Anthem Of MotorCycles.

羽沢 将吾

1: HONDA CB50JX-1

「よっしゃ!」


 16歳の誕生日を迎えた翌月。


 俺は学校をサボって警察署の一室で試験を受け、合格者として名を呼ばれた。

 警察署で受ける試験などと言うと、なにやら穏やかなものでは無さそうにも思えるが、そんな大層なものではない。


 その試験とは、『第一種原動機付自転車運転免許試験』――


 いわゆる、原付免許の試験である。


 運良く免許センターの付近に住んでいれば、平日に毎日行われる試験を受ける事が出来るし、合格すればその場で免許が交付される。

 だが、そうでない場合は地元の警察署で一か月に一回行われる試験を受けるか、えっちらおっちらと遠路はるばる免許センターに行くしかないのだ。


 十万程度の人口しかない地方都市の、そのまた田舎に住む俺は誕生日の翌月である六月に警察署で試験を受けて合格し、なんとか夏休みの始めに免許交付を受ける事が出来たのだ。


「これで、大手を振ってアイツに乗れるぜ!」


 もちろん俺も例に漏れず、唾棄すべき最低最悪の悪習である『3ない運動』真っ只中の高校1年生ではあるが、そんなの関係ねえ!

 法律で許されている権利を、なぜたかが学校に縛られなければならないのか。溢れ出る俺の情熱パトスは校則なんかじゃ拘束されないのである!


 俺がルンルン気分で警察署から出て、自転車置き場へと向かう途中。

 やはり免許の交付に来ていたらしい同じ学校・同学年のやつに声を掛けられた。


「よう、お前も免許取りに来たのか」

「ああ、先月の試験に受かっててな」


 受験後の合格発表時、コイツが居たのに気付いてはいたが、敢えて声を掛けたりはしなかったのだ。

 

「お前は何に乗るつもりなんだ?」


 機先を制して俺が訪ねる。と、


「そりゃもちろん、RZだ!」


 嬉しそうにそう返って来た。


「RZか、いいね」


 ヤマハ・RZ50。


 それは、名車RZの末妹にして、国産初の量産水冷ゼロハン・スポーツであり、ゼロハン・スポーツモデルにおいて、最強の一角でもある。

 個人的に惜しむらくは、姉貴分の中型RZシリーズのデザインではなく、XZ・XSシリーズの流れを汲んでいるところか。あと、最近のライバルモデルと比べると6ボルト電装はちょっと寂しいな。っつーか、ヤマハはゼロハンミッションモデルをなにゆえ12ボルト化しないのか謎だ。

