第12話 サムライマスター大集合



 「仙人殿!よく来てくれたな‼」


 オフィス街にある『がっかりニンジャ屋敷』と違って、サムライ屋敷はその期待を裏切らない純正日本家屋だった。石垣に、白い漆喰?そして黒瓦という長い塀、門構えも3mはあろうかと言う重厚すぎる木製…まるで武家屋敷だ。


 あ、武家屋敷だったな。


 「見てくれ、おかげですっかり回復したぞ‼」

 「………へぇ」

 「テンション低いなぁ」

 じゃあ、脱ぐな。


 俺の来訪を告げられるなり飛び出してきたカクさんは、回復した場所を見せたいんだろうけど、…イケメンスマイルで歯を光らせて見せられても、嬉しくねぇ。


 「この上腕二頭筋の声が聞こえるか⁉」

 聞こえねぇ。

 「この腹筋が歌う詩は聞こえるね⁉」

 聞こえねぇ。

 「この胸筋のお礼は聞こえるだろ⁉あ・り・が・と・う‼」

 聞こえねぇ。ってか、ピクピク動かすな。


 「か、カッちゃん⁉何で脱いでんの⁉」

 「俺様の美しい肉体を見せてやろうかと思ってな!」

 …このナルシスト、どっかに埋めてくんねぇかなぁ。


 天下の往来に向けて半裸でポージングを続ける変質者を、近隣住民が通報するより早く、ギンの字が血相を変えて飛び出してその巨体で何とか隠そうとする。そのいかつい図体に似合わない、困惑して追い詰められた子牛のような表情だった。

 …まぁ、サムライの恥にもほどがあるからな。


 「どうした?仙人殿、死んだ魚みたいな目をして」

 「せ、仙人殿は連戦でお疲れなんだよ」

 …いや、モフモフわんこ映像を見たあとでも、このテンションすよ?


 思いっきりそう言ってる俺の顔を見ようともせず、一人納得してカクさんは家の中へと消えていった。それをなだめるように付き添いながら、ギンは何度もこちらを向いて愛想笑いを浮かべつつお辞儀をしながら消えていった。

 その目は…笑ってなかったけど。


 「………」

 お客様をほっぽっていなくなんなよ。


 門を越えた先も、期待を裏切らない純日本製庭園だ。松の木に石灯籠、そして鹿威し…あの池の錦鯉とか、きっと数百万円するんだろうなぁ…何か、この踏みしめる白い砂利石でさえ、宝石に見えてきた…


 「遅ぇよ!どこほっつき歩いてたんだよ、このノロマ」

 いきなり、怒鳴られた。

 「え、あの、」

 「…なんだ、あんたか」

 そして道端の石ころでも見るような目で俺を一蔑して、何を言うでもなく、その少女…スケさんは黒コートを翻して家の中へと姿を消した。


 「………」

 俺、お客様っすよね?


 深刻に疑問を抱きながら、俺は靴を脱いで武家屋敷の中へと進む。みしみしと鳴る木の床の音を気にしていると、不意に視界が開けて、先ほどの純日本庭園が広がる。これをわざわざ見せつける設計になっているんだろうなぁ。

 貧乏人のひがみっぽくそう思って、俺は開いていた障子の部屋へと入る。


 「仙人殿、ようこそおいでくださいました」

 いきなり土下座で出迎えられた。


 一面のサムライ…それが一番分かり易い表現だ。一番前にご隠居が、その後ろにスケさんとカクさんとギンの字の3人が並ぶ。…眼帯はいないみたいだ。そして、その後ろに数十人の男女が4列になってズラーっと続く。

 皆が同じ黒コート、そして皆が同じ正座をして両手と頭を畳に着ける姿勢。


 「…え、えー…ちょ」

 慌てて逃げようとして、半歩下がり障子にぶつかる。やべ、障子破っちゃった…しかし、サムライ達は微動だにしなかった。何となしに視線を泳がせても、サムライ達は頭を上げてくれない…これ、俺が入らないと頭上げてくれないやつだ…


