十一章 2


 同じく、広間で変死体処理の報告を待っていたギデオンが言う。


「ワレス小隊長。たったいま、死体の処理が完了した。やはり、死体は玉を持ってなかった。おまえの隊のやつが押さえていた発見者たちも調べたが、所持品のなかにはなかった。バハーの手に渡ったと考えられる。おれはこれより、本日は特別に城門へ関をもうけるよう大隊長に進言する。が……」


 と言って、ため息をつく。


「万一のためだ。一隊をひきいて、いつでも城を出られるよう、馬の用意をしておけ」

「馬ですか」

「なぜというのか? あのボンクラの大隊長だぞ? まともに話が運ぶと思うか? まにあわなかったときのためだ」


 ワレスは笑った。

「初めて意見の一致をみました。では、そのように準備いたします」



 ——Ri…………——



 はらわたをくすぐられるような、かすかな波長。


(何が言いたい。なぜ、おれにだけ見せる?)


 じりじりと焦げつくような焦燥感。


 砦には、魔の森に続く進軍用の表大門と、国内の森へ入るための小門がある。

 砦の周囲は、あつい石垣と水堀が二重に守っているため、外へ出るには必ずどちらかの城門をくぐり、水堀にかかるね橋を渡らなければならない。


 むろん、輸送隊は国内へ帰るため、小門を使う。

 ワレスは第一分隊をともない小門脇に陣取った。


 すでに小門前には輸送隊が整列している。手紙や荷物、砦で亡くなった者の遺体など、町へ運ぶものの最終チェックをおこなっていた。

 そのうしろには、ぼつぼつ、荷物をまとめた商人が集まっている。


「ハシェド。おまえは何かあれば、すぐに対処できるよう、ここで待機し、皆に指示をあたえろ。クルウ、おまえだけ来い」


 入隊希望者の試験をおえて、合流してきたクルウをつれて、ワレスは第一分隊を離れる。商人の荷物あらためをしている輸送隊の係のもとへ急いだ。


 輸送隊では、砦を去るとき、商人の荷物をしらべる。

 だが、それは危険な禁止物が国内へ持ちこまれないためのチェックで、盗品に関しては、さほど注意をはらわない。

 砦にまで来るような連中だ。たたけばホコリが出ることくらい、輸送隊も承知の上だ。あまり細かく言っていると、砦へ来る商人などいなくなってしまう。


 荷物をしらべているのは、若い小隊長だった。ワレスとあまり違わない年齢だろう。


「第四大隊、ギデオン中隊のワレス小隊長だ。その荷物あらため、立ちあわせてもらいたい。人命にかかわる一大事のため、ご了承ねがいたい」


「人命にとは聞きずてならないな。そのような品物がないか注意しておこう。ただし、それは我々の仕事。砦の者に指図されては困る。よこで見てるのはいいが、口出しはしないように」


 融通がきかないのは、ワレスが若すぎるので、敵愾心てきがいしんを買ったのかもしれない。


 イライラしながら、ギデオンの伝令を待つ。

 雪が降ってきた。


「……さむい」


 誰かが、耳もとでつぶやいた。



「……え?」


 ワレサは目覚めて、暗い室内を見まわす。


 悪魔は帰っていない。

 風車のまわる、きしんだ音。

 いくつも酒びんがころがった、せまくて汚い粉ひき小屋。もっとも、もう何年も粉をひいたことはない。


 母が生きていたころは、いつも笑い声が絶えなかった。

 今では幸せだったころの夢の残骸が、サビのように、そこここに、こびりついているだけ。


 静けさが怖い。


 ぼくは何をしてたんだっけ?

 そうだ。せっかく稼いできたお金を悪魔にとられて、それで……それで……。


 なぐられて、気を失っていたらしい。


 急に凍りつくような静けさの正体がわかった。

 ついさっきまでしていた、レディスタニアの寝息が聞こえなくなっている。

 ワレサは恐る恐る、おさない妹を抱きかかえた。


「レ…………」


 レディー……。


 声がかすれて出ない。

 涙も出ない。

 だけど、泣きたかった。

 力いっぱい叫びたかった。


 神さま。どうして、こんなヒドイことするの?

 レディーはまだ三つだったのに!


 部屋のなかに雪がふっている。

 だが、それは意識がかすんで見える、幻覚のようなものだった。



「ワレス隊長——」


 声をかけられて、ワレスは心づいた。

 灰色の空におおわれた石の城。


 ここは砦だ。

 そうだ。あの粉ひき小屋じゃない。

 なのに、この手に残る生々しさはなんだ?

 あの冷たさ。

 あの悲しくなるほど、わずかな重さ。

 この手に抱きしめた、レディーのむくろ。


(二度も——)


 二度も殺したな! おれのレディーをッ!


 歯をくいしばる。


 そのとき、ワレスの胸を剣が刺しつらぬいた。いや、それほど、はっきりとした痛みを感じた。


「今の男……」


 たったいま、目の前を通りすぎた男。

 ふりかえってみるが、バハー……ではない。

 だが、波動が——


「あの男だ」

「隊長。急にぼんやりされて——大丈夫ですか?」


 心配げなクルウに、ワレスは押し殺した声で告げる。


「あの男が持っている。クルウ。あの男のいる隊商から目を離すなと、ハシェドに伝えろ」

「では——」

「ああ。占い玉が見つかった」


 それは、とっくに輸送隊の検閲をおえた一隊だ。輸送隊のすぐうしろについて、門があくのを今か今かと待ちかねている。


 ハシェドたちに伝令し、帰ってきたクルウが言う。


「隊長。朗報です。さっきの男をつけたところ、バハーらしき男が隊のなかにいました。髪と眉をそりおとし、風貌を変えています」

「その隊商は全部で何人だ?」

「六人です」

「六人なら抵抗されても押さえこめるな。よし。腰重の大隊長を待つことはない。今すぐ、やつらを捕まえるぞ」


 だが、まもなく、ラッパが三度、鳴った。


「輸送隊が出発する!」


 城門がひらかれた。

 輸送隊が移動を始める。


 ワレスは検閲係について、かなり後部まで歩いてきていた。急いで、もとの場所へ帰り、馬にとびのる。


 バハーの隊はすでに外へ出ていた。


「ワレス隊長!」


 城門前で門兵とハシェドが言い争っている。ワレスを見て助けを求めてきた。


「たったいま、例の隊商が外へ出ました。捕らえようとしたんですが、彼らにジャマされて——」

「かまわん。あとを追うぞ」


 門兵が追いすがってくる。

「それは困る。砦の兵士は、なんぴとたりとも、城主の許可なく城門を出ることはゆるされない」


 それをけりたおすようにして、ふりきった。

 ワレスとその部下は城門をくぐり、鉄の跳ね橋を渡り、枯葉散るユイラの森へと入った。

 あぜんとする他の隊商の脇をかけぬけ、いっきにバハーの隊にせまる。

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