第17話 剣帝VSサムライマスター



 「死んだんですか?その子」

 …アンさん、言い方ひどくない?


 「死んではいないよ」

 抱きかかえた寝た子を起こさないように気遣う、どこにでもいるサラリーマンの若い父親…みたいな絵面だけど、実際には、あの小さな赤い忍者服…キョウは、リョウマの命令でヤツを…『剣帝』を足止めに行っていたのだ。

 その彼女が死…んでないけど、気を失っているという事は、…敗れたのだろう。『真人』にはあらゆる攻撃が当たらないのだから、当然の結末だけど。


 「こら!アユム‼」

 「はいぃ⁉」

 「パンツは…頭にかぶるものじゃないのです!」

 …ってか、寝てるだけだよね?


 「そんなの被って…またクリスマスに、カップル狩りですね‼」

 「おい」

 「バレンタインは、ブラジャー被って全裸で町中を走り回りましたね‼」

 「こら」

 「あ、逮捕されました。死刑」

 夢の中で俺の扱いひどくね⁉


 そっとキョウを床に降ろした剣帝が十分に離れた所で、それまでポニーテイルをしなだれさせて死にそうな顔をしていたケイが、キョウの傍へ駆け寄った。そして文字通り鬼気迫る形相でダッシュして戻ってくる。


 「…当分、死にそうにねぇな、こいつ」

 「というか、…死にそうなところを何度も助けた」

 「………」

 あー…、なるほど。状況が浮かんだ…


 「勝手に自爆したんですね?その子」

 …うん、そーなんだけど、アンさん、さっきから言い方ひどくない?


 つまり『炎を出す、大地を割る、稲妻を落とす』…そのキョウの〝忍術〟全てが、…敵に当たらず、自爆したんだ。っつか、こいつの忍術がまともに発動した所、見た事ねーし。技術や知識は確かなので、ただ純粋に〝運が悪すぎる〟らしい。


 逆に言うと、だから足止めできていたのだけど。


 キョウが忍術を自爆させて…勝手に自分が死にそうになる度、この真人さまが助けてやった、と。…結局、こいつは甘い男だ。目の前で死にかける少女を見捨てられなかった。その行為に自分自身で疑問と後悔をした顔をしていた。


 「何故…こうなった?」


 ついにその言葉を吐き出してしまう。剣帝が瞳を微動だにさせずに見降ろしている信じられないモノ、それは同僚…ガトリング砲でも傷一つつかない『絶対防御』を持つ『真人』雷帝のボロ雑巾…だけに向けられた言葉ではないようだ。


 そして、何故かそれは俺に向けられた言葉だった。


 リョウマは…何か、お茶飲んでいらっしゃる。何でお前は、この廃墟の中で湯飲みでお茶すする姿が優雅に絵になってんだよ⁉カッコイイな、ハチマキ白忍者。

 とゆーか、アンさんは、この廃墟のどこからお茶を出したんだろう…


 「あ、すみません、仙人様」

 「へ?」

 「仙人様にも、お茶をお持ちしますね。最高級の玉露がございます」

 なんか、ありえないくらいアンさんの機嫌がいい‼


 さっき、自分の仕事をリョウマに絶賛されたのが、相当嬉しいらしい。常に顔に張り付いている〝営業〟スマイルではない笑顔が、可愛らしかった。

 …って言ったら、絶対零度の営業スマイルをしてくれるだろう。


 『雷帝』を倒したのは、リョウマであり、その最大の功労者はリョウマ曰くアンさんだ。…俺、はしっこで小さなギャグをしてただけ。それにもかかわらず、剣帝の言葉は俺に向けられていて、その白く光る両目は俺に答えを求めていた。

 