 RZ50の新車価格は約18万円。バイク屋の中古だと10万は切らない人気車である。


「今日、これから小野モータースに行って正式注文するんだ。今なら在庫が有るから、一週間くらいで納車出来るって言われてんだ」


「新車を買うのか? 金はどうすんだ?」


 新車ならば、登録だ自賠責だとなんだかんだで20万円は掛かるはず。

 とても高校1年生がポンと出せる金額じゃないだろう。

 そう、疑問に思った俺が訪ねると。


「親に買わせる約束になってんだ!」


 能天気に、そんな答えが返って来た。

 買わせる、ねぇ。せめてそこは買ってもらう、って言うべきだろ。

 そんな考えが頭に浮かんだが、敢えて言う必要も無い。

 しかし、20万円からを出してくれる親かぁ。


「羨ましいな」


 俺の素直な感想に、そいつは首を傾げる。


「お前は自分で買うのか?」

「ああ、バイト代でな。ウチの親は、俺がバイクの免許取るのも買うのも口出ししない代わりに、高校から小遣いくれなくなったんだ」

「うへぇ、信じらんねぇ! バイトって、何やってんだよ」

「温泉旅館の布団敷きと皿洗い。あとスーパーの品出し」

「はー、良くやるわ。で、お前は何を買うんだよ?」

「買う、っつーかもう買ってウチにある」

「だから、何を?」

「ホンダの、CB50だ」

「CB50? CBに50なんてあったか? MB50じゃないのか?」

「いや、間違いなくCBだ。4スト縦型エンジンのな」

「へー、知らんかった」


 ま、そうだろうな。

 俺らの年代で、中学くらいからバイクに興味持った奴なら知らなくても不思議じゃない。


「どこで買ったんだ? いくらだった?」

「街中の荻浦自転車店で、3万だな。自賠責とナンバー登録、配達込みで4万」

「やっす! ちゃんと走るのかよ」

「安くねーよ。俺のバイト代丸1か月分が吹っ飛んだわ」

「いや、それでも安ぃーよ! だけど50の4ストだろ? 遅くねーか? カブみたいなもんだろ?」

「カブとは全然違ぇよ。まあ、俺もまだ公道で乗ってないから速いかどうかはわからんが、バイク雑誌のテストじゃ加速は多少遅くても最高速は100キロくらい出るって書いてあった。ま、そんなに飛ばすつもりも無いからな」

「へぇ、意外に速いんだな! 峠とか行かないのか?」

「行かない事は無いだろうが、だいたい通過するだけになると思う」

「んん? お前はアシにしか使わないのか?」


 ヤツとの会話は、どこか噛み合わない。まあ、それも無理はないだろう。

 今の世の中のライダー、特に高校生程度の年齢だと、興味のほとんどはサーキットや峠でどれだけ速く走れるか、な時代だからな。


 だが、俺がバイクに乗る理由はそいつらと根本的に違う。

 速く走る事なんざ、半ばどうでも良い。

 俺がバイクに乗る最大の目的。それは……


「まあ、足にも使うけどな。俺の目的は、ツーリングさ」


 そう、俺がバイクに乗ろうと思った最大の理由は。

 まだ見ぬ世界を、バイクで旅してみたいと思ったからだった。


「ふーん、ツーリングも良いよな。まあ、俺のRZが納車されたら一緒に走ろうや」

「ああ、RZが来たら見せてくれよ」


 ヤツは俺のCB50に興味が湧かないらしく、見せてくれとは言わなかった。

 生産終了から数年たち、街中で見掛ける事も無くなってきたロートルだからだろう。

 ヤツと別れて、自転車で家に帰る。既に盛夏の気配を感じる陽気の中、市街地から10キロ離れた山間部の家に帰り着く頃には汗塗れになってしまった。当然、喉もカラカラだ。


「ふー、キツかった」


 しかし、これからはCBで苦も無く街まで出られる。これだけでも、バイトを頑張った甲斐が有るってもんだ。


 とりあえず蛇口を開け、冷たい水をがぶ飲みする。俺の家はまだ井戸水を使っていて、夏は冷たく冬は暖かく、味も最高である。しかし、間もなくこの地区にも簡易水道が開設され、井戸水を飲めなくなるらしい。


 水を飲んで一休みしてから、物置に入れて置いたCBを引っ張り出し、しばらく眺めてみる。


「うん、RZよりも絶対カッコいいぜ!」


 白く長いタンクに、ストッパー付きのシート、そしてテールカウルまで、一直線に伸びるラインが美しい。

 カブとは全く違う、ほぼ直立バーチカルに配されたシリンダーはスポーツ・エンジンであることを主張する。

 そして、鈍く光るメッキのロングメガホン・マフラーが、キリッとスタイルを引き締めている。

 新車時にはオプションだった荷台キャリアも付いて来たが、現在は外している。

 もちろん、ロング・ツーリングの際には取り付けるつもりだが。


  俺が手に入れたCB50は、JX-1と呼ばれるモデルで、1976年製である。

  白いボディに赤と紺の太いラインが入ったカラーリングで、歴代CB50の中で最も格好良いと思っている。

 しかし、確かにヤツの言うとおり古いバイクだ。

 ツーリングに使うにしたって、最新2ストモデルの方が加速も良く、車の流れに乗りやすく安心かもしれない。


 だが、俺が選んだのはCB50なのだ。


 1980年初頭、世の中にはRZを筆頭とする水冷2ストのスーパー・ゼロハンが溢れ出し、ホンダもスーパーゼロハンの元祖と言える空冷2ストのMB-5を経て、50㏄とは思えないデカさをもち、最高速100キロを軽々とマークするMBX-50に進化。

