小さな町の古道具屋さん

小山らみ

第1話 お気持ちオルゴール

 このオルゴールは曲目が定まっていない。


 ゼンマイを巻いてスイッチをオンにすると、そのゼンマイを巻いた人のその時点でのお気持ちに即した曲を流してくる。


 気分のいいときに浮かれた曲を、感傷的になっていたときに思い出の曲を、といった具合。


 しかも、当人の意識とはべつに無意識に感応して曲が選ばれるので、このオルゴールを鳴らすと自分にうそをつこうとしてることに気づかされたりする。


 めったにない掘り出し物の筈だが、いまだに買っていく人はいない。


 店内を物色中にオルゴールに気がつき、試しに鳴らしてみた人は何人かいたが、せいぜいが「あら、これ好きな曲だわ」程度の反応で、他のものに興味が移っていく。


 見た目はごく地味な小箱型だし、この店の主人は聞かれもしないのにそれがどんなものか説明したりはしないので、古ぼけたオルゴールはまだ店の棚にある。


 時々、店の主人はこのオルゴールをかける。若い頃はこのオルゴールにそのときの自分を気がつかせてもらったりもした。そんなことを思い出し、これが手元から離れていくのがいやだから客に勧めることもないのかもしれないと苦笑したりする。


 頭髪がすっかり白くなった今、このオルゴールを主人がまわすと、いつもクイーンの「メイド・イン・へヴン」が流れてくる。


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