3-2 目を覚ますと、すぐ目の前に山口の顔があった。

 目を覚ますと、すぐ目の前に山口の顔があった。山口は、ぼくのとなりに横になり、肩を軽くたたいて、ぼくを起こしたということらしい。そう状況把握をした。

「おはよう」

 もう朝だった。小鳥のさえずりが聞こえている。でも、今日は休日だったはず。起こされて起きるのではなく、自然に目が覚めるまで寝ていたかった。体を起こすと、テーブルの上に朝食が用意されていた。味噌汁に、ベーコンエッグにご飯。くそっ、山口のやつ、いい嫁さんになるだろうな。本人には言いたくないけど。

 顔を洗って、食卓につく。いただきますと言って、味噌汁から口をつける。ダシがよくとってあって、落ち着くいい味だ。

「昨日は欲求不満でよく眠れなかった?」

「いや、よく眠れたよ、おかげさまで」

「そう、よかった。わたしがきてオナニーできなかったから、よく眠れなかったんじゃないかと心配しちゃった」

「風呂入ってすぐ寝るつもりだったよ。昨日はパッケージ撮影のお手伝いだったんだ」

「でも、着替えのぞいたでしょ」

「のぞいたんじゃないよ。目が覚めてゴソゴソ音がするから気になって頭をあげただけ」

「減るもんじゃなし、いつでも見せてあげるから」

「のぞいてないって」

「なんなら、オナニーも手伝ってあげるよ。手くらい貸すから。口のほうがいい?」

 山口が手と口を卑猥に動かす。

「女の子がそういうこというな」

「男女差別ですか」

「ごめん」

「足の裏なめたら許してあげる」

「ぐう」

「カズキは、エロいこといえないから、いつまでたっても童貞なんだよ」

「ぐう」

「彼女できても、童貞なんだよ」

「泣きたい」

「胸を貸そうか?」

 山口がパジャマの襟を指でひいて、胸元をあけた。やわらかそうなふくらみと谷間がのぞく。エロい。ぼくは朝食に集中することにした。

 山口とぼくは付き合っているわけではない。山口が言った彼女というのは、高校時代に奇跡的にできた彼女のことだ。

 ぼくは高校時代に写真部に所属していた。中学のころから好きで写真を撮っていたけど、中学にそんなシャレた部活はなかった。それで、高校にはいってはじめて部活にはいった。ひとつ下の学年の女子がぼくに告白してきて、有頂天になって付き合いはじめた。かわいらしい女の子だった。山口もひとつ下だけど、山口がぼくに告白したという事実はない。

 高校時代の彼女とぼくは、写真が好きだという共通点で結ばれたようなものだったから、写真展を見に行ったり、ちいさな撮影旅行をしたりしてデートした。ぼくは当時、銀塩カメラに凝っていて、写真屋に現像とプリントを出していた。フィルムを現像に出すため一緒に写真屋へ行って、ついでに店頭のカメラを見たりもした。プリントした写真を見せるために、ぼくの部屋に招待したこともあった。親に紹介するときは照れたし、彼女もすごく緊張していた。親は彼女のことを気に入った。

 彼女とは、ぼくが高二の冬から高三の冬にかけての付き合いだった。高三の年のクリスマスイブの日、彼女と一緒にイルミネーションの写真を撮ってまわって、プレゼントを交換した。ぼくのプレゼントは手袋だった。カメラを扱いやすいように指のところに穴が開いていて、普段はミトンにもできるやつだ。ガンバってかわいい手袋を探したつもりだった。翌日もデートする約束をして家まで送った。翌日会ったら、別れましょうと告げられた。以降は、高校で見かけても言葉を交わすでもなく、部活でも避けられた。写真部に引退はなくて、卒業まで勝手に部活動できたんだけど、いづらくなって行かなくなってしまった。ぼくはなぜフラれたのかわからなかった。プレゼントの手袋のせいとは思えなかった。それでも、彼女のいたあの一年間は、ぼくの人生でハイライトとなるべき一年だった。

 ぼくは山口の作ってくれた朝食を食べたあと、皿を洗って、食後のコーヒーをいれる準備をした。ミルでコーヒー豆を挽いて、ペーパードリップでいれる。

 つい先日まで、コーヒーといったらインスタントだった。「カフェちゃんとブレークタイム」というマンガをツイッターで知って読んだところ、面白くて影響を受けてインスタントを卒業した。カフェちゃんというのは、コーヒーの擬人化したキャラなのだ。幼児体形で、まな板。黒ストッキングをはいていて、性格はどエス。ぼくは、カフェちゃんの罵るセリフと表情が気に入った。ネットでマンガを読むことができるし、単行本がでている。ぼくは単行本も買って読んだ。

 山口がぼくの後ろを、洗濯物をもって通った。洗濯してくれるらしい。ぼくの部屋に置いていく着替えを洗濯するから、ぼくのはついでだ。

「なに、豆挽いてコーヒーいれるようになったの?」

 ぼくは曖昧に返事した。コーヒーをいれて、カップを両手にもって部屋へいくと、山口はクッションにすわって、テーブルに両手で頬杖をついてぼくを待っていた。いや、コーヒーを待っていた。

「このまえまでインスタントだったのに、どうしたの?」

「うん、まあね。大人だろ?」

「彼女?」

「ふっ、まあね」

 ぼくは、ちょっとふかしてみた。二次元の彼女だけど。

「昨日押入れに入れた?」

「それは、忘れてくれ」

「萌?」

「たのむ、忘れてくれ」

「やっぱり。さっき電話に着信あったよ、萌って子から」

「まじ?」

 ぼくは焦ってデスクのパソコンの上に乗せてあるケータイをチェックした。二分前に萌さんから着信があったようだ。

「声ださないで。音ださないで。動かないで」

「はいはい」

 ぼくは窓に向かって電話を操作した。呼び出し音が鳴る。七回目のコールで萌さんが出た。

『今日ヒマあるかなと思って電話したんです』

「今日ですか」

 山口を振り返る。ケータイから口をはなして、通話口を指で押さえる。

「今日は、行くの?」

 山口がうなづく。

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