 「…私は2年も前から、サムライの中に潜入していた。完璧に身分を隠し、完璧に連中と付き合い、完璧に準備を進め、そして完璧な策だった。…のに」


 なんでかって、そりゃ…


 「〝運命〟だとでもいうのか」

 「まぁ、…そうだねぇ」


 『ギンが十咫の剣を手に入れたその時、近くの博物館に怪盗☆白仮面が現れた』が発端だからさ。あの日あの時あの場所でなければ、何も起こらなかっただろう。


 それが何でかと言えば〝偶然〟です。


 「その、たった一つの〝偶然〟が全てなのか⁉」

 ヤシチに怒鳴られた。…かつて見せていた温和のみの表情からも、真人となってからの冷徹な表情からも想像できない、怒りと焦りと罵りが噴き出しそうな…いや、その〝運命〟を呪う気持ちは、すでに両の眼から炎の様に噴き出している。


 「否‼断じて否だ‼」

 大きく首を振り、奴は開いた両手を俺に向ける。


 「その後、いくらだって刀を手に入れるチャンスはあった、その能力もだ!我々は〝真人〟だぞ‼この世界で最も完璧に近い存在…なのに何故だ⁉」

 それは…


 「………」


 いや、言ったらアカンやつだな、これ…

 「キョウがいたからだろ」

 「言っちゃったよ‼」

 さすが〝ウソをついたら死ぬ男〟だよ‼配慮とかこいつの脳にないからな‼


 「…………キョウ?」

 言われて、油の切れたブリキ人形のように振り返ったヤツの視線の先で、…赤い忍者服の少年が、いびきをかいて寝てる。…答えが返ってくる筈もなく、同じく油の切れたブリキ人形のように戻ってきたヤツの視線から、…俺は目を背けた。


 …そう、キョウのせいなんだよ。


 そもそも、キョウが怪盗☆白仮面と勘違いして襲ったから…ただ刀を持ち出しただけのギンが『ハンニャ』になったのだし(俺とリョウマが関わる事になった)、


 その後のニンジャ&サムライ共同任務で常にヤシチ…この剣帝と一緒にいたのも、キョウだし(足を引っ張りまくられた後始末で、刀どころじゃなくなった)、


 極めつけに今、勝手に死にそうになって、結果、まんまと足止めを成功したのもキョウだ(分断され、助けられる同僚を助けられなかった)。


 「まさ…か…」

 …何か、もう、この世の全てが信じられない目をしている。あー…だから、言わなきゃよかったのに…この事実を知って、否定できなかった時、こーなるから…


 「はっ⁉ここはどこですか⁉」

 いきなり飛び起きるなり、キョウは戦闘態勢をとった。…つもりなんだろうな、あの変なポーズ。しかし、目の前にいるのは引きつった顔のケイだけ。おそらく〝剣帝〟を探して、真っ赤な少年忍者はキョロキョロしている。

 その頭を、リョウマが優しく自分の胸に包み込んだ。


 「キョウ…貴様はいつも俺に最高の結果をもたらしてくれるな」

 「りょ、りょりょりょりょ、リョウマ様ぁ⁉」

 「いつでも、俺の一番だ」


 ぶーーーっ


 あー…、キョウが興奮の余り鼻血を噴いた…自分の純白の忍者服に飛び散るそれを全く意に介した様子もなく、むしろ、ハンカチでその血をぬぐってやっている。


 がちゃん


 その様子を見ていたアンさんが、湯飲みから手を離した。

 「…すみません、仙人さま。手が滑りました」

 「アンさーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん⁉」

 八つ当たりひどくない⁉


 ヤツ、は黒コートの背中から、背負っていたひときわ長い長刀を取り出し、僅かに刀身を露にさせる。そして暫く、その漆黒に輝く刀身を見つめていた。それはたった一つの、最後に残された、そして最強の拠り所だった。


 「…まぁ、いい。私がお前たちを倒せば、結果、同じ事だろ…?」

 「バカか?貴様は」

 せっかく、剣帝が絶望の淵から見つけた結論を、リョウマは切り捨てた。


 「すでに貴様が〝十咫の剣〟を持っているのだから、逃げればいいだろうが」

 うん。そう。


 増援が間に合わなかった時点で、戦う意味はなかった。ここで戦ってリョウマを殺した所で『胸がすっとした』以上の意味はなく、…それをしようとした雷帝を止める為にココに来た筈が、同じ事をしようとするなら『バカ』以外の言葉がない。