 おとこカワサキは空冷のAR50で頑張るものの、スズキからはまさかの角パイプフレームにアンチノーズダイブ装備のRG50Γが登場し。


 その影で、CB50の最終型『S』は数年前に生産を終了してしまった。

 2スト・スーパー・スポーツ全盛期を迎えた結果、唯一の4スト・スポーツだったCB50は時代に取り残された感も強く、引退するしかなかったのだろう。

 誰も彼もが、こぞって2スト・スーパー・スポーツを買う時代。


 確かに、CB50は人気が無いので中古価格は格安だが、決してそれが理由ではない。

 価格が安いというそれだけならば、半年ほどバイトを頑張れば良いのだし、実際俺はこの後に貯金をして、腕を磨くために2スト・オフロードタイプのDT50かMTX50、もしくはTS50ハスラーを買おうと思っているくらいだ。


 では、なぜ最初に選ぶのがCB50なのか――

 それは、とある出会いが切っ掛けとなっていた。

 

 俺が小学5年生の夏休み、子供のいる親戚連中何組かで山奥のキャンプ場に出掛けた事が有る。

 そこはダム湖畔に設置された、最低限の設備しかないキャンプ場だったが、ダム湖で釣りをしたり泳いだり、BBQをしたりと朝から元気に楽しく遊んだものだ。

 やがて夕方になり、夕食のためにBBQが再び行われていた時。


 大荷物を積んだ小さなバイクが一台、キャンプ場へやって来たのだ。


 『HONDA』と誇らしげにレタリングされ、紺と赤の鮮やかなラインに彩られた白く長いタンクの上には黒いコロナのツーリング・バッグが括りつけられ。

 スタイリッシュな小物入れ付きのシート・カウルを囲う様に組まれたリア・キャリアにはモスグリーンのアーミーザック。

 ストッパー付きシートのサイドにも、同じくモスグリーンのブレッドバッグが左右に下がっており。

 チラリと見えるサイドカバーに書かれる車名は『CB-50』。


 それは、初めて俺が『オートバイ』と言う乗り物に目を奪われた瞬間だった。

 

