第39話 華麗なるカレー晩餐会(novem)

 俺はうやうやしく頭を下げて、国王陛下に唐揚げとマヨネーズのレシピ、作り方を教えることを約束した。


 これくらいで争いを抑えられるなら安い物さ。

 ふっ、40歳独身貴族は、空気の読める男なのだ。


 国王陛下は目を見開き歓喜した。


「なんと! レシピを明かすと申すか?」


「はい。材料が揃えば、唐揚げもマヨネーズも王都で作れると思います」


 国王陛下は満足げに深くうなずく。


 商売の面だけで考えれば……唐揚げとマヨネーズのレシピも売れば金になると思う。

 けれど、俺はパワーストーンやジャージの取引で十分に儲けている。


 それならば。

 この場――国王陛下や沢山の貴族がいる晩餐会の場では、国への忠誠、国王陛下への忠誠を示しておいた方が良い。


 まっ! 平たく言えば、王様相手に点数稼ぎした方が、お得だよねって事だ。


 先輩貴族のサラボナー子爵に目線を送ると、深くうなずいた。

 どうやらレシピ献上で正解らしい。


 ふうう。

 これで唐揚げマヨ戦争回避だぜ。


 一方、晩餐会会場は、俺の『レシピ献上』発言にさらにざわついていた。


「なんと! 王宮でからあげとまよねーずが、再び食べられるのか?」

「それだけじゃない……。レシピがあるなら、我々の領地でもカラーアゲが食べられるぞ!」

「では、国王陛下にお願いして――」


 ざわめきがピークに達したところで、王弟アンリが国王陛下に食ってかかった。


「兄上! そのレシピを我らにもお分けいただけるのでしょうな?」


 国王陛下はじっと王弟アンリを見る。

 そして、俺に話をふった。


「ミネヤマ辺境開拓騎士爵よ。どうか?」


 俺は意地悪い目で王弟アンリを見た。

 さて、どうしてくれようか……。


 俺の陞爵を邪魔しやがって!

 大急ぎで日本に戻って、買い物! 買い物! で大変だったんだ!


 まあ、しかしだ……。

 アイツよりは、罪は軽い……。

 事と次第によっては、唐揚げとマヨネーズのレシピが王弟アンリの手に渡っても良い。

 全てはこれからの成り行き次第。


「国王陛下! 王弟アンリ殿下! その前に申し上げたき事がございます! どうかお許しを」


「ふむ。許す。申してみよ」


「私も聞こう」


「ありがとうございます。実は昨日の事ですが――」


 俺は王都で結婚詐欺師を捕まえたことを話した。

 結婚詐欺師はバルティック男爵の依頼で、うちの美人冒険者三人組をはめたヤツだ。


「ほう。すると昨日の式典でミネヤマ辺境開拓騎士爵が申したことは事実であったか」


「左様でございます。陛下」


 国王陛下は驚き、王弟は気まずそうに横を向く。


「ふうむ……結婚詐欺師を女性に差し向け奴隷落ちさせるとは……。相手が平民とは言えバルティック男爵はやり過ぎではないか? アンリよ、どうか?」


 バルティック男爵は、王弟派だ。

 国王陛下も承知していて、王弟アンリにバルティック男爵をどう処分するのか迫った。


「は……。まあ……。しかし……その……事実関係がはっきりいたしませんと……」


「結婚詐欺師を捕まえたとミネヤマ辺境開拓騎士爵は申しておるぞ?」


「まあ……しかし……」


 俺はジッと成り行きを見ていた。

 王弟アンリとしても自分の派閥に属するバルティック男爵の処分は回避したいところだろう。


 だが、ここで俺の申し出た事案、国王陛下が問題視している事案をガン無視する事は出来ない。

 無視すれば、唐揚げとマヨネーズのレシピは――手に入らないのさ!


 王弟アンリがしどろもどろになっていると末席から声が上がった。

 バルティック男爵だ!


「国王陛下! お待ちを! お待ちを! その結婚詐欺しなる男は、どこにいるのですか? ミネヤマが捕まえたと申しているだけではありませんか! その男の口車にのせられないで下さい!」


 まだ言うか!

 こいつはサラを視姦しやがったのだ!

 絶対に許さない!

 マジ許すマジ!


「バルティック男爵! 往生際が悪いですよ! 結婚詐欺師は冒険者ギルドで確保しています!」


「ふ……ふん……知らないなあ~。その結婚詐欺師は、どこにいるのかなあ~?」


「だから冒険者ギルドに――」


「ここにいなければ、いないのも同じだよ! 結婚詐欺師さ~ん! 詐欺師さ~ん!」


「くっ! この!」


 その時、晩餐会会場の入り口から大音声が響き渡った。


「おう! おう! おう! さっきから黙って聞いてりゃ好き勝手ペラ回しやがって! このゲス野郎が!」


 冒険者ギルド長のラモンさんだ!