 「もっとも、こちらがその剣を持って帰らせる筈もないが」

 「その通~~~~~~~~~~~~~~~り‼」

 …そいつが、声とともに降ってきた。


 「大・凶・星、参上‼」

 「…帰れ」

 「おいおいおーい、にーに冷たいなぁ。反抗期か?」

 だから、誰が『にーに』だ‼


 「〝決して、折れず、朽ちず、曲がらず、あらゆるモノを斬る光り輝く剣〟…それは、この『真のサムライマスター』にこそ、相応しいんだからなぁ‼」

 雷に吹き飛ばされた天井から飛び降りてきた着流し姿のその男は、見事に着地してニヤリと笑った、…その天然パーマの頭にガレキを降り注がせて、いきなり血まみれになった。痛みで顔をあげられないながらも、親指を立てている。

 もっとも、今さらこの男の傷の一つや二つ、誰も気にも止めないが。


 「ってか、リョウマーーーーーーーーーーーーーーーーー‼」

 振り返ったそこには、すでに誰もいなかった。


 それまでその腕に包まれていたキョウも、それを目の前で見せられて歯ぎしりしていたケイも、そんな一挙手一投足を遠くから見逃さないアンさんも、みんな同じ顔をしていた。『気づいたら、リョウマがいなくなっていた』とゆー。

 …ほんと逃げ足速ぇな‼あいつ‼


 「ぁんだよ、また逃げちまったのか?あのニンジャマスター。…ま、今日は俺ら3人の内、誰が『真のサムライマスター』を決めに来たんだからね。いいや」

 「…3人のサムライマスター?」

 「俺とお前と、あの黒コートのにーちゃん」

 刀が5円玉の俺を、サムライマスターに含めんなーーーーーーーーーーー‼


 「あれ?にーちゃん、眼帯は?」

 っつか、お前こそ、なんだその眼帯は。


 指さした姿勢のまま首を傾げた大凶星の右目は、刀の鍔に紐をつけた眼帯で覆われていた。あのじーさんに右目をぶち抜かれたんだったな。とはいえ、砕かれたのは右目に入れていた星石だったらしいので、怪我は大丈夫なんだろうけど。

 一方、当時ヤシチとして眼帯をしていたヤツは、今は剣帝としてその両目を光らせている。奇しくも、二人ともその光る瞳は『白』であった。


 「…あ、もしかして、俺とキャラかぶりしてたの、…気にしてた?」

 「一つもかぶってねーよ‼」


 「これで二人とも眼帯したら、見分けつかないもんなぁ」

 「シルエットからして違うだろ、天然パーマ‼」


 「サムライ、大人の男、ぶった斬り…眼帯までかぶったら、まんま同キャラだ」

 「お前の中で、自己認識どんなことになってんの⁉」


 目の前で咲き狂うボケの嵐…を、剣帝はそよ風のように無視している。努めて、冷静でいようとしているようだった。戦いを前に冷静さを保とうとして…

 いや、…違うな。


 「ん?おにーちゃんは逃げねーのな?」

 「〝真人〟の目的は、世界のバランスを保つ事。その最大の障害であり、最優先排除対象が〝大凶星〟だ。我が手に〝大星石〟の武器がある今、退く理由がない」

 棒読みすんな。


 もう、…余りにも露骨なんだけど、剣帝は冷静を『装って』いた。…つまり、実際は冷静と真逆の場所にいるって事だ。言い訳を並べた結論〝大凶星の排除〟をしたくてたまらない、が本音…つまり、大凶星を殺したくて仕方ないんだ…

 …あれ、ヒトゴロシの目だもんな。


 それを大凶星も察したのだろう。…察して、あのクソ凶悪な顔になる心情は分からないけども、殺意に対して嬉々として刀を抜く。それに続いて剣帝も〝十咫の剣〟を鞘ごと正面にもってきてから、ゆっくりと漆黒の刀身を露にする。

