第15話 無敵と無敗


 「あ、アユム!」


 黒スーツの執事の〝両目〟が光っていた…その衝撃にとらわれかけた俺の耳に、悲鳴が飛び込んでくる。その声、というか、そのベリーダンサーのような間違った『占い師』の格好は、間違いようもなくタマモだった。


 「何をしておる!さっさと助けぬか!」

 「えー…、何で?」

 「何でじゃと⁉わしとおぬしは、」

 そう、俺と彼女は、


 「知り合いじゃろ?」

 うん。


 …さすがに「知り合い」を助ける為に、全ての不幸が避けて通る『絶対防御』を持つ無敵超人〝真人〟二人相手に戦うのは、…ちょっとイヤかなぁ。

 何十回斬られても、雷と竜巻が直撃しても、〝偶然〟無傷な人たちっすよ?


 「わしは…おぬしを、ただの知り合いとは思っておらぬ‼」

 「…え?」

 「ムカつくときに隣にいるとちょうどいいサンドバッグだと思っておる」

 もう助けなくていいよねぇ⁉


 タマモは両手を前に縛られて無造作に足元に転がされ、至る所にあざや擦り傷が見える。…このぞんざいな扱いが、上辺の慇懃丁寧さの下にあるモノだろうな。

 何なんだろうね、この真人どもの圧倒的「他人感」…この執事の言動も行動も、全てが十分を遥かに超える礼儀をわきまえたモノなのだけど、親しみやすさとは真逆のモノだし、そのうえ従順とも真逆のモノだった。


 「わしが捕まったのは、誰のせいだと思っておるのじゃ⁉」

 彼氏トキのせいだよね?


 「おぬしが『星石レーダー妨害装置』の制作を依頼したのが原因じゃろ⁉」

 その依頼主おれに断りもなく、シルバを使って大星石を盗み出し、わざわざ自分達を探している真人を隠れ家に呼んだ挙句、交渉にすらならずタマモも大星石もあやうく盗まれかけた、彼氏トキのせいだよね?


 「ってか、そのトキは?」

 「………」

 おい、黙るな。


 周囲を見回してみると…廃墟しかない。空を見上げてみると…闇夜に星の光しかない。人を探してみると…レインコートで細目の兄ちゃんはいない。


 「お嬢様にご同行をお願いする為、トキ様には…少々悲鳴をあげて頂きました」

 「し、真人相手では仕方のない事じゃ!如何にトキでも勝てる相手ではない‼」

 「…じゃあ、いくら俺でも勝てる相手じゃないから、助けなくてもいいよね?」

 「おぬしは死んでもいいから、助けぬか‼」

 おかしくない⁉

 

 タマモは、ルージュの紅い口元を尖らせて抗議しようとして、自らのアイシャドウの端を追いかけるように、俺から視線を逃がす。…その様を、意識の端で明確に確認しておきながら、白々しく、そして恭しく、執事は首を垂れた。


 「申し訳ございません。家庭の感電程度に抑えたつもりでございましたが、まさか涙を流して悲鳴を上げ、…失禁までされてしまうとは、私の落ち度でございます」

 「し、失禁はしておらぬ‼」

 …あいつ、役に立たねぇなぁ。


 「依頼した時の約束!しっかり果たしたのであろうなぁ⁉」

 …すっかり忘れてた。

 「とか言ったらタマモにブン殴られちゃうから、言ってはいけないぞ」

 「コラーーーーーーーーーーーーー‼」


 約束した内容は確か、

 「リョウマの好きな女のタイプを聞いてくる、だったな」

 「わしとトキを手配リストから削除させる、じゃ‼」

 しかたなく、リョウマに…話しかけ辛ぇなぁ。


 いつも近寄りがたい雰囲気の美形様なんだけど、〝真人〟が現れてから…それも二人目が現れて以降は、なんつーか『どっからどーみても触ったら100%罠が発動する、あからさまなトラップすぎる美しい彫像』って感じだぞ。