 あからさまに肩見狭そうに部屋に入り、そそくさと用意された座布団に座った。ここは…床の間?後ろに掛け軸がかかった、一段高い空間がある。

 そこから前を向くと、延々と畳が続いているな…多分、いつもは襖か何かで3~5部屋くらいに区切られてそう。今は一面サムライだけど。


 「この度、我が同門を守ってくれたこと。心から御礼申し上げる」

 「…そんな、いいっすよ。そもそも助ける気なかったし」

 「はい?」

 「じゃない、ええと、アンさんの策略でそっち行かされただけですから」

 「え?」

 「違う、…そう!ただのコインの裏表ですよ‼」

 何を言っちゃってるんだ、俺は⁉


 「さすがは仙人殿。…ご謙遜ですね」

 …いや、謙遜ってか、居づらい。逃げたい。終わらせたい。…俺は、土下座されて喜ぶ人間の気持ちが絶対に理解できないと思う…


 「も~いいでしょ?アタシ、足痺れたしぃ」

 だから、むしろスケさんのこの無作法がありがたかった。


 「そ~そ~、お茶でも飲みながら楽しく話そうぜ?」

 「はぁ⁉ナンパしてんの?…鏡なら廊下出て突き当りのトイレの前にあるけど」

 だからって、ここまでの無作法は望んでねぇ‼


 何かを察したのだろうか、ご隠居が手をポンと叩くと、完全に訓練された動きでモブサムライ達が部屋を出て行った…と思いきや、襖やら机やらを持って再登場。ぼーぜんと見守る俺の前で、みるみると一室が作られていった。

 最後の一人がそっと襖を閉めて、人数分のお茶が机の上に茶菓子と共に置かれていた時は、なんか最初からこんな部屋だった気すらしていた。


 逆に言えば、ここ以外の部屋には入れたくないって事かもな。


 「いただきま~す」

 てきとーに座って羊羹をほうばる。さすがにそれ以上は席順がどうだ上座がどうだとは言ってこなかった。四角いテーブルの隣角にカクさん…を割り込んでギンの字が座り、あからさまに一番遠くにスケさんが座る。

 …おい、ご隠居さんを立たせておくな。


 お、テレビも置いてあった。ぽちっとな。


 「ど、どういう事でしょう⁉屋台から次々と火柱が登っていきます‼」

 「ハンニャめ、覚悟しなさい‼今日がお前の命日なのです‼」

 「あれ、ただの祭りのお面でしょ⁉キョウ、落ち着いて‼」


 ぶちっ


 「………」

 うん。俺は何も見なかったぞ。


 「…なにやってんだ?あいつら」

 やっぱり〝なかった〟事にならなかった。


 「や~~~っぱり、アタシと一緒じゃなきゃダメダメね。あいつ」

 …いや、眼帯のせいじゃないっすよ?


 ここ数日、『偽ハンニャ銃刀法違反事件』と同じくらい、…いや、それ以上に市民を恐怖させているのが『突然、街中で起きる爆炎・防風・崩落』事件だ。…まぁ、言うまでもなくあの赤い不審者ニンジャのせいなのだけど。

 尻拭いに奔走する眼帯が可哀想…


 自分から名乗り出るまでもなく、負傷者の多いサムライの中から眼帯がニンジャとの共同捜査任務に選ばれたのは自然な事だった。一方、ニンジャ側でキョウじゃないとなると…ムチムチひょっとこが街で銃を乱射する別の事件が起こるぞ。