 後ろに、オリガ、ロール、ジュリアの女冒険者三人組もついてきている。


 ギルド長のラモンさんは、ずいっと足を踏み出す。


「バルティック男爵……テメエのやった悪事がバレねえとでも思ったか? 誰も見ていないと思ったか?」


 ラモンさんに続いてオリガたち三人も足を踏み出す。

 自分が罠にはめて奴隷落ちさせた三人を見て、バルティック男爵がギョッとする。


「な……ナニを!」


「だがな! お天道様は、ちゃ~んとみてんだよ! こいつが結婚詐欺師だ!」


 三人組が後ろ手にふん縛った結婚詐欺師を突き出す。

 ラモンさんは、結婚詐欺師の首根っこをつかんで、バルティック男爵に放り投げた。


「これがオマエの悪事の証拠だ! 受けとれい!」


「ひっ! ひえ~!」


 哀れバルティック男爵は、結婚詐欺師と抱き合うように倒れ、その拍子に皿に盛ってあったマヨネーズを頭からかぶってしまった。


 美味しいところはラモンさんに持って行かれたが、動かぬ証拠、犯人を突き出したのだ。

 これでは、王弟アンリも何も言えまい。


 俺が国王陛下を見ると国王陛下はゆっくりとうなずいた。


「あまりにも見苦しい……。ロレイン王国貴族としてふさわしい振る舞いとは、到底言えぬな。よろしい! バルティック男爵は隠居せよ! 結婚詐欺師が巻き上げた金品は被害者にバルティック男爵家が弁済する事とする。アンリよ、良いな?」


「……是非もございません」


「そ……そんなあ!」


 かくして王者の審判は下ったのであった。

 俺はサラボナー子爵にそっと質問した。


「処分としては、重いのでしょうか?」


「重いです! 隠居すると言うことは、貴族として表舞台には立てなくなると言うことですから。貴族としては死んだも同然です!」


 なるほど。

 隠居と聞いたから温情のある措置なのかと思ったけれど、貴族としては厳しい措置なのか。

 それなら良いだろう。

 サラの胸をジロジロ見た報いだ!


 バルティック男爵は、トボトボと背中を丸めて晩餐会会場を出て行った。

 結婚詐欺師は、ラモンさんたちにつまみ出され、会場は静かになった。


 そして、国王陛下の凜とした声が会場に響いた。


「ミネヤマ辺境開拓騎士爵!」


「はっ!」


「此度の振る舞い誠に見事! 唐揚げとマヨネーズのレシピ献上も天晴れである! よって、ミネヤマ辺境開拓騎士爵の陞爵を認める!」


「ありがたき幸せ!」


 やった!

 陞爵決定!


 これで俺も正式な貴族だ!

 四十歳独身貴族が、本物の貴族に!


 会場から拍手が湧き上がり、祝福の声が俺にかけられる。

 国王陛下の言葉が続く。


「確かミネヤマ騎士爵の名は『マヨ』であったな?」


「左様でございます。陛下」


「ふむ。マヨネーズのマヨであるか……。よろしい。それでは、マヨネーズのレシピ献上の褒美として家名を与えよう」


 んん?

 家名を国王陛下からいただく?

 それってとても名誉な事じゃないか?

 ミネヤマと言うのが家名ではあるが……。

 まあ、貰えるなら貰っておこう!


 ふっ、四十歳リアル独身貴族は、空気を読むのさ。


「そして、唐揚げのレシピ献上の褒美として、貴族位を一つ陞爵し男爵位を授けよう。これからは、マヨ・ミネヤマ・ド・マヨネーズ男爵と名乗るが良い」


「ええっ!?」


 ちょっと待ってほしい!

 まさか『マヨネーズ』が家名!?

 それはナシだろう!


 だが、会場のウケは良いようだ。


「素晴らしい!」

「韻を踏んだ素晴らしい響き!」

「まさに! 彼にふさわしい家名ですな!」

「子々孫々まで、マヨネーズの始祖としての誇りを持てる!」


 ええ~!? そうなのか!?

 俺が驚き戸惑っていると

 晩餐会会場は、勝手に盛り上がった!


 貴族たちがグラスを掲げ、乾杯を始める。


「新たな貴族家に乾杯!」

「マヨネーズ男爵に乾杯!」

「唐揚げに!」

「マヨネーズに!」


「「「「「「「マヨネーズ男爵! マヨネーズ男爵! マヨネーズ男爵!」」」」」」」


 やがて、マヨネーズ男爵の大合唱が起こった。

 掲げられた銀杯がろうそくの明かりを反射してキラキラと光り、無数の星が晩餐会上に降り注いだようだ。


 晩餐会会場の入り口に目をやると、そこには一際美しい星――サラがいた。

 両手を胸の前に組み優しく俺に微笑んでくれる。


「サラ、ありがとう」

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