 全ての光とともに、戦意をも吸い込んでしまうような、黒い刃。


 「う、うちらはどーすんすか⁉ちょっとぉ!」

 「えーと…応援でもするか?」

 「はぁ⁉どっちをっすか⁉」

 『〝真人〟を応援に決まっているだろうが』

 「あ、やっぱそーだよね」

 って、


 「リョウマーーーーーーーーーーーーーーー‼手前ぇ、今、どこだ⁉」

 『安全な場所だ』

 ぬけぬけと言いやがった‼


 以前と同じくインカム越しに聞こえてくるその声、ってか、その1㎜も悪びれた様子もない上から目線の口調は、あのクソニンジャ以外の何物でもねーよ‼

 いや、だから何で女性陣は何か嬉しそうなんだよ⁉逃げましたよね、あいつ‼


 『〝真人〟が勝てば、貴様らが攻撃される事はない。仙人の貴様がいるからだ。〝大凶星〟が勝てば、貴様らを攻撃するだろう。仙人の貴様がいるからだ』


 「つ、つまり、こいつを殺せば、私達はどっちにしろ助かるって事っすか⁉」

 ケイがその結論に飛びついて、


 『バカか?貴様は』

 …リョウマに瞬殺された。


 『その場で最強の、味方にいる駒を殺してどうする?』

 ちょっと優しくしてあげてぇ‼ケイ涙目だからね⁉


 「…あれ?っつかさ、真人が勝ったら、刀を持っていかれちまうんじゃね?」

 『安心しろ』

 それは力強く、迷いのない言葉だった。


 『どちらが勝っても、そのビルを爆破するからな』

 「………」

 なんやてーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー‼


 『大凶星はいつもの如く、無論〝絶対防御〟のある〝真人〟も死なないだろうが、刀は破壊できる。それでミッションコンプリートだ』

 なにひとつめでたくねーーーーーーーーーーーーーーー‼


 「俺らは⁉」

 『逃げろ』

 ぶちっ


 …切れた。


 俺達の悲鳴が、二人のサムライマスターの戦いのゴングだった。無造作に、横殴りに振った大凶星の刀を、剣帝が頬を僅かに切られながらも何とか食い止める。

 それは、全てを物語る一合だった。


 「〝絶対防御〟も〝絶対分断〟も起きない、か」


 剣帝の頬が、刀の触れた分だけ斬り割かれた。…以前、雷帝が「いくら絶対防御があっても攻撃が当たらなくては無意味」とか言っていたけど、誇張だったようだ。一方、その〝大凶〟で全てをぶった斬ってきた大凶星の刀も、普通に止められた。

 …互いに中和しているという状況なんだろうか…分からんけど。


 「こーなりゃ『真人』も『大凶星』も関係ねぇ。…ただのチャンバラだねぇ」

 「ならば『剣帝』である、私が有利だ。『蚩尤』の千剣を止められる筈がない」

 黒い着流しと黒いコートが、白い瞳を交錯させる。互いに間合いを図っているのだろうか…ただのチャンバラになった以上、単純に斬られた側が死ぬからな。


 「何より、我が手に〝十咫の剣〟があるのだからな」

 身の丈ほどもある黒い長刀を上段気味に構える剣帝に対して、大凶星はその長身には短く見える白い刀を中段気味に構えている。いつもとは真逆の絵面だった。

 …俺達は、どうしよう…ってか、ここにいると死ぬから、逃げるしかないけど。


 「そもそも、リョウマはどこから逃げたんだよ⁉」

 「おそらくは、あちらでしょう」

 アンさんが指さしたのは、8mくらい上にある、雷帝の雷で天井がブチぬかれて露になったこの上の部屋の扉だった。…って、どーやってあそこまで行くの?まさか、この壁を登っていくとか?ほぼ直角だし、崩れやすそうだけどなぁ…


