第3話 サムライマスターと黒い魔剣



 「バカか?貴様は」

 せめてヒトを見る目をしてくんないかな‼


 対象に一切の尊厳を持たない石像の様な瞳でありながら、対象の体の奥の奥のそのまた奥まで丸裸に抉っていくように、そして永遠に思えるほど見つめ続ける。…それでいて、何でこんなに美しいのか俺は理解できない。


 「何で警察に捕まった?」

 「えーと…わいせつ物陳列罪?」

 「こんな所を全裸で歩くとはな」

 「歩いてねぇよ‼服、このまま‼」

 「このままま?…ああ、顔が露出しているな」

 ダメなのぉ⁉


 「次から外出時は、これを被っていけ」

 「これ『ドロボウのほっかむり』だよねぇ⁉」

 結局、職質されるじゃねーか‼

 

 『ワイセツ物陳列罪』であえなく御用となった俺なのだけど、鼻息荒く誇らしげにその自分の手柄を誇っていた警官が、…3分も経たずにそれを後悔しきっていた。

 「あ、あの」

 「まだいたのか?失せろ」

 職務ご苦労様でした‼


 そのリョウマはいつもの帽子を深々とかぶった、純白の詰折制服だ。まぁ、どんな身なりだろうとこいつは目立つのだけどさ。文字通りの白皙の美男子だから。

 隣には同じ制服の藍色バージョンが二人。ケイとアンさんだ。アンさんは完璧な営業スマイルを向けて俺に会釈し、ケイは…吐き気がするとばかりにポニーテイルで口を覆うようにして、…アレを手に持つ俺を、汚物を見る目で見ていた。


 ただ、おめおめとワイセツ物陳列罪で警察に逮捕された俺に向けている、リョウマのあの視線に比べれば…天使の微笑みだったけども。


 「…何故、大星石をわざわざ持ち出した?」

 「へ?」

 「建物の中なら襲撃があっても有利だろうに。何故、俺の到着を待たなかった」

 …いや、それは、アンさんが…


 「申し訳ありません。伝達が正確に伝わらなかったのかもしれません」

 アンさーーーーーーーーーーーーーーーーーん‼


 誠心誠意の謝意を示して恭しく首を垂れたアンさんが、顔を上げて俺と視線が合う。…営業スマイルには1ミクロンの歪みもなかった。いや、アンさんに限ってミスとかありえないよねぇ⁉中にいれば…俺、すっげぇ無駄に変質者扱いされてね⁉


 「この、無能が」

 「申し訳ございません」

 吐き捨てたリョウマに、アンさんは恭しく頭を下げて謝罪する。…無論、アンさんはここまで結果を予測した上で、あえて俺に誤報を伝えたのだけど。


 「あ、いや、ほら!こいつが通信手段を持ち歩かないのが悪いんすよ‼」

 ケイがしどろもどろしながらリョウマとアンさんの間に割り込んだ。…口だけ。体は完全に俺の後ろにあって、業務用のインカムを押し付けたり、携帯を無理やり掴み取って何やらインストールしたり、二人とチラチラ見ながら忙しい。


 「まぁいい、さっさと星石をよこせ」

 …まいっか。さっさと星石を渡そう。


 「お待ちください」

 常になく、…どころか、地球が始まって以来初めて、アンさんがリョウマの決定に異を唱えた。思わず眉を跳ね上げたのは俺だけではない。ケイも、リョウマさえも。…ああ、いや、ケイの顔芸は『思わず眉を跳ね上げ』レベルじゃねぇな。


 「大星石は、仙人であるアユムさまにお持ちいただくのがよろしいかと」

 リョウマは即答しなかった。「バカか?貴様は」と。


 いちおー、仙人は〝あの〟大凶星も含めて、全ての運命の頂点にいる存在。この大星石の青気も、リョウマより俺向きだった。…ただ、それがどんな正論で、たとえ地球が亡ぶ結末だろうとも、リョウマに意見しないのが…アンさんだよね?


