。

何だよ、怪我したいの?って…どう考えてもその怪我の原因、君なんですけど?

 本当に怪我させられてはたまらんので、誤解ごかいくべく事情を説明する。


「いやね、誤解なんですよ?曲がり角からこんな時間に人が来ると思わなかったから…事故って言うか、いやそれ事態は…俺が悪いんだけど、倒れてきたそのを受け止めようとしたら…ね?」


「知ってる?誤解って、もう答えが出てそれ以上解けないから誤解って言うんだって。」


「気付いて!?誤ってる事に気付けば、解き直せるって!!」


 アカリののオーラがすごい…全然あかるくない、アカリの名はどこ行ったん?

 ぇ、え~…どうしろと?

 と…どう説明したものかと思案していると、ようやく放心状態ほうしんじょうたいから抜け出せたのか、彼女が控えめな援護射撃えんごしゃげきをしてくれる。


「ぁ、えぇと…じ、事故なのは本当です、よ?」


 フォロー自体じたいはありがたいんですよ。

 えぇ、本当に…でも、その言い方だと事故ってところ以外は全部否定しちゃってるからね?

 あれかな?このは見た目お人形さんと見紛みまがうほどの美少女だけど、中身は天然さんなのかな?

 いかん、大好物だいこうぶつだ。

 …じゃないっ!取り合えず誤魔化ごまかそう!全力で!


「あ!そう!そうだよ!遅刻しそうなんだった!早く登校しようぜ!本当にともえちゃんに殺されちゃうぞ!」


口と口マウストゥマウス?口と口だったの?ねぇ、どうなのあなた?」


 見事な無視スルーっぷりである。

 あんまりに見事なもんだから、俺の存在感そんざいかんゼロになっちゃったのかと思ったぜ。

 …このままフェードアウト出来ねぇかな?…無理だろ。


 「って言うか気にするのそこ!?良いから遅刻するって!」


 とにかくもう、遅刻これで押しきる事にする。

 流石に、二人とも遅刻したくはないだろうし。

 と、思っているとアカリが怪訝けげんな顔で振り返り問うてきた。


「…? 別に私達はまだ、大丈夫よ。ユキは巴先生に何か言われてるのかもしれないけど、いつもより一時間位早いんだし…。」


「はっはっは!(笑) アカリさんや、なぁにを仰って…ぇ、ホントに?ブラフじゃなくて?」


 ほら、と言いながら俺の手にある自分のケータイをスリープモードから立ち上げ、時刻をしらせてくるアカリ。

 7時55分!…7時55分!目覚ましじゃ○けんの時間だよ!!

 …とか言ってる場合か!


「えぇ!?でも天井の時計…8時半だったんだけど…?」


 あきれた顔でアカリがさとす様に丁寧ていねいな、けれど簡単な証明しょうめい問題を出してくる。


「電池で動いてるスタンドアローンのデジタル時計と、リアルタイムでネットと繋がってるケータイ…どっちが信用出来ると思う?」


「け、けーたい、です…ね。」


 やべぇ、証明問題のわりに一言で答えられちゃったぞ…そもそも、問題ですらなかったですね、えぇ。


「はぁ…どーりで、慌ててたワケね。何か、もう気が抜けちゃった…とにかく、そんなワケだから時間は大丈夫なの。それよりこのコに言う事があるでしょ?」


「ありがとうございま…ぃ、いや!ぶつかってすみませんっした!!」


 っぶねぇー、玉突たまつき事故起こすとこだった。

 アカリが一瞬、般若はんにゃを背後に召喚しょうかんしてたぞ、今。

 ユキヒコを生け贄リリース!般若をアドバンス召喚!…久々にリアルデュエルが勃発ぼっぱつするところだったぜ!…対戦相手生け贄にささげるとかアカリさんマジ闇の決闘者デュエリスト

 …グールズのボスでもそんな事出来ねぇぞ。

 デュエル脳を展開てんかいしていると…。

 置いてけぼりになっていた彼女が、恐縮した様に形の良いまゆを八の字にして返事をしてくれる。


「ぃ、いえ…私も余所見よそみをしていたのですから、お互い様と言う事に致しませんか?」


 天使かよ…。


「天使かよ…」


「天使なの?」


 いっけね!口に出してた…!あまりの天使っぷりにアカリも同感だったらしく、ハモってしまった。

 むしろ、女神?女神なの?