 …まぁ、『真人』の〝絶対防御〟を見せつけられたからな。いかに陰険狡猾…じゃない、秀麗怜悧なリョウマでも、対抗策が思いつかないのだろう。


 スケさんに駆け寄って助け起こそうとしている、後ろのサムライ二人もリョウマと同じだ…いや、違うか。全然違った。サムライ二人は、もう諦めていた。ただ、目の前のスケさんの手当てを黙々とするその様は、ただの現実逃避と言っていい。


 リョウマの顔は、同じ深刻でも諦めは微塵もない。その顔を見ていると思うのはたった一つ。『…この神に愛されすぎたクソイケメン、死ねばいいのに』

 …ああ、それはただの俺の本心か。


 「ええと、リョウマ?トキの事だけど、…もう手配するのはやめてくれない?」

 「トキ?」

 珍しく、リョウマはとぼけた顔をしていた。


 「貴様はパンを食い終わった後、その留め具を気にするのか?」

 想像以上にトキの扱いがひどかった‼


 「OKだって!」

 「…縛られてなければ、おぬしを殴っていたのにのぉ‼」

 「俺、何も言ってなくね⁉」


 ただ、その深刻なリョウマの悩みは…杞憂だった。


 「剣帝、目的は全て達成いたしました。そろそろ失礼いたしましょう」

 「ああ。…そうだな、雷帝」

 真人二人は、あっさりとこの場を立ち去ったからだ。〝十咫の剣〟と〝タマモ〟をその掌中に収めてた彼らに、もはやここにとどまる理由はなかった。

 真人のそれは『寛容』ではなく『無関心』だった。


 抵抗しなければ殺されないのか…〝十咫の剣〟を奪われた、ギンやカクまでが、そんな表情だった。その、手が届くほどの横を通り過ぎていく二人の〝真人〟が、早くいなくなりますようにと何度も何度も心の中でお祈りしている顔だ。


 「待て」

 え?


 「刀と女を置いてから、失せろ」

 「………」

 ええええええええええええええええええええええええええええええええ⁉


 地上50000m位の上から目線で、リョウマが真人に命じた。真顔、どころか見下し果てたリョウマのそれは、もはや滑稽というレベルではないだろうか?

 …リョウマの攻撃は、絶対この二人に当たらないのだから。


 しかし、真人達は笑わなかった。無視もしなかった。脅しもしなかった。勿論、問答無用で攻撃、もしなかった。3歩進んで、止まり、2秒くらいで、振り返り、そして3つ数えるほど、リョウマの顔を眺めた。


 「こちらは、君達と争う気はないのだけどね」

 「こちらもだ。刀と女さえ置いて去れば、貴様らに興味はない」

 何でそんな強気なのぉ⁉


 リョウマには1ミクロンの引く気配もなかった。…後ろで見ているこっちの方が心労で倒れそうだよ‼油汗にまみれた俺の前にあるのは、…透き通るように凛とした、綺麗すぎる横顔。動揺とか躊躇とか後悔とか、そんな感情は微塵もない。


 折れて語りかけたのは、真人達の側だった。


 「…誤解をなさっていらっしゃるかもしれませんが、…別に私達は『何でも願いの叶う大星石で世界征服!』のような理由で集めているわけではございません」

 「え?じゃあ、何の為なん?」

 「世界平和」

 想像もしてなかった答えが返ってきたよ‼


 「大凶星、を倒す為だよ」

 …アレか。


 「そもそも〝真人〟は世界のバランス保持が、その役割でございます。〝運命〟を悪用して社会に害悪を与える者を粛正できるのは、我々だけでございますので」

 「それ、リョウマの仕事と同じじゃん」

 「左様でございます。本来、我々が争う理由はございません」

 それを待ち構えていたように、立場をこちらに寄せてくるな…まぁ、嘘ではないのだろうけど。日本限定のリョウマ違って、真人が守るのは地球全てなのかな。


 「そして、世界を不幸にする最凶の運命が〝大凶星〟なんだよ」

 〝大凶星〟は、今までの人類の歴史上、度々現れているのだけど、その全てが国を亡ぼしたり、戦争を起こしたり、…その社会全体を不幸のどん底に陥れたらしい。その〝大凶星〟を何とかしようと抗ったのが、真人のルーツだそうだ。