 「好きにしろ」

 …じゃあ持ちたくない。


 無論、俺のそんな気持ちは無視されたのだった。変わらず手にあるワイセツ物を無表情に眺めていた顔を上げた、そこにリョウマはもういない。キョウと連絡がとれなくなったらしく、すでにリョウマの興味はそちらへ移っていたからだ。


 とりあえずひと段落。…したのは俺達だけではないようで、あれからパトカーが去る事はあっても来ることはない。…まぁ、被害らしい被害は、窓1枚だし。警官が減るにつれこの博物館前公園にも一般人の姿がチラホラ。

 

 で、このワイセツ物、どうしよう。

 「だからソレ持って街歩こうとするな‼」

 ポリに怒られた。


 っつーても、手ぶらなんすよね…服の下に入れる、…むしろ膨らみがヒワイだし、帽子でくるんでも、…デカすぎる。何かこれをしまえる筒状の袋とかー、


 あ、これか。

 「…何で靴下脱いでるんデスカ?」


 そのカタコトっぽい日本語…やっぱりまんまるメガネと銀髪だった。藍色詰折制服女子の三番手、シルバだ。いつもはニカっと笑ってる彼女が、露骨に嫌な顔をしているのは、…目の前に汚い靴下をぶら下げられているからだ。


 「チョット待って下サーイ」

 シルバは背負っていた重そうなリュックを降ろし、ゴソゴソと探し始める。その影に見えているのはいつかのガントレットとかレイピアとか…非常にゴテゴテと装飾のうるさい方々。彼女の趣味なのか、それとも必要な機能美なのか、微妙だ。


 しかし、出てきたのは意外にも質素な白い棒だった。


 「うおぅ、ピッタリだ」

 「とーぜんデース!アンさんに寸法もらってマシタ‼」

 …ほぉ。


 ちん…じゃない〝大星石〟はその白い筒の中にピッタリ収納された。無論、偶然じゃない。俺の経歴からひい爺さんの存在を確認し、その掘りだした遺物も片っ端からできる限り調べていたと。…無能の彼女は星石の目利きができないからな。

 とはいえ、ひい爺さんの遺物ってどれだけあるんだろう。無論、全てが星石ではない。99%は無駄な努力じゃないんだろうか。アンさんの手際の良さは、こういう日々の地味で緻密な努力の成果なんだろうなぁ。


 「こら、卒業証書だな」

 「失礼ナ‼」

 いきなり怒鳴られた。ビックリして半歩後ずさった俺を待っていたのは、会心の笑み。束ねた髪をひるがえし、鼻息も荒くふんぞりかえり興奮で顔を真っ赤にするシルバが、まんまるメガネをクイッと上げて大きく息を吸い込んだ。


 「光!学!迷!彩!が実装されてマース‼」

 「光学迷彩…っつーと、あの科学版〝隠れ身の術〟みたいな⁉」

 「そう!それデース‼」


 光学迷彩とは、視界的に対象を透明にする技術。それこそ、背後の壁と同じ柄の布の後ろに隠れる忍者の『隠れみの術』の近未来バージョンである!

 下に付けられたカメラが360度全てをカバーし、しかも、そこで撮った映像がケース一面に張り付けられた何百もの液晶の小片に映し出されるので、立体的リアリティは平面の比ではない。離れた人からは、透明にしか見えない!