「てんし…?えぇと…巫女みこも天使と言えない事もないでしょうか…?」


 同じ神につかえる者ですし…とつぶきながら、真面目に考え込む彼女…ってかさっきから彼女、彼女って呼び辛ぇな。


「あ、ごめん…名前っていても大丈夫かな。俺は一ノ瀬いちのせ 雪彦ゆきひこ緑山みどりやま学園の1年だ。…って言うか、巫女って?」


「アタシは同じく、緑山でこいつと同じクラスの馬氷まごおり アカリ。あなた、もしかして三吉みよし神社の巫女様?」


 え、三吉神社の巫女?三吉神社って毎年秋に祭りやってるとこだよな?屋台の印象しかねぇけど、巫女っていたんだ…いや、普通いるか。


「ぁ…失礼致しました。私は、三吉神社の巫女をつとめております、浅間あさま 詩乃しのと申します。先日、緑山学園に統廃合とうはいごうされた峰山みねやま学園の元1年生です。どうぞ、よろしくお願い致します。」


 ペコリ、と…丁寧に頭を下げる巫女様こと浅間さん。

 なるほど、道理で緑山学園ウチの制服なのに見覚えがなかったのか。

 しっかし…同い年にここまでれいくすとか、やっぱ由緒ゆいしょあるお家はきびしくしつけられてんのかね?


「いえいえっ!巫女様、頭を上げて下さい!こちらこそお願いします。」


 おや?何でアカリまで丁寧?っつか巫女様て(笑)


「なに、何でこびてんのアカリ。」


「こびっ…!?ぁ、あんた知らないの?ここら辺一帯はほとんどの家が三吉神社の氏子うじこなの。お爺ちゃん達なんて、こんなモンじゃないわよ?」


 え、どゆこと?…ポカーンとした顔をしていると、アカリが更に補足ほそくしてくれる。


「この町での氏子って言ったら、他所よその氏子とは違って、ほぼ全員、巫女様の家である浅間家にこの辺の土地を借りてる人達を指すの、当然アタシんちもあんたんちもそうよ。」


 なるほど。

 そりゃつまり、この辺一帯へんいったい大地主おおぢぬしってワケだ。


「ち、ちなみにどこら辺まで、浅間家の土地なん?」


 たまに、山1つ持ってる地主とか聞くけどそれくらいだろうか…。


「…あんた、ホントに何にも知らないのね。呆れた…この町、と言うかここは何市なにしだと思ってるの?」


 は?ここ緑山町は浅間市に所属する町だ。…流石にそれくらい、は…。

 …ぇ?いやいや、まさか…?


「あさま…浅間市、浅間家…?これは偶然ぐうぜんでせうか?アカリさんや。」


「ここまで説明して、んなワケないでしょうが。理解した?」


 マジで!?山1つとかじゃすまねぇじゃん!…大きい山だけで言っても、3つはあるぞ?…ヲイ、想像のはるかかに上を軽く飛び越えたぞ。

 驚愕きょうがくのあまりに今度は俺が放心していると、浅間さんが何でもない事の様に言う。


「ただ、古いだけですよ。氏子の皆さまに支えられて、細々と生き永らえさせて頂いているだけの家なのです。」


 くっ…持たざる者には分からんが、すげぇ高尚こうしょうな事を当たり前の事だと言われた気がする!


「流石は巫女様、言う事が違うわー。何かこう、後光ごこうが差してる気がする。って言うか、そんな巫女様にあんた何してくれてるワケ?」


 いやいや、知らんかったんですたい!いや、知ってても防げなかったなこれ。

 何言っても、墓穴ぼけつる気がするなこれ…。

 開き直るしかないんじゃないかな、これ。


「…し、」 


「し?」


 アカリが何を言うのかと、オウム返しに問うてきたがお構いなしに言ってやる…ああ!言ってやるともよ!!