 何でうちの戦闘員は、不審者の二択なのぉ⁉


 「…でも、この責任ってどっちがとるんだろうね?」

 やべぇ‼話題を変えないと‼


 「あのさ〝あの刀を持つ者が次の長になる〟って、どゆこと?」

 瞬間、部屋の空気が変わった。気温が5度は下がったんじゃなかろうか。…無論、気のせいなのだけど。サムライが全員、俯いて無言になった。


 明らかに今回の事件の中心にある〝十咫の剣〟なのだけどさ、俺が知ってるのは『手の平10個分くらいの黒い刀身の大星石』…位だぞ?金目のもんには見えたけど、どうやら売り払う目的ではないし、…そうなるとあの言葉が引っかかる。


 「〝十咫の剣〟は、少なくとも500年前から存在したようです。幕府など時の権力者を守護する者達に代々受け継がれ、戦争後に没収されそうになった所を、先人が命を懸けて隠したと言われていています。あとは…」


 説明するギンの声がどんどん小さくなっていく。…まぁ、そんな歴史のお勉強みたいな事を聞きたいわけじゃないからなぁ。その後の沈黙は、むしろ重くなった。


 「ま、『エクスカリバーの伝説』みてぇなのは、どこにでもあるって話でさ」

 務めて明るく、カクさんが沈黙を破った。


 「いや、実はさ〝ロード・オブ・サムライマスター〟が今、不在なのよ」

 「何、そのカッコイイ存在‼」

 「日本風に言えば〝長〟だな」

 …落差、ハンパねぇな。


 「でも、ご隠居さんがいるんじゃ」

 「バッカじゃないの?あんた、今〝隠居〟って自分で言ってんでしょ」

 …もうちょっと優しく言ってくんない?


 ご隠居さんは、実は先々代だった。…見た目もじーさんだけど、実はすっごい年なのかもしれない。勿論、死ぬまで〝長〟ではなく、適当な年齢で交代するらしい。


 「で、次の〝長〟をどうしようって議論の中に、出てきたのよ〝十咫の剣〟」

 「この剣を抜けたら〝長〟みたいな?」

 「この剣で斬れたら、だけどね。…兜十個」


 なるほど。これで話のオチは、

 「…だからさ~、ギンが犯人なんじゃね?」

 つかなかった。


 「息子のあんたを差し置いて〝天才〟のアタシが長になったら困るもんねぇ」

 息子?


 ギンの字から返答は帰ってこなかった。自信なさげに目を伏せていたのが、今は顔を伏せたままで、…目だけが結構な勢いでスケさんを睨みつけている。…ゴツいガタイのいかつい男がこの表情すると、怖い…

 どうやら『前の長の息子』なのは真実みたいだな。


 「どっかの無能な後継さんはさ、あの刀盗んで時間稼ぎでもしようとしたんじゃないのぉ?もしくは『兜斬り』のパフォーマンスが失敗する様に、何か小細工でも仕込んでからコッソリ返すつもりだったとかぁ?」

 「そ、そんな」

 「…ほんと私が〝天才〟でゴメンなさいねぇぇぇぇええええええ‼」

 顔がもーすっかりゲスさんですよ⁉


 「…どーだかな。言い出しっぺが一番怪しいんじゃねーの?」

 ギンの字が怒りのあまり胸ぐらをつかみ上げる…よりも早く、それを制するようにカクさんが前に立つ。その顔は、全くの無表情だった。


 「…アタシには盗む理由が無いでしょ?」

 「実は内心ビビってんじゃねーの?天才様が、本番で失敗したらどーしよ―ってさ、それで盗み出して試そうとしたところ、見つかっちまったんじゃねーの?」

 「…盗みをやりそうなのは、アタシの水着を盗んだ誰かさんじゃないのぉ?」

 「んだとコラァ⁉」

 「や、やめなよ、カッちゃん」

 …うん、もう『こいつらの誰かが刀を盗んだ説』は濃厚だな。


 「………」

 リョウマが最初に言った通り、か。


 …もう収拾がつかなくなった。幼馴染だからか、昔のアレやらコレやらが出るわ出るわ。そして剣だけではなく、口でも男二人は女一人に勝てないらしかった。…余りに赤裸々なそれを聞かされる、完全部外者の俺の身にもなって欲しい。