 「特に今回現れた、あの〝大凶星〟は、今まで現れた歴代の大凶星と比べても特別…とんでもない大不幸を世界の隅々まで、人類全体に与えるだろう。あれは、家族も、友達も、そして恋人も、不幸にするしか能のない地球のガンだ」

 そこまで言うか。


 今までのヤツ、からは想像し難い辛辣さが、その言葉には苦みが込められていた。これが本来の、剣帝であるヤツ、なんだろうか…話しながら、その光る両目は、俺の一挙手一投足を注意深く監視して、変わらず〝他人〟の目で俺を見ている。

 …まぁ、アレの常日頃の行動からして、納得しかないんだけど。


 「如何に我らに『絶対防御』がございましても、こちらの攻撃が無効化されてしまえば無意味でございます。故に〝大星石〟を手に入れなければならないのです」

 「お嬢…そちらの女性にしても、別に処刑しようって訳じゃない。むしろ、逆。保護する為だからね?あの二人、一緒になったら不幸になるって占いの結果でね」

 「………」

 …その占い、当たってるよな。


 心の中で頷いた俺が顔を上げた時、心がこもっている…から最も遠くかけ離れすぎた、穏やかな微笑がそこにあった。そして、執事は深々と頭を下げる。

 「ご納得いただけましたか?」

 「無駄話は終わりか?」

 眼下に恭しく下げられた頭に向けて、リョウマが吐き捨てた。


 「よし、さっさと刀と女を置いて、消えろ」

 「ちょっと待てーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー‼」

 ご納得していた皆さんが、リョウマに総ツッコミを入れる。勿論、リョウマから答えは返ってこない。…なので、周囲無言になった。竜巻と落雷で破壊された病院廃墟の中でのそれは、余りにも寂しすぎる。

 …だから、俺を見るな。自分たちで文句を言う気のないサムライ達の、分かり切った『何かを要求する目』がチクチク俺を刺し続けている。


 「あの、リョウマ?勝ち目とかあんの⁉相手『無敵』なんすよ⁉」

 「俺は『絶対に勝てる戦い』しかしない男だ」

 「………」

 そうだった。


 急激に、自分が落ち着いていくのが分かる。…こいつ、逃げてねーじゃん。大凶星を前にした瞬間、1㎞離れたビルまで逃げる男が。もしも本当に真人が『無敵』なら、とっくの昔に逃げ去っている筈だ。そいつが、まだここにいる。

 …なにこの、圧倒的説得力。


 「『無敵』なら、問答無用で攻撃すれば済むだろ」

 「ああ」

 「ついでに、貴様の持つ『大星石』も奪える」

 「…あー」

 「何でそうしない?何でわざわざ聞いてもいない正当性を主張する?」

 「えーと」

 …ごもっとも。


 ハナから「大凶星を倒す為に、刀をレンタルしてください。お金は払います」とか言ったら、けっこー平和的に貸してくれたんじゃなかろうか。そもそも、その刀の存在自体、サムライ達は忘れ去っていたのだし。


 今まで『平和的に話し合い』で解決なんてしてこなかった連中が、何でいきなり『交渉』とかしだす?不安要素が…負ける要因が、あるからに違いなかった。


 「全ての人間の上位存在は、こちら側にいるからな」

 「こちら?」

 周囲を見渡しても、大吉星セーコちゃんの姿はなかった。となると…大星石、


 「この〝あおぐろいぼう〟か」

 「それが全ての人間の上位存在でいいのか?」

 …俺達の存在ってなんだろう…


 「貴様だ」

 「俺ぇ⁉」

 マジかよと思って真人達に聞いてみると、…あ、マジだった。


 勿論、答えてはくれないのだけど、その顔を見れば、一目瞭然だ。圧倒的警戒。それがリョウマの一言で、〝真人〟二人の平常心の仮面の下から透けて見えている。他の誰にも見せない表情を、俺にだけは向けていた。