「し、知るかーー!!すげぇのは浅間さんちであって、娘である巫女さんは俺達と同じただの学園生ダロが!!」


 ダロがー、ロがー、がー…と、山彦やまびこの様に木霊こだまする叫び。

 ひびいた俺の声に今度は二人が驚きのあまりポカーンとしていた。


「え、なに…間違ってないだろ?」


 そんなにポカーンとするほどだった?

 すぐに放心から戻り、先に答えたのはアカリだった。

 って言うか、さっきから放心し過ぎじゃね?俺ら3人とも。


「いや、何かあんたらしいわ…ホント。」


 ふふん、見直したかね?アカリくん。…いやこれ、呆れられてますね…分かります。


「…ス。」


 浅間さんがポカーンとしながら何かを呟いたが小声こごえ過ぎて聞き取れなかった。


「え、なんて?」


 聞き返すと、カッ!と目を見開く様にして早口で突然まくし立てて来た。


「す、凄いですっ!初めてです!そんな事仰って頂いたのは!私も常々つねづね、同じ事を思っておりまして!あなた様の仰る様に私も巫女見習いとは言え、ただの学園生でしかないのではと!」


 あ、待って待って…近い、近いって。

 ヤメテ!先の一件を思い出しちゃう!

 …あ、もう思い出しちゃってますね。

 浅間さんも気付いたらしく、途端とたんに顔を真っ赤にして後ずさった。


 「もも、ももも…」


 すももも、ももも、もものうち?…んなワケあるか。


「も、申し訳ございませんでしたーー!!」


 マンガなら「ぴゅーっ!」と擬音ぎおんが付くほどのいきおいで、謝罪の言葉を叫びながら学園に向かって走って行ってしまう浅間さん。

 いやー、見事な走りである。


「これって追いかけない方が良いパティーンのやつ?」


「そうね…誰にでも、落ち着ける時間は必要だと思うわ。」


 でもこれ、後で顔を合わせたら余計に恥ずかしくなるんじゃ…いや、同じクラスにでもならない限りそうそう鉢合わせる事もないか!

 などと、現実逃避げんじつとうひしてばかりもいられない。

 怪我の功名こうみょうとは言え、せっかく早く出てこれたんだ。

 俺達もそろそろ向かった方が良い。

 けれど、最後に1つだけ気になった事を俺と同じく呆気あっけにとられて見送るしかなかったアカリに問う。


「なぁ、浅間さんて…何で今日から登校してんだ?確か、元峰山の人達は夏休み明けからじゃなかったか?」


「え、あぁ…授業はね。向こうの校舎こうしゃはもう入れないってのと、夏休み前にれとく為に終業式から登校する事になったの。あと一応ウチとの顔合わせもねてるみたい。…ちなみに、先週のホームルームで巴先生が説明してからね?」


 ほーん…それって、意味あるか?いや、だって夏休み前に1回登校した位で慣れるもんじゃないと思うが…。

 アカリの嫌味いやみは軽く受け流す様に、思った事が口をついた。


「て言うか、顔合わせって…絶対覚えられないだろ。いくら少子化で統廃合されたって言っても、3桁はいるぞ?よしんば覚えられたとしても、夏休み明けたら忘れてるって。」


「同感だけど、そこは先生方がリハーサルを兼ねてるんじゃないの?ほら、急に登校する生徒が倍近くなるわけなんだし。」


 あ、なーる。

 確かにそれは必要か。

 納得していると、アカリが自転車のスタンドを上げて歩く様にうながしてきた。

 どうやら、乗る気はないらしい。

 …まぁ、浅間さんに追い付いても気まずいか。

 まったり向かうとしよう。


 一悶着ひともんちゃくあったが、何やら登校するのが楽しみになっている自分に気付き、おや?と思いつつ…真面目ながらも可愛らしい巫女さんを思い返していた。


「で?口と口だったワケ?」


 一瞬で引き戻されたが…。


「…。ノーコメントで。」


 

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