 どうすんだよ、これ…


 「…仕方ない。ワシの〝力〟を見せるか」

 お茶を完全に飲み干したところで、ご隠居がスクっと立ち上がった。今までの存在感皆無からのそれに、自然、場の視線は集中し、当然、言い争いは止まる。何やかやで一番偉い人だもんなぁ。その鋭すぎる眼光は、スケさんを射抜いていた。


 「スケさん、お小遣いあげるから、ちょっと下がっていなさい」

 「はぁ~~~~い」

 一番クソな力を使ったよ‼


 「すごいじゃろ?ワシの〝財力ちから〟」

 …だから愛とか勇気とか友情とかで解決してくんねぇかなぁ。


 それは、本当に自然な動きだった。当たり前にじーさんが上座へと座ると、今まさに取っ組み合の喧嘩をしようとしていた3人が、誰からとでもなくそれぞれの定位置へと戻って正座をする。…一人、羊羹を食べる俺は完全に浮いてるよ?


 「この中に刀を盗んだ者がいるなら、そっとこの床の間に置いてくれ」

 床の間へと向かい、戻った皆の視線を迎えたのは、孫を見る祖父の顔だった。


 「ただ、ワシはその証拠が出るまで、おぬしらを犯人とは疑わぬ。あのニンジャも含め、全てからおぬしらを守ろう。無論、相手が国家権力であってもじゃ」


 明確で、単純で、そしてハッキリした結論。満足そうに微笑むじーさんの瞳の中で、すでに3人の顔はいつもの平静を取り戻しており、それを互いに確かめる事もしない。そして、全員が同時に頭を下げた。

 「はいっ!」


 「この〝大凶星〟相手でも、護ってくれるのかぁ?おじーちゃん」

 せっかくの感動的な空気は、一秒も持たなかったけど。


 いきなりそこにいた不法侵入者。この手練れ揃いの自分たちが、何で今の今まで気づかなかったのか…今、彼らが思うのはそれではなかった。

 「大…凶星なのか」

 そうか、こいつら大凶星を直に見るの初めてなのか。


 「仙人殿⁉」

 「………うん」

 否定してぇなぁ。


 そこにいたのは、紛れもなく〝大凶星〟だった。…いや、こいつってほんと一目で分かるってか、否定する隙を与えてくれねぇよな…天パで、全身傷だらけで、片目に石を埋め込み、数珠を首に巻いた、着流し姿のデカい男。…他にいる筈がねぇ。


 ただ、その手に今日持っているのは〝じょうぎ〟だ。


 「…門番は何をやっていたんだ⁉」

 とっさにギンが責任問題を口にしたのは、その小心を表していたかもしれない。もっとも、大凶星は塀を乗り越えてきたので門番のせいではないのだけど。

 スケさんはわざとらしい無表情を保ちつつも、後ろに下がって手をコートの影に入れている。反対にカクさんはあからさまな敵意を瞳と口元へと込め、全員…というかギンの字の前に出て、大凶星に話しかけた。


