第23話「あなたと私の新しい朝」



 プニプニ。


「すー……すー……」


 プニプニ。


「すー……んー……?」


 頬をつつかれる感触で優は目を覚ました。

 冬の太陽は、まだその全容を現わしていないような時刻。暖房も切れて、部屋には冷気が漂っていた。


 プニプニ。

 だが、そんな中で頬に感じる感触は心地よく、暖かい。その優しい熱の持ち主は誰か? 決まっている。


「……」


 隣に寝転ぶ愛が、とろんとした瞳でこちらの頬をつついていた。目がまだ寝ている。おそらく、彼女もまた起きたところなのだろう。髪も浴衣も少し乱れたままだ。


「ふわぁ~……」


 優は愛にされるがままにつつかれながら、あくびをして昨日のことを思い出す。

 昨夜の温泉で決定的に関係を変えた二人は、あのまま和やかに夕食を摂り、夜を過ごしたのだった。お互いに、目が合ったときに少しはにかみ合いながら。


 隣で寝る愛を見る。優と同じ布団に入り、ぬくぬくと同じ熱を享受している。布団は一組のみだ。もはや添い寝どころの話ではない。

 もちろん、優は昨夜寝る前に布団を二組敷こうとはした。しかし、二組目の布団に手をかけたとき、愛がものすごい目でこちらを睨むものだから、やむを得ず二人は一つの布団で寝ることになったのだ。


「まったく、このお転婆姫め」


 優はよいしょと布団から腕を差し出す。すると愛はつつくのをやめ、自然とそうするように腕に頭を乗せる。


「♪」


 目を細めて甘えるように頭を腕にこすりつける。まるで猫のようだ。


「俺がもう十歳若かったら、大変な目に遭ってたぞ?」


 彼女のあまりに無防備な姿を見て、独りごちる。信頼されていると言えば聞こえはいいが、見ていてなかなかに危なっかしい。寝起きは特にヤバそうだ。前みたいに「おはようのベーゼを」なんて言った日には本当にしてきそうな雰囲気である。


「ん……?」


 もぞもぞと動き、愛は腕を伝ってこちらに頭を寄せてきていた。どんどんと距離が狭まり、ついに愛の頭は優の胸と重なる。


「……」


 しばらく胸に頭を当てていた愛は、ゆっくりと顔を上げる。その顔はどこか不満そうだ。


「なんだ、また鼓動の音を聞いてたのか」


 むすっとした愛の顔を見てその理由に思い当たる。とは言ってもな……この時間が穏やかすぎて。ドキドキというよりほんわかというか。微笑ましいというか。


「……っ」


 すると愛はおもむろに優の胸元をチラリとめくった。いやん。


「きゃーお代官様およしにあいた」


 ペチリと素肌を叩かれる。

 そして愛はその指で優の素肌に文字を綴る。


『 す き 』


 そしてあろうことか――


「♡」


 頬にかかった黒髪を掻き上げながら、その部分に唇をおとした。


「Jesus……」


 愛ちゃんどこでそんな技を覚えてきちゃったの? おじさん心配になるんですけど。

 唇を離した愛は、頬を染めながらこちらを流し目で見る。寝起きでまだ眠そうな瞳も相まって無駄に色っぽい。

 そしてもう一度頭を胸に押しつけてくる。なんなの、心臓の音フェチなの?


「♪」


 今度は満足そうに目を細める。はいはい俺の負け俺の負け。


 ――ただし、負けっぱなしは好かん。


「愛」


 顔を寄せて耳元で囁く。


「!」


 いきなり耳元で囁かれ、愛は身体を硬直させた。


「愛、覚悟は出来てるんだろうな……?」


 愛はビクーンと身体を跳ね上げた。何を想像したのか顔が真っ赤だ。


「愛、目を閉じろ」

「~~っ!」


 あわあわとしながらも素直に目を閉じる愛。そして気持ち顎を上げている。こちらとしては下げている方がやりやすいんだが。


「よいしょ」


 優は素早い動きで布団から抜け出し、愛の両足をつかんだ。


「朝っぱらから生意気なんじゃああああああああ!!!!!!」

「!!??」

 

 優、怒りのジャイアントスイング。いつもより多く回っております。

 十秒ほど回した後、スポーンと愛を布団の上に放り投げてフィニッシュ。浴衣が乱れに乱れて下着も見えているが知ったことか。こちとらもう裸の付き合い(風呂)は済ませている。


「ふん、俺を相手に簡単に甘い空気になれると思うなよ」


 グルグルと目を回す愛に告げる。勝ったな、風呂入ってくる。俺ももはや自分で何を言ってるのかわからん。そう、ジャイアントスイングするほど可愛い愛が悪い。


 そんな愛に近づき、その髪に口づけする。今はこれが精一杯だった


「~~~っ」


 起き上がってむっすーと頬を膨らませる愛は、枕元に置いていたスケッチブックを引き寄せ、文字を綴った。


『照れ屋さん』

「うるせ」

『お風呂』

「なに……?」

『髪、整えてください』


 彼女の髪はボサボサだった。俺がしたことなので断りにくい。昨日一度したこととはいえ、心臓に悪いから嫌なんだが……。まあ俺が変な気を起こさなきゃいい話なんだけども。する気もないし。


「……」


 愛は『連れていってください』と両手を差し出した。

 優は諦めたように息を漏らし、彼女の膝と肩に手を入れ、脱衣所に向かっていった。


 この後、二人ともテンションが元に戻り滅茶苦茶照れながら髪を洗い合った。


 恋人たちの初めての朝はいつも通り、しかしちょっと違った賑やかさで始まっていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る