 

 「よっしゃあ!ポチっとな‼」


 …あれ?まったく透明になってない。


 一面がちゃんと背後を映しても、その隣は右側を映し、その上は俺のズボンを映し、それどころか処理が追いつかず青や黒の原色が映ってるのが多数。…もはや、各小片がバラバラに好き勝手な何かを映し出す、無秩序に寄せ集まって作る模様だ。


 …って、


 「ただのモザイクじゃねーか‼」

 「OH…これが現代の科学の限界デース」

 壮大な技術を使って、下ネタか‼


 「じゃあ行くか」

 「モザイク持って街を歩くなぁぁぁぁぁあああああああああああああ‼」

 結局、ポリに止められた。

 

 「…ああ、スイッチ切ればいいのか」

 スイッチを切ると、ただの白い棒だ。チェーンでそれをズボンに引っ掛ける。


 怪盗を追ったキョウから、いいかげん連絡があってもいいと思うが…まぁ、あの道化相手に危険はないと思うけども、…勝手にくたばってそうでもある。


 「リョウマ様!リョウマ様は⁉」

 …噂をすれば、全員のインカムへと悲鳴にも似た叫びが届いた。


 「キョウ、状況を説明しろ」

 「サムライマスターです‼サムライマスターが」

 そこで通信は途絶えた。


 沈黙。…いきなり辺りから音が無くなった。リョウマから発せられる重圧すぎる緊張感が、周囲から声を、動きを、音を、奪ったのだ。


 …あの、背丈ほどもある日本刀で、車でも、柱でも、人でも、触れるモノ全てを問答無用で真っ二つにぶった斬る理不尽さ…まさに〝サムライマスター〟だ。

 その存在の本質は〝大凶星〟…この世界に凶をバラ撒く存在。その攻撃が何故〝偶然〟全てを理不尽に斬り裂けるかと言えば、その星故。逆に、奴自身はあらゆる攻撃で殺す事が不可能。…苦しみ続ける為に。死んで楽になれないから。


 「よし」

 リョウマは小さく頷いた。


 「貴様が行け」

 「何でだよ⁉」

 「俺が行きたくないからだ」

 正直なクズだな、ほんとによぉ‼


 「俺は、勝算のない戦いはしない。そして、あのサムライマスター…〝大凶星〟はデタラメすぎる。計算や作戦といった概念自体が無意味と言ってもいいだろう」


 その通りだった。


 俺は何人か、八門五行の使い手があの大凶星と戦うのを見たけど、…マジでデタラメにも程があった。あいつの〝大凶〟は全てに優先するんだ。どんな幸運を盾にしようと、どんな不幸を矛にしようと、全てが無意味。


 「…俺なら勝算があるから行け、って事か?」

 確かに、仙人の俺は、唯一、大凶星であるサムライマスターに勝てる。人為は天為に勝てないからね。実際、今まで全て退けているからな。…ただ、それは全て『文字通り』の〝運〟だからね?1%の誇張もなく、ただ、運が良かった。


 「単に俺が行きたくないからだ」

 身も蓋もねぇ‼


 「キョウが出向いている以上、組織としての面目は立っているしな」

 「…あいつが、あの大凶星に勝てるとは思えねぇけどな」


 「戦いは、勝敗が全てではない。立ち向かう姿勢こそが大切なのだ」

 …良いこと言ってるようで、実はクソな発言だからな?


 お空を見上げてみると、…暗雲たれこめてるなぁ。しかし、ここから窺がえる街の様子は平和の一言だった。昼過ぎの暖かな日差しを受けて、博物館への通りの木々が青々と茂り、軟風がその匂いを届ける。聞こえるのは木々のざわめき。

 ふと、俺の足にボールが当たる。そのボールを追いかけて、ようやく歩き始めた一歳くらいの子が左右によろけながら近づいてきたので、俺はそっとボールを蹴り返す。非常にゆっくりのそれを何とか止めた、その上で母親が何度も会釈した。


 「数分後には、あの赤子もただの肉片か」

 酷いこと言わないでぇ‼


 俺はそうツッコミを入れようとして、やめる。リョウマは綺麗過ぎたから。その黄金色の瞳は澄み切って一滴の淀みもなく、その完璧な対称で整った造形に一片の歪みもなく、その白い肌以上に透き通った思考には一分のブレもなかったから。