 「…何をしに来た⁉」

 「〝わらしべ長者〟って、知ってる?」

 わらしべ長者の話をしだしたぞ‼


 「つまり、この〝じょうぎ〟と、その〝日本刀〟交換しね?」

 「…何でだ?」

 「きょうびの日本で、刀がありそうな場所って、ここしか思いつかなくってさ」

 「…だから、何でだ?」

 「俺〝サムライマスター〟だぜ?〝じょうぎ〟じゃ…カッコつかないでしょ?」

 「………」

 話、かみ合ってねぇ‼


 大凶星にも、それは自覚できたのだろう。不機嫌そうに首をかしげて口をとがらせている。改めて自分を見るサムライたちの目は…ただの殺意だけだ。


 「ダメかぁ…昔話だと、上手くいってたんだけどなぁ」

 わらしべ長者だって、いきなり『わら』と『屋敷』交換してねぇ。


 「やっぱ、ふつーに買うしかねぇのか?…このカードで」

 それ姉貴のクレジットカード‼


 「なんか一千万くらい入ってるらしいし、これで一番いい刀売ってくれ」

 姉貴の貯金、無駄遣いしないでぇ‼


 へらへら笑いながら姉貴のクレジットカードを差し出す大凶星。…当たり前だが、サムライ達に刀の売買交渉なんてする気はなかった。


 「であえ!であえ‼」

 リアルに初めて聞いたよ、その台詞‼


 待ってましたとばかりに、十数人のサムライ達が庭へと踏み込んだ。…さっき見たからね、一面のサムライを。そら、いるわ。その、一糸乱れぬ統率ぶりは、完全に準備を整えて今か今かと舞台の袖で出番を待っていた証左かもしれない。

 性別や体格の差こそあれ、全員が黒いコートのサムライ達。コートの中に星石の脇差を隠しているんだろうな。…ただ、目から星石の光を放っている者はいなかった。そこが〝マスター〟と呼ばれる、こいつら3人との違いなんだろうか?


 ぐるりと円を描くように大凶星を囲い込む。そら、見えない後ろから狙うのが定石だろうからね。それを十分理解した上で、大凶星はへらへらと笑っていた。

 「武器を捨てろ‼」

 「〝じょうぎ〟の事か?」

 ツッコまれて、…答えられなかった。あれは…定規だよな?長さはキリよく2mか。おそらくはステンレス製の、目盛もバッチリついている…うん。定規だ。


 「その…金属の棒を捨てろ‼」

 「や~だよ~ん」

 おどけて答えてから、大凶星はポンと手を叩いた。


 「そっか。お前らを倒して刀を奪えばいいんだ」

 それただの追い剥ぎ‼


 大凶星の笑みが変わる…より大きく、より楽しげに、そして、より凶悪に。まるで品定めでもするように周囲のサムライ達を一人一人眺めていく。…いや、実際に品定めしているのか。持ってる刀を。一回りした所で、大きく息を吸い込んだ。


 「俺が〝サムライマスター〟だ‼」

 気圧され、サムライ達は半歩後ずさる。


 「怯むな‼大人数で囲い込んでいるんだ、死角を狙えばいい‼」

 うん。確かにその通りなのだけど、…実際に真正面から〝大凶星〟が凶悪に笑いながら武器を振りかぶってこられると、反射的に反撃してしまう。一振りでその反撃の刃を全て刈り取ると、大凶星は振り向きもせずに背後の空間へと定規を振るう。

 「まさか…見える筈が⁉」

 振るわれた定規は、完璧に背後の死角から自分を狙って…いた筈の刀を、全て刈り取った。それに茫然自失する残る刀も、次の一振りですべて刈り取った。


 …そう、〝刈り取った〟のだ。


 大凶星の定規と衝突した日本刀は、その全てが折れ飛んで、今まさに空を舞っていた。何で『定規』が『日本刀』を折れるのかといえば、…〝偶然〟なのだろう。


 ぐさ、ぐさ、ぐさ、ぐさ、ぐさ、ぐさ


 …そして、全てが大凶星に刺さった。


 「おいおい、サムライがこの程度?よゆーすぎだろ?」

 「…血ぃ凄ぇ出てんぞ」

 よゆーで勝つと、こーなるのか…さすが〝大凶星〟


 …まぁ、ふつーに痛いみたいだな。半泣き顔で自らに刺さる刀を抜いているぞ。それは結構隙だらけなのだけど、誰も攻撃しようとはしない。そして、大凶星は最後に抜いた刀を、眉をしかめつつしげしげと眺めていた。