 「真人だの絶対防御だのと言ってみたところで、所詮は〝人為〟にすぎない。純粋に偶然である仙人の〝天為〟とどちらが上かなど、議論の余地もない」

 …そういえば、あの大凶星もそう言ってたもんな。その大凶星には勝てないというこいつらなんだから、…まぁ、結論はそうなるのか。


 「嘘だと思うなら、サイコロを放ってみろ」

 「…えー」

 「振れ」

 「はい」

 脅されて仕方なく、俺はポケットからサイコロを取り出した。


 「賽卦五行殺~」

 俺が無造作にサイコロを放ると、真人達は腕で胴体を守る仕草で、露骨に警戒して後ろへと飛ぶ。そんな彼らの足元に、無慈悲にサイコロは止まった。その目は、


 …1だ。


 がらがらがらがらがらがらがら


 突然、天井が崩れたかと思うと、そのガレキが俺目がけて降りそそいだ。


 「分かったか?〝真人〟であっても〝仙人〟の攻撃は止められない」

 「ダメージ受けたの俺だけですがな⁉」

 何事もなく話進めんな‼


 「…空気を読んで1以外を出せ」

 「無理ゆーな‼」


 「よし。もう一度サイコロを放れ」

 「やだよ‼」


 「…逆に聞きたいのだが、何でそこまで要求を断る?戦いを避けられるのに」

 剣帝が話に割り込んできたのは、俺に助け舟を出してくれたから、じゃないだろう。単に俺にサイコロを振られたら困るからだ。以前のヤシチだったら、そう思ったかもしれないけど。ただ、次の台詞は以前のヤシチっぽかった。


 「女性を力づくでさらうのが許せない、とかじゃないだろう?」

 …リョウマに限って、それはない。 


 「俺の国で、俺の許可なく勝手は許さん」

 ノラ犬のナワバリ主張か‼


 「この国の外でなら、好きにしろ」

 「…かしこまりました。では、早急に国外に退去させていただきます」

 「女と刀を置いて、な」


 「待て」

 青白く両眼に殺意を光らせた雷帝の肩に手を置き、剣帝は大きく息を吐き出した。そして、瞳の白い光を下へと落とし、深々と頭を下げる。それは執事のような雷帝とはまた違う、角度までが解説本で図解されたビジネスマンの謝罪のようだ。


 「…分かった。入口が間違っていたようだな。改めてお願い申し上げる。決して悪いようにしませんから、大星石と彼女をこちらに預けてください」

 「断る」

 とりつくしまもねぇ‼


 「なんでそんなに頑ななのぉ⁉」

 「俺の前で、八門五行を悪用する事は許さん」

 …そっか『嘘をつかない』って、こーゆー事か。


 ウソつき(普通の人)が当然する『とりあえず〝なかった〟事にして、穏便に収めよう』って発想自体が、こいつには最初から存在しないんだ。

 こいつ、嘘をつくと死ぬからな。


 〝十咫の剣〟はサムライが所有する秘宝。…それを、明らかに『八門五行を悪用して強盗』しようとしてるもんなぁ。人を傷つけたり騙したりしまくってますよ?現在進行形でタマモを捕えているわけで、どー見ても『法』に従ってない。


 「おっしゃることは分かりました」

 雷帝が右手を胸に添え、恭しく頭を垂れた。


 「…あなたは、もう口を閉じていらしてくださいませ」

 睨めあげたのは、青白い瞳。

 「勘違いをなさっていらっしゃるご様子でございますが、交渉するといたしましても、そちらの仙人様がお相手でございます。我々が警戒しておりますのは、仙人様。…貴方様ではございません。身の程を弁え、お引き取りをお願いいたします」


 軽蔑、侮蔑、凌蔑…丁寧すぎる薄っぺらい台詞の裏で、ありとあらゆる『さげすみ』の感情が、その鈍く青い瞳には込められていた。…ただ、それはリョウマの黄金色の瞳が持つ、全く同じそれの、100分の1にすら満たなかったが。


 「バカか?貴様は」


 リョウマは指をパチンと弾いた。

 「火遁〝ホムスビ〟」

 「ぎゃぁぁぁぁああああああああああああああああああああ⁉」


 いきなり、雷帝の手元から炎が立ち上った。…いや、違う、手元にいたタマモの服から炎が立ち上っているんだ。タマモは狂ったように服を叩き、男二人も一緒になって、なんとか鎮火する。ホッと胸をなでおろして、振り返ってギョッとする。