 「簡単ですよ!ほら」

 キョウがぴょんぴょん身軽に壁を登っていく…その端から、壁が崩れていった。


 「登頂~~~~‼」

 「いや、壁が全部壊れちゃったけど…」

 「なんですって⁉とーーーーーーーーーぅ‼」

 「降りてくんじゃねーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー‼」

 ただ逃げ道がなくなっただけぇ‼


 「な~~~にやってんだよぉ、キョウ!お前さぁ‼ちょっと考えろよな‼」

 「…普通、あそこからロープとかを投げますよね」

 降りてくるなり、ケイのネチネチした、アンさんの皮肉たっぷりの非難の集中砲火を受け、さすがにいつも元気なキョウもしゅんと下を向いた。…一瞬だけ。


 「これが〝大凶星〟のもたらす不幸なのですね‼」

 「それ、俺のせいなのぉ⁉」

 「…隙、あり」

 剣帝は一足で5mの距離を詰めていた。


 「〝蚩尤〟の千剣!」

 「〝大凶星〟の………なんか、アレ!」

 思いつかんのなら、言おうとすんな‼


 ほとんど同時に大凶星も地を蹴っていた。故に近づきすぎたそこは、長刀には近すぎ…脇差にはちょうど良すぎた。刹那、黒コートの中から抜き放たれた深紅の脇差が横殴りで相手の刀をかいくぐり、同色の液体で染まる。

 剣帝は眉をしかめつつ、さらにそれを血の流れる腹部へと突き立てた。


 「おっぱいガード‼」

 ナニで防いでんのぉ⁉


 そら、手ごたえに眉をしかめる筈だ。着流しの中にしこんだ、…そこらに落ちていただろうアレを斬らせていた。それでも、突き立てた脇差を押し込もうと力を加える…剣帝の頭上に、自分の腹を護ろうともしない大凶星の刀が振り下ろされた。

 しかし、大凶星の刀はどこからか現れた脇差で弾かれると、逆に、それによって作られた額に通じる道めがけて、漆黒に輝く長刀〝十咫の剣〟が振り下ろされる。


 「真剣シリ刃捕り‼」

 だから、ナニで止めるんだよ⁉お前は‼


 〝あらゆるモノを斬る光り輝く剣〟が左右から圧力をかけられて止まっていた。…まぁ、刃に触れた尻…じゃない、クッション物は斬られたけども。

 「ひゃ~…危ねぇ危ねぇ」


 「そんなデタラメ剣法で、何で、全て捌き切れる⁉」

 「そら、真剣勝負の差、じゃね?」

 軽口への返答は、刃の一振りだった。侮られたと思うのも無理はない。…けど、多分、大凶星の言う事は正しいんだ。そう言えば『自分も百戦以上こなしている』とか答えそうだけどさ、どれだけが〝真人〟という絶対安全な戦いだったのだろう。


 〝大凶星〟の『絶対安全な戦い』はヤツと真逆だった。確かに大凶星は不死身なのだけど、それは『より多く苦しみ続ける為』という殆ど呪いの様な〝絶対安全〟なのだ。だから、どんなに傷ついても死なないけど、必要以上に傷つく。

 結果、とんでもない真剣勝負の技量を身に着けていた。


 その証拠に、まさに『千の刃』で四方八方から一手一手詰めていくような剣帝の攻撃を、全て凌いでいる。しかも『全てを斬り割く漆黒の刃』…十咫の剣に自らの剣を折られないよう、直接防ぐのではなく受け流すとかしながら。


 「…俺とて、〝真人〟となる前に数限りなく真剣勝負をしている!」

 それも、事実だろうな。現に今、命がけの真剣勝負で僅かの躊躇も動揺もない。5回に1回くらいの割合で飛んでくる大凶星の反撃も、殆どかすらせすらしない。いつもの脇差による八門五行の護りも使わず、完全に剣技のみで。


 結果、チャンバラが永劫に終わりそうになかった。


 「よし」

 今のうちに逃げようぜ。


 見上げてみると…満天の星空だ。上空に逃げ道はあるんだが…羽でも生えてないと外には出れないな。部屋を見回すと…見事に破壊されてるな。そもそも、あとからあとから壊されて、それに追い詰められて逃げられずにここに来たんだしな…