 「…ナマクラ貰っても、すぐ折れたら、また取りに来るのが面倒だよなぁ」

 一人うなずいた後、斜め下から屋敷の中へと視線を睨めあげた。


 「ってわけで、手前ぇらの腰の刀を頂こうか‼」

 〝マスター〟全員が反射的に自分の刀をその身の影へと隠すように動く。やっぱり、現代でも〝刀は侍の魂〟なのか?誰一人『刀を渡して穏便に退いていただく』とゆー選択肢はないようだった。それくらいなら殺す。…と目が言っている。

 …まぁ、違法に渡した刀で誰かを殺傷されたら責任問題どころじゃねぇからな。


 勿論、大凶債はそんなのお構いなしにニヤニヤと笑いながら、人様の家の庭をズカズカと踏み荒らして近づいてくる。ただの追い剥ぎだからね!こいつ‼

 その前に立つ者はなく、まさに無人の荒野を行くが如し。


 「あ、悪ぃ。当たっちった」

 すれ違いざまに肩をぶつけて、大凶星が右手を立てて謝罪した。謝罪された下っ端サムライは、そのまま、刀を抜いた姿勢で、腰を抜かして立ち上がれない。


 …実は未だ多くの下っ端サムライ達は無傷なのだけど、すでに〝大凶星〟の凶悪な覇気だけではなく、定規で日本刀を刈り取った破壊力や、全周囲攻撃を難なく捌いた技量が、〝格下〟の戦意を完全に打ち砕いていた。


 その、前にじーさんが立った。


 「ギンは暫定での次期頭首。今すぐ逃がせ」

 「………え?」

 「スケさんが傍で守れ。カクは館の者を逃がせ…のち、ヤシチと合流!」

 「ちょ、ごいん」

 「急げ‼」


 一喝であからさまに遮られて、カクさんもギンの字もそれ以上は何も言えなかった。…何も言えなくても、退く気はなかった。じーさんが何を言っているか、分かっていたから。スケさんでさえ、じーさん一人をここに残す気はカケラもない。


 「大丈夫じゃ」

 そんな子供たちに、じーさんは優しく微笑む。


 「ここは、ワシと仙人様が抑える」

 「………」

 ええええええええええええええええええええええええええええええええ⁉


 「一人だけで残ると思ったか?」

 俺を巻き込むなーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー‼


 「…くぅ、頼みました…仙人殿‼」

 置いて行かないでぇぇぇぇぇええええええええええええええええええええ‼


 空しく手を伸ばすその先から、一人、また一人と背を向けて去っていく。俺のこの情けない顔を見てくれればきっと分かってくれたに違いないのだけど、…皆さん、顔を伏せ、歯を食いしばって、断腸の思いを抱えて「振り返るまい」としていた。


 えー…


 往生際悪く、十数秒以上も最後の一人が去った先を見続けていた俺がようやく振り返った、そこでは、すでに二人とも臨戦態勢だった。


 黒コートを脱ぎ捨てて庭へと降り立ったじーさんは、腰を低く落として、切っ先に家紋の彫られた刀をねじるように握る。一方、大凶星は定規で肩を叩きつつ、長身を逸らすようにして見下す。奇しくも、二人の服装は同じく着流し姿だったが。


 「いいねぇ、じーさん!この〝大凶星〟相手になぁ‼」

 「…ワシも、若い時分は〝狂犬〟と呼ばれていた男じゃぞ?」


 瞬間、刀が大凶星の右目を抉り抜いた。


 「…この紋所が、目に入らぬか?ってな」

 抉られたのは右の星石で、辺りには鮮血の代わりにその破片が飛び散る。それほど深手ではないようだが、目玉を抉られた恐怖は大凶星といえど俺らと変わらないらしい。怯えるその目に飛び込んでくるのは、じーさんの第二、第三撃だ。

 第二撃、第三撃が、それぞれ大凶星の右腕と左ひざを貫き、赤い糸を引いて抜かれる。無様に身を護ろうとしたそれらを、躊躇なくじーさんは刺し貫いたのだ。


 「つ、突き技だと⁉」

 〝狂犬〟って呼ばれるわけだ…


 突き、ってのは、自らを一直線に相手の懐へとさらす、非常に危険な技だ。試合ならともかく、真剣でそれを得意とする人間は…マトモじゃない。〝殺す〟には非常に有効な攻撃なのだけども、それを得意とする人間は…やっぱりマトモじゃない。