 その惨状を見下ろすリョウマは、ヒトを見る目をしていなかったから。


 「確かに、貴様への攻撃は全て逸れるようだな。…この位置だと、その女にな」

 「お前は」

 「ダメだ!やめろ、雷帝‼」

 慇懃無礼から前方二文字が雷帝の中から吹っ飛ぶ寸前で、剣帝が止める。燃え上がった殺意の炎を隠すように瞳を閉じて3秒後、再び開かれた眼は鈍い光を放つ。


 「…何故止めるのですか?お嬢様が傷つかないように戦えば良いでしょう」

 「落ち着け…周りを見ろ!」

 雷帝は周囲を見回して、一笑に付した。そこは、変わらず無人の駐車場…の破壊跡である。そう判断した事こそが、雷帝が冷静さを失っている証拠だった。

 …これだけ騒いでるんすよ?


 いるわー、すっごいいっぱいポリがいる。さらに注意深く周囲を見渡せば、もう幾らでも痕跡を見つける事ができる。…あ、顔出して殴られた。すでに、この周囲数百mには、数百人の警察官がリョウマの指示を待って待機しているのだ。


 「…ハッ!ただの警官が、束になった所で何になると」

 「盾になるだろ」

 イヤな『かばう』コマンドの使い方すんな‼


 「彼女は、…置いて行く」

 自身も、とんでもない屈辱に顔を歪めつつ、それでも剣帝はそう言わねばならなかった。…そう言わねばならない自分自身へさらに顔を歪めながら。


 「何を、バカな!剣帝、貴方は…ご自身の任務ではないから」

 「…彼女の命を守りつつ、あいつを倒す手段は…ない」

 戦いが始まれば、リョウマは徹底的に雷帝を狙うだろう。…そして、その攻撃は全てタマモへと向かう。一方、真人二人は徹底的にリョウマを狙うだろう、…が、その攻撃は全てポリへと向かう。ポリを盾にして戦うから。

 屈辱に細められる両目から漏れる白い光のように、口から言葉を絞り出す。

 

 「奴は少なくとも10手以上逃げ延びる。一方、彼女の命は5手も持たない…」

 「…こんなヤツ、秒殺して御覧にいれましょう」

 そうとは言っても冷静になりつつある雷帝の頭が、同じ結論に達する一瞬前、


 「逃がしてやる。這いつくばって感謝しろ」


 終わった。


 「ダメだ‼退くぞ‼」

 ブチ切れて飛び掛かろうとする雷帝を、剣帝が渾身の力で羽交い絞めにして必死に止める。歯をむき出し、目を血走らせる雷帝の形相は、もはや獣だった。湧き上がる憎悪と殺戮の衝動に完全にその身をゆだねた。

 自然と、自由になったタマモだったが、腰が抜けたようにその場にへたり込み、猛獣の気が自分に向かない事だけを涙目になって祈っているようだった。


 「さっさと逃げろ。安心しろ、追いはしない」

 「ガァァァアアアアアアアアアアアアアアア‼」

 「抑えろ‼抑えるんだ‼」

 …自分で納得し選択するより先に、リョウマに「逃げろ」と命じられた。もう、どう言い訳しようとも、覆らない。『リョウマに負けて逃げる』という現実は。


 それを、冷静に理解しているからこそ、羽交い絞めする剣帝の瞳に宿る殺意の方が、より強大だった。力づくで雷帝を連れてこの場を去る間、両目の白い光は静かに勢いを増していった。それはもう温かみなどない、全てを焼き尽くす白い炎。


 それを見降ろすリョウマの瞳は、いつもと変わらない。


 「俺の勝ちだ」

 クズって凄ぇな‼


 …いや、確かに勝ちだよ。っつか、タマモも確保しているんだから完全勝利だよ。しかも、無傷だよ。さらに、相手の敗北感ハンパねぇよ。

 ただ、俺も、サムライ達も、助けられたタマモまでも、納得とは程遠い顔だ。


 「…愛の力的なもんで、勝ってくんねぇかなぁ」

 「愛の力、か」

 意外にも、その言葉にリョウマは思考を巡らせ始めた。


 「色仕掛けか?」

 もうお前、黙ってろよ‼

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