9-2 現場で撮影するとき、ちょっと嫉妬なのか、胸がチリチリと熱くなるのを感じた。作品はレイプものだった。

 食事を終えてデザートとコーヒーを頼んだ。今度は、ぼくが撮った写真を萌さんに見てもらう番だ。

「ぼくが撮った写真も見ます?」

「おー、師匠の写真。拝見します」

 萌さんは、ファイルにいれた写真を見る。プライベートで撮った写真を人に見てもらう機会はあまりなく、慣れないから気恥ずかしい。山口だけは例外で、ぼくの部屋のものをすべて把握していて、写真も見放題だけど。

「すごい。同じものを見ても、こんなに違って見えてるってこと?」

「いやいや、見えてるのは同じです」

「でも、こういうカメラの設定で撮ったら、こんな風に写るみたいのがわかってるんでしょ?」

「まあ、狙いどおりに撮れてると思います」

 夜明け前から、日の出あたりに撮った写真も、萌さんは褒めてくれた。

「すごいね、これ。幻想的って感じ。フィルムで撮ってもこんな風になるの?デジタルで処理したから?」

「色温度というんですけど。日がのぼる直前は青い光が地球の大気をまわりこんでくるから、実際に青く見えます。デイライトのフィルムで撮っても、青くなります。でも、青さを強調しようと思って、タングステンといって、青っぽく写るフィルムに近くなるように色温度を低く設定してます。だから結局、タングステンという種類のフィルムで撮っても、こんな写真になります」

「頭よくないと写真撮るのも大変だね。わたし科学系ダメだから、勉強しないと」

「すぐにわかるようになります」

「あ、わたしだ」

「はい。ポートレートは苦手だから、シャッターチャンス逃してたりしますが。ぼくにしてはうまく撮れてると思うんですけど」

「これもいいね。青い世界で、透明感がある感じ。わたしじゃないみたい」

「たしかに萌さんじゃない感じですね。萌さんをモデルにするなら、トップライトで元気な感じで撮った方が雰囲気でますね。こういう撮り方するなら、もっと地味な顔のほうがいい」

「こんな感じだね」

 日が出てから撮った写真だ。萌さんが湖水を空に向かって手で跳ね上げている。しずくが日光を反射してキラキラ光っている。萌さんの笑顔もまぶしい。朝日だからトップライトではないけど、こんなイメージが萌さんには合っていると思う。

 そのあとは、富士急で遊んでいるときの写真で、ぼくが最も苦手にしている類の写真だ。萌さんの目にとまるものがなかったらしく、そのまま最後まで見終わった。

「写真面白いね。もっといい写真が撮れるようになりたい」

「萌さんは撮られる方が向いてるんじゃないですか」

「むう」

 ほっぺをふくらませた。

「エッチなやつ?」

「え?ああ、ごめんなさい。そうじゃないです。いろんなポーズをしてくれたじゃないですか、湖のところで。ああいうのが得意だから、カメラマンよりモデル向きだってことです。すみません」

「嘘です。ちょっと意地悪しただけ」

 萌さんが微笑んでくれたから、たぶんそうなのだろう。

「なんだ。気分を悪くしてしまったかと思いました」

「でも、いつまでも撮ってもらえないでしょう?そしたら、仕事なくなっちゃう。だから、撮る側にまわるのはどうかなとか、思うことがあるの」

「なるほど」

「エッチなのでも、もう撮ってもらえない時期にきてる」

「そんなこと」

「あるの。撮られるときに、こうしたらどうかなとか考えてるのが、撮る側になったら役に立てられるかもしれないと思ってるんだ」

「ぼくには、なんとも。ポートレートはわからないんです」

「いいのいいの。ひとつの可能性だから」

「はあ」

「ほら、本を書く人になったり、引退後も活躍する人いるでしょう?」

「そうなんですか」

「奥田くんの守備範囲じゃなかったか」

「すみません」

「こんどモデルやろうか?」

「え?ぼくが萌さんを撮るってことですか?」

「そう」

「ポートレートは苦手だから、いいです」

「わたしじゃ気乗りしない?」

「萌さんがという問題じゃないですよ」

「ヌードになるから」

「いいです」

「あ、なんかムカつく」

「勝手にムカつかないでください」

「じゃあ、撮らなくていいから、見るだけ」

「なんですか、それは。萌さん露出狂?」

「ひっどーい。でも、山口さんだっけ?彼女に悪いか」

「そうですよ」

「あれ?付き合うことになったの?」

「いや、保留中です」

「なにそれ。ヘタレだね、奥田くんは」

「ヘタレでいいです」

「まだ手も握ってない?」

「いえ」

「あれ?いま反応がおかしかった」

「なにがですか」

「なんかあった?」

「キス、しました」

「うっひゃー。でも、付き合ってないの?死んだ方がいいよ、奥田くんは」

「ごめんなさい」

「わたしが殺す?」

 萌さんがにっこり笑って、ぼくの首に手をかけ、絞めた。フリじゃなく、本当に絞まっている。苦しい。萌さんの手を叩いて、ギブアップの意思表示をした。

「げほっ。萌さん、本気だしすぎです。死ぬかと思った」

「殺すっていったでしょ。女の敵」

「でも、萌さん一緒に泊ったから共犯です」

「え、あの前なの?」

「そうです」

「怒られなかったの?」

「許可をとって行きましたから」

「奥田くん、一回じゃダメだね。五回くらい死になさい」

 萌さんは、またぼくの首を絞めた。ぼくは萌さんの手を叩いたけど、しばらく絞められたままだった。意識が消えかかった。

「悪いことしちゃったな。なんで保留なんかになってるの?」

「なんというか、山口のことをどう思ってるか、自分でもよくわからなくて。はじめて会ったときから、いまと同じくらい親しかったんですよね。ちょっとづつ親しくなってきて、もっと近づきたいみたいな、ドキドキするみたいな期間がなかったからじゃないかと思うんですけど」

「ふーん。セックスしたらいいのに。そしたら大好きになるよ」

「それ、セックスしたいだけじゃないですか」

「ちがいます。セックスすると、もっと親密になれるの。好きだって思ってた人が、もっと好きになる。そういうもの」

「そういうものですか」

「キスするまえとしたあとで、かわらなかった?山口さんのこと、もっと好きにならない?」

「うーん、かわらない?」

「ダメだ。一度距離を置いた方がいいかもしれない。そうしたら、好きだ、会いたいって思うはず」

「そんなものですかね」

「そんなものです」

 いつの間にか、ぼくの恋愛相談になってしまったけど、青木さんに連れていかれたバーに平日に行くことを約束して、駅で萌さんとわかれた。自宅ちかくまで送りますといったんだけど、駅から近いし、街灯がついていて人通りがあるから大丈夫ということで、送らなかった。自宅を突き止めようとしていると思われても心外だから、すぐに引き下がった。

 タイミングがいいことに、その週に萌さんと現場が一緒になることが、月曜日に出勤してわかった。撮影のあとでバーへ行くのはどうかと萌さんに連絡をしたら、撮影のあとは顔を合わせるのが気まずいから別の日がいいといわれた。うん、それもそうだった。

 撮影前日、萌さんと一緒に、青木さんの自宅近くのバーへ行った。青木さんが食べたもの、飲んだものを注文して、どんな話をしたかをできるだけ話した。

 萌さんとかなり親しくなったように思う。そのせいか、現場で撮影するとき、ちょっと嫉妬なのか、胸がチリチリと熱くなるのを感じた。作品はレイプものだった。仕事をするうえでは、タレントさんと親しくなるのはよくないのかもしれない。

 プロデューサーは青木さんではなかった。

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