 また、バイクが小さいとはいえライダーが小柄な事も有り、その旅姿はかなりの熟練感と、何とも言えない「渋さ」を醸し出していた。

 そして、おもむろに脱がれた白いフルフェイス・ヘルメットの下から出て来たのは、あどけなさを残す可愛い顔。


 そのバイク――白いホンダ・CB50JX-1のライダーは、10代半ばの高校生、いや中学生にすら見える若い女の子だったのだ。


「こんばんは! いいキャンプ場ですね!」


 俺たちに向かって元気にあいさつをした彼女は、バッグを下ろすと中からテントやキャンプ道具を取り出し、手慣れた感じでテキパキと設置を終わらせる。


 俺はそんな彼女を横目に、チン、チンと音を立ててエンジンを冷やしているCB50に釘付けだった。

 ふと、CB50のナンバーを見てみる。と、なんと札幌のナンバーである。

 札幌といえば北海道。まさか、本州のど真ん中のキャンプ場で、そんな遠い場所のナンバーを見るとは。


「あの、札幌って北海道だよね」


 驚きのあまり、俺は思わず女の子に話し掛けた。


「うん、そうだよ!」


 彼女はテント設営を終え、ガス・ストーブのポンピングをしながら笑顔で俺に応えてくれる。

 その時の俺には、その行為が何をしているのかすら解らなかったが。


「北海道から、ここまでバイクで来たの?」

「うーんと、そうなんだけどそうじゃないかな」

「え?」


 少し考えた後、女の子は良く解らない返事を返して来た。

 俺は戸惑い、首を傾げる。


「んーとね、出発したのは札幌だけど、今日来たのは岐阜の郡上八幡からなんだ」

「ぐじょうはちまん?」


 岐阜は解るが、その奇妙な語感を持つ場所が町なんだか村なんだか良く解らない俺。


「郡上八幡て言うのは、岐阜の山の中に有る町の名前だよ。とても水が綺麗でいい所なんだ!」


 戸惑う俺を見て、女の子は少し笑いながら説明してくれた。

 その間にも、ガス・ストーブのポンピングに余念がない。


「そこって遠いの?」

「うーん、200キロくらいかな。そんなに遠くないよ」

「200キロ!?」


 俺が通う小学校は、家から大体2キロくらいである。ということは、その100倍!

 俺の家から市街地まで自転車で一時間以上掛かるけど、それでも10キロほどのはずだ。つまり、郡上八幡からこのキャンプ場までは、その20倍もあるのだ。


 そして、その時の俺には、200キロと言う距離が途轍もなく遠く思えた。


「凄いね」


 それが俺の素直な感想だった。


「バイクなら、なんてことない距離だよ」


 ポンピングをし終えた彼女は、ガス・ストーブを点火しつつ笑う。

 ボッ、と良い音を立て、ガス・ストーブに青白い火が点いた。

 そのまま、俺も彼女も黙り込んでしばらく静寂が訪れる。彼女は湯を沸かし、バッグから取り出した日東紅茶のティー・バッグをカップに入れて湯を注いだ。


「はい」


 はっと気づくと、彼女が俺に向かって湯気を立てたカップを差し出している。


「あ、ありがとう」


 いつの間にか、たっぷりと砂糖が入れられていたそれは、とても甘く美味しかった。


「私ね、日本一周中なんだ。去年の夏に札幌を出て、まず北海道を一周して。函館から連絡船に乗って青森に渡って、日本海沿いに南下して……九州や四国も走って、今はその帰り道。太平洋側は原付じゃ走ってても楽しくないし流れが早くて怖いから、浜名湖から長野県に向けて北上して来たんだ」