 …だからって、〝あの〟大凶星と戦うなんてまっぴらごめんだぞ。


 迷ったらどうするか、なんて俺に問うだけ無駄だ。すでに俺はズボンのポケットから10円玉を取り出していた。そして、ためらいもなく俺はそれを弾く。

 「表が出たらキョウを助けに行く。裏が出たら行かない」

 10円玉は2回ほど地面をはねて、止まる。


 「…裏だな」

 ほっ。


 「キョウ、推参‼」

 「なんでやねん⁉」

 …真っ赤な忍者が降ってきた。


 …どこから湧いたんだろう、この…見るからに〝不審者ニンジャ〟は。時代劇ではなく少年漫画の。鮮やかすぎる真っ赤な半袖の忍者服の下に鎖帷子を着こみ、手には手甲、足には脚絆。下半身は袴ではなくスパッツだけども。

 キョウがパトカーの上に飛び乗り、片足立ちのバレリーナのよーなパチもん拳法家ポーズで仁王立ちしている。すでに付け髪を外した短髪から覗くのは、キリリと真一文字に跳ね上がる太い眉と、燃え上がるような真紅の輝きを放つ右の星石眼。


 「え?あ、あれ?リョウマ様は?」

 「リョウマなら…」

 振り返ったそこには、誰もいなかった。


 「………」


 あいつ『世界逃げ足王選手権』があったら優勝できるんじゃねーか⁉


 リョウマは勝算の無い戦いはしない。…って、カッコイイ台詞だけど、現実コレだからね‼キョウが現れた=サムライマスターが来る、と思考した瞬間には足が地を蹴っている。ほんの数秒の間に、視界にもういねぇよ‼

 慌てて周囲を探そうとして、やめる。ケイやシルバは必死に周囲を探しているけども、…その一瞬の隙にブッた斬られるからな。大凶星から目を離せば。


 「キョウ、大凶星はどこだ⁉」

 「いませんよ?」

 は?


 「…いや、お前がサムライマスターだって…」

 「はい!」

 ん?


 「えっと…もうヤツは逃げたって事?」

 「何言ってるんですか‼そこに来てるでしょ⁉」

 そこ?


 指さされた場所に、誰か立っていた。


 その、大凶星ではない人の顔は…分からない。仮面をかぶっていたから。勿論、怪盗☆白仮面、ではない。鬼…いや、嫉妬を表わすその面は『般若』と呼ばれていた。羽織っているマントも、白とは真逆の漆黒である。

 言われるまで俺が気付かなかったのも無理はない。俺が想定していた〝サムライマスター〟…あの、騒がしく、大柄で、素顔を隠す気もない犯罪者〝大凶星〟とは似ても似つかない、静かで、気配を隠し、仮面をかぶる、真逆の存在だったから。


 「…サムライ…なのか」

 ただ、その手に持つ日本刀だけが、奴との相似を示していた。


 「…あの黒い刀…なんだ?」

 そして、その日本刀だけは、異様な存在感を示していた。


 長さは…150㎝はあるか?それこそ、あの大凶星の刀と同じだ。ただ、持っている人物が身を小さくする分、より大きく見える。何より目を引くのが、黒く輝く刀身…いや、比喩表現じゃなく、本当に光っているんだ。あれは、まるで…


 「か、刀を捨てろ‼こ、これは脅しじゃないぞ⁉」

 

 その銃声は、俺の思考をぶっ飛ばすには十分すぎた。ビビって反射的に飛び退いたが、銃口は誰にも向けられていない。空に向けた威嚇射撃だったから。この公園に残っていた警官の一人が、必死に職務を全うしようとしていた。


 サムライに銃は効くのか?