 …あからさまに『顔面』を狙ってるからな…


 「あ…たらねぇ⁉」

 わざわざ無防備一直線で向かってきてくれる相手を、一向に捕らえらずに大凶星が舌打ちしていた。まさに紙一重で刀はかわされてしまうのだ。それは、離れた場所で見ている俺だから分かる事で、大凶星は霞か何かを斬っている感覚だろう。


 それが星石を用いた運命操作だったら〝大凶星〟の前では役に立たなかったかもしれない。しかじ、じーさんのは純粋な体術だった。…つまり、自らの死の危険と隣り合わせの幾度もの殺し合いの果てに辿り着いた技量って事だ。


 まさに〝狂犬〟だな…


 「…っっっざけんな、このクソジジイ‼」

 苛立ちを空に向けて咆哮した大凶星は、体幹を横に向け、体の正中線を左手に握る刀の後ろへと隠す。レイピアを構える騎士みたいだな…こいつって、実は技量も持ってるんだよな…勿論、道場ではなく、生き死にの中で身に着けたのだろうけど。

 正確に自分の眉間に向けて狙いをつける、その正しすぎる大凶星の対処を見て…じーさんは凶悪すぎる笑みを浮かべていた。

 そして、躊躇なくその刀に向けて地を蹴った。


 初めて、二人の立ち場所が入れ替わった。じーさんの豪速超特急の突きが貫通したのか、大凶星が返す刀で切り捨てたのか…余りに一瞬の出来事であり、俺には分からない。数十倍に思えた、ほんの二秒ほど、二人は膠着して動かなかった。


 倒れたのは、じーさんだった。


 「や、やべぇ‼やっちまった…」


 そして刀が折れ飛んで、地面へと刺さった。


 「…刀、折っちまったら、意味ねぇだろうが」

 地団太踏んで悔しがった大凶星が、空いた片目を隠そうともせずに恐ろしい形相でじーさんを見下ろした。…しかし、反応は帰ってこない。うつぶせに倒れたまま、じーさんはピクリとも動かなかった。どれほど睨もうと、罵倒しようとも。

 歯が砕け散るんじゃなかろうかというくらい歯ぎしりをして、一つ息を吐き捨てる。そして大凶星は去っていった。俺の事など見向きもせずに。


 「じーさん‼」

 …完全に大凶星がいなくなるのを確認してから、俺はじーさんへと駆け寄った。抱きかかえたじーさんの体は…想像より遥かに軽かった。仰向けにして顔を覗き込むと…今にも耐えそうな弱くて荒い息遣い。その顔には苦悶が刻まれ、青白い。


 「ワシは……もう、動けん」

 「どこだ⁉どこをやられた⁉すぐに医者を」

 携帯を探そうとする俺の手を、じーさんが力弱く抑えた。


 「腰、やっちまった」

 「………」

 ただのギックリ腰じゃねーか。


 「いや!ほんと動けないからね‼まるで腰から下だけ別人じゃよ⁉」

 …まぁ、じーさんがあの動きをしたら、仕方ないか…どうやら、地を蹴った瞬間にイッちまって、完全に調子を狂わされた大凶星は、つい反射的に刀を折ってしまって、結果、あのご立腹だったらしい。


 「しゃーねぇ、誰か…って、誰もいないんだった」

 「俺が治療してやろう」

 「そう?ありが」

 振り返った俺を見下ろしていたのは、およそ病人を見る瞳ではなかった。…というか、ヒトを見る目じゃねぇ…覆いかぶさるように見降ろし、陰になった奴の全身で、その片目だけが煌々と黄金色に輝いていた。


 「久しぶりだな」

 リョウマーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー⁉

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