 「ならば、私の忍術でガレキを破壊します‼雷遁〝イザナ」

 「やめろーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー‼」

 俺達が死ぬ未来しかねぇ‼


 「あ、あんた仙人なんすよね⁉なんとかしろよ!」

 いきなり頼られてもなぁ…


 「なんか持ってただろ⁉あの5円の剣は⁉あれ、何でも切れるんすよね⁉」

 「これ?」

 一振りで棒金から剣の形に伸びた5円ソードは、ある時はガレキを斬り、またある時は跳ね返される。それは2分の1…当たった面が『表』か『裏』か。それだけが全てであり、絶対。まるで運命でそう決まっていたかのような綺麗な切断面だ。

 そして剣を振る事、十余合。


 「うむ」

 剣でいくら瓦礫を斬っても、意味がなかった。


 「そら、そーだべな」

 「アホかーーーーーーーーーーーーーーーーー‼」

 …お前がやれゆーたんですがな。


 この間にも、二人のサムライマスターも十余合打ち合ったらしいが、どちらも傷が増えた様子はない。…まぁ、大凶星は今さら一つ二つ増えても分からんけど。


 その大凶星が、あからさまに距離を取って刀を肩に担いだ。

 「…ダラダラと戦うのは趣味じゃねぇし?」

 悪寒を感じて一歩を踏み込もうとする剣帝を、刀を向けて牽制しつつ、大凶星は首にかけていた数珠を引きちぎった。引きちぎられた数珠…星石は地面に散らばって落ちると、光を放った。その下からの光に、大凶星の歪んだ笑みが照らされる。


 「八門遁甲、四凶の陣〝混沌〟」

 〝四凶の陣〟…それがどういう八門遁甲陣なのか、俺に分かる筈もなかった。前回の…トウテツ?の陣も恐ろしい内容だったが…間違いないのは、大凶星の四凶の陣は誰であろうと無力化や弱体化はできないという事だ。大凶星本人でさえ、な。


 俺達はその外側にいるようだけど、誰もがその不気味な恐怖に言葉を発せない。

 『キョウ、しっかりとカメラを向けろ』

 「はい!リョウマ様‼」

 …お前ら、余裕だな。


 剣帝もまた、眉をひそめた一人だった。…が、それは明らかに俺達の恐怖や不安とは違っていた。その顔一面にあるのは、相手を貶めきり、蔑みきり、卑しめきった、…この世で最も汚いモノを見た時に人がする表情だ。


 「お前、この〝陣〟…誰に習った?」

 「………」

 そーいえば、それは謎だった。


 当たり前だけど、八門五行とか…ふつーの学校で教えてないし、ふつーの社会でそれを教えているのはオタクかカルト宗教だろう。…それも、偽物。言うまでもなく、大凶星の八門五行は〝本物〟だった。そんなもん、どこで教えてんの?

 不意に自分に集まる視線。大凶星は頭をかいて夜空を見上げる。


 「〝俺が初めて愛した女〟だな」

 「〝お前が初めて殺した女〟だろ」

 …ああ、こいつに抱かれた女は、50%で目を覚まさないんだった…


 「…まぁ、そーとも言うのかな。とにかく、八門遁甲やら八卦に五行やらに詳しかった女さ。そんな組織の師範だったか、そんな生まれの名家だったか…確か、そんなん。最初は殺しあった敵同士だったと思う。…名前は確か」

 「もういい」


 制した片手を降ろして、代わりに上げた剣帝のその瞳は、今までになく煌々と輝いていた。そしてその表情は、今までになく無機質だった。ナイフで顔の表情を全て削り取った末のような能面顔がそこにあった。


 「お前を殺す」


 そして踏み込んだ一歩目、その足元から火柱が上がった。

 「な、何ぃ⁉」


 瞬間的にズボンからコートへと昇っていく火柱を、剣帝は周囲の目なんてお構いなしの戦々恐々の様で必死に叩いて鎮火しようとする。その甲斐あってか、意外にもあっさりと火は消えたものの、剣帝は冷や汗で溺れそうな顔で足元に原因を探す。