 つい、素朴な疑問を考えてしまう。ニンジャマスター…リョウマには、効かなかった。周囲の吉格を都合よく配して〝偶然〟全て逸れるから。一方、サムライマスター…、ってか大凶星は当たっても殺せなかった。


 サムライは、それ以前だ。


 警官が空に向けていた銃口をハンニャに向けて引き金を引くより、ハンニャが一歩飛んで二歩踏み込んで三歩で刀を振って、その銃を斬り割く方が早かった。


 …そう、文字通り、斬り割いた。真っ二つにー…

 俺の思考は、目の前のパトカーと一緒に一刀両断された。ただ、右から左へと振り払っただけのその動きで、まるで紙細工でも斬る様にパトカーは真っ二つにされた。哀れ警官は…失禁して糸の切れた人形の様に倒れて助かってた。


 「サムライ…マスター…」

 それは、まさに〝サムライマスター〟だった。大凶星と全く同じ、この世に斬れぬモノはなし…その綺麗過ぎる断面からは『問答無用』の四字しか見えてこない。


 「いやいやいやいやいやいやいやいや‼鋼鉄だよね⁉パトカーの材質‼」

 〝大凶星〟以外にもいたんかーーーーーーーーーーーーーーーーーい⁉


 …大凶星のそれは〝運悪く最悪の場所に当る〟という理由だったが、こいつのは一体どんな理由なのだろう…やっぱり〝偶然〟なのか?


 さらにその断面を見ようとするも、ガソリンに引火してパトカーは炎を噴き上げる。揺らめく炎に合わせて、ハンニャのサムライマスターの影も揺れる。…いや、違う。実際に体が揺れてるのか…いつでも動けるように。

 

 「なんなんだよ!何者だ⁉こいつは‼」

 おそらく、それはこの場の全員の総意だったに違いない。…だから、答えは返ってこなかった。唯一、それに答えられるハンニャ本人は一言も言葉を発してない。能力も、存在も、動機も、性別さえ、全てが謎だった。

 

 「キョウ!お前、あの怪盗を追ってたんじゃねーのか?」

 「はい。あの後の追跡劇は、それはもう大変で…見失ったと思ったら、何処からもなく高笑いと共に現れ、攻撃が当たったと思ったら、いつの間にか自分へと反射され、迷子になったと思ったら、奴が正面に現れて…」

 「手短に話せ」

 …っつか、ドジばっかじゃねーか。今の話。


 「ついに袋小路に追い詰めた‼…と思ったら、アレになってました」

 「え…っと、別人って事か?」

 「いえ、きっとアレが真の姿なのです‼」


 …そうか?ユーモアが服を着てるよーな怪盗☆白仮面と、このドス黒い陰気の塊のよーな般若じゃ似ても似つかないけど。仮面にマント以外共通点ねぇぞ?


 「…っつか、お前、よく死なずにここまで来れたな…」

 「はい。何度も足を滑らせて屋根から落ちました」

 そんな話はしてねぇ。


 「しかーーーし‼我が〝忍術〟の前に敵はないのです‼」

 キョウは目の前で両手を組み、印を結んで見せる。…まぁ、忍術に必要なのは星石鎖の配置なので、印は必要ないし、これはてきとーなパチもんなのだけど。


 「火遁〝ヒノカグツチ〟で、そこら一帯火の海にしました‼」

 「お前のがよっぽど大災害じゃねーか‼」


 言われて東の空を見てみると、…赤いな。真っ赤に燃え上がってるよ。けたたましくサイレン鳴り響き始めててるよ。…こいつが戦っていた頃は警察による規制がかかっていたから、人は避難していただろうことが救いか…

  

 「危ない‼ボサっとしないで‼」

 「え?」

 目の前に、ハンニャの面があった。


 十分すぎる、距離があった筈だった。それが、たった一歩で、ほんの少し意識を逸らしただけで、眼前に詰められていた。信じられない踏み込みの深さが、十m以上の距離を一瞬で埋めたていたのだ。