 自分も紅茶の入ったカップを傾けながら、彼女は微笑みながら話してくれた。

 社会の授業で使う地図帳を眺めるのが好きだった俺は、さすがに郡上八幡は解らずとも、彼女の話す地名やその位置関係がなんとなくだが理解出来た。


「バイクで旅行してるんだね」

「そう。バイクで旅行……っていうか、をしているんだ。バイクでする旅の事はツーリング、って言うんだよ」

「ツーリング……」


 それは、俺が初めて『ツーリング』という言葉を意識して聞いた瞬間だった。

 俺の心の中に、その言葉は奇妙な感覚を持って深く刻み込まれた。

 高校生となり、それなりに語彙ごいが増えた今から考えてみれば、その奇妙な感覚は、ってヤツだったのかもしれない。


 彼女が淹れてくれた紅茶を飲みながら、俺は初めて覚える感覚に戸惑っていた。

 彼女も、再び黙って紅茶を啜る。

 何とも言えない、不思議な感覚を味わいながら、俺は静かな昂揚感に包まれていた。


「何やってんだよー!」


 と、静寂を破って齢の近い従弟たちが乱入して来て、俺は少し苛ついた。

「おねえさん、良かったら一緒に食べませんかって父さんたちが言ってるよ!」


 そんな俺の様子に気付かず、従弟のひとりが屈託なく彼女を誘うと。


「良いの? じゃあ、お言葉に甘えようかな!」


 彼女も嬉しそうに応え、いそいそとBBQの場に行ってしまう。


 親父たちに挨拶してBBQの輪の中に溶け込んでいく彼女を眺めつつ、俺はCB50のそばに寄って行き、しげしげと眺めてみる。


 子供の俺から見れば、小柄とは言え充分立派に見えたそのバイクは、札幌を出発してからここまで、遥かなる距離を走ってきたことを示すかのように汚れている。

 だがその雄姿は、街中で良く見掛けるピカピカに輝いたバイクよりも、ずっとずっとカッコよく俺の瞳に焼付いたのだった。


 翌朝、午前5時を少し過ぎた頃。

 明るくなり始めた夏空の下、彼女は手早く撤収作業を行うと、起き出していた俺たちに挨拶をして旅立って行った。


 元気な4スト・サウンドを響かせつつ去って行くテール・ランプを見送った俺にとって、彼女とその愛機であるCB50は忘れ得ぬ存在となっていた。


 そんなキャンプから帰り、いつものように近所の友達たちと遊んでいる時。 

 俺は、それまで夢中になっていたロボットのプラモデルやラジコン、テレビゲームが酷く色褪せて思える事に戸惑っていた。


 俺の興味は、バイクとツーリングに強く惹かれてしまっていたのだ。


 そして、まだまだ世の中は良くも悪くも寛容な時代であった。

 

 俺は母親の買い物バイクであったロード・パルLを隣の空地に持ち出して乗ってみた。もっとも、乗り出して十秒後、人生初のバイク転倒を経験することになったのだが。

 そんな痛い眼も見たが、自転車と違って漕がずに走るその感覚。

 そして自転車と比べるべくもないそのパワフルさに、夢中になるのに時間は掛からなかった。


 愛読書は漫画雑誌から分厚いバイク専門誌になり。

 欲しがるのはロボットのプラモデルから、バイクのプラモデルになり。


 俺は、16歳になるのを焦れる様な思いで待ち望んだのだった。



「……やっと、乗れるようになった」

 

 俺は、懐かしい想い出に浸りつつしばらくCBに見惚れていたが、おもむろにキーを差し込むと、チョークを引いてキックした。

 バルルルル……と歯切れの良いシングルサウンドを奏でつつ、一発でエンジンが目を覚ます。


「よし、調子もバッチリ!」


 俺は満足げに頷く。


 実は買った当初は調子が良くなく、バスバスと失火するような症状が出ていてアイドリングも安定せずに参ってしまった。

 買った店は自転車屋に毛が生えた程度の所で、相談しても


「古いバイクだからこんなもんだ」


 と言われて何もしてもらえず。


 もちろん、まだまだメカの事など良く解らない俺の手にも負えず、東京に住むバイク乗りの従兄に電話で相談したところ、その週末にCB750-Fで中央道を飛ばしてバーッとやって来て診てくれたのだ。


 点火プラグを替え、キャブレターを掃除し、タペットを調整し……

 手を真っ黒にした従兄が下した診断は。


「ポイントだな」


 エンジン右側のカバーを開け、東京の行きつけのバイク屋から借りて来たと言う専用工具を使ってフライ・ホイールを外すと、その中にちょこんと取り付けられたコンタクト・ポイントも外し。


「本当は交換した方が良いんだが、まあまだ接点も生きているし磨けば大丈夫だ」

 

 などと言いつつ、サンドペーパーで接点を磨いて取り付けて、フライホイールを借り付けして接点の隙間調整をして。


 元通りに組み上げてからキック一発!


 バルルン! と、それまでの不調が嘘のようにCBのエンジンは回り出した。


「良く覚えておけよ。コイツはちと古いからポイント点火なんだ。ホンダもMB-5辺りからはCDIになってるけどな。たまにメンテしてやらないと、上手く火が付かずエンジンが愚図っちまう」


 夜になり、泊まって行く従兄にビールをお酌しながら俺はレクチャーを受けた。


「フライホイール外し用の工具は、東京帰ったら買って送ってやるから、これからは自分でやれ。今回の修理代と、俺のお下がりのヘルメットと併せて、お前がバイク乗りになった事への俺からのお祝いだ。あと、ポイントはインターんとこにあるホンダ・ウイング店に行けば数百円で買えるはずだ」


 俺は深く感謝をし、バイク談義をしつつ風呂で従兄の背中を流したのだった――



「さて……」


 俺は、従兄からもらったお下がりの黒いフルフェイス・ヘルメットをかぶり、厚手の軍手をしてCBに跨る。靴は普通のスニーカーだ。そのうち、余裕が出来たらちゃんとしたグローブとブーツも買いたいところではある。