 慌ててあげたその視線の先では、大凶星が顎に手を当てて眺めていた。

 「ん~…〝驚門・火〟かな?そこ」


 「まさか…」

 「そうだ。どこにどんな吉凶が隠れているか俺も分からん」

 …それが四凶の陣〝混沌〟か。吉凶万物全てが、無秩序に入り混じっている…まさに言い得て妙、だけども。吉凶のロシアンルーレット陣形。

 「あ~、今の場所、覚えるとかしなくていいからね?ランダムに変わるからさ」


 決着は、近かった。


 「って、早く逃げなきゃダメじゃん‼」

 「のんきに観客してる場合じゃないっす‼そうだ、あのサイコロは⁉」

 …いや、このサイコロ〝賽卦五行殺〟は投げた相手に五行の凶をもたらすものだからなぁ…壁にぶつけて、壁が不幸になるんかいな?

 腕組みをして考え込んだ俺の横で、キョウがポンと手を叩いてどこかへ消えた。


 ずるずるずるずるずる


 「この人に向けて投げてみましょう!」

 「ふざけんなーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー‼」


 壁の前まで引きずり出されたのは、トキだった。叫んではいるけど、もう断末魔って感じだ…まぁ、雷帝に雷で打たれ、そのあと足蹴でフルボッコにされたんだもんな…元々、顔も体も目も全てが細っちい奴だからか、もう哀れみしか感じない…

 …確かに、人に向けて放ればいつもの効果があるだろう。しかし、

 「ま、いっか」

 「ちょっと待てーーーーーーーーーーーーーーーーーーーぃ‼」

 「賽卦五行殺~」


 指に弾かれて転がったサイコロは、じたばたするトキの足元で止まった。

 「五式土行」


 瞬間、床が抜けた。トキの足元の床が音を立てて崩れ落ちたのだ。…まぁ、その理由は幾らでも見つけられるのだけど、一言で言えば〝偶然〟だな。うわぁ…深けぇ。底が見えねぇよ。トキは…何とか、壁に食らいついて落下を免れている。


 「…ここを降りて逃げろという事だろうか」

 「それを自殺って言うんすよ‼」

 だよね。


 「は~…やっぱ、ダメみたいだな」

 「たった一回の失敗で諦めてしまうんですか⁉」

 「…キョウ」

 「成功するまで、やってみたらいいんです!」

 キョウがグイっと顔を近づけてくる。身長差にもかかわらず俺を怯ませた、有無を言わせない、見つめるその瞳は真剣そのもので…そしてキラキラと輝いていた。


 「そうだな」

 「そうだな、じゃねーーーーーーーーーーーーーーーーーーぇ‼」


 「賽卦五行殺~」

 ぼよよ~ん

 「お、おおおお、おっぱいが降ってきたぞ⁉」

 ダメか。


 「賽卦五行殺~」

 めらめらめらめらめら

 「いや、あの火の粉、私の『リョウマ様写真集』じゃないっすか⁉」

 ハズレか。


 「賽卦五行殺~」

 ぬちょぬちょぬちょぬちょぬちょ

 「ろ、ローションが‼ローションが、ズボンの中にぃぃぃいいいい⁉」

 失敗か。


 「うむ」

 俺はポケットにもうサイコロがないことを確認して、頷いた。


 「がんばったけど、ダメだった」

 「それなら、仕方ありませんね!」

 「お、お前ら、覚えてろよ…」


 俺達がコツコツと…ボケをかましている間に、二人は…血まみれになっていた。


 「死にくされこの野郎‼」

 信じられないほど口汚い言葉を吐いて、剣帝が漆黒の長刀を振り上げた。…その刀身に電撃が走る。あわや手放しそうになった長刀を歯で咥えるようにして何とか手元に置く、その目は血走り、その口元は引きつり、その顔は歪み切っていた。