 すでに刀の振りかぶりは終え、あとはただ、俺目がけて振り下ろすだけだった。


 しかし、刀は空を切る。

 「大丈夫ですか⁉」

 間一髪、キョウが俺を押し倒したからだ。


 「…だいじょ…ばない」

 …正確には、股間に頭突きを食らわせたのだけど。


 言葉にならない呻き声をあげ、悶絶しながら地面を転げまわる俺に、第二撃は襲い掛かって来なかった。逆に同じく驚異的な踏み込みで一瞬にして距離を取る。

 「この、キョウがお相手します!」

 そんな俺の顔のすぐ側で、光が放たれた。キョウの足元にすでに配された星石たちが、円を描いて光り輝く。それは、星石を配置して〝運命〟を都合よく操作し、〝偶然〟相手に不幸を襲い掛からせて攻撃する『忍術』の発動の瞬間だった。

 「火遁〝ホムスビ〟」


 どかーん


 …ケイの隣で、パトカーが爆発した。

 「ぎゃーーーーーーーーーーーーーーーーー⁉熱、熱っ‼」

 「…あれ?」

 「〝あれ?〟じゃねーーーーーーーーーーーーー‼」


 キョウの右手は、明らかにハンニャのサムライマスターに向かっていた。…が、爆発したのは右後ろのケイの隣。まぁ、大げさに騒いでいるものの、実はちょっと服が焦げた程度である。とはいえ、こーゆー火難の相に苛まれてきたケイはトラウマがあるし、何より隣でいきなり車爆発したのだから無理もなかった。


 キョウは小さく頷いた。


 「今度こそ‼」

 「やめんかボケーーーーーーーーーーーーーー‼」

 「…じゃあ、誰が戦うんです?」

 キョウは露骨に口を尖らせてブーたれる。…が、それは正論っちゃあ正論だ。ツッコミってか悲鳴を上げて否定したケイも口をつぐませる。


 あ、そうだ。ポリがいたんだった。


 「わ、我々は民間人の保護をするであります‼」

 「ママー」

 …余りにも正論過ぎて反論できねぇーーーーーーーーーーーー‼


 いや、もう、どー見ても、ビビって戦わないのだけども、あの親子を守る様に陣取られては返す言葉が無かった。他を探して俺が周囲を見回すと、そこでは必死に警官達が『戦わなくてもいい理由』の保護をしようと職務に邁進していた。


 「ほーら、やっぱり私がやるしかありません」

 「お、お前にやらすくらいなら自分でやるわ‼」

 激高して叫ぶと同時にケイが銃を構える。それは、俺が叫ぶのとも同時だった。


 「やめろ‼サムライに銃は効かねぇ‼」

 「え?え?えーーーーーーーーーーーーーー⁉」

 ケイが銃を構え、狙いをつけようとしたそこに、すでにハンニャのサムライマスターはいなかった。慌てて周囲を見回し、見つけた時は手遅れ。すでに眼前にハンニャの面がある。…さっきの警官と全く同じ。

 この距離だと、銃を構えるより、刀を振り上げ様に跳躍し振り下ろす方が早い。


 「手前ぇにでるサイの目は」

 その、足元にサイコロが転がる。


 「凶だ‼」

 ハンニャのサムライマスターが最後に踏み込もうとした、そこでバランスを崩した。斬撃も見事に斜め上に流れ、空振りの勢いそのままに強烈な尻餅をつく。


 それはたった一つの〝偶然〟だった。それも、ほんの些細な〝不幸〟だ。最後に踏み込んだその場所が、僅かに柔らかかった。…ただ、それはあの踏み込みの全体重がかかる一点。車もサムライも急に止まれません。

 勢いそのままに道を外れて、刀の軌道は明後日の彼方にダイブをしたのだった。


 「コインの裏表とサイコロの目は、天のご意志だぜ?」

 出た目は『5』つまり土気。全てはサイコロの目の通り。サイコロの各面に配された五行の〝運命〟に襲われる。それが俺の『賽卦五行殺』だ。

 追い打ちを、かけるなら今しかねぇ。


 俺は改めて辺りを見回す。…追い打ちできる奴、誰もいねぇ。コンでもいれば別なのだろうけど、今まさに殺されかけたケイは未だ恐怖で蹲ったままだし、シルバは目をキラキラさせて俺に自作のアイテムを渡そうと…自分で戦う気は皆無。

 あと残ってるのは、えーと…


 振り返ると、そこでは警官隊が横一列に整列していた。彼らが保護していた一般人は、すでにさらに後ろの警官達によって避難誘導されていた。並行してマスコミや交通各所の抑えを連絡しているらしく、野次馬のヤの字も見当たらなかった。

 …さすがはアンさん、見事すぎる手際だな。


 「警官隊は後退。陣形を崩さず、逃亡阻止を最優先にしなさい」

 「へ?」


 気が付くと、俺は一人、最前線に立っていた。


 「戦いは、あのユニフォームの男が引き受けます」

 「は?」

 「お願いしますね。仙人さま」

 アンさーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん‼


 「いや、あの、ちょっと、…ムリだからね?」

 「大丈夫ですよ」

 だいじょばねぇよ‼


 俺のサイコロは無敵の武器なんかじゃねーから‼『1』を出したら、自分に不幸が降りかかってくる代物だぞ⁉アレ、他の不幸が無くても死ぬ奴じゃねーか‼

 そんな心の声を代弁する俺の表情は色々と歪みまくっていた。対するアンさんは綺麗なものだ。いつも通り、200%の営業スマイルがブレなく張り付いていた。彼女の発言には、明確過ぎる根拠があったのだから。


 「あなたには〝大星石〟があるのですから」

 …ああ、なるほど。


 俺はベルトにつるした白い棒を手に取り、その中から、…〝アレ〟を取り出した。この、ちん…いや!迷うな‼形はアレだけども、威力は間違いなく本物だから‼思い出せ!周囲全てを〝死門〟へと変えたあのチート能力を‼


 かつてトキがそうしたように、俺は〝大星石〟を右手にかざして相手に詰め寄る。…勿論、その発動の仕方なんて知らんけど。

 ハンニャはじりじりと後ずさっていく。星石の存在を、知らない筈がないからな。あのキョウの『忍術』…〝トンデモ魔術〟を発動前に警戒し、距離を取っていたからな。こいつもまた〝運命〟を知り、それを用いる〝術〟を知っている。

 「お前にも分かってるって事だ。…自分に、もう勝ち目がない事をなぁ」


 その時、俺は気付いていなかった。


 「あいつ…セクハラで戦ってんぞ…」

 「いや、確かに、ちん…あんなもん、顔の前に出されたらイヤ過ぎるけどよ」

 「うわー…ただひたすらキモイわ…」


 …自分に向けられる、道端のウンコを見る視線に。


 静か過ぎる…それに気づいた時は、すでに全てが手遅れだった。視界の端っこに見つけたその表情…ギクリとして慌てて周囲を見回すと、全てがその顔だった。


 …俺、今『ニヤニヤしながらチンコの像を押し付けてる人』…


 しかも、ケイやシルバまでもが120%汚物を見る目で俺を見ていた。ケイは、ご丁寧にもキョウの星石眼(+反対の目)を自分の両手で覆い隠している。…え?あれ?あの…アンさん?ちゃんと説明してねーの?


 「アンさん、あいつ、ナニ考えてるんでしょうね…?」

 「…さぁ?変質者の考えなんて、分かる筈ないでしょ」

 アンさーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん⁉


 …俺の、心が折れていく音が聞こえた…いたたまれなくなって、俺は『あおぐろいぼう』を白い筒へと戻す。眼前の脅威がなくなり、当然、ハンニャのサムライマスターは歩みを進めるが、もはや俺に戦意は湧き上がって来なかった。

 その俺の前に、一人のサムライが立つ。


 「そこまでだ。〝十咫の剣〟を返してもらおう」

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