 クラッチを握り、ギアを一側に落とし、そっとクラッチを放す。

 するとCBは穏やかにスルスルと走り出した。


「ひゃっほー!!」


 田んぼのあぜ道や空き地で練習はしてきているので、それなりに操作には慣れている。が、やはり合法的に、アスファルトの公道を初めて走るこの感覚は筆舌に尽くしがたい感動を覚える。


「これで! 俺は! どこにでも行けるんだ!!」


 5速まで上げたギアを一気に2段落とし、アクセルを全開にする。と、CBはそれまでの穏やかな排気音を一変させ、ギュイーン! と唸るが如き金属音を奏でつつ加速した。

 タコメーターはあっと言う間に10000回転を超え、ギアを4速にかき上げる。


 その瞬間、俺の背中にホンダのウイング・マークのような羽が生えた気がした。


 そのまま更に加速してギアをもう一つ上げ、5速に放り込む。

 タコメーターの針が再び10000回転を超えた時、スピードメーターの針は90キロを振り切っていた。


 楽しかった。ただ走る。そのことが、それまでの人生の中でぶっちぎりに楽しい事になった。


 初めてCBと公道を走り出したその日、俺はいつまでも、どこまでも走り続けた。 

 到達した先は、静岡県。浜名湖を超え、太平洋に出る。そう、海だ。

 俺は生まれて初めて自分ひとりで、バイクに乗って海までやってきたのだ。


 すでに日は沈み、真っ暗の海辺。何時間ほど座り込んでいただろうか。

 俺はCBに跨り、エンジンを掛けて家路に着いた。途中、生まれて初めて見つけた吉野家に入り、大盛500円を注文して貪り食った。

 生まれて初めて食った吉牛は筆舌に尽くしがたいほど美味く、とある超人が夢中になってしまう気持ちを心の底から理解した。


「こんな美味いものがこの世にあるなんて!」


 と心の底から感動してしまったのだ。


 満腹になった俺は吉野家を出て、再び山へと向かう。

 6ボルト・25ワットの薄暗いヘッドライトが照らすアスファルト。

 クネクネした山道に神経をすり減らされたが、月が明るく意外に恐くは無い。

 

 しかし、見通しの甘さから途中でガソリンが尽き、深夜の山の中でCBを押して歩く羽目になってしまった。半泣きになりつつ汗だくで押し歩き、ようやく山中の集落に出た時にはもはや体力気力ともに尽き果てていた。


 薄明りが点いた農協のガソリン・スタンドを見つけ、自動販売機で1リットルビンのコーラを買ってがぶ飲みし、なんとか生き返った俺が時計を見ると午前2時。

 スタンド付近で見付けた、小屋のような造りのバス停のベンチに寝転んで目を瞑ると、意識を失うかのように眠りにつく。

 本当に、寒い時期ではなかったのが幸いだった。


 翌朝、無事にガソリンを入れて再び走り出す。

 家に辿り着いた時、待っていたのは般若のような顔をした母親である。

 さんざん叱られ、さらに仕事から帰って来た親父にも叱られ。


 しばらくはバイクでの遠出を禁止されそうになったが、次からはちゃんと行く先を告げ、途中で電話することを約束し、なんとか阻止する事に成功した。

 

 俺に取っての初めてのツーリングは、こうして無事に完了した。

 もちろん、心細くなることも多々あったが、それ以上に昂揚していた俺にとって、この初めてのツーリングは深く心に残る思い出となった。


 なにより、初めて行った海辺の月明かりの下で見た、俺のCB50JX-1。


 それは、紛れも無く世界で一番カッコいいオートバイだった。


 これから、俺はコイツでどこまで行けるだろうか。

 キャンプ場で出逢った彼女の様に、日本一周出来るだろうか。


 いや、世界一周にでも行けるかもしれない――


 目の前に広がる無限の可能性に、俺は身震いするほどの興奮に包まれたのだった。









Fin.








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