 「お~~~かえしだよ~ん」

 その隙だらけの右肩に大凶星が刀を振り下ろすも、黒コートに弾かれた。…コートも立派な防具だし、実際、コートを両断するなんて至難の極みなのだから。あくまで、いつも軽々ぶった切ってる大凶星だから、不思議に見えるだけで。


 「良い所で受けたねぇ。ラッキーラッキー」

 あっけらかん笑う大凶星を、剣帝は息も絶え絶えに睨めあげる。

 二人の怪我はほとんど同じだろう。…どちらも血まみれで、どちらも致命傷ではない。そんな二人の表情は余りにも両極端だった。恐怖で顔を青ざめさせて周囲全てにビクつく剣帝と、それを眺めてニタニタと凶悪な笑みを浮かべる大凶星。


 「こ、こんな…何で、この状況で笑っていられる⁉」

 「博打ってのはさぁ…負けたら痛い目見るから、勝った時楽しいんじゃね?」

 「…お前、狂ってるのか⁉」

 これこそが真の『真剣勝負の差』だった。


 …いや、それは決して、良い事じゃないからね。戦場は狂ってなきゃやっていけない。その、差。こんなにも狂った毎日でも、人は慣れる。それが〝大凶星〟だ。

 剣帝は無様なのではなく、むしろ普通だ。一歩進んだら、…死ぬかもしれないんだから。この状況で、あがきながら、喚きながら、まだ戦おうとしていた。

 むしろ、なんでまだ戦意を持っているんだろうか。


 「お前こそ、まだ逃げないんだな。…ま、逃げてもロシアンルーレットだけど」

 「…言ったはずだ」

 その、たった一つだけ心にこびりついた何かの為に、剣帝は漆黒の長刀を握る。深く、大きく、長く…息を吐き出して、吸い込む。心の中に充満していたその他全ての雑念を吐き出して、その、たった一つだけで自身のうちを満たすように。

 「お前を殺す‼それは俺の決定事項だ‼」


 振り下ろされた刀は、下から振り上げる大凶星の刀と、両者の中央で激突した。


 「…え」


 伝説の剣が、折れた。


 「うそ…」


 ギィィン、と嫌な音を立てて〝十咫の剣〟は折れ飛んだ。下から斬り上げられるままに回転して、壁に刺さりもせずに、ぶつかって落ちた。

 残されたのは、鍔から伸びる20㎝ほど…未だ星石の光は失っていなかった。


 「そんな、バカな…け、決して、折れず、朽ちず、曲がらず、あらゆるモノを斬る光り輝く剣…それが伝説の魔剣〝十咫の剣〟じゃなかったのか…」

 「…そんなん、物理的に実在するわけねーだろ?」


 その声に、見上げるよりも先に飛び退いた…そこを大凶星の刀がぶった切った。あらゆる攻撃を無効化する真人の〝絶対防御〟…そんなものを紙切れの如く無視して、袈裟がけに振り下ろされた刀の後に、鮮血が真っ赤な糸を引いていた。

 すとんと尻から地面に落ちた剣帝は、もう立ち上がらなかった。


 …多分、致命傷じゃない。反射的に体が動いて、後ろに飛び退いたおかげでな。ただ…折れ飛んだ刀を未だ握りしめて、その、見える筈のない先を見続けている。


 「折れちまったな」

 呟いた大凶星の視線の先には、漆黒の刃だけが転がっていた。特に感慨もない声であり、折れた、人に向かって言ったのか、刀に向かって言ったのか分からない。無論、とどめを刺そうともしない。何ともあっさりとした言葉だけだった。


 「よし、やるか!」

 「…は?」

 「メインディッシュはお前に決まってんだろうが。仙人さま」

 ぎゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー‼


 「お前には山ほど借りがあるからなぁ。…さんざん負かしてくれた借りが‼」

 いきなり死刑宣告をされて、俺は慌ててポケットの中を…


 「………」


 いかーーーーーーーーーーーん‼さっきのボケで武器全部